186話 人魔戦争 その4

「タッキー殿!」

「高月サマ!」

 海を見ながら一人で修行をしていると、後ろから声をかけられた。

 この呼び方をするのは一人だけ。

 声の主は振り返るまでもなくわかる。

 ふじやんとニナさんだ。


「や、ふじやん。ニナさん、お久しぶりです」

 俺は軽く手をあげて挨拶した。

 ドスドスとふじやんが駆けてくる。

 隣をトタトタとニナさんもついて来ている。


「おや、お一人ですかな? 佐々木殿やルーシー殿、フーリ殿の姿が見えないようですが」

「……あー、うん。それね」

 俺は今日の午前中の出来事を、思い出した。



 ――昨夜、さーさんと密会していたことがルーシーやフリアエさんにバレました。



 ついでに何をキスしていたこともバレたわけで。

 それを聞いたルーシーが「じゃあ、私も同じことしていいわね」と言いニマーっと妖艶な笑みを見せた。

「いや、それは……」

 俺が何かを言う前に。


「仕方ないなぁ、るーちゃん。最後までヤっちゃダメだよ?」

 さーさんが答えてしまった。

 あれ? 俺の意思はないんですか?


「さ、マコト。見られるのは恥ずかしいから仕切りの向こうに行きましょ」

 俺の意思は無かったらしい。

 俺はルーシーに連れられてテントの中の仕切りの奥の布団の上に寝転がされた。

 その上にルーシーが馬乗りになる。


「お、お手柔らかに」

「だーめ、夜にこっそりアヤに手を出す悪い男には、身体にわからせてあげないとね☆」

 多少のSっ気が入った嗜虐的な笑みは、ルーシーの母のロザリーさんを思い出させた。

 やっぱり親子だなぁ、なんて考えているうちに俺の前のボタンがあっという間に外される。

 俺がぼんやりと、ルーシーを下から見上げていると、いそいそと上着を脱いでいる。


「ルーシーも脱ぐの?」

「だって暑いんだもの」 

 風呂上がりにバスタオル一枚だったり、寝ながら脱いでしまう癖のあるルーシーなので、今更上着の一枚や二枚では動揺しないが……。


「なんかマコトが冷静で腹が立つわね。よし、こっちも脱ぎなさい」

「おい! 下は脱がさなくていいだろ!」

「いいじゃない、減るもんじゃないし」

「やめーや!」

 ルーシーがズボンやら下着を脱がそうとしてくるのを、さすがに抵抗する。

 が、ルーシーのほうが力が強いので抵抗は無駄なんだよなぁ。

 しばらく、じゃれ合っていたわけだが。


「るーちゃん、なんか服を脱いでる音が……って、あーーー!」

「ちょっと、アヤ。邪魔しないでよ」

「ダメだよ! そこまでするなら、私も混ざるから!」

「えー、抜け駆けしたのは、アヤでしょ」

「う~~、でもでもでも! 私も混ざる!」

「おいおい、君たち……」

 さーさんまで乱入してきたので、流石に止めようと思っていたら。


「うっさいのよ、あんたら! 同じテント内で何をおっぱじめてるのよ!」

 顔を真っ赤にしたフリアエさんが、仕切りを蹴飛ばした。


「戦士さん! 魔法使いさん! 二人とも正座! あなたたちは恥じらいが無いの!? 今日こそは説教するわ!」

「えー、でも……」

「黙りなさい!」

「ふーちゃん、怖い……」

 フリアエさんの剣幕に、ルーシーとさーさんが大人しく正座している。

 俺は半脱ぎの間抜けな状態で、取り残された。


「あのー、姫。俺は?」

「あんたは一人で修行してなさい!」

「は、はい」

 と言われて俺はすごすごとテントを後にした。


 ――ということがあった。



「た、大変でしたな……」

『読心』スキルでおおよその事情を察してくれたふじやんが、苦笑いを浮かべている。

「旦那様、私は他の皆さんに挨拶をしてきますネ」

「ええ、任せましたぞ、ニナ殿」

 ニナさんはテントのあるほうにぴょんぴょん跳ねて行った。

 相変わらずの身の軽さだ。


「ところでふじやんは何をしに?」

 商人にとって戦争では、色々な需要が発生する。

 ふじやんが稼ぎ時なのはわかるが、ここは主戦場とは違う辺境。

 もっと金になる現場があるのではなかろうか?


「寂しいことをおっしゃいますな。友人を心配して駆けつけたのですぞ。あとこれは役に立つと思って差し入れなので受け取ってくだされ」

 そう言って高級そうな木箱に入った魔道具らしきものを渡された。

「これは?」

「開けてみてくだされ。本当はもっと用意したかったのですが、10本しか用意できませんでした」

 俺はどれどれと、木箱を開く。


 その瞬間、木箱の中からどろりとした濃密な魔力マナを感じた。

 木箱の中には、ガラスの瓶が10本入っており、中には鈍く発光する液体が入っている。

 そして、魔法使いの俺にはこれがその辺で売っている魔道具とは桁が違う品であることが、わかった。

 現物を見ることは殆ど無いが……。


「ふじやん、これって……?」

「ふふふ、最上回復薬エリクサーですぞ。なんせ、戦争ですからな。これくらいの備えはありませんと」

最上回復薬エリクサーが10本!? 一本が100万以上するはずなんだけど……」

「残念ながら、戦争が始まってしまい価値が高騰しており一本120万Gになっております。なかなか手に入らないので、ご利用は計画的に頼みますぞ」

「……う、うん。勿論」

 今手に持っている木箱に一千万G以上の価値があるとわかると手が震える。

 俺はそっと木箱を閉じた。


「えっと、ふじやん。お代は……?」

「タッキー殿は勇者でしょう。道具代はローゼス王家に付けておきます、と言いたいところですが、こちらは拙者からの餞別です。戦闘能力が無い拙者は、これくらいしかできませんから」

「ふじやん……ありがとう」

「なんのなんの」

 ニカっと笑う親友は、男前だった。


「今日は、このあとどうするの?」

「いちおう一泊してから、桜井殿のいる戦場にも差し入れを届けようと思っておりますぞ」

「あっちは主戦場だけど大丈夫?」

「決戦には数日の猶予があると聞いておりますので」

「そうだね、運命の女神の巫女の話だと、魔王の襲撃まで数日かかるはず」

 にしてもふじやんはよく知ってる。


「じゃあ、飯でも一緒に食べよう。そろそろ姫の機嫌も直ってるといいなぁ……」

「ははは、異国の珍しい食べ物も沢山持ってきておりますのでそれで機嫌を取りましょう」

 頼りになるね! 親友。

 俺たちは雑談しながら、テントへ戻った。


 その日は、ひさしぶりにふじやんたちも一緒にご飯を食べた。

 話題は、やっぱり桜井くんたちが戦う予定の魔王『ザガン』についてだ。

 ただ、魔大陸の情報はふじやんといえど入ってこないらしく、具体的な魔王の強さや姿形は誰も知らなかった。

 なんでも山のように巨大な体躯をしているとか……。

 一体、どんなやつなんだろう?

 久しぶりの級友との再会だったが、少しピリピリしてしまうのは戦争中だからか。


 ちなみに、ふじやんに貰った最上回復薬エリクサーは、俺、ルーシー、さーさんが二本づつ。

 残りはフリアエさんに預けることになった。


 翌日、ふじやんとニナさんは慌ただしく次の場所へと移動していった。




 ◇




「あら、最近はパーティー内の女に手を出してばっかりの私の騎士じゃない」

 昨日と同じく一人で海に向かって修行をしていると、フリアエさんがやってきた。

「あれは不可抗力だよ。仕方なかったんだ」

 とりあえず、言い訳をしておく。


 ルーシーやさーさんの姿は見えない。

 昨日は遅くまで、ふじやんやニナさんと宴会だったからなぁ。

 二人仲良く寝てるんだろう。


「その割には、鼻の下を伸ばしてたわよ」

「……そんなことは無い……はず」

『明鏡止水』スキルさん、大丈夫だよね?


「そのうち私も手を出されちゃうのかしら?」

 フリアエさんが悪戯っぽい表情で、ニヤニヤしている。

 おいおい、いくら何でもそこまでの見境なしではない。


「大丈夫、それだけは絶対ないから」

 俺がにこやかに断言すると、フリアエさんの笑みが消えた。

「ふーん、あっそう」

 つまらなそうにフリアエさんは、髪をいじりながら視線を逸らした。

 んー、俺の回答は間違ってないよな?


「「……」」

 何故かお互い無言になってしまった。

 何か会話を振ったほうがいいんだろうか。

 うーむ、しかし何を喋ればいいのか。

 今日も綺麗だね、とか言おうか。

 でも、前に「心が籠ってない!」って怒られたしなぁ……。


「フリアエ様!」

 その時、一人の男がやってきた。

 褐色肌に赤目銀髪の美男子。

 確か魔人族で、フリアエさんの幼馴染みの男だ。

 名前は……何だっけ?


「ハヴェルじゃない、どうしたの?」

「魔人族の子供や老人は、戦場に近い海側からの避難が終わりました。ただ、地下坑道の続く限りなので、あまり遠くまでは離れることができませんが……」

「……そう、仕方ないわね」

 どうやら魔人族の男ハヴェル氏は、定期的にフリアエさんに報告を上げているらしい。

 律儀なことだ。

 それだけ月の女神の巫女は、特別なんだろう。


「おい、フリアエ様の守護騎士」

「ん?」

 俺?


「フリアエ様を敵に指一本触れさせるな! 傷一つつけることを許さぬからな!」

「あー、うん。善処する」

「絶対だぞ!」

 凄い剣幕だ。


「もう、それくらいにしておきなさいハヴェル……あら?」

 魔人族の男をたしなめるように口を開いたフリアエさんが、何かに気付いたように海のほうを見上げた。


「待って、私の騎士。海を見て!」

 フリアエさんの鋭い声が響く。


 海岸の波は穏やかで、白い雲が幾つか流れている。

 遠目にはカモメの群れが見える。

 平和な光景が広がっていた。


「姫?」

 なんもないじゃん、と続けようとして別の声が上がった。

「あれは! 飛竜とグリフォンか!」

 魔人族の男の声が上がる。

 魔人族は、基礎身体能力が通常の人間より優れているらしい。

 俺の視力では、見えない。


 ――『千里眼』スキル


 スキルを使って遠くを見ると、カモメの群れかと思ったのは飛行型の魔物たちだった。

 そして、こちらへ向かって急接近している。

 魔王軍か!


「マコト!」

「高月くん!」

「ルーシー! さーさん! 魔物の群れがこっちに向かってきてる!」

 二人が慌てた様子でやってきた。

 既に魔物のことは気付いているようだ。


「あれは獣の王ザガンの配下みたい。海の魔物が来ると見せかけて空から来たってわけね!」

「見張りの人によると、飛行型の魔物たちが爆撃用の魔法兵器を持ってきてるって。このままじゃ、無差別に攻撃されてこの辺一体が吹き飛ばされちゃう!」

 ルーシーとさーさんの言葉に、フリアエさんと魔人族の男の顔色が変わった。


「なんですって……!」

「いけません、フリアエ様! 今すぐお逃げください」

「姫、その人の言う通り避難してくれ」

「要らないわ! ここは私の育った国よ! 何で尻尾を巻いて逃げないといけないのよ!」

 フリアエさんの態度は強がっているが、ハラハラと空の魔物たちと自国を見比べている。

 避難したとは言え、無差別攻撃となると月の国ラフィロイグの民が犠牲になる可能性が高い。

 心配なのだろう。


「ねぇ、私の騎士。前みたいに大精霊は呼び出せないの?」

 フリアエさんが同調しろとばかりに、右手を差し出してくる。

「どうかな……、海の魔物ならともかく空中を飛行する魔物相手だと、厳しいかも」

 俺は思ったことを伝えた。

 だが、水魔法の弱さを俺は一番よくわかっている。

 前回は敵が水中に居たからこそできた魔法だ。

 おそらく今回は通用しない。


「私は近接戦闘しか出来ないから……」

 さーさんがしょんぼりとしている。

「アヤ! 大丈夫よ、私が火魔法で撃ち落としてやるわ!」

 ルーシーが杖を構えるが、敵の数は数千。

 隕石落としメテオじゃ、的の数が多過ぎる。


「ルーシー、こっちに来てくれ」

「いいけど、どうしたの? マコト」

「高月くん。太陽の騎士団と合流したほうがいいんじゃ……」

 さーさんが不安気にこちらを見つめる。


「いや、それじゃ遅い。陸地に入る前に撃墜しよう」

「え?」

 俺はルーシーの肩を抱き寄せ『同調(シンクロ)』した。

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