183話 人魔戦争 その3
「何が『相手は死ぬ』よ。適当なこと言って、マコトってば……
呆れた声のルーシーが、巨大な岩石を魔物の氷像にたたきつけた。
ガシャン、と大きな音を立てながら氷と魔物が砕け散る。
今、俺たちが立っているのは凍り付いた海の上だ。
「う~、寒いよぉ~。私帰ってもいい?」
モコモコのダウンジャケットのような防寒具を着てなお、さーさんは震えている。
その横でフリアエさんは「はー」と手に息を吐きかけている。
その何気ない仕草すら、色っぽい。
「さーさんはダメじゃないかなぁ、勇者だし。姫、寒いならテントに戻っていいよ」
「えー! 高月くんの意地悪ー」
「いいわ、寒いのは慣れてるし。一人だけ休んでるのも悪いからここに居るわよ」
仲間と会話していると、オルト団長の大きな声が聞こえてきた。
「魔物たちが目覚めてしまう前に全て討伐しろ! 勇者マコト殿が作ってくれた
「「「「「はっ!」」」」」
団長の指揮のもと、太陽の騎士団が魔物の氷像を攻撃している。
そして俺はというと……何もしていない。
――
魔物たちを一時的に無力化できたものの、討伐には至らなかった。
魔王配下の魔物たちの生命力は強いので、氷が解ければ動き出してしまうようだ。
現在、俺たちは総出で魔物が目覚める前に氷ごと砕いている。
一万体を超える魔物の氷像。
相当な重労働である。
しかもろくな攻撃手段が無い俺は、それを見ているだけだ。
「精霊さん、精霊さん」
声をかけてみるが、先の魔法で満足したのか「きゃっ、きゃっ」とはしゃいでいるだけでいうことを聞いてくれない。
魔力を借りるには、少し時間をおかないとダメのようだ。
「全然減らないわねー!」
ルーシーは文句をいいつつも、黙々と魔法を打ち続けてくれている。
得意の火魔法を使うと、氷が溶けてしまうので土魔法・岩石弾を使ってくれている。
「悪いな、ルーシー」
「んー、まあ別にいいけどねー。今度、何か奢ってよ」
ルーシーにばかり働かせていることを詫びたが、ニカっと笑って返された。
男前だな、ルーシー。
少しして「あ、そうだ」と何か思いついたように、悪戯っぽい顔でこっちに振り向いた。
「でも、私一人で魔法撃つのも不公平だから『
そう言って俺にピタリとくっついてきて、ルーシーが自分の杖を掴ませてきた。
高い体温が伝わってくる。
(……『同調』)
俺はルーシーの杖を握り肩を抱き寄せたが、その手がピりっと痺れ、ルーシーの魔力と俺の魔力が反発しているのを感じた。
うーん、やっぱダメかぁ。
「悪いルーシー、上手く同調できないみたいだ」
と言うと、「ふっ」と笑いながらルーシーが流し目を送ってきた。
「もう、違うでしょ」
ルーシーが俺の首に手を回し、つま先立ちをして下から見上げてくる。
「私たちが『
パチッとした大きな瞳で俺の目を見つめながら、鼻同士がくっつきそうな距離に顔が迫る。
「る、ルーシーさん?」
「ほらマコト、んっ」
と言ってルーシーが目を閉じた。
目と鼻の先に、端正な顔立ちのエルフの美少女の唇が迫る。
……ここでキスしろと?
しかし、俺たちはパーティーの仲間でありルーシー一人に重労働を負わせるわけにはいかない。
それに俺は一応、パーティーのリーダーだ。
うん、これは仕方のないことだ。
そう思って俺が覚悟を決め、ルーシーにキスしようとした時。
……ゴゴゴゴゴ、とおかしな音が聞こえた、気がした。
「「……」」
さーさんとフリアエさんが、こっちをジト目で睨んでいた。
「る、ルーシー、やっぱり
俺は慌ててルーシーから身体を離した。
「あ、そう」
ルーシーはつまらなそうな顔をして離れた。
「マコトのヘタレー」
(ヘタレねー)
ルーシーはともかく、なぜかノア様にまで言われてしまった。
それからも、ルーシーや太陽の騎士団のみんなで魔物を倒し続け、半日がかりで、全ての魔物を討伐し終えた。
◇
「本日、第一師団と
その日の夕方に開かれた軍議において、オルト団長からの報告を聞いたユーウェイン総長の第一声である。
冷静そうな声だが、若干呆れを含んでいるようにも聞こえた。
「一体、どういうことだ? オルト団長。作戦と違うようだが」
タリスカー将軍が冷静に続きを問うた。
「はい、我々は魔王軍と交戦しました。こちらにいる水の国の勇者マコト殿によって……」
「やはり、邪神の使徒のせいか!」
オルトさんが言葉を言い切る前に、教皇様が俺が原因だと断じてきた。
……まあ、その通りなんですけどね。
「今回の戦は、大陸の命運を決めるもの。やはり邪神の使徒などという不安因子は取り除かなければならぬ! さあ、やつを軍法会議にかけ厳正に処罰するべきだ! 打ち首にしろ!」
教皇様の言葉に、各国の貴族たちがちらほら頷くのが見える。
厳正とは一体……。
では、知り合いたちはというと「あー、やっぱり」みたいな顔をした火の国の勇者オルガや、レオナード王子や、桜井くんが居た。
絶対何を文句をつけてくると思った運命の女神の巫女エステルは、思いの他大人しかった。
忌々しそうな顔をしてはいるが。
「まあ、待てロマ教皇。オルトの話は終わっておらぬ。それに水の国の勇者には、魔王軍と戦わせて良いと我が命令していた」
「……大賢者様が⁉ なぜ、そのような……」
「教皇猊下、大賢者様にお考えがあるようです。オルト、交戦の戦果と軍の被害を報告せよ」
ユーウェイン総長が、話の本筋を戦争のことに戻した。
オルト団長を姿勢を正す。
「はっ! 申し上げます。魔王軍の魔物を『10029』。第一師団の被害数は『ゼロ』です!」
「「「「「……」」」」」
オルト団長の言葉のあと、誰も発言しなかった。
……団長、魔物の数を数えてたんですね。
「また、今回の交戦で敵軍の中に名のある魔族は居ませんでした。エステル様のおっしゃる通り、敵の目的は我々と戦うことでなく、あくまで陽動であったようです」
そういってオルト団長は報告を終えた。
が、通信魔法の画面に映る面々は全員がぽかんと、あるいは不審な顔をしている。
最初に口を開いたのは、ユーウェイン総長だった。
「オルトよ、一万を超える魔王軍と交戦をしたと言ったな?」
「はっ! その通りです、総長」
「……なぜ、敵は全滅しており、こちらの被害がゼロなのだ?」
画面の人々がこくこくと頷く。
全員が知りたがっているようだ。
「こちらにいるマコト殿の精霊魔法によって、一万を超える魔王軍が全て凍らされました。我々はその後、無力化した魔物を破壊いたしました」
「そんなことが可能なのか……?」
「まあ、火の国の王都を救ったあの魔法であれば、できるのでしょうな……」
信じられんという口調のユーウェイン総長とタリスカー将軍。
ただ、火の国の王都のやつとは、別の方法なんだけど、まあ、いっか。
「あっはっはっはっはっは! そうかそうか!」
大賢者様が膝を叩いて笑っている。
反対に、教皇様は苦々しい顔でこちらを睨んでいる。
ついでに言うと、ジェラさんも苦々しい顔をしている。
……また、抜け駆けとか言われそう。
「で、総長。こいつの処罰とやらは、どうする? 被害はゼロなわけだが」
ニヤニヤと大賢者様が、俺の処遇を問うた。
「作戦には反していますが、作戦の背景は戦力を温存するため。被害が無かったので、不問としましょう」
そう言って話を打ち切った。
「では、他の地域についての報告を」
「はっ、では第二師団から……」
ここからは長く退屈な報告が続いた。
基本は、戦っていない話ばかりなので。
ちらっと、画面に映るソフィア王女を見ると「もうっ!」という表情で頬を膨らませていた。
さすがに今度は手を振ることはせず、苦笑だけ返しておいた。
軍議は、夜遅くまで続き……途中寝るのを我慢するのが大変だった。
◇佐々木アヤの視点◇
私は、深夜に目を覚ました。
「くー……」
隣からるーちゃんの寝息が聞こえる。
吐息が温かい。
そーいえば、テントの中が寒いからるーちゃんにくっ付いて寝ていたんだった。
「あーあ、また服がはだけてる」
私はため息をつきながら、るーちゃんの襟元を少しただした。
るーちゃんは寝相が悪い。
なぜか、寝ながらだんだん服が脱げていくのだ。
もっとも私もあんまり良くないと、高月くんに言われたことがあるけど。
それと比べると、ふーちゃんはいつも姫様のように寝ている姿も綺麗で……ってあれ?
「ふーちゃん?」
布団に誰も居ない。
トイレかな?
そっと布団に手を乗せるとひんやりとして、さっき出て行ったという感じでなく居なくなってしばらく時間が経っている様子だった。
「んー……」
私は何かが気になってテントの奥の方、簡単な仕切りがある高月くんの居住スペースに行ってみた。
テントは四人共用となっているが、高月くんは「男女一緒はダメだから!」と頑で、間に仕切りを入れている。
「やっぱり居ない」
まあ、これはいつもの事だ。
高月くんは、起きている時間のほとんどを修業に費やしている。
でも、少し気になった。
高月くんとふーちゃんが、深夜に同時に姿を消している。
さて、どうしようか?
「うわっ、寒っ!」
私はテントの外に出た。
夜風が身体の熱を奪った。
「これ絶対、高月くんの精霊魔法のせいだよ……」
私はぶつぶつと文句を言いながら上着を何重にも羽織って、太陽の騎士団のテントが立ち並ぶ野営地の中を歩く。
光源は月と星の明かりだけだけど、
途中、夜間の見張りらしき騎士のひとたち何人かとすれ違った。
高月くんを見ていないか聞いてみたけど、みんな首を横に振った。
うーん、高月くん居ないなぁー。
闇雲に探しても効率が悪い。
こういう時は……。
私は目と閉じて、耳と鼻と第六感をフルに働かせた。
――高月くん高月くん高月くん高月くん高月くん高月くん高月くん高月くん高月くん高月くん…………どこ?……
(こっちな気がする)
迷宮で培った直感を信じる。
徐々に、高月くんの匂いが空気に混じっていることに気づいた。
こっちで、間違いない!
そこは野営地から少し離れた広場のような場所だった。
近くに小さな泉がある。
泉の近くには、二つの影があった。
――月明かりのしたで、寄り添うように会話する高月くんとふーちゃんの後ろ姿が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます