190話 高月マコトは、戦果を聞く

「魔王ザガンは、光の勇者様によって討ち取られました!」

 会議の開始直後、若い騎士が興奮気味に報告をした。

 その報告にその場に居た全員が、歓喜に沸いた。



 ――さすがは光の勇者殿だ!

 ――まさに救世主様の生まれ変わり!

 ――こちらには大きな被害もなかったらしいぞ。

 ――それにしても運命の女神の巫女様の予知は素晴らしい。

 ――これで魔王を倒したのは、我が太陽の国ハイランドの勇者と水の国ローゼスの勇者か。

 ――いや、水の国ローゼスの勇者が倒したのは死にかけの魔王。比較にならんよ。

 ――その通りだ。この大陸の盟主はやはりハイランドのみ。 

 ――他の勇者様はどうだった?

 ――稲妻の勇者ジェラルド様や、灼熱の勇者オルガ様も魔王軍の幹部を打ち取ったらしい。

 ――流石は女神様に選ばれし勇者殿。まさに英雄!


 

『聞き耳』スキルからはこんな声が聞こえる。

 素直に喜んでいる人と、政治的な思惑を含んだ声が入り混じっている。

 俺はふと画面に映る『光の勇者さくらいくん』と目があった。


(やったよ! 高月くん)


 実際に声が届いたわけではないが、そんなセリフが聞こえた気がした。

 ニカっと笑う笑顔が眩しい。

 大きな怪我もしてなさそうだし、無事でよかった。

 フリアエさんも来ればよかったのに。

 誘ったのだが「月の女神の巫女が居ても邪魔になるだけよ」と言って参加しようとしなかった。


「リョウスケさん、お疲れさまでした。本当によかった」

「ノエル、ありがとう」

 桜井くんにノエル王女が労いの言葉をかけている。


「王都シンフォニアにはいつお戻りになるのですか?」

「うーん、まだ魔王軍が大陸近くに布陣しているから…」

 ノエル王女は早く桜井くんに会いたいのだろう。

 ただ、桜井くんの言葉からまだ戦争は継続しているのだと知った。


「ノエル王女、魔王を失ったとはいえ魔王軍には十分な余力が残っております。それに『海魔の王』フォルネウスの姿はまだ確認できていません。魔王軍が完全に撤退するまでは油断できません」

「そう……ですよね。では引き続きよろしくお願いしますね」

 ノエル王女は少ししょんぼりしたあと、真剣な表情に戻した。


「でも、最近王都シンフォニア近くの魔物共が五月蝿いんだよね。太陽の騎士団の一部だけでも、戻ってこれないの?」

 不満を口にするのは、ハイランドの第二王子だ。


「王子、王都の防衛は神殿騎士が担っております。確かに太陽の騎士団が出払っているのは不安がありますが……」

 やんわりと第二王子を諭すのは女神教会の教皇様だ。


「王都の護りが不安であれば、そこで暇そうにしている水の国の勇者を戻せばよいのではないですか? 月の国には、今後魔物は襲ってきませんよ」

「バカな! 邪神の使徒を頼るなどあってはならぬ! いくらエステル殿のお言葉でも、それは許容できませぬ!」

 エステルさんの言葉に、教皇様が猛反発する。

 すっかり嫌われたなぁ……。


「我が戻ろう」

 発言したのは、大賢者様だった。


「現在の王都シンフォニアには、女神の巫女が集まっている。他にも各国の要人が大勢居る所を狙われる可能性は高い。幸いにも魔王は倒すことができた……からな」

「大賢者様自らが!? 魔王との戦いでお疲れでしょう、ご無理はいけません!」 

 教皇様が慌てて止める。

 大賢者様が魔族であることは知っているだろうに、千年前の英雄その人には頭が上がらないようだ。


「別に構わぬ。夜のうちなら空間転移を繰り返せば、半日で王都まで戻れる。太陽の騎士団では、移動に数日かかるであろうから我が適任だ。……それはいいのだが……」

「大賢者様。何か気になることがあるんですか?」

 大賢者様の態度が気になる。

 らしくない言葉切れが悪い大賢者様に、思わず質問をした。


「ふむ、精霊使いくん。今回の戦で、光の勇者くんが『獣の王』ザガンを倒すのを我は見た。その姿は、千年前にアベルが魔王を倒す姿さながらであった。相手は千年前に見た魔王ザガンで間違いなかった。間違いなかったのだが……どうも、気がしてな」

「それこそが『光の勇者』桜井殿が救世主である証でしょう! 伝説の通り、魔王を一刀両断に!」

 大賢者様の言葉を打ち消すように、桜井くんを讃えるのはハイランドの宰相(だった気がする)。

 彼も魔王討伐の話を聞いて、だいぶテンションが上がっているようだ。


「桜井殿の強さは私も疑いませんが、大賢者様の懸念は気になります。大賢者様は今回倒した魔王を影武者と考えておられるのでしょうか?」

 ユーウェイン総長が疑問を口にした。

 そうか、影武者というのはあり得る話だ!


「……いや、それはないだろう。あれほどの巨体と魔力マナを持つ魔族は他におらん。千年前の記憶にもある通りの姿だった。千年の月日で老いてはいたが……」

「ユーウェイン総長殿。ご心配はわかりますが運命魔法で獣の王ザガンの命が尽きたことは、私にわかっています。今日倒したのは間違いなく獣の王ザガンです」

 ユーウェイン総長の言葉を、やんわりと大賢者様が、きっぱりと巫女エステルが否定した。

 その言葉に、会議に参加する面々も安心したようだ。


 その後、各戦地での報告があった。

 結果としては、全て人族側が勝利。

 つまり完勝である。


「ちっ、物足りねーな」

 稲妻の勇者兼北天騎士団団長であるジェラルドさんのつぶやきが聞こえた。 

 戦闘狂は相変わらずのようだ。


 灼熱の勇者オルガさん。風樹の勇者マキシミリアンさん。氷雪の勇者レオナード王子も勿論勝利している。

 よかったよかった。


「では魔王軍が撤退をするまで気を抜かず、何か気付いたことがあればすぐに報告をするように。また、翌日に」

 ユーウェイン総長の締めの言葉で会議は終わった。

 



 ◇




「へぇ……そう、魔王を倒せたんだ」

 天幕内で待っていたフリアエさんに、魔王が倒された話をした。

 もっと喜ぶかと思ったが、意外に反応は薄かった。


「冷静だね」

「光の勇者が、魔王如きに負けるはずないわ。倒さないといけないのは大魔王イヴリース。それ以外は雑魚よ」

「はぁ……」

 魔王が雑魚か。

 言い過ぎな気もするけど、光の勇者は対大魔王の切り札なのでここで気を抜くわけにもいかない。

 気を緩めるなという意味だと、フリアエさんが正しい。

 今回の戦は、前哨戦だ。


「ねぇ、マコト。私たちはいつ帰れるの?」

「もう魔物って来ないんだよね? 高月くん」

 ルーシーとさーさんは、帰宅モードになっている。

 

「西の大陸から魔王軍が完全に撤退するまでは、警戒態勢を維持するんだって。俺たちもしばらくは待機かな」

「ふうん、わかった。じゃあマコトと一緒に修行するわ」

「りょーかい、高月くん。私は何か差し入れ作ってるね」

 俺たちの居る太陽の騎士団・第一師団は魔物が来ないので暇である。


 ルーシーは俺と修行。

 さーさんは、ふじやんに貰った材料でクッキーなどの甘味を作って兵士さんたちに配っている。

 勇者お手製とあって、えらく人気なんだとか。

 俺も食べてみたが、市販品かと思う出来だった。


「じゃあ、修行に行こうかな」

「待って、私の騎士」

 俺が天幕を出ようとしたところで、フリアエさんに手を掴まれた。


「姫、どうしたの?」

「運命の女神の巫女は、何か言ってなかった? 今後の魔王軍の動きや大魔王の復活について」

「エステルさんが? いや、魔王軍が撤退するまでは気を抜くなとしか……」

 何か気になることがあるんだろうか。


「そう……。まあ、私の『未来視』はそんなに精度が高いわけじゃないから、運命の女神の巫女が何も言ってないなら大丈夫だと思うけど、なんか嫌な予感がするのよね」

「オルトさんには伝えておくよ」

「あまり気にしないで。引き留めて悪かったわね」

 そう言うとフリアエさんは、黒猫を膝にのせて喉をごろごろ言わせている。

 平和だ。

 天幕にはさーさんが居るし、万が一敵が来ても安心。

 俺はルーシーと一緒に、修行に明け暮れた。



 ――その日の夕刻。



「通信魔法が繋がらない?」

「ええ……原因が不明でして……」

 いつもの定例会議のためにオルトさんの居る一番大きな天幕に行ったところ、なぜか会議の準備がされてなかった。

 聞いたところ通信トラブルが起きているらしい。

 が……魔法で、そんなことが起きるのだろうか?

 機械じゃあるまいし。


「申し訳ありません! すぐに復旧いたしますので!」

 魔術師らしき人たちが、オルト団長に詫びている。


「おい! 魔導器に不備はないのか!」

「毎日点検をしています! 問題ありません!」

「天候は!? 嵐で大気中の魔力マナが荒れれば、通信が悪くなるだろう!」

「嵐で大陸中の通信が悪くなるなんて考えられませんよ」

「そもそも我々の近くは晴れてますからね……」

「一体どうして」

 色々な意見が飛び交っているが、解決には至っていないようだ。


「どうしましょう? オルト団長」

「申し訳ありません、マコト殿。会議が始まれば呼びに行かせます。一度天幕までお戻りいただき、しばし待機でお願いできますか?」

「ええ、それは構いませんが……、うちの姫がいやな予感がすると。これは敵の攻撃の可能性はありませんか?」

「月の女神の巫女殿が……? 確か運命魔法の使い手でしたね」

 俺の言葉に、オルトさんの視線が鋭くなる。


「確かに気になりますが、もし我々の通信魔法を妨害できるなら決戦の前に行うはず。魔王は既に倒されている。タイミングがおかしいでしょう」

 そういうオルトさんも、多少の不安を感じている様子だった。


「では、俺は戻りますね」

「ええ、ご迷惑おかけします」

 俺は仲間たちのいる天幕に戻り、連絡を待った。

 しかし、その日会議が開かれることはなかった。




 ◇




「こんにちは」

 翌日の朝、そろそろ通信魔法が復旧してるかなーと思いオルト団長の天幕に顔を出した。

 が、天幕内はバタついており復旧は未だのようだ。

 魔術師たちの眼の下にクマができているところを見ると徹夜で作業していたのだろう。


「まだ、直らないんですね」

「マコト殿! どうやら今回の通信魔法の不具合は人為的なモノである可能性が……」

「え?」

 オルトさんの話では、通信魔法は『金属性』の空間魔法を使っている。

 長距離を魔法でリンクさせるには、途中に中継させる通信魔法の魔導器を設置してあるらしいのだが、昨日それが破壊されていることに気付いたらしい。


「通信魔法の魔導器は、地中深くに設置してありその場所は国家機密。太陽の騎士団以外で知るものは居ないはずですが……。今、急ぎ王都シンフォニアとの接続だけでもできないか試しています」

「オルト様! そろそろ繋がりそうです」

「わかった! 急ぐのだ!」

「はっ!」

 昨日よりも緊迫感を含んだやり取りがなされている。

 

 魔王は倒したんだよな……? 

 なのに何か嫌な感じがする……。

 モヤモヤしたまま、俺はオルトさんの隣で通信魔法の復旧を待った。

 その時。



「私の騎士!」

「姫?」

 突然、フリアエさんが天幕に飛び込んできた。

 後ろにはさーさんと、ルーシーだ。

 ついて来たらしい。

 フリアエさんの顔は青ざめ、額に汗をかいている。

 こんなに焦っているのを見るのは、初めてだ。


「フーリ? どうしたの?」

「ふーちゃん、顔が真っ青だよ」

 ルーシーとさーさんも只事ではないと思ったのか、心配そうに声をかけた。


「このままだとリョウスケが……」

 フリアエさんが、何かを言おうとした時。


「繋がった」

 誰かの声が聞こえた。

 と、同時に一つの『通信魔法』が発動する。

 最初に目に飛び込んできたのは、運命の女神の巫女エステルの顔だった。 

 美しい銀髪と整った顔。

 しかし、その表情はいつものように尊大で冷たいものではなく苦々しく歪んでいた。


「今、話ができる勇者は誰が居ますか!?」

 開口一番の言葉がそれだった。

「こちらに太陽の騎士団・第一師団と水の国ローゼスの勇者マコト殿が」

 オルトさんが短く答えた。

 

「……だけ、ですか?」

「そのようです。我々も通信魔法が妨害されており、たったいま繋がったところでして。一体何が起きているのですか?」

 巫女エステルは、数秒頭が痛むかのように指で額を押さえた。

 そして、俺たちのほうに視線を向けた。


「……このままでは『光の勇者』が命を落とします」

 運命の女神の巫女が、はっきりと口にした。

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