187話 高月マコトは、撃墜する

◇魔人族の男ハヴェルの視点◇


 ――よいですか、月の女神の巫女様は我々の希望なのです。


 いつの日か、我ら魔人族を導いてくださる御方。

 命ある限り、巫女様を……フリアエ様をお守りするのです。


 我ら月の国ラフィロイグの魔人族は、物心ついた時からそのように教わっている。

 美しくも神々しい、我らが巫女様。

 弾圧され、地下で泥水を啜りながらもその御姿を見れば皆心が救われた。

 我らの心の支えだった。


 しかし……フリアエ様はある日、ハイランドの騎士たちに連れ去られた。

 絶望した。

 もう二度と、巫女様には会えない。

 そう思い命を絶つ者もいた。

 救いの無い日々が続いた。


 しかし、月の国へフリアエ様が戻られた。

 ああ、よくぞご無事で……フリアエ様。 

 月の女神ナイア様、感謝いたします。 

 再び、我らに巫女様を引き合わせてくださったことに。


 前日お会いした時、フリアエ様の肩には一匹の黒い猫が乗っていた。

 月の国では、使い魔を飼う余裕などなかった。

 今はその余裕があるようで、なによりだと思う。

 そして、いつもお側に侍ることができるとは羨ましい限りだ。


 できることなら、私も側でお仕えしたい。

 それは、共にいる全ての魔人族の民にとって共通の願いだろう。

 だが、それよりもなによりも。

 月の女神の巫女フリアエ様の幸せ、その一点が我らの希望である。




 ◇




 月の国に、魔王軍が迫っている。

 魔人族である私の眼には、数千の飛竜やグリフォンの群れがはっきりと見える。

 そして、奴らが運んでいる爆撃用の魔道具も。

 あれを落とされては、我々が生活している地下施設もただでは済まない……。

 しかし、今優先するべきは。


「フリアエ様! はやくお逃げください!」

 私は叫んだ。

「嫌よ! みんなを放っておけないわ」

 駄目だっ! 

 お優しいフリアエ様は、月の国の民を見捨てて逃げたりはしない。

 かくなるうえは、無理やりにでも遠くへ逃がすか?

 しかし、フリアエ様の命令に逆らうなど……。


「マコト、太陽の騎士団たちと合流しましょう!」

「高月くん、ここにいちゃ危ないよ!」

 フリアエ様の仲間たちの声が聞こえた。

 確かにここで単独行動をするより、癪ではあるがハイランドの軍と合流していただいたほうが安全だろう。


「私の騎士! なんとかならないの!?」

 フリアエ様は、どうやら自分の守護騎士に声をかけている。

 なぜ、我々を頼って下さらないのか。

 が、肝心のフリアエ様の騎士はというと。


「うーん……」

 ぼんやりとした表情で、危機感をまるで感じさせない声で空を見上げていた。

 何をしているのだ、この男は!

 数分もしないうちに魔王軍がここまでやってくるというのに!

 

「ここで倒しておこう」

「「「え?」」」

 守護騎士の男の声に、仲間たちの驚きの声が響いた。 

 そして私もまた、この男の発言の意図が読めなかった。

 あの数千の魔王軍に対して、何ができるというのだ。

 

「ルーシー、こっち来て」

「えー、何よ?」

 ひょいひょいと、手招きをする守護騎士の男。

 赤毛のエルフの娘が、ふらふらと近づいていった。


「ねぇ、のんびりしている場合じゃ……きゃっ」

「ルーシー、借りるな」

 そう言うや、守護騎士の男は赤毛のエルフを抱き寄せ――キスをした。


(は?)


 何なのだ、この男は!?

 今がどんな事態かわかっているのか!

 ダメだ、こいつにフリアエ様の守護を任せておけない。

 今すぐ巫女様だけでも安全な場所に避難させなければ。

 そう思って、私がフリアエ様とその仲間の方を見ると。


「む~~」

 頬を膨らませる茶髪の町娘のような女の子と。

「ぁ…………」

 、守護騎士と赤毛のエルフを見つめるフリアエ様が居た。

 フリアエ様?

 まさか……その男のことを……?


「おい! 貴様はこの非常事態に何をしているのだ!」

 イライラとした私は、魔王軍が迫っているにも関わらず、のん気に女と接吻をしているこの男を怒鳴った。

 非常識にもほどがある。


「そ、そうよ、マコト! いきなり過ぎ……んんー!」

「もう少しもう少し」

 エルフの女が文句を言うのも構わず、守護騎士の男はキスを続けている。

 頭がおかしいのではないのか!


「お前! 今がどんな状況か」

 言葉を発せたのは、ここまでだった。



 ――無数の火の粉が、目の前で舞っている



「なんだ……?」

 あたりを見渡すと、赤い光がちろちろと蛍のように光っては消えている。

 

「わっ、熱っ!」

「なうなう!」

 町娘のような女の子と、黒猫が火の粉から逃げる様に手を振っている。


 空気が乾いていく。

 チリチリとした熱気が、頬を焦がしているような錯覚を覚えた。

 そして、魔人族の鋭敏な感覚によって空中の魔力マナが考えられない程に増しているのを感じた。

 一体、何が起きている……?


「ちっ、暑いわね。……火の精霊……かしらね」

 腕組みをしてフリアエ様が不機嫌そうにつぶやくのが聞こえた。


「精霊……?」

「ああ、ハヴェル。私の騎士は精霊使いなの。まあ、見てなさい」

 私の言葉にフリアエ様が答え、守護騎士の男を顎で指した。

 そちらに視線を向けると。

 


 ――火弾ファイアボール



 発せられた魔法名は、火の初級魔法だった。

 魔人族であれば、生まれた時から使えるような簡易魔法だ。

 なぜ、そのような貧弱な魔法を……?


 私の疑問は、次の瞬間に消え去った。


 ……ズズズズズ

 空を、見渡す限りの火弾ファイアボールが埋め尽くしていた。

 その数は、数万はあるのではなかろうか?


 なん……だ……これは? 


「ねぇ、マコト。何で火弾ファイアボールなの? 中級魔法の火の槍とか、上級魔法の火の嵐でもいいんじゃないの?」

「んー、楽だから」

「……あ、そう」

 守護騎士の男と赤毛のエルフの世間話のような会話が聞こえた。

 まさか、この魔法はこの男がたった一人で発動させたのか?


「見て! 魔王軍が戸惑ってるよ!」

 町娘の言う通り、突如現れたバカげた魔法に魔王軍の魔物たちが隊列を乱している。


「おっと、逃がさないからな。『明鏡止水』スキル0%」

 ニィっと、それまでのとぼけた表情から、無邪気な笑みに変わり守護騎士の男が右手を掲げた。

「取り囲んで、焼き尽くせ」

 その言葉と共に、数万の火弾ファイアボールが魔物の群れを包み込むようにゆっくりと動き出した。

 いや、ゆっくりと見えるが、実際は恐ろしいスピードで数千の魔物が炎の檻に閉じ込められた。

 この数をたった一人で操っているのか?

 信じられん。

 

 だが、魔人族である私の目には守護騎士の男と、数万の火弾ファイアボール魔力連結マナリンクで繋がっているのが視えた。

 魔力連結マナリンクとは、魔法を発した後にも魔法をコントロールするための技だ。

 魔法の熟練度を上げれば、数多くの魔法を魔力連結マナリンクで自在に操れるのだが……、これほどの規模と数は見たことが無い。

 

 ――ギャアア!! アアアアアアアアアッ!!!


 空から魔物たちの悲鳴が聞こえ、黒焦げになった魔物たちが次々に海に落下している。

 

「うわ……エグ」

「わー、高月くん、容赦ないー」

 フリアエ様と町娘の女の子が、嫌そうな表情でその様子を眺めている。

 が、それだけだった。

 二人とも、その光景を当然のように受け入れていた。


 私は……言葉を発することができなかった。

 

 次々と撃ち落とされる魔物たち。

 あるいは、爆撃用魔道具に誘爆し空中で大きな爆発が起きている。

 一つくらいの街ならば滅ぼせそうな規模の魔王軍が、なす術もなく蹂躙されている。


 これが……フリアエ様の守護騎士。

 悔しいが、魔人族の戦士が数百人束になっても同じことはできまい。


「ちょっと! 私の騎士! いつまで魔法使いさんと引っ付いてるのよ! そろそろ離れなさい!」

「そーだよ! もうキスしなくてもいいよね!? 高月くん!」

「あら、ダメよ。もっと同調してなきゃ。ね、マコト?」

「あ、うん。えっと、どうしようかなー」

 上空の惨状とは真逆の、のん気なやり取り。


 しかし、私には仲間と会話をしながらも、一本も魔力連結マナリンクを切らずに魔法を操っているのが視え、その事実が恐ろしかった。

 太陽の国ハイランドには、このような勇者が居るのか……。

 フリアエ様が、太陽の国ハイランドに逆らうなと言った意味を嫌というほど理解させられた。


 こうして、数千の魔物の群れは一匹たりとも月の国の大地を踏むことなく焼け落ちた。




 ◇高月マコトの視点◇



 ――六国連合軍の定例報告会議にて


「……獣の王ザガンの強襲部隊と交戦したと?」

 声の主は六国連合の総大将であり、太陽の騎士団のユーウェイン総長だ。

「はっ、敵は空爆を目論んでおりそれに気づいた勇者マコト殿が単独でこれを撃破しました」

 総長の問いに、オルト団長が答えている。


「敵の数は?」

「正確なところはわかりませんが、報告によると五千体は超えていたようです」

「それを退けたということか」

「いえ、しました」

「……殲滅?」

「全ての敵は、撤退すらできずマコト殿によって撃破されました」

 ユーウェイン総長が、眉間にしわを寄せ顎に手をあてて何かを考え込む仕草をした。

 が、それ以上深くは聞いてこなかった。


「それで、我が軍の被害は?」

「ゼロです」

「……そうか、わかった。詳細はあとで聞こう」

「はっ!」

 ユーウェイン総長とオルト団長だけの会話で、報告は終わった。

 俺は口を挟まず、それを聞いていた。


 一応、今回の俺の行動も作戦には反しているので作戦無視という扱いになる。

 が、どうやら大賢者様がこっそり『好きに動け』という命令を投げてくれているらしく、不問になるだろうとオルトさんには言われている。


「「「「………………」」」」

 その会話の間に、こちらに視線を向ける人たちがいる。

 

 忌々しげな表情の女神教会の教皇様。

 つまらなそうな顔をした運命の女神の巫女エステルさん――もとい運命の女神イラ様。

 その二人に負けないくらい剣呑な目をしているジェラさん。

 ニヤニヤとしている大賢者様。

 苦笑している光の勇者桜井くん。


 そして、じーっとこっちを猫のような目で見つめるソフィア王女様。

 毎度、心配かけてすいませんね。


 続けて他の人の報告は、昨日と変わらず敵の陽動に惑わされず戦力を温存するというものだった。

 ただし、『獣の王』ザガンの本陣が海を渡り始めているということで、いよいよ本格的な戦争の開始を感じさせ、会話の節々にはピリピリしたものを感じた。


 恐らく二、三日後には魔王軍の本陣との戦闘に入るであろう、という総長の言葉で軍議は終わった。




 ◇




「あら、おかえりマコト。あー、よく寝た。だいぶ魔力マナが回復したわ」

「高月くんー、お疲れ様」

「ほら、ツイ。これが煮干しって言うらしいわよ。食べなさい」

「なうなう」

 テントに戻ると、仲間たちが昼寝をしてたり、甘味を食べたり、猫に餌をやったりとのんびり過ごしていた。

 ちなみに甘味や煮干しはふじやんが置いていった。


 猫に煮干しって、あげてもよかったっけ?

 まあ、うちの黒猫ツイは魔獣らしいから、いっか。


「そろそろ主力部隊は、魔王軍の本陣との戦闘に入りそうだよ」

「「「!」」」

 俺がそう言うと、流石に三人の表情が真剣になる。

 ついでに黒猫ツイにもその空気が伝わったのか、姿勢を正している。

 おまえは食っちゃ寝でええんやで。


「じゃ、俺は修行してくるから」

「えっ、マコト。今から?」

「オルトさんに休んでおけって言われてたよ、高月くん」

 ルーシーとさーさんに驚かれた。

 まあ、派手な火魔法を使ったばっかりだから、オルトさんの言い分はわかる。

 けど……。


「何か修行してないと落ち着かなくて」

 桜井くんたちがもうすぐ魔王と戦うってのに、こんなのん気にしてていいんだろうか?

 いや、よくない(反語)。


 仲間たちに文句を言われつつ、テントを出た。

 俺はすっかり日が暮れた野営地の中を進んだ。

 野営地の端っこにある小さな泉。

 そこが俺の修行場所である。


 俺は泉の前に跪いて、短剣を両手で握り、女神ノア様へお祈りした。

 修行前のルーチンだ。


「精霊さん、精霊さん」

 いつものように水の精霊に呼びかける。 

 が、反応が悪い。


(((((((((…………)))))))))


 おっと、昼間に火の精霊と遊んだので水の精霊の機嫌が悪いですね。


「ごめんごめん、精霊さん」

 それをなだめたり、笑わせたりして、ご機嫌をとって、しばらく過ごしていた。

 地道な作業だが、精霊使いにとっては必須の作業である。

 

 ふと夜空を見上げた。

 今日も雲が無く、星がよく見える。

 そして大きな月も。


 誰かの足音が近づいて来た。

 正確には、少し前から気付いていたので誰なのかはわかっている。


「何か用? 姫」

「ねぇ、私の騎士。ちょっと、いいかしら」


 やってきたのは月の女神の巫女であるフリアエさんだった。

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