195話 高月マコトは、魔王と対峙する


 ――獣の王ザガン。


 その見た目は、一言で形容するなら『巨大な銀色の獅子』だった。


「つーか、デカすぎでは……?」

 思わず口に出た。

 それほどの巨体。

 目の前のこいつに比べるとドラゴンや巨人は、子ネズミ程度だ。


 体長は百メートル以上あるのではなかろうか?

 予備知識が無ければ『魔王』というより『怪獣』である。

 なんか世界観壊してません?


(説明したでしょ。獣の王は、大地の神獣『ベヒーモス』の血を引いているの。その辺の魔物や竜とは、存在の格が違うわ)

 ノア様の声が響いた。


 ここに来る前に教えてもらった情報だ。

 なんでも、太古の神界戦争が終わったあとも、地上に留まった神獣『ベヒーモス』がその辺の魔物を孕ませて、その子孫が魔王になったらしい。

 はた迷惑過ぎる……。 


 ちなみに神獣『ベヒーモス』はどこにいるんですか?

(魔大陸で1500万年くらい寝てるわ。起きないから気にしなくていいわよ。地図だとヘーゼル山脈って名前で載ってるわね)

 山脈扱いらしい。

 どんだけデカいんですか……。


(神獣はみんなそんなもんよ。それより目の前の魔王に集中しなさい)

 雑談している場合ではない。


「桜井くん、いけそう?」

「ああ……と言いたいところだけど、先代の獣の王を倒した時は太陽光があった。今は……」

 空は黒雲に覆われている。

 太陽の光は全く届かない。

 どうしたもんか。

 その時。




 ……XXXXXXXXXXXXX




 獣の王ザガンが口を開いた。

 まるで声そのものに攻撃性があるかのように、大気が震える。

 低く威厳のある声で、魔王が何かを喋っている。


 ……が。



「桜井くん、魔王は何て言ってるの?」

 全然、言葉がわからん。

 人族の言葉じゃないし、勿論、精霊語でも無い。

「……魔族の言葉らしいけど、僕もわからないんだ」

 桜井くんが申し訳なさそうに答えた。

 魔王はさらに言葉を続ける。




 ……XXXXXXXXXXXXX




 いや、こっちに分かるように話せよ!

 一応、人間側に何かを言ってるような気がするが……。

 ビフロンスさんも、セテカーも人族語を喋ってくれたぞ!


(ビフロンスやセテカーは千年前に西の大陸を支配してたからねー。人族の言葉を覚えないと管理できないでしょ。獣の王は、ずっと魔大陸に居るから魔族の言葉しかしゃべらないのよ)

 なるほど、そーいうことですか。

 ちなみに、ノア様って魔族語がわかったりします?


(はぁ!? 私に通訳させる気!?)

 あ、すいません。

 ダメですよね。


(もう、仕方ないわねー。マコトってば。今回だけよ)

 通訳してくれるらしい。


(えっとね、『愚かな人間共よ……千年前の雪辱を果たし、再び魔族が地上を支配する……』的なことを長々しゃべってるわ。あと『光の勇者よ、魔王ザガンとの決闘を受けよ』ですって)

 大した事は言ってませんね。

 あと、罠にかけておいて何が『決闘』やねん!

 腹立つなぁー。

 

「おい、桜井くん。魔王が演説している間に、奇襲かけよう」

「え、えぇ……いいのかな?」

 俺の提案に、困った顔をする桜井くん。

 おいおい、お人好しにも程があるぞ。

 

「ちなみに、さっきから『暗闇の雲』を無くして晴れさせようとしてるんだけど、上手くいかない。雲を操っても戻されるんだ」

 俺の『精霊の右手』を使った天候変化。

 やっぱり『暗闇の雲』には効かない。

 とは言っても、30秒くらいなら一時的に天候を回復できそうだけど。

 それくらいだと焼け石に水か……。


「一昨日に先代の獣の王を倒した時は、ユーウェイン総長や大賢者様、ハイランドの国家認定勇者との連携で何とか倒したんだ。しかし……」

 桜井くんが、遠くに視線を向ける。


 そちらでは、六国連合軍と魔王軍が激しく戦っている。

 こっちの援軍に来る様子は無い。

 というか、黒い結界は消えたけど、桜井くんが無事であることは味方側には伝わってないからなぁ。

 俺たちがいる付近で、一番目立つのは巨大な魔王だ。

 元気いっぱいの魔王に向かって突っ込んでくる阿呆はいない。



「いっそ、仕切り直すために逃げる?」

「……それを許してくれる敵ならいいけど」

 俺たちは、目の前にいる巨大な銀色の獣に目を向ける。

 

 巨大過ぎて視線もよくわからないが、なんとなくこっちを見ているような気がする。

 多分、俺たちの位置は、バレてるんだろうなぁー。


(マコト! 返事が無いのならこちらから行くぞ、ですって!)

 何が返事だ! 

 こっちにわかる言葉でしゃべれ!


「桜井くん! くるぞ!」

「あ、ああ!」

 俺たちは、敵の攻撃に備える。


 獣の王ザガンが、大きく口を開いた。

 何をする気だ……?

 獣の王ザガンの口に光が集まる。

 げ……まさか。



 カッ!!!


 

 魔王の口から巨大な閃光が放たれた。

 太陽が突っ込んでくるような錯覚をした。

 え?

 これ死んだんじゃ……?



「聖剣技・エクスプロージョン!」

 桜井くんが剣を振るうと、獣の王ザガンの攻撃が相殺された。

 空中で二つの衝撃がぶつかり、爆発する。


「桜井くん! すごいな、これなら……」

「はぁ、はぁ、はぁ、……」

 いつも余裕の表情だった、桜井くんが肩で息をしている。

 

「桜井くん……。大丈夫?」

「太陽の光が無いと、魔力も闘気も補充ができないから……、さっきのがあと数回くると苦しいかも」

 それはマズイ。

「いったん、姿を隠そう」

「わかった」

 俺と桜井くんは、『隠密』スキルを使って獣の王と距離を取った。




 ――水魔法・霧




 目くらましになるかわからないが、あたり一帯に濃霧を発生させる。

 うまくいけば逃げられないだろうか。




 オオオオオオオ!




 獣の吠える声が響いた。

 次の瞬間、地面がひっくり返るような地震が起きる。


「高月くん! 掴まって!」

「ありがとう!」

 立ってられなくなったところを、桜井くんに支えられなんとか凌いだ。

 その時、視界におかしなものが飛び込んできた。


 壁がある。

 巨大な壁に囲まれている。

 逃がさない気か。

 つーか、一瞬でこんな壁を作るとか巨神のおっさんクラスでは?


(魔王ザガンは、大地の神獣ベヒーモスの血を引いてるわ。大地全てがザガンの武器だと思いなさい)

 ノア様、解説ありがたいのですが、何か攻略方法は無いですか?


(魔王を倒すとしたら、女神の加護を持つ勇者が一番よ。だから光の勇者くんの力を借りるしかないのだけど……)

 その言葉に、ちらりと桜井くんを見る。

 桜井くんも、こちらを見つめる。


「桜井くん、今から一瞬だけ空を晴れさせる。それで何とかできないか試してくれ」

「わかった!」



 ――『精霊の右手』



 ……ズズズズズズと、黒雲に穴が空き、太陽の光が差す。

 桜井くんが剣を掲げると、その刀身と桜井くんの周りが光に包まれる。

 だが。

(押し返される!)

 魔力で構成されていると思われる『暗闇の雲』は、普段の水魔法のように操れない。


『暗闇の雲』自体が、他の魔法使いによる魔法と考えたほうがよさそうだ。 

 いくら熟練度が高くても、さすがに他人の魔法までは操れない。 


「高月くん! 魔王がこっちに気付いた!」

「げ」

 再び、魔王が口を開きさっきのレーザーみたいな攻撃をしようとしている。

 おまえ、そんな巨体ななりで、遠距離砲台タイプかよ!?

 〇ジラか!?


 カッ! 

 再び閃光が走り。

「聖剣技・グランドクロス!」

 桜井くんの剣から放たれる光斬が迎えうった。

 爆発が起きる。

 

「うわっ」

 そして、俺が吹っ飛ばされる。

「高月くん!?」

 なんとか桜井くんに掴んでもらえた。


 ダメだな。

 この方法は。

 それに俺が足手まといになってる。

 別行動を取ったほうがいいかも……?

 そう思っていた時。


 頭上に大きな影が落ちた。

 巨大な獅子の顔が、こちらを見つめていた。

 大きな足が振り上げられ、こちらに落ちてくる。

 その足についている巨大な爪は、マグマのように燃えていた。



 マズイ!

 桜井くんは、俺を掴んだので体勢を崩している。

 避けられない。

 覚悟を決めたように、桜井くんが剣を構えるのが視界の端に見えた。


 これは……失敗したかも。

『明鏡止水』100%。

 何か手は無いか一瞬考え、俺は無意識にノア様の短剣に手を伸ばし……


「おい」


「え!?」

「わっ!」

 急に後ろから誰かに声をかけられ、俺と桜井くんは引っ張られた。

 そして、一瞬景色が暗転する。




「おいおい、随分な危機ピンチだな?」




 呆れたような、声が響く。

 気が付くと、俺と桜井くんは、猫のように首元を掴まれ宙に浮いていた。

 さっきまで俺たちが居た場所は、巨大なクレーターができ、地面は燃えている。

 なんちゅう、攻撃だ……。

 あそこに居たらヤバかった。

 

 が、俺たちは一瞬で移動した。

 この感覚は知っている。

 ルーシーにここへ送ってもらった時の魔法だ。

 しかし、その時より数十倍は洗練された魔力マナ


 無詠唱の『空間転移テレポート』。

 使い手は、大陸中を探しても数人といない。

 俺は首を回し、なんとか後ろに視線を向けた。


 真っ白な髪に、白いローブ。

 淡く輝く深紅の瞳。


「来てくださったんですね……」

 桜井くんの安堵の声が聞こえた。

 俺もほっと、ため息をついた。

 はぁ……助かった。




「倒すぞ、魔王を」




 頼もしい声の主は、千年前からの英雄・大賢者様だった。

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