188話 月の巫女フリアエは、自覚が無い
◇フリアエ・ナイア・ラフィロイグの視点◇
――西の大陸にはこんな言い伝えがある。
千年よりはるか以前。
救世主アベルの活躍した頃より前の時代から語り継がれている昔話。
それはとある国の姫と騎士の物語。
舞台は、この大陸のどこかで栄えた小国。
その国に、東の大陸から一人の魔女がやってきた。
魔女は、凄まじい魔法の使い手であった。
魔女は身体の悪かった国王の病気を治した。
妻を亡くし悲しみに暮れていた宰相の心を癒した。
足を失った将軍に、魔法の義足を与えた。
魔女は、国王を、宰相を、将軍を、国の重要人物を少しづつ篭絡していった。
気付いた時には、その国は魔女のものになっていた。
国を支配した魔女は、民から搾取し、贅の限りを尽くした。
その国には聡明な姫がいた。
魔女に国を乗っ取られた姫は、幼馴染の騎士とたった二人で国を追われることになる。
途中、様々な苦難に見舞われながらも、各地で味方を集め。
最終的には悪い魔女を倒し、国を取り戻した。
姫は偉大な女王となり、彼女を支えた騎士は救国の英雄と称えられた。
西の大陸で救世主アベルの話と並んで人気がある『姫と守護騎士』の物語である。
守護騎士契約の成り立ちは、この話が元となっている。
私は、この話が好きだった。
月の国の民は、救世主アベルの話が好きではないから話したがらないということもあるが。
幼い頃から何度も聞かされてきた。
『姫と守護騎士』の物語で、私の好きなセリフがある。
騎士が姫に向かって言う言葉だ。
――我が姫。世界中があなたの敵であっても、私だけはあなたを護り続けます。
月の女神の巫女として大陸中の国々から疎まれている身として、非常に心に響くセリフだった。
いつか私にこんなことを言ってくれる守護騎士は現れないかしら、と夢見ていた。
しかし、現実は違った。
「巫女様」
「フリアエ様」
「月の女神の巫女様」
「美しき我らが巫女様」
「何でもお申し付けください」
私の周りには、私に魅了された人々で溢れかえっている。
月の女神ナイアが私にかけた
この世の全ての生物は、私の美しさに魅了される。
おかげで、出会う男は勿論、女でさえも私を一目見れば好意を抱く。
だから、周りの人々は私を護ってくれる。
ただし『守護騎士』物語のような忠誠心に溢れてではなく、ただ私に魅了されただけだ。
見た目がいいから、私を好いてくれるのだ。
それが私には酷く薄っぺらいものな気がした。
でも、現実はそんなもんだろうと、諦めていた。
――ある日、一人の男と出会った。
桜井リョウスケ。
彼は異世界から来た『光の勇者』だった。
最初は私を捕らえにきた彼は、私の身の上話を聞き、私に同情し、そして好意を向けてくれた。
そして何より『光の勇者』には私の『魅了』が効きづらかった。
『魅了』されてない状態で、私の味方をしてくれた。
「フリアエ、困ったことがあれば助けに行くよ」
「……そう」
うれしかった。
初めて人を好きになった気がした。
だけど、彼は『光の勇者』。
婚約者は、大陸最大の国家ハイランドの王女ノエル。
他にも大勢の婚約者が居るらしい。
それに月の国の民は、
つまり叶わぬ恋だ。
(……ま、初恋は実らないって言うしね)
そもそも全ての人を魅了してしまう私が、人を好きになれただけでも僥倖だった。
忘れよう……と思った。
苦く、甘酸っぱい思い出。
それだけだ。
――次に、変な男と出会った。
高月マコト。
彼もまた、異世界からやってきた人物だ。
その名前は、リョウスケから何度か聞かされていた。
とても信頼できる、凄いヤツなんだと。
『光の勇者』のリョウスケからこれほど慕われるとは、一体どんな人なんだろう。
さぞ、立派な傑物だろうと想像していた。
だが、実際に会ってみると、気弱そうで、身体もひょろくて、押せば倒れてしまいそうだ。
魔法使いなのに
仲間の魔法使いのエルフの女の子や、異世界から来たという戦士の女の子のほうがよっぽど強い。
少々、がっかりした。
しかし、彼は一応水の国の国家認定勇者だ。
そこで、私は高月マコトと『守護騎士』契約することで、太陽の国から逃げ出そうと試みた。
が、ここで想定外の事態になった。
高月マコトには、私の『魅了』が一切通じないのだ。
話が違うわよ!
全ての生き物は、私に魅了されるんじゃなかったの!
勿論、過去に一度しか会話をしたことがない
だけど、高月マコトは私の『守護騎士』になってくれた。
どうやら彼は、お人好しらしい。
太陽の国を出たら、適当な理由をつけて『守護騎士』契約は打ち切ってしまおう。
私は魔人族の血を引いていて人族から嫌われている『月の女神の巫女』。
救世主アベルの物語の悪役『厄災の魔女』の生まれ変わりだ。
そのうちパーティーを追い出されるだろう。
そんな風に考えていた。
だけど、『邪神の使徒』であった高月マコト。
『魔族とのハーフ』の魔法使いさん。
魔物である『ラミア族』の戦士さん。
みんな、ひと癖あるパーティー仲間だった。
でも、みんないい人たちだった。
誰も私のことを疎んだりしなかった。
私はパーティーを抜け出すタイミングを逃し、気が付くと居着いてしまった。
(しばらくは、ここに居てもいいかな……)
そう思った。
平和だった。
たまに、高月マコトが魔物の群れにつっこんだり、石化したりしたが。
生まれた時から月の国の薄暗い地下で育った私にとって、水の国、木の国、火の国を巡るのは楽しかった。
あまり好きではなかった『運命魔法』や『呪い魔法』を使って、水の街マッカレンで魔法使いさんがピンチになるのを知って駆けつけたり、木の国で石化されたエルフ族を助けたりした。
大変だった。
でも充実していた。
いつか月の国に戻らなきゃ、と思いつつ一緒に過ごしていた。
しかし――
最近、イライラすることが多い。
原因は多分……私の騎士――高月マコトのせいだ。
高月マコトは『魅了』されない。
それだけでなく『未来視』もできない。
何を考えているのかわからない。
月の女神の巫女の『守護騎士』なのに、私の側に居ない。
いつも修行しているか、どこかで女と会っている。
別にいい。
私と高月マコトの関係は、守護騎士の契約関係。
仕事上の付き合いだ。
気にする必要はない。
気にする必要はないのだが、最近の高月マコトを見ているとイライラする。
太陽の国で、敵意をむき出しだった運命の女神の巫女エステルに一人で会いに行くし。
今回の戦争では無駄な戦闘を避けるという作戦なのに、一人で勝手に戦うし。
私の言う事全然、聞かないし!
気が付くと女とイチャイチャしているし!
最後のはいいか。
私に関係ない。
いや……、もしかして私は高月マコトが好きなのだろうか?
でも、これはリョウスケを思う気持ちと全然違う。
ただただイライラするのだ。
高月マコトを好きなのは、
そこで彼女たちに聞いてみることにした。
「ねえ、魔法使いさん、戦士さん。あなたたちってどうやってあの男を好きになったの?」
「突然ね、フーリ」
「どうしたの? ふーちゃん?」
きょとんとした顔で、二人が振り向く。
高月マコトは軍の会議に参加しているので不在。
聞き出すには絶好の機会だ。
「ま、知りたいなら教えるわ! 私は
「そ、そう……戦士さんは?」
魔法使いさんのテンションが一気に上がった。
高月マコトの話になるといつもこうだ。
「私は高月くんと一緒に部屋で遊んでた時からかなー。あ、前の世界の話ね。中学の時から放課後は高月くんの部屋に入り浸ってたんだけど、なんか一緒に居ると落ち着くんだよねー。でも最近は二人っきりになれる時間が減っちゃったなぁ。あー、この前はおしかったなー。もうちょっとだったのに」
「もうダメよ。アヤ」
戦士さんの言葉に、魔法使いさんが睨んだ。
「はーい、反省してまーす」
「絶対してないわね」
魔法使いさんが、戦士さんのほっぺたをひっぱっている。
戦士さんもやり返している。
仲良しだなぁ。
うーん、と私は考えた。
昔から一緒の時間を過ごしてきた
どちらも私には無いものだ。
参考には、ならないみたい。
「ま、アヤと比べると私の方がドラマチックよね」
ふふん、と魔法使いさんが胸を張って言った。
「わかってないなー、るーちゃん。こーいう日常から好きになるのがいいんだよ。それに付き合いの長さは私が一番だもんねー」
やれやれと、首をふる戦士さん。
「そんなこと言ったら異世界に来てからの付き合いは私が一番よ。それにやっぱり男は女の子のピンチを助けたいものよ。ヒーロー願望っていうらしいわよ」
「はぁ……るーちゃん。それで惚れるのチョロインって言うんだよ。残念ながら、るーちゃんはそれだね」
「はぁ!? それを言うなら幼馴染ヒロインは負けヒロインっだって昔、マコトとふじやんさんが話してたわよ」
「あのオタクたちめ……。残念でしたー、幼馴染ヒロインは小学校からなんですー。中学からの友人は幼馴染ヒロインじゃありませんー」
「うぐぐ……異世界のルールは面倒くさいわね。じゃあ、アヤはモブヒロインね」
「はぁ!? ケンカ売ってるの、るーちゃん」
「先に売ってきたのは、アヤでしょ!」
あああ、喧嘩になっちゃう! と出会った頃なら心配してたかもしれない。
でも、この二人の言い合いはただのじゃれ合いだ。
それにしても『チョロイン』とか『ヒロイン』って何なのかしら。
異世界用語は、よくわからない。
「じゃあ、今日の夜マコトのベッドに忍び込んで決着をつけるわよ、アヤ!」
「望むところだよ、るーちゃん。可愛い下着を選んでおいてよ」
「どうせ脱ぐのに?」
「高月くんに脱がしてもらうなら、可愛い下着がいいでしょ?」
気が付くと話が盛大に脱線していた。
ていうか、なんて話してるの!
「ねぇ! 私も同じテントに居るってわかってる!?」
「いやっ」「きゃん!」
流石に会話の内容を看過できず、私は魔法使いさんと戦士さんの頭をはたいた。
放っておくと、どこまでも暴走する二人だ。
しかも冗談じゃなくて、本気で実行するから困る。
「「……」」
魔法使いさんと戦士さんが、こちらをじっと見つめてきた。
「最近、フーリがマコトの事だとマジになるのよね」
「ねー、すぐ怒るよね」
「な、なにがよ! そんなことないわよ!」
私はふんと、顔を逸らした。
魔法使いさんと戦士さんは、顔を見合わせている。
「どー思う、アヤ?」
「ま、ふーちゃんがそう言うなら、そーなんじゃない? ふーちゃんの中では」
く、何よ、全然信じてなさそうな会話は!
「そうだ。話が変わるけど、るーちゃん。太陽の騎士団の女騎士さんが高月くんに声かけようかって、言ってたよ」
「えっ!? なにそれ!」
「こっそり聞いたんだけど、高月くんが狙われてるみたい」
「まだ戦争中なのに、危機感が足りないんじゃないかしら!」
「だよね!」
プンプンと、二人して怒ったような態度をとっているがあんたたち二人も色ボケてるわよ。
今は二人して好きな男のことを、あーだ、こーだ文句を言っている。
やれ鈍感だの、すぐフラグを立てるだの。
文句を言いながらも二人とも楽しそうだ。
(……にしても)
二人を見て思う。
やっぱり私は、この二人とは違う。
高月マコトが好きってわけじゃない……はずだ。
だってイライラするだけだから。
それから、しばらくして私の騎士が戻って来た。
会議の内容を共有して、早々にまた修行に行ってしまった。
魔法使いさんと、戦士さんはおしゃべりして、しゃべり疲れたのか寝てしまった。
私は――寝れなかった。
あの男は、まだ修行をしているんだろうか?
もしかしたら、またどこかの女に言い寄られたりしてないだろうか。
私の守護騎士なんだから、私の側に居なさいよ。
……イライラする。
気が付くと、私は高月マコトが修行している泉に向かって歩いていた。
◇高月マコトの視点◇
「ねぇ、私の騎士」
月の光に照らされたフリアエさんは、手を後ろに組んで俺の周りを回るように歩いている。
そちらを向くと、眼をそらされた。
いつも通りの綺麗な顔だが、口はへの字で眼つきも悪い。
ご機嫌斜めのようだ。
これはあれだな。
守護騎士として、ご機嫌をとらねば。
「どうしました? 姫。ご機嫌麗しくないようですが」
「その口調やめなさいよ、気持ち悪い」
「ひどい」
なぜか罵倒された。
「…………」
「…………?」
フリアエさんは何も喋らない。
仕方なく俺は修行を続ける。
精霊と話したり、水魔法で蝶を沢山作って舞わせた。
その間もじっとフリアエさんがこちらを見つめている。
……落ち着かない。
しばらく見られながら、修行を続けた。
「ねぇ、私の騎士。水魔法って蝶以外は作れないの?」
「作れるよ。何を作ろうか?」
フリアエさんが話しかけてきた。
「大きい生き物が見たいわ」
「おーけー」
俺は水魔法でクジラを作って飛ばせた。
「どう?」
「まあまあね。じゃあ次は……」
今日のフリアエさんは注文が多い。
ただ、魔法を見せているうちに機嫌が直っていったのか声が明るくなった。
なんだかんだ、ずっと水魔法で色々な生き物を作り続けた。
(……結構、疲れた)
今日のフリアエさんは、注文が多かった。
「そろそろ帰る? 姫」
「そ、そうね! 遅くなったし帰るわよ、私の騎士」
俺とフリアエさんは、一緒にテントへの道を歩いた。
時間は深夜0時を過ぎている。
隣を歩くフリアエさんは、鼻歌を歌っている。
機嫌が良さそうだ。
「何か話があったんじゃないの?」
と俺はフリアエさんに聞いたが「何でもないわ」という返事が返ってきた。
テントの前に戻った。
ルーシーとさーさんはきっと寝ているだろうから、起こさないように入らないと。
(……隠密スキル)
「やめなさいよ」
フリアエさんに頭を叩かれた。
「なに?」
俺が非難するように睨むと。
「女の子が寝てるテントに隠密スキル使って入っていくのは、犯罪臭がするわ」
「……確かに」
普通に入るか。
俺がテントの入口に手を伸ばすと、
「待って!」
フリアエさんに腕を引っ張られた。
「うわっ」
巫女の力で引っ張られると、俺の貧弱ステータスでは抗えるはずが無く。
一瞬、宙に浮くほどの勢いで引き寄せられた。
「おい、姫。いきなり何するん……」
ドン!!!!
その時、巨大な影が降ってきた。
同時に地面が大きく揺れた。
数メートルはある、人間ではありえない巨体。
「よくぞ避けたな!
俺とフリアエさんの目の前に現れたのは、巨大な喋る魔物だった。
いや、魔族だ。
身体を覆う瘴気と魔力が、かつて木の国で出会った魔王ビフロンスの配下、シューリやセテカーを思い出させた。
「我こそは魔王ザガン様の側近、十爪が一人
なんだその頭痛が痛いみたいな名前は。
あと、暗殺ならもっと忍べ!!
というツッコミをする間もなく、魔族が襲いかかってきた。
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