197話 八章のエピローグ
……なんだ、ありゃ?
桜井くんの放った一撃は一瞬、不発のように見えた。
剣を振るったのに、光斬も何も発生しなかった。
最初、失敗したのだと思った。
太陽の光が十分では無かった?
という心配をした次の瞬間、眩い光で視界が真っ白になった。
――ャアアアアアアアアアアア!
そして、身の毛もよだつような断末魔が響く。
魔王の身体に白い線が入る。
ズルリと、魔王の身体が二つに裂け崩れ落ちるのが見えた。
……え?
た、倒した?
こんなあっさり?
魔王の身体から白い炎が上がっている。
あれは……もう、生きてない……はずだ。
獣の王――魔王ザガンは、死んだ。
まじかぁ……。
桜井くん、ぱねぇ。
「聖級の最上位『熾天使』の力を借りるとは……」
大賢者様ですら呆然とした顔をしている。
「さすが桜井くんだな、余裕でしたね」
「アホいうな。あんなことが出来るなら最初からやっておるわ。もともと光の勇者くんは、第七位『権天使』までしか借りられなかったはずなんだが……覚醒し過ぎだろう」
どうやらここ一番で最高の一撃だったらしい。
持ってる男は違うねぇ。
「大賢者様は何位の天使の力を借りられるんですか?」
「我は吸血鬼だぞ? 天使の力が借りられるわけがあるまい。我が祈るのは『
「そうなんですか? 使いこなせば強いと思いますけど」
「発動までの隙が多いうえに、信仰心が無ければ十分な威力が発揮されぬ。神頼りの魔法だ」
「へぇ……」
なかなか罰当たりなセリフだが、この世の理に反する不死者の大賢者さまらしいとも言える。
「にしても……『熾天使』とはな。いくらなんでも出来過ぎだ。どこぞの女神が干渉でもしたのではないか?」
「どこぞの女神……」
わりとちょっかい好きなエイル様や、裏工作が好きなノア様の顔が浮かんだ。
いや、今回の予知に失敗した運命の女神イラ様が一番怪しいかな。
ま、何にせよ魔王を倒せたのだ。
よかったよかった。
が、大賢者様が「ん?」という怪訝な声を発した。
「む、いかんな。光の勇者くんが気絶しておる」
「え、それは不味いんじゃないですか!?」
「手を出せ」
――
俺と大賢者様は、桜井くんの居る場所に跳んだ。
◇
「リョウスケー!」
俺と大賢者様が、気絶した桜井くんを介抱していると上空から声が聞こえた。
見上げるとペガサスに跨った女騎士がこちらに飛んできている。
見知った顔――横山さんだ。
「リョウスケは!? 無事なんですか!」
「案ずるな。『熾天使』の力を借りた魔法剣を扱った反動で、気を失っているだけだ。命に別状はない」
「……そう。よかったぁ」
大賢者様の言葉で、ほっとした顔をする横山さん。
「高月くん! リョウスケを助けてくれてありがとう!」
「どうだろうね、結局、魔王は桜井くんが一人で倒しちゃったし」
「でも結界を破ってくれたのは、高月くんでしょう。結界から出てくる二人が見えたもの。近くに魔王が居て近づけなかったけど……」
「まだ安心している場合ではないぞ、魔王が倒された魔王軍は撤退するかと思ったが、どうやら連中は最後まで戦う気らしいな」
大賢者様の言葉に、六国連合軍と魔王軍の戦いは未だ終わってないことに気付いた。
「私は……どうすれば……?」
「聖剣士くんは、光の勇者を連れて撤退しろ。今弱っているところを狙われるのが一番マズイ。我はもうひと働きするか……」
「大丈夫ですか? 調子が悪そうですが」
大賢者様の顔色は悪い。
「飲みます?」
俺が自分の首筋を指差したが。
「お前の体調も相当悪そうだぞ。フラフラじゃないか」
「高月くん、目の下のくまが凄い……倒れそうだよ?」
「え? そう?」
自分じゃ、気付かなかった。
『明鏡止水』スキルを使ってると自分の不調に気付き辛い。
「さっさと光の勇者くんを安全なところに連れて行け。精霊使いくんは……無理するな。我は魔王軍を追い払いにいこう」
「大賢者様、あまり無理は……」
「そうですよ。私は一緒に戦えます!」
しんどそうな大賢者様をこのまま行かせていいものか俺は迷い、横山さんは一緒に戦うと言った。
その時。
――ドーン!!!!!
「「「!?」」」
俺たちの近くに、何かが降ってきた。
敵襲か!
「はっはー! わたしが来た!」
もくもくと立ち上がる土煙の中から現れたのは、全身真っ赤な
紅蓮の魔女ロザリー・J・ウォーカーさんだった。
「……ロザリーさん?」
「あら! 未来の息子じゃない! さぁ、魔王を倒すわよ! どこにいるの! 出てきなさい!」
振り上げた拳は火の精霊を纏っているのか、轟轟と赤い魔力が渦巻いている。
「おい……紅蓮の。魔王ならアレだ」
大賢者様が指さす方には、桜井くんの一撃で倒れ白い炎に焼かれている魔王の遺体だった。
「………………え?」
振り上げた拳をそのままに、ロザリーさんがあんぐりと口を開けた。
「ええええええええっ! わざわざ魔界で修行して、戦争が始まったって聞いたから慌てて帰ってきたのに! どーなってんの!?」
「ちょっと、タイミングが合わなかったですね」
もう少し早く来てほしかったなぁー。
「なんでよー! この高ぶった気持ちをどこにぶつければいいのよ!」
いやいやする仕草がルーシーにとても似ている。
さすが親子。
「紅蓮の、力が余っているなら魔王軍を追っ払ってこい」
「えー、雑魚狩りなんて面倒なんですけどー!」
「魔王を失ったとはいえ、二十万の魔王軍だ。怖いなら無理にとは言わんがな」
「ハァ!? 誰が怖いなんて言ったのよ! 見てなさい!」
言うやいなや、真っ赤な
――カッ!
巨大な火柱が上がる。
同時に、火の王級魔法・フェニックスが十数羽、魔王軍に突き刺さった。
拮抗していた六国連合軍と魔王軍の戦いに、動きが出た。
魔王軍の統制が崩れ始める。
が、魔王軍の真っただ中で暴れているロザリーさんが原因と敵も気付いたらしい。
「あのエルフを打ち取れ!」
「魔女を殺せ」
魔族の司令官らしき連中が、命令をしている。
あの数に囲まれれば、ロザリーさんも危険なのでは……。
「あははははは!」
ロザリーさんの高笑いが聞こえた。
「寄れ、火の精霊! 顕現せよ、炎の巨人!」
次の瞬間、ロザリーさんを中心に巨大な炎の巨人が現れた。
近くにいた魔族や魔物たちが、悲鳴を上げて逃げまどっている。
ついでに、六国連合軍も巻き添えをくらっては大変と逃げている。
あれじゃ、ただの天災だ……。
「紅蓮の魔女様のほうが魔王みたい……」
横山さんがぽつりと口にした。
炎の巨人が、ちらりとこちらに顔を向けた。
炎の中にいるロザリーさんがこっちを見ている気がする。
「聞こえてるっぽいよ、横山さん」
「す、すごい! 紅蓮の魔女様がいれば魔王軍なんて目じゃないわ!」
慌てて言い直す横山さん。
炎の巨人が、ふふん、と胸を張った。
それでいーのか。
「聖剣士くん、光の勇者と防衛拠点に行け。命に別状はないが、念のため回復士に見せておけ」
「は、はい! わかりました!」
もはや魔王軍は、ロザリーさんによって蹂躙されている。
無理して戦う理由は無いだろう。
「じゃあ、大賢者様。高月くん。気を付けて」
横山さんは、ペガサスに桜井くんを乗せて去っていった。
この場には、大賢者様と二人きりになる。
「ふぅ……」
ふらりと、大賢者様が倒れそうになった。
「おっと」
慌てて支える。
「お疲れさまでした、大賢者様」
「精霊使いくんもな。なんとかなったな」
大賢者様は、億劫そうに近場の岩に腰かけた。
俺は少し迷い、隣に座った。
遠くではロザリーさんの魔法――炎の巨人が暴れている。
巨人に追われ、魔王軍が逃げまどっているのが見えた。
そろそろ撤退をすると思われる。
「これからどうします?」
「少し休んでから王都に帰る。軍の防衛拠点に戻れば『輸血』パックがあるからな。それを貰っておこう」
「俺の血を飲めば……」
「精霊使いくん」
俺の提案を、大賢者様が鋭い声で止めた。
「自分の顔を見ろ。魔法の使い過ぎだ。さっきの水のレンズを作る以外にも、長時間魔法を使っていただろう?」
「魔王軍の張った結界を破るのに、数時間魔法を使い続けてましたかね」
「もう少し自分の身体を労われ。魔力回路が相当、疲弊しているぞ」
「わかりました……」
自分では気づかないが、相当無理をしていたらしい。
仕方なく俺は大賢者様の隣で休む。
「「……」」
しばらく戦場の騒がしい音の中、無言の時間が続く。
こっちに魔物が来れば危険だと思ったが、魔王を倒した光の勇者が居ると思っているのか誰も来ない。
「次は大魔王ですかね?」
なんとなく世間話のつもりで話しかけた。
「そうだな……そろそろ、復活するだろう」
「そうですか」
一体、どんな姿なんだろう?
伝説によると、人型の魔族で、獣の王のような巨体ではなかったらしい。
神級に届きかけた、恐ろしい魔法使いという言い伝えだ。
「大魔王が怖いか?」
「え? いや、今回は運よく魔王が見れましたけど、大魔王を見れる機会はあるかなーと」
たまたま戦場に行く機会があったけど、大魔王戦だと主力部隊への配置はされなさそうだしなぁ。
「……大魔王イヴリースが見たいのか?」
大賢者様からは、変人を見る目をされた。
(マコト、この世界の人たちにとっては大魔王は恐怖と忌諱の対象だから、見たいなんてやつは居ないわよ。下手したら蛇の教団と間違われて、異端審問にかけられるわよ)
そうでしたね、ノア様。
これは失言。
「えっと、いえ、世界を恐怖に陥れる大魔王は許せないので、是非自分も直接戦いたいという正義の心でして……」
しどろもどろに言い訳を試みた。
「……世界の外からの視点か」
「え?」
「精霊使いくんのスキルだろう? 恐怖を感じない代わりに、危機感を持てない」
「スキルのこと言ってましたっけ? あ、鑑定スキルですか」
「……まあ、そんなところだ」
大賢者様は、理解が早くて助かる。
にしても『世界の外からの視点』って『
自分ですらノア様に教えてもらうまで、知らなかったし。
大賢者様は、物知りだ。
ふと、俺は千年前の話を聞きたくなった。
大魔王と救世主アベルが、戦った当時の話を。
水の神殿で習った話は、おそらく色々な改変が入っている。
大賢者様から実体験を聞いてみたい。
「大賢者様、聞きたい事が……」
俺が隣の大賢者様を見た時。
「くぅ~」
可愛らしい寝顔で、俺にもたれかかって寝ている大賢者様が居た。
あどけない顔は、十代前半の少女にしか見えない。
仕方ない、話を聞くのは今度にしよう。
それからしばらくして、太陽の騎士団の人たちに見つけてもらい、連合軍と合流した。
魔王軍はその日のうちに、魔大陸へと撤退した。
こうして、魔王軍との最初の戦争は終わった。
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