196話 高月マコトは、魔王へ挑む
「倒すぞ、魔王を」
その頼もしい声に安心する。
俺は改めてそちらを振り向き、偉大な魔法使いの顔を見た。
そして気付いた。
気付いてしまった。
「大賢者様…………顔色、悪くないですか?」
大賢者様は吸血鬼なので青白いのはいつものことだが、それにしても血色が悪すぎる……。
心なしか表情も硬い。
「ああ、相当無理してここまで来たからな……。精霊使いくん、悪いが『いつもの』を頼む」
「は、はい」
俺は襟を開き、首元を差し出した。
すぐさま大賢者様が「カプリ」と噛み付き、コクコクと音がする。
……なんか、いつもより吸う勢い強くないですか?
貧血になりそう。
「大賢者様!? 吸い過ぎでは!」
桜井くんが慌てたように叫ぶ。
「ぷはっ! くぅ、長距離を移動した後の血液は格別だな」
「……俺のことをスポーツ飲料と思ってません?」
「いやぁ、生き返った生き返った」
あなた
「大賢者様、僕の血も吸ってください」
「あー、それはありがたいんだが……」
桜井くんの言葉に、大賢者様が言葉を濁す。
なんだよ、俺ばっかり。
桜井くんの血も飲めよ、と思って思い出した。
もしかして、あれか?
童貞とか処女じゃないやつの血は不味いから嫌だって前に言ってたっけ?
「大賢者様、流石にそんなこと言ってる場合じゃないのでは?」
俺は苦言を呈した。
「いや、しかしだな。一回試したんだが、信じられんくらい不味かったんだぞ? あれほどの味は、ジョニィ以来だぞ……」
「……そんなに?」
大賢者様の表情が本気過ぎてそれ以上言うのを止めた。
それに雑談をしている場合じゃない。
空間転移で距離を取ったが、魔王も俺たちに気付いたようだ。
そして、ここに大賢者様が居ることも。
「光の勇者くん。戦えるか?」
「……いえ、正直厳しいと思います。獣の王ザガンの攻撃をはじくので精一杯でした」
「……そうか。わかった、ここからは我に任せろ。お前たちは逃げろ」
「え?」
あれ? 一緒に戦わないのか?
桜井くんの話だと、先代の獣の王はみんなで協力して倒したらしい。
だったら、今回もそうすべきではないんだろうか。
でも、大賢者様だからなぁ。
普通に一人で倒せてしまうのかもしれない。
『
はい
いいえ
『RPGプレイヤー』スキルが発動する。
選択肢がふわふわ浮いている。
大賢者様を残し……、変な文章だ。
どうもひっかかる。
「わかりました。高月くん、僕らは足手まといになる。ここを離れよう」
「大賢者様」
俺は桜井くんの言葉を無視し、質問した。
「何だ?」
「一人で、魔王に勝てるんですか?」
「……おまえらに心配されるほど、耄碌しておらん」
そう言う大賢者様に、いつもの余裕を感じない。
吸血鬼である大賢者様は、本来なら昼間は外で活動をしていないはず。
しかも、一日がかりで
相当な負担だったはずだ。
「高月くん……?」
逃げようとしない俺に、桜井くんが不安げに見つめてくる。
「いいから、さっさと行け! ここで『光の勇者』を失うわけにはいかん。大魔王を倒せるのは、光の勇者だけだ」
イライラとしたように大賢者様が言った。
(やっぱり、無理している)
もしかして、自分が犠牲になるつもりじゃなかろうか。
俺は大賢者様に世話になってきた。
大迷宮で、太陽の国で、他にもいろいろと。
恩には恩で返す。
「大賢者様、ひとつ考えがあります」
「なに?」
「高月くん?」
「こーいうのは、どうですかね」
俺は、ついさっき思いついた作戦を二人に伝えた。
◇
「……て、感じなんだけど」
「ほう、面白いな!」
「確かにその方法なら……」
俺の説明に、大賢者様と桜井くんが興味を示した。
――オォオオオオ!
その時、大気を震わせる魔王の咆哮が響いた。
魔王の殺気が高まっている。
「おっと、我を警戒していたようじゃが一向に動きを見せぬので、しびれを切らしたようだな」
大賢者様の視線が鋭くなった。
「僕は時間を稼ぐよ。高月くん、頼んだ」
「我は、精霊使いくんを守ろう」
「桜井くん! 5分で準備が整う。合図は、大賢者様が送ってくれる」
俺たちは、それぞれの役割を確認し合う。
――ゴオオオオオ
魔王が、口を開くと黒い炎が吐き出された。
巨大な火炎放射のように、こちらへ迫る。
次の瞬間、景色がブレた。
大賢者様の
が、魔王は攻撃を止めない。
その場所に、桜井くんが残っているからだ。
魔王の狙いは『光の勇者』。
桜井くんが、命がけで時間を稼いでくれている。
だから、俺も最速で準備を整えないといけない。
『明鏡止水』100%。
そして……
――『精霊の右手』
俺は右手を天に掲げた。
ついでに、あたり一帯の水の精霊にも手伝ってもらう。
火の国の王都を襲った、彗星を壊せる程度の魔力が集まってきた。
「さすがに、気付いたか」
大賢者様の言う通り、魔王が桜井くんへ攻撃する手がとまった。
少し迷うように、こちらに向かっても黒い炎を放つ。
「中途半端な攻撃だな」
大賢者様が、何かの呪文を唱えた瞬間、目の前に巨大な薄い鏡のような壁が出来た。
魔王の放った黒い炎が、壁に当たった瞬間、黒い炎が
(結界魔法の最上位『反射結界』!)
敵の魔法をそのまま相手に返す、最も高難度な結界魔法。
大賢者様は、なんでもないようにそれを使いこなす。
「魔力不足でな。こんなケチな魔法しかつかえん」
大賢者様が不満げにつぶやく。
反射結界は、聖級クラスのはずだけど……。
魔王ザガンは、再び桜井くんへの攻撃を再開した。
俺と大賢者様は、後回しにするらしい。
「少し邪魔しておくか」
というと大賢者様が、王級火魔法・
魔王は、鬱陶しそうにそれを避ける。
桜井くんは、なんとか攻撃を凌いでいる。
「くくっ……魔王め。さっさと光の勇者に狙いを絞ればよいものを、迷っているな」
大賢者様の楽しげな声が聞こえた。
というのも、大賢者様は致命傷にはならないが、適度にダメージが通る程度の魔法を魔王に撃ち続けている。
魔王からすれば、イライラするに違い無い。
「精霊使いくん、まだか?」
「……あと、3分くらいですかね」
俺は魔力を集め続ける。
桜井くんは、魔王の攻撃を受け流すことに集中している。
あれなら、負けることは無いはずだ。
しばらく、膠着状態が続き……、俺の準備が整った。
よし!
この魔力ならいける!
「大賢者様!」
「やっとか!」
俺は大賢者様に呼びかけ、喜びが混じった声が返って来た。
俺は魔法を発動させた。
――
膨大な魔力をかき集め、俺が使った魔法は初級魔法ですらない『水生成』。
魔力を使って水を作っただけ。
暗闇の雲のさらに上空で。
「大賢者様! 雲を何とかしてください!」
俺は大賢者様に声をかけ、次のアクションを促す。
「晴れろ」
大賢者様が声を上げると、暗闇の雲に隙間ができた。
俺の時より、少し隙間は小さいかもしれない。
「ちっ、こーいう力業は苦手なんだ」
大賢者様がぼやくが、あれで十分。
わずかな雲の隙間から光が差し込む。
しかし、先ほどのようなわずかな光ではない。
「精霊使いくん、よくあんなものが作れるな」
「…………」
呆れたような大賢者様の声が届くが、俺は『精霊の右手』と魔法の制御で返事ができない。
が、雲の隙間から俺にも見えた。
半径十キロに及ぶ水魔法で作った『巨大な水のレンズ』が。
◇桜井リョウスケの視点◇
――水魔法でレンズを作って、光を集める。
それが、高月くんの作戦だった。
そんな方法があったのか!
だけど、この世界ではメジャーな方法ではないのだろう。
その証拠に、何でも知っている大賢者様が感心したようにうなずいている。
「採用だ、精霊使いくん。それでいこう」
「高月くん、頼んだ!」
僕と大賢者様は、高月くんの提案に乗った。
「おーけー」
すでにやる気になって、青い腕を天に向かって伸ばす高月くんが居た。
その顔は、昔から悪戯する時の横顔だ。
それから、僕は魔王の攻撃の囮になってひたすら凌いだ。
大賢者様が来る前と状況は似ている。
でも違う。
確かな作戦がある防御だ。
作戦主は、高月くん。
なら、何も疑うことは無い。
しばらくして、急に目の前が真っ白になった。
そして、それは太陽の光が僕に当たったのだと悟る。
来た!
僕の身体に数キロ圏内から収束された光が集まっている。
そして『光の勇者』スキルによって光が闘気に変換される。
『光の勇者』スキル――救世主アベルのスキルが発動する。
魔王が巨大な手を振り上げた。
一撃でハイランド城を粉砕するほどの威力だ。
それを僕に向かって振り下ろしてくる。
さっきまでなら、避けるしかできなかった。
しかし。
――光の盾
僕が右手を前にだすと、巨大な盾が魔王と僕の間に現れた。
魔王の攻撃があっさり防がれる。
ォオオオオオオ!
魔王が叫び、さらに追撃を放つ。
巨大な黒い炎が迫る。
そのすべてが、ここには届かない。
その間にも、太陽の光は集まり続ける。
僕の身体に、魔力と闘気が戻ってくる。
高月くんが作ってくれた、このチャンスを逃さない。
(……身体が熱い)
燃えるようだ。
ちらりと上空を見上げる。
高月くんが作った、半径10キロ以上という巨大な水のレンズが太陽の光をこちらに集めていた。
その時、ぐにゃりと光が歪んだ。
高月くんの話だと、もって1分ということだった。
おそらくタイムリミット。
だけど、十分だ。
魔王を倒すのに十分な、太陽の光が集まった。
僕は、女神教会で教わった『救世主アベル』が使っていたという魔法の呪文を唱えた。
天使たちはうたう
尊き主の導きを
感謝の思いは天と地に満ちて
いと厳粛なこの日を喜ぼう
いと高き処、女神に栄光あれ
――『
僕の持つ剣が、白い炎の剣に変わる。
銀の毛並みを持つ、巨大な獅子の獣。
魔王ザガンが、びくりと震えた気がした。
再び魔王が咆哮を上げた。
こちらへ向かってくる。
――裁きの剣・閃
僕は静かに、剣を振るう。
その剣の軌跡は、ゆっくりに見えた。
こんな速度では、魔王に避けられてしまう。
そんな見当違いの考えが誤りだったことと知る。
止まっていた。
風が。
雲の流れが。
音が。
そして、こちらに向かう魔王が静止していた。
止まった時の中で、僕だけが動いていた。
そして、ゆっくりと振った剣が、光の斬撃を放ち、魔王に届く。
次の瞬間、巨大な光の柱が十字に立ち昇った。
大地を震わせるほどの、魔王の断末魔が響いた。
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