184話 高月マコトと佐々木アヤの話

◇ 佐々木アヤの視点 ◇


(高月くんとふーちゃんが……)


 私は気配を消しつつ、その様子を眺めた。

 ちなみに二人との距離は二百メートル以上離れている。

 常に周りに気を配っている高月くんの、感知範囲外のはずだ。


 高月くんとふーちゃんの距離は近い。

 肩と肩がくっつきそうなくらい。

 むう、仲良いなぁ。

 ふと、私は数日前にるーちゃんとした会話を思い出した。




 ◇




「ねぇねぇ、アヤ聞いて聞いて。最近マコトを見るフーリの目が怪しいの! アヤはどう思う?」

「どうって……ふーちゃんが高月くんを好きってこと?」

「そーよ! これは大変なことよ!」

 恋敵ライバルかつ親友のるーちゃんが、ブンブン手を振って熱弁する。

 が、私はるーちゃんと比べて冷静だった。


「それって、結構前からじゃない?」

 私の見立てだと木の国スプリングローグあたりから怪しかった。

「うっそ、アヤってば気付いてたの? だったら教えてよ」

「でも、なんで大変なの? 最近の高月くんはソフィーちゃんやジャネちゃんにもモテてるし」

 今更じゃない? と私は言った。

 そして、ため息が出た。

 中学の頃、「まともに会話ができる女子はさーさんだけだよ」とか言ってた初心うぶな高月くんはもう、どこにも居ない。

 異世界のモテ勇者様になってしまった。はぁ。

 

「そっか、アヤはこっちの世界に詳しく無いものね……。いい? フーリって月の女神の巫女でしょ? 月の女神の巫女は、、人が選ばれるの。これは千年前から続いてる伝承。そして過去の月の巫女は例外なく絶世の美女だったらしいわ! フーリだってとんでもない美人でしょ!」

「じゃあ、高月くんは世界一の美女に言い寄られてるってこと…?」

「そうよ!」

 なるほど確かにそれは大変だ。

 うーん、でもねぇ。


「ふーちゃんは桜井くんのことが好きらしいよ?」

 これは高月くんから聞いた話。

 あとふーちゃんの様子からもわかる。


「昔はね。でも女の心変わりなんてよくある話でしょ?」

 まるで恋愛上級者のようなしたり顔のるーちゃん。


(るーちゃん、今まで彼氏いた事ないって言ってたのになー)

 私もだけどね!


「じゃあ、るーちゃんもそのうち心変わりしちゃうかもね?」

 私はそんな軽口を言った。

「は? バカなこと言わないで」

 るーちゃんの目が細まりこちらを睨む。


「私は心変わりしないわ。もしアヤが別の人を好きになってもね!」

「はぁ?」

 カチンときた私は、ぐいっと顔をるーちゃんに近づけた。

「何があっても私は、高月くん一筋だから!」

 額をくっつけて、私とるーちゃんは睨み合う。


「この手の言い合いって何回目だっけ?」

 るーちゃんが言った。

「うーん、五十回目くらいで数えるのやめたよ」

 実際のところ百回以上じゃないかなぁ。


「やめやめ、私たちがケンカしてどーするのよ」

「何の話してたっけ?」

 私たちは睨み合いをやめた。

 

 恋敵である私たちは、現在休戦中。

 というか、共同戦線中である。

 なんせ、高月くんがそこら中でフラグ立てるからね!

 本当に、もうっ!

 

「問題は、マコトがフーリをどう思ってるかよ!」

「直接聞けばいいんじゃないの? 今から聞いてみる?」

「い、嫌よ! マコトがフーリに惚れてたらどうするのよ!」

「はぁー、変なところで臆病だなー、るーちゃんは」

 私はやれやれと肩をすくめた。

 

 そんな冷静なふりをしたけど、実際のところは少し心配だった。

 ……どうなの? 高月くん。


 そんな数日前の会話だ。



 ◇



 

 再び高月くんとふーちゃんの方に目を向ける。

 何か話しているようだけど、風が強くてよく聞き取れない。

 ふーちゃんが、ぱしっと高月くんの肩を叩いた。

 高月くんは、肩をすくめている。

 本当に、仲良しって感じだ。


 むむむむ……、何を話しているんだろう?

 んー、と私は目を細め二人の唇を読み取ろうとして……。


 バッ! とふーちゃんがこちらを振り向いた。

 続いて高月くんもこっちを向く。

 そして、私に手を振った。

 ふーちゃんは引きつった笑顔、高月くんはいつものクールな表情だ。


 もしかして、高月くんは最初から気付いてたのかしら?

 私はポリポリと頬をかき、3歩くらいで二人の近くにシュタっと降り立った。

 

「こんばんは、高月くん、ふーちゃん」

「せ、戦士さん⁉ いつから見てたの?」

「やぁ、さーさん。どうしたの?」

 慌てるふーちゃんと、普段通りの高月くん。

 

「んー、二人が居ないからどうしたのかなーって。見つけたのはさっきだよ」

「そ、そう! 私は話が終わったから寝るわ! お休み、私の騎士、戦士さん!」

「姫、送るよ」

「いいわよ! そこら中に騎士団の連中が居るわ。ここは安全だから」

 そう言って顔を赤らめたふーちゃんは、速足で去ろうとしている。

 そんな、逃げるみたいにしなくていいのに。


 すれ違う瞬間、ちらっとふーちゃんの横顔を見た。

 月明かりに照らされる艶やかな黒髪。

 輝くような白い肌。

 見慣れている私ですら、思う。



 ……ぞっとするほど綺麗。


 

 るーちゃんが言っていた『世界で一番美しい存在』である月の女神の巫女という話。

 そのふれこみに違わない、人間離れした美貌だった。

 こんな子と、二人きりで高月くんはどんな会話をしていたんだろう?


「どうしたの? さーさん」

 憎たらしいことに高月くんは、まったくもっていつも通りだ。

 この男……、どうしたの、じゃないでしょ。

 ちょっとは顔を赤らめたりしないの?


「こんな夜遅くに二人っきりで、何話してたのかなー? 怪しいなー」

 私は上目遣いで、少し拗ねた風に聞いてみた。

 いや、実際少し……いや、結構嫉妬もしている。


「一人で修業してたんだよ。そしたら、姫がやってきてさ」

 が、高月くんの返事は淡泊なものだった。


月の国ラフィロイグを助けてくれてありがとうってさ。私のためにムチャばっかりするなって言われたよ。別にそういうつもりじゃなかったんだけどね」

「じゃあ、どういうつもりだったの?」

「え、えーと。うーん、まあいいだろ」

 高月くんは、海のほうに視線を泳がせている。

 あー、なんかわかったかも。


「初めて海に来て、水の精霊がいっぱい居たから試したかったんでしょ?」

「え?」

 なんで心の中読まれたの? って顔をされた。


「なんで心の中がわかるんだよ」

 しかも口に出してくれた。

「顔見ればわかるよ」

「ふーん」

 少し悔しそうに、高月くんは手を上げて水魔法の修行を続けている。 

 良く飽きないなぁ。


「最近、ふーちゃんって高月くんによく話しかけるよね?」

 とりあえず、私は世間話風を装いつつ探りをいれることにした。


「そう? 前と変わらないんじゃない?」

 高月くんの反応は、まったくつれないものだが。


「ううん、前と全然違うよ。前はもっとツンツンしてたもの」

「あー、確かに姫はツンデレだねー」

「そうそう、最近はデレが多めだよ」

「その割に、よく蹴られたりするんだけど」

「それは高月くんがセクハラするからだよ……」

 胸を触ったり、下着を見たり。

 しばらく、くだらないことを話した。

 でも、高月くんの本心は見えてこなかった。


(よし、じゃあ) 

 少し踏み込もうかな。


「もしさ……ふーちゃんが高月くんの事好きになっちゃったらどうする?」

 少しだけ、少しだけドキドキしながら聞いてみた。

 るーちゃんと話した、高月くんの気持ちを確かめるために。

 それに対して、高月くんの返事は――


「そんな訳ないだろ」


 顔だった。


「姫は、桜井くんの彼女だろ? 俺は桜井くんの代わりに、守護騎士やってるだけだよ」

「あ、うん。……そうだね」

 高月くんの鬱陶しそうな声に、私もそれ以上その話題を続けることを避けた。

 

 ふーちゃんは、高月くんに好意を持ってる……気がする。

 恋愛感情か、どうかはわからないけど。

 一方で、高月くんはふーちゃんに対して、桜井くんの彼女としか思ってない。

 いや、それどころか桜井くんの彼女だからこそ、そーいう話をするのが嫌そうだった。


(昔から煩わしい人間関係が、嫌いだからなー……高月くんは)

 私は気づかれないように、小さくため息をついた。

 どうやらるーちゃんと私の心配は、杞憂だったらしい。


「さーさん、さーさん。これ見てよ」

 高月くんは無理やり話題を変えるように、青い右腕を上にあげた。

 右腕が輝き、その周りに大小多数の魔法陣が浮かび上がる。

 地面が揺れ、大気が震える。

 月を雲が覆い、闇夜が広がった。



 ――水魔法・青龍



「何も起きないよ?」

「さーさん、上見て」

「げ」

 私が上を見上げると、最初に雲かと思ったのは一匹の巨大な龍であることがわかった。

  

「水の王級魔法・青龍って言うんだ。雨を降らせたり、雷を呼べるらしいよ」

「へ、へぇ……凄そうだね」

「だろ⁉」

 高月くんの目がキラキラしている。

 新魔法を自慢できて楽しそうだ。

 私は、空を覆うような巨大な水の龍を、ぽかんと眺めながら思った。


(高月くんがどんどん人間離れしていくなぁ……)


 その時、強い風が海側から吹きつけた。


「きゃっ!」

「寒っ」

 冷たい突風に私と高月くんは、小さく声を上げた。

 身体を冷やすその冷気に、思わず自分の身体を抱きしめる。

 寒いよー!

 もう帰ろうかなーと思った時。



 ――水魔法・氷の家



 高月くんが右手を掲げると、あっという間に私たちの周りを氷の建物が囲った。

 ちゃんと、入り口に扉ようなものまである。

 すごい! こんな一瞬で?


 風が無くなり一気に、体感温度が上がった。

 心なしか、空気まで少し温まった気がする。


「高月くん、これは?」

「水魔法で作ってみたけど、どうかな? これなら多少は寒さを防げるかと思って。水蒸気を操って、冷気もある程度は防いでみたよ」

「そ、そんなことまでしてるの⁉」

 魔法が使えない私でも、それって大変なんじゃないかなーって思った。


「ルーシーみたく火が起こせればなぁ……。さーさんを温かくできるのに」

 ただ、高月くんは自身の魔法に不満があるようだった。

 十分凄いと思うんだけどなー。

 腕の悪い魔法使いでごめんね、という高月くんが私は愛おしかった。


 ふと、気付いた。

 さっきまでふーちゃんと高月くんが二人っきりだったけど、今は私と二人っきりだ。

 あれ? もしやいい雰囲気?


(ん~……)

 これってチャンス?

 るーちゃんの「抜け駆けはダメよ!」って顔が脳裏に浮かんだ。

 どうしよう?

 ……………………よし! 

 あとでいっぱい謝ろう!

 

「ねぇねぇ、高月くん。ここでクイズです」

「え、なに? 急に」

 きょとんとした顔で高月くんが、こちらを見つめる。


「あるところに若い男女が居ます。そこには寒くて、女の子は震えています。さあ、一緒にいる男の子はどうするのが正解ですか? あ、魔法は使っちゃダメだよ?」

 私は照れ笑いしながら、高月くんに質問した。

 彼は一瞬、目を丸くして、その後何かに気づいたように視線をそらした。


「あ、あー、うん。それは……」

 高月くんもこっちの意図が伝わったのか、若干顔を赤らめながらも私に近づいてきた。


「どうするのが正解ですかー?」

 私はさらに顔を近づけて覗き込んだ。

「こうかな?」

 高月くんが、私をぎゅっと抱きしめた。

 ふへへー、あったかい。

 私も、ぎゅっと高月くんを抱きしめ返した。


「正解?」

 耳元で高月くんの声が響く。

「んー、半分正解かなー」

「半分?」

 高月くんが、怪訝な顔をする。


「ん」

 私は目を閉じて、顎を少し上げた。

「あー……」

 高月くんの少し呆れた声が聞こえた。

 そのまま待っていると。



 ――私の唇に、温かい唇が重なった。



 私を抱きしめる力が強くなる。

 私も、強く抱き返した。

 高月くんの速い鼓動が聞こえる。

 でも、私はきっともっと速い。

 永遠に続けばいいのに、と思ったけど幸せな時間はほんの十秒ほどだった。


「正解?」

 赤い顔の高月くんが、聞いてきた。

「正解」

 私ははにかみながら、答えた。


「じゃあ、次の質問です!」

「つ、次?」

 高月くんが目を丸くする。


「ここがもし雪山ならどうしますか?」

「……いや、それは」

 高月くんの目が泳ぐ。

 照れているのか、迷っているのか空中を視線がさ迷っている。


「ノア様……、いや、でもですね。あーあ、『RPGプレイヤー』まで……」

 高月くんが小声で、何かつぶやくのが聞こえた。

 その間に、私は高月くんのジャケットの

 高月くんは少し驚いた顔をしたが、それだけだった。


「さぁ、答えをどうぞ」

 私が言うと、高月くんは困ったように微笑んだ。


「じゃあ、態度で答えるよ」 

 そう言って高月くんの手が、ゆっくりと私の胸元に伸びた……。

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