189話 人魔戦争 その5

 ――太陽の騎士団、拠点天幕テント内。


 俺は通信魔法を使った日次の定例会議に参加している。

 最近は俺一人が参加していたが、今日はさーさんとルーシーも隣に居る。


「オルトよ。もう一度言ってもらってもよいか?」

 画面の向こうではユーウェイン総長が、頭痛がするかのようにこめかみを押さえている。


「はっ! 獣の王の腹心が一人、十爪のハヤテを討伐しました!」

「……聞き違いではなかったようだ」

 ユーウェイン総長の渋面が、通信魔法でアップされている。

 他の面々の表情を見ると。


(((((……また、こいつか)))))


 という心の声が聞こえてくるようだ。

 今回は俺じゃないんですけどね。



 ――『獣の王』ザガンの幹部、十爪のハヤテ。



 奇襲を得意とする有名な上級魔族だったらしい。

 実際、俺の危険感知やフリアエさんの未来予知をすり抜け襲ってきた。

 フリアエさんがとっさに助けてくれなければ、危ないところだったと思う。 


 奴の狙いは水の国ローゼスの勇者。

 明確に俺の命を狙ってきた。

 近接戦闘力がゼロに近い俺にとって、敵に間合いに入られることは死を意味する。

 初撃は回避したが、次の攻撃で致命傷を負う恐れもあった。


 魔族にとっての最大の不幸は、天幕で寝ていた『火の国の国家認定勇者』の存在だろう。

 天幕の近くで騒ぎ過ぎたため、さーさんが起きてきた。

 寝起きで機嫌が悪かったさーさんが「うっさいなー!」と言いながら『無敵時間』スキルを使い、カウンターでぶん殴った。

 哀れな魔族は、頭を地面にめり込ませることとなった。


 が、さすがに魔王軍の幹部。

 その時点ではまだ生きていたが、ルーシーによる追撃の『隕石落としメテオ』を食らわされて、完全に沈黙。

 残りの処理は、太陽の騎士団のみなさんにお任せした。

(強い魔族は、死んだと思っても復活したりするらしい)


 ――という話をオルト団長が、通信魔法の向こう側の人々に説明している。

 

「ふむ、我が国の国家認定勇者アヤ殿。よくぞ倒してくださった。かの魔族は、奇襲・暗殺を得意としており今回の作戦でも対策に頭を悩ませておりました」

「は、はーい、どういたしましてー」

 タリスカー将軍の言葉に、さーさんが照れるように頭をかいている。

 隣のオルガさんは、面白くなさそうな顔をしている。


「ルーシー、やったわね! でも、あんまり無茶しないでね。ロザリー義母かあ様みたいに魔王軍に一人で突っ込んで行っちゃダメよ?」

「そんなことしないって、フローナお姉ちゃん」

「心配だわー。ルーシーって性格もロザリー義母様に似てるもの」

「あそこまで戦闘狂クレイジーじゃないわよ」

 木の女神の巫女フローナさんとルーシーの会話は、もはや親戚のお姉ちゃんとの会話だ。

 一応、ここ軍議なんだけど……。


「おい! 俺たちはいつまで待機なんだよ! こいつらばっかり好き勝手し過ぎだろ!」

 切れ気味に怒鳴るのはジェラルドさんだ。

 うん、連日ずっと待機だしストレス溜まってそう。


「こうも待機が続くと身体が鈍るわね」

 大人しくしているが、同じくストレスが溜まってそうにぼそりと言うのは火の女神の勇者オルガさんだ。

 さーさんが、魔王の幹部をぶっ飛ばした話に感化されているようだ。

 他の人たちにも伝染したのか、少し会議がざわつき始めた。

 その時。




「明日が決戦です」




 運命の女神の巫女エステルの言葉で、皆が押し黙った。


「明日『獣の王』ザガンが西の大陸に侵略してくる。そうですね、エステル様」

 ユーウェイン総長の言葉は、質問でなく確認だった。

 巫女エステルが静かに頷く。

 ついに魔王自らが攻めてくる。


「では、作戦を伝えよう。と言っても今回の作戦は、巫女エステル様の予知が主となっている。ご説明いただけますか、エステル様」

「わかりました」

 運命の女神の巫女エステル――に降臨している運命の女神イラ様が口を開く。


「明朝『獣の王』ザガンが率いる魔王軍が商業の国キャメロン沿岸へ上陸します。魔王軍は商業の国キャメロンの街々を破壊しようとします。商業の国キャメロンの商流が止まれば、六国連合に甚大な影響がある。そのため我々はこれを迎え撃つ必要があります。しかし、奴らの本当の狙いは『光の勇者』を討つこと」

 巫女エステルの透き通った声が通信魔法から響く。

 みな静かに耳を傾けている。


「魔王軍の歩みは遅いでしょう。なぜなら、奴らの作戦は我々を疲弊させることと時間を稼ぐこと。決戦に見せかけ、日中は決して本気ではぶつかってきません。魔王軍は戦を可能な限り引き延ばし、日が落ちるまで小さな攻めを繰り返します。そして、日没と共に『海魔の王』フォルネウスの軍と共に、総攻撃を仕掛ける。その時、疲弊した我々はその勢いに勝てず敗北する。これが私の見える運命です」

「「「「「「……」」」」」」

 おいおい、負けてるじゃん。

 勿論、そうならないために運命の女神イラ様がいるわけで。

 皆、巫女エステルの次の言葉を待っている。


「ですから、我々は裏をかきます。連中が日没まで戦を引き延ばすなら、こちらは短期決戦です。『光の勇者』桜井リョウスケ」

「は、はい!」

 巫女エステルに呼ばれ、桜井くんが返事をする。


「あなたは少数精鋭を率い、魔王軍の奥に陣取っている魔王を直接叩くのです」

「お、お待ちください! それはあまりに危険では!?」

 声を発したのはノエル王女だ。

 たしかに作戦と呼ぶには、乱暴すぎる気がした。


「大丈夫です。魔王へ挑むタイミングは正午。太陽が最も高く昇った時、『光の勇者』を傷つけられるものはいません。それに、太陽の国には空間転移の使い手がいる。魔王との戦いの前に、消耗する心配もない」

「光の勇者くんの付き添いは我が請け負おう」

 大賢者様がクールに答えた。

 いつも通りの落ち着いた声。

 頼もしい。


(でも、ヴァンパイアの大賢者様が日中に出て大丈夫なんだろうか……?)

 少々、心配だ。

 俺の視線を感じてか、「心配するな」と言いたげに大賢者様がふっと笑った。

 余計なお世話だったか。

 仮にも千年前、世界を救った英雄だ。


「太陽の騎士団からも、団長クラスと国家認定勇者を何名かつけます。しかし、肝心の魔王の場所は戦の混乱の最中で把握できるものでしょうか?」

 ユーウェイン総長が質問した。

 敵は二十万を超える大軍。

 簡単に見つかるものじゃないだろう。

 が、巫女エステルは自信に満ちた顔を見せた。


「問題ありません。やつらも大将である魔王が討たれることを恐れ、軍の編成を変えているようですが、私が常に魔王の位置をお伝えしましょう。私は魔王の位置を把握していますから」

「わかりました、エステル様。しかし、魔王と戦うタイミングは現場で判断します。戦局によっては光の勇者殿が敵陣に取り残される危険もある。退路を確保したうえで、魔王の首を狙います」

 巫女エステルの自信を含んだ言葉に、慎重な意見を返すユーウェイン総長。

 

「ええ、それで構いません。初日に上手く事が運ぶとも限らない。仕掛けるタイミングは、ユーウェイン総長の判断に任せます」

「わかりました。では、魔王の位置情報についてはエステル様の予知を信じます」

 話がまとまりそうだ。

 いよいよ明日、魔王との決戦。

 俺はその場に立ち会えないのは少々心残りだが……。



「つまらなそうですね、水の国ローゼスの勇者」

「!?」

 突然、巫女エステルがこちらを向いて発言した。


「い、いえいえ。ちゃんと聞いてますよ」

「当り前です」

 はぁー、とエステルさんが溜め息をついた。


水の国ローゼスの勇者と太陽の騎士団・第一師団。明日以降、そちらに魔王軍は現れません」

「「え?」」

 俺とオルト団長の声が重なった。


「驚くことでもないでしょう。『海魔の王』フォルネウスの配下一万を撃破、『獣の王』ザガンの空戦部隊5000を殲滅、さらに『獣の王』の幹部『十爪』の一人を討伐、それで人族側の被害はゼロ。さすがに、あなたたちに手を出すのは割に合わないと気づいたのでしょう」

「はぁ……、そっすか」

 今日のエステル様――運命の女神イラ様は優しい?

 水の女神エイル様が話をつけてくれたからかな。


「ですが」

 巫女エステルが、真剣な目で軍議の参加者を見渡す。


「明日の決戦で大陸の各地、月の国以外で魔王軍の攻撃が激化します」

「「「「!」」」」

 参加者に緊張が走る。


「それは、我々本軍への合流を防ぐためですね?」

「そうです、魔王軍はなるべく『光の勇者』の近くに戦力を集めたくない。やつらの狙いは、大魔王イヴリースを滅ぼしうる『光の勇者』の命を奪うことですから」

「……」

 ちらりと桜井くんの方を見ると、緊張した顔が見えた。

 あんまり友人をビビらせないで欲しいけど……。

 でも、連中の狙いが桜井くんなら警告しておくことは重要か。

 頑張ってくれよ、桜井くん。


「つーことは、こっちにも魔王軍が攻めてくるんだな?」

「ふーん、やっとかぁ」

「民には指一本触れさせん」

「「……」」

 稲妻の勇者ジェラルド・バランタイン、灼熱の勇者オルガ・ソール・タリスカー、風樹の勇者マキシミリアン・ラガヴーリンさんたちの気合が入っているのがわかる。

 何を考えているのかよくわからないハイランドの国家認定勇者アレクのぼんやりした顔も映っているが。

 あいつは桜井くんと一緒じゃないのか?

 あとは氷雪の勇者レオナード王子の緊張した顔が心配だが、マキシミリアンさんがついてるしきっと大丈夫だと信じよう。 


 その後、いくつかの確認事項が話され決戦前の会議が終わった。

 

 俺はちらりと幼馴染の『光の勇者』の顔を見た。

 その横顔は、緊張を含んでいてユーウェイン総長と何やら話し込んでいる。

 桜井くんが俺の視線に気づくことはなかった。


(気を付けて。怪我するなよ)

 と心の中でエールを送り、俺は通信魔法が切れるまで画面を見続けた。



 寝泊まりしている天幕に戻り、留守番していたフリアエさんに会議の内容を共有した。

 フリアエさんは「そう……」と静かに話を聞いていた。

 明日桜井くんが、魔王軍と戦うわけだがどんな心境なんだろう、と思っていたのだが。


 途中「私の騎士、不安なの?」と逆にツッコまれた。

 俺はそんな不安気な表情をしていたんだろうか?

「まあね」と曖昧に返事した。


「落ち着かないから、修行してくるよ」

 そう言って俺は天幕を出た。


「また、魔族に狙われるよ。高月くん」

「そうよ、マコト。大人しくしておきなさいって」

 ルーシーとさーさんに止められたが。


「大丈夫大丈夫。エステルさんがもう魔王軍は来ないって言ってたから」

 実質、運命の女神イラ様の太鼓判だ。

 きっともう来ないんだろう。


 そして、明け方近くまで修行して。

 翌日は、巫女エステルの言う通り平和な一日だった。

 

 俺は落ち着かないながら一日を過ごし。


 そして、夜になった。



 ◇



 その日の会議は始まる前にざわついていた。

 まだ、会議は始まっていない。

 ぽつぽつと、通信魔法の接続画面が立ち上がる。

 しかし、今日の参加者の一部は『何か』を知っているのか、落ち着かない様子だった。 


(……何かあったのか?)


 何かあったなら、それは六国連合軍と魔王軍の戦いについてだろう。

 俺は『聞き耳』スキルを使って、人々の会話に耳を傾けた。

 

 ……その話は、本当なのか?

 ……いくらなんでも早すぎるのでは?

 ……信じられん、こんなにうまくいくとは。


 そんな会話だ。

 そして、誰かがぽつりと言った言葉が耳に届いた。



 ――光の勇者が、魔王ザガンを打ち取ったらしい。

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