194話 桜井リョウスケは思い出す

◇桜井リョウスケの視点◇



 二年前、異世界に迷い込んだ。


 水の神殿でスキルをチェックされ、僕が『光の勇者』だとわかった途端、あっという間に『救世主の生まれ変わり』として担ぎ上げられてしまった。


 悪いことばかりではなかった。

 太陽の国は最高待遇で迎えてくれるというし、友人も一緒に連れて来てよいと言ってくれた。

 全員、国賓としてもてなすとも。

 僕が『光の勇者』として活躍すれば、一生分の生活の保障をしてくれるらしい。


 クラスメイト全員を呼ぼうとしたけど、強いスキルを得た人たちは「自由にやる」と言って去っていった。

 できれば来てほしかった高月くんにまで断られたのは残念だった。


 それから、この世界について学び。

 剣と魔法を覚え。

 色々な人たちと出会った。


 そして、魔王軍との戦い。

 戦闘は、優勢だった。

 作戦通り、魔王を倒すことができた。

 大きな被害を出すことなく。


「さらに魔王軍に追撃を!」

 という声も上がっていたが、指揮を執るユーウェイン総長は深追いを禁じた。

 しかし、魔王軍が完全に撤退するまで軍を下げるわけにはいかず、様子見となった……ところを強襲された。 

 

 魔王を倒した油断もあったんだろう。

 気が付いた時、僕を含む第七師団だけが、結界内に分断された。

『光の勇者』を閉じ込めるためのみに開発されたという結界は強力で、僕の攻撃が通らなかったのはこれが初めてだった。

 それに『光の勇者』スキルの根源である太陽の光が弱まっている。

 おそらくこれも敵の策略だろう。


 仲間は、一人、また一人と倒れた。 

 そして、最後に立っていたのは僕だけだった。



(……ここまでか)



 剣を振るいながら思った。

 まだ戦える。

 一時間は大丈夫だろう。

 二時間は、なんとかなる。

 三時間は、苦しいかもしれない。

 四時間は、……おそらく無理だ。

 

 ここに助けは来ない。

 仲間たちはすでに身代わりとして倒れた。

 黒い結界からは逃げられそうになく、絶え間なく魔物たちが襲ってくる。

 気が狂いそうだった。


 剣を振るっているのは、勇者としての使命感ではなく死にたくないという恐怖感だった。

 もしくは、自暴自棄な心か。

 それももうじき終わる。


 ………………。

 やがて何も考え無くなり、機械のようにひたすら敵を切った。


 そして、もう膝を付こうかという時、いきなり頭から冷水をぶっかけられた。


(攻撃された!?)

 しかし、傷一つついていない。

 殺気の無い、というか攻撃かどうかよくわからない水魔法。

 使い主は、幼馴染の友人だった。




 ◇




「とりあえず、この結界をなんとかしようか」

 そう言って、とぼけた表情を見せる高月くんは昔と変わっていない。

 中学一年の時、困り果てていた僕を助けてくれたあの時と同じ顔だった。


「高月くんは、この結界を壊せるのか!?」

 結界破りは何度も試みた。

 それに外にいるユーウェイン総長たちを含む、優秀な魔法使いも大勢いるはずだ。

 それでも丸一日、なんの打開策も出なかった。

 

 高月くんの返事は、質問の回答ではなかった。


「桜井くん、俺の身体を適当に掴んでおいて」

「え?」

「早く早く」

「わ、わかった」

 僕は高月くんの肩のあたりを、ぎゅっと掴んだ。


「両手じゃなくていいんだけどね……、まあ、いっか」

 そう言うと高月くんは、左手を高く掲げた。



「水魔法・大瀑布」

「うわっ!」



 次の瞬間、プールをひっくり返したような大量の水が辺り一面をなぎ倒した。


 そしてそれが、

 

 あっという間に、僕らが居る場所は水中に飲み込まれた。

 お、溺れる!?




 ――水魔法・水中呼吸

 ――水魔法・水中会話




 そんな声が、耳に届いた。


(桜井くん、聞こえる?)

(……ああ、凄いな。こんな魔法があるんだね)

 水中呼吸は、大迷宮攻略の時に覚えたけど会話が出来る魔法があったとは知らなかった。


 ついでに言うと高月くんは、大瀑布という水を大量に発生させる魔法も使っている。

 三つの魔法の併用だ。

 三魔法が同時に扱える魔法使いは、太陽の騎士団でも稀だった。

 その時。


(高月くん! 敵が来た!)


 水中であるにも関わらず、俊敏な動きでこちらへ迫る魔物が居た。



 ――水魔法・水流



 高月くんは、そちらに向けず魔法を放った。

 魔物たちが、錐もみされながら流されていった。



(そろそろ結界内を水で満たせそうかな~。魔法で生成した水は魔法攻撃扱いか。結界に吸収されてる……一応、予想通り)

 高月くんは、薄く笑いながら頬を指で掻いている。

 しかし、それはマズいのでは? 


(高月くん、結界に吸収されるなら意味が無いんじゃ……)

(大丈夫、吸収されるより先に水を生成し続ければいいから)

(……そんなことできるの?)

(できるよ。そう、精霊魔法ならね)

 どやぁ、と勝ち誇る高月くん。

 ああ、このノリノリの顔。

 悪戯を仕掛けるときの高月くんだ。


 

(じゃあ、そろそろ次行きますか)

(つぎ?)

 一体、何を?

 



 ――水魔法・深海




 その言葉が聞こえると同時に、ゾワリと背中に悪寒が走った。

 この魔法は……ハイランドで稲妻の勇者に高月くんが使った魔法だ。


(桜井くん、手を離すなよ)

 僕は、こくこくと頭を縦に振った。

 そして、高月くんの声――水魔法を介してではあるが――聞こえてきた




 ――水深




 この世界の長さの単位は、メートルではない。

 だから、きっとこの魔法は高月くんのオリジナルなんだろう。

 確かもとの世界で最も深い海はマリアナ海溝。

 その水深が、約10,900メートル。

 つまり深海一万メートルは、ほぼ世界最深だ。


 僕は理系じゃないので詳しくないが、1平方cmに1トンの重さがかかる計算だった気がする。

 そんな中で生きられる生物は、居ない。

 僕は『索敵』スキルを使った。


 結界内に生きた魔物は……いなかった。

 

(た、高月くん……)

 心配だった。

 これで五つ目の魔法。

 しかも、これほどの大魔法。

 魔力や、制御は大丈夫だろうか?


(お、結界に入ってきた魔物が勝手にやられてくれた。ラッキー)

 高月くんのはずんだ声が聞こえた。

 あ、全然余裕っぽい。


 それからしばらく水の中で待っていたが、そもそも魔物が僕たちのところにたどり着けない。

 平和な時間が訪れた。



(暇だ)

 高月くんが、飽きたように伸びをした。

 当然ながら『水魔法・大瀑布』は使い続けているし、入ってきた魔物は『水魔法・深海』で倒している。

 普通なら、とんでもない集中力が必要なはずなんだけど……。



(高月くん、このあとはどうする……?)

 結界から出られないという状況には変わりがない。


 高月くんから、衝撃の言葉が飛び出した。


(とりあえず二十四時間くらい待ってみようか)

(二十四!?)

 驚いて手を離しそうになった。

 それって丸一日ってことじゃないか。


(巫女エステルさんの予知だと、今日の夜を桜井くんが越えられないってことらしいから、それを防げば予知が変わるんじゃないかなー)

(しかし、いくらなんでも二十四時間なんて……)

 そんなに集中できるはずが。


(ゲームだったら三徹いけるんだけどなー)

(……)

 そういえばそうだった。

 高月くんの三日寝てない発言は、本当に三日寝てなかった。

 


(暇だから、世間話しようか、桜井くん)

(今!?)

 つい数十分前の絶望的な心地との落差に戸惑いつつ、何か言ったほうがいいかと頭を働かせた。


(じゃあ、前に土の国で古竜エンシェントドラゴンと戦った時の事なんだけど……)

(お、いいね! それは聞きたい!)

 高月くんが喰いついた。

 その後、高月くんが火の国で暴れた話を聞いたり。

 僕の婚約者の話を色々質問攻めにされたので、どうしたのかと思ったら「最近、女性関係で流されやすくてさ……、俺は硬派を目指してるんだけど」と相談された。

 それは僕に聞かないほうがいいと思うんだけど。



 そんな話をしばらく、続けていた。



 その時――ピシリと、何かにひびが入るような音がした。

 これは!?


(高月くん!)

(なんだ、思ったより早かったなー)

 結界が崩れていく。


(一体どうやってあの結界を……)

(単に吸収できる上限を超えただけだと思うよ)

 事もなげに高月くんは言った。

 

 結界破り。

 その方法は大きく二パターンあるらしい。

 結界の術式を理解し、術式を崩すスマートな方法。

 もう一つは、強力な結界に強力な魔法を正面からぶつけて壊す、力技の方法。

 高月くんが取ったのは、後者だった。



(もう少し持つと思ったんだけどなぁ……)

 違和感を感じた。

 高月くんの言い方だと、まるで結界があったほうがよかったみたいな……。



「桜井くん、出番だよ」 

「……ああ」

 理由はすぐにわかった。

 結界が崩れ、高月くんの生成した水は巨大な龍の姿で天に昇って行った。

 一日ぶりに見る空は、黒い雲で覆われていた。


 しかし、それよりも目を見張るものがあった。

 巨大な銀色の獣が、僕らの目の前に立っていた。


 その姿には、見覚えがある。

 しかし、記憶にあったその銀色の獣は、もっと老いていた。

 目の前の巨獣のように若々しくなかった。

 



 ――『獣の王』ザガン。




 結界内で高月くんから聞いた話によると。

 先代から力を受け継ぎ、より強く代替わりした魔王がそこにいた。

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