182話 とある騎士団長の驚愕

 ◇太陽の騎士団・第一師団団長オルトの視点◇


 ――数日前。


「邪魔するぞ」

「大賢者様⁉ 本日はいかがいたしましたか?」

 突然、太陽の騎士団の団長会議に現れたのはハイランドにおける三番目に高位の人物だった。

 ユーウェイン総長が、慌ててその相手をする。


 大賢者様は、千年前に世界を救った救世主様の仲間のご子孫……というのは建前で、千年前の英雄その人である。

 一部の人間のみに知らされている極秘の事実であるが。

 吸血鬼ヴァンパイアとして、千年の長き時を過ごして来たハイランドの守護者。

 ハイランドにて最高戦力を自負する太陽の騎士団の団長たちであっても、その近くに居ては緊張が隠せない。


「なに、少し聞きたいことと頼みがあってな」

「それは、なんでしょうか……?」

 珍しいことだ。

 権力にも政治にも興味が無い大賢者様が、誰かに命令を下されることなどまず記憶にない。

 おそらくは戦争絡みのことだと思うが、一体何を……。


水の国ローゼスの精霊使いくんと、一緒に行動するのは誰だ?」

「わ、私です! 第一師団団長オルトです!」

 慌てて名乗りを上げる。

 まさか、自分に関係するとは思っていなかった。

 大賢者様は、こちらを見て面白そうに眼を細めた。


「ほう? 第一師団を付けるとは随分と余裕だな。うちの精鋭エースじゃないか。主戦場に持っていかなくて良いのか?」

「勿論、主力部隊は総長である私と光の勇者桜井殿と行動します。しかし、月の国ラフィロイグは治安が悪く、蛇の教団が多く潜んでいると言われている地域。手練れをつける必要があると考えております」

 ユーウェイン総長が、よどみなく答える。


「そうか、確かにそうだな。おい、第一師団団長」

「はっ!」

 大賢者様に声をかけられ、緊張で身体が固くなる。


水の国ローゼスの精霊使いくんだが……もし、魔王軍にちょっかいをかけていたらよ?」

 大賢者様からの指示は、予想していないものだった。

「……それはどういう意味でしょうか?」

「大賢者様、今回の戦は、極力無駄な戦闘は避ける作戦です。ご存じのはずでは?」

 私の疑問に、ユーウェイン総長から補足をしていただいた。

 いくら水の国ローゼスの勇者とはいえ、勝手な行動は許されない。

 彼が魔物と戦いたがっていたとしても、我々の作戦には従ってもらうつもりだ。


「精霊使いくんだが、火の国グレイトキースでは彗星を話は聞いているだろう?」

「それについては、タリスカー将軍から報告を受けておりますが……」

 火の国グレイトキースの王都を吹き飛ばす程の巨大な彗星をたった一人で防いだのだという。

 その言を疑う者もいるが、ハイランドの王都シンフォニアで、千年前の魔物五千体をまとめて飲み込んだ水魔法を使っていたマコト殿だ。

 それを目の前で見た私は、その話を信じることができた。


「おそらくやつの精霊魔法は、兵力にして一万以上の域に達している。なら、それを使わない手は無いであろう?」

 普段、仏頂面が多い大賢者様が、ニヤニヤして楽しそうに言葉を続ける。

 反対にユーウェイン総長の表情は険しい。


「うーむ……しかし」

 大賢者様のお言葉は、今回の作戦の方針に真っ向から反する。

 さらに邪神の使徒であるマコト殿を活躍させてしまうことは、邪神を憎む教皇猊下の怒りを買う恐れもある。

 そこで私は、総長と大賢者様に進言した。


「恐れながら申し上げます、大賢者様。水の国ローゼスの勇者マコト殿のみ単独で行動することを許せば、軍律が乱れます。そこで勇者マコト殿の行動に関しては『大賢者様の密命』ということにしていただけませんか?」

「オルトよ、それは……」

「かまわんぞ、外野がうるさければ我の命令で逆らえなかったと言って良い」

 我ながら無理を言ったと思うが、大賢者様はあっさりとそれを承諾した。


「しかし、それでは教皇猊下が納得しますまい。苦言で済めばよいですが、下手をしますと大賢者様が軍に介入し、新たな派閥を作ろうとしていると見られかねません。そういった煩わしいことはお嫌いと存じておりますが、よろしいのですか?」

 ユーウェイン総長が、懸念事項を伝えた。

 その通りだ。

 太陽の国の貴族や聖職者は、新たな権力の台頭を好まない。


「かまわんよ、下らぬ戯言は実績で黙らせれば良い。精霊使いくんなら上手くやってくれるさ」

 大賢者様の声からは、確かな信頼が感じられた。

 なぜ、そこまで他国の勇者に信をおかれるのだろう?


「随分と、水の国の勇者を買っておられるのですね」

 ユーウェイン総長が、皆の気持ちを代弁した言葉を発した。

「そうでもないぞ? 光の勇者くんなら、十万の魔物相手でも負けまい。精霊使いくんは、まだそこまでじゃない」

 返って来た大賢者様の言葉は、そっけないものだった。

 皆の視線が、第七師団の団長であり光の勇者桜井様に集まる。


「……十万の魔物と戦った経験が無いので、何とも言えませんが」

 光の勇者桜井様の返事は、控えめなものだった。

 が、やれば勝つつもりである、とも取れる返事だった。

 私もそう思う。

 今や、光の勇者様には太陽の騎士団の団長全員でかかっても勝てないのだから。


「おいおい、そんな返事では困るな。我々は千年前は、百万の魔王軍を相手にしたのだぞ?」

 が、大賢者様は桜井様の返事では満足しなかったらしい。

 百万の魔王軍をたった四人の救世主アベル様のパーティーが打ち破ったという伝説の戦いのことを言っているのだろう。


「大賢者様……それは救世主アベル様の時代の話でしょう? 魔大陸には百万もの軍勢は用意できないと調査によってわかっています」

 ユーウェイン総長が、やんわりと否定した。

「ふん、そんなことはわかっておる。とにかく精霊使いくんの魔法は、戦争で役立つ。遊ばせずに鍛えさせ続けろ。責任は我が取ってやる」

 そう言い放ち、大賢者様は空間転移テレポートで去ってしまった。


「「「「「「「「……」」」」」」」

 あとは沈黙が訪れる。

 しばらくしてユーウェイン総長が、口を開いた。 


「オルトよ」

「はっ!」

 ユーウェイン総長に名前を呼ばれ、姿勢を正す。


「大賢者様のご命令通り、水の国の勇者殿の行動は制限せずともよい。ただし、戦況に大きく悪影響を与えそうな場合は、第一師団団長として判断し、行動せよ。水の国の軍は、太陽の騎士団の指揮下にある。団長命令に逆らいはしないだろう」

「はっ! 承知しました!」

 総長の判断であれば、私はそれに従うまでだ。


「しかし……大賢者様は何を考えておられるのか」

「案外、あの噂……本当かもしれんぞ」

 そんな声が聞こえてきた。

 大賢者様の噂と言えば……私も聞いたことがある。


「なぁリョウスケ殿、水の国の勇者殿が大賢者様の愛人という話は、本当かねぇ?」

 ニヤニヤと下世話な話題を振るのは、第六師団の団長だ。

 年も若く、桜井殿と親しいからこそできる会話であろう。

 やや、場には不適切ではあるが。


「いやぁ……高月くんが大賢者様と愛人って言うのは無いんじゃないかなぁ」

 桜井殿は苦笑しつつ否定した。

 水の国の勇者と桜井殿は、前の世界から親しい間柄らしい。

 やはりただの噂か。

 しかし、先ほどの大賢者様の気にかけようはただ事ではなかった。

 他の団長たちもざわついている。


「巷の噂を鵜呑みにするな。諜報部からの報告により、大賢者様と水の国の勇者殿の接触は、3回のみ。そういった関係でないことは裏が取れている」

 ユーウェイン総長が、ぎろりと団長たちを見渡しそれ以上の発言を止めた。


 ……そんなことまでお調べになっているとは。

 太陽の騎士団のトップとなれば、武力だけでなく様々な情報収集もせねばならない。

 難儀なことだ。


「では、一部の計画に変更があったが、改めて『北征計画』を確認するぞ」

 総長の言葉に、我々は大きく頷いた。

 

 それが数日前の会話である。


 

 

 ◇




 ――目の前には、嵐のように荒れ狂う魔力マナを纏った水の国の勇者殿が海を眺めている。


「オルトさん、あっちにいる魔物を追っ払ってもいいですか?」

 何ということだ。

 大賢者様の言った通りになってしまった。


「マコト殿……エステル様のお言葉をお忘れですか? 今回の戦はうかつに手を出すことを禁じています。我々は来るべき大魔王戦に備え、戦力を温存しなければなりません」

 私は、今回の作戦をマコト殿に念押しした。


「ええ、でもあいつらはこちらの魔法が届かないと思っている。そこに先制攻撃を仕掛けるなら、意味はありませんか?」

「……届くのですか?」

 目測でもここから、魔王軍までの距離は王都の端から端まで位の距離がある。

 この距離で効果的な魔法攻撃ができる魔法使いは、太陽の騎士団にもほとんど居ない。

 できるのであれば、確かに理想的だ。

 ただし……。


「その魔力マナでは、一万の魔王配下の魔物相手では足りないでしょう」

 私は、断言した。

 マコト殿が、精霊から借り受けたという魔力は膨大だ。

 だが、いま沖に居る魔物は、魔王フォルネウスの直属部隊。

 マコト殿が纏う魔力は、第一師団の魔法使いの誰よりも多いが、それでも魔王軍と戦うには足りない。

 それが団長としての判断だった。


「ええ、

 私の言葉に、マコト殿はこともなげに言った。 


「じゃあ、これから準備をしますね」

「え?」

 私には彼の言葉が、理解できなかった。 

 それが全力ではないのか?


 私が何も言えずにいると、マコト殿はすたすたと仲間のもとへ近づいた。

 そして月の巫女へ向かって言った。


「姫、あいつらを追い払うのを手伝って欲しいんだ。手を出してもらっていい?」

「いいけど……何よ?」

 不審げな表情をする月の巫女。

 その絹のように白い手を掴む。

 


 ――同調シンクロ



 小さなつぶやきが聞こえた。

 私には何をやっているのかわからなかったが、マコト殿の仲間も同様のようだった。


「マコト?」 

「何してるのー?」

「もうすぐわかるよ、ほら来た。やぁ――――――水の大精霊ウンディーネ



 ズシンと、腹に重い一撃を食らったような衝撃が走った。

 続いて、背筋を何かが貫いた。

 身に纏っていた闘気オーラが吹き飛ばされ、極寒の吹雪の中に立っているような錯覚を覚えた。


(こ、これはっ!?)

 見ると間近にいる月の巫女も、真っ青な顔をしている。


「わ、私の騎士! 大精霊を呼び出すなら先に言いなさいよ!」

「あー、ごめんごめん姫」

 頬をかきながら、笑っている。


水の大精霊ウンディーネ、魔力を少し抑えて。右手に少しだけ触れてみて」

 マコト殿は誰も居ないはずの、右隣に話しかけている。


 ……ああ、居る。

 見えない何かが、確かに居る。

 おぞましいほどの魔力に、私が反応できずにいたが第一師団の騎士たちも何事かとこちらに向かおうとして、足がすくんでいるようだった。


 海は高波で荒れている。

 小雨のような雨が、霧のように薄暗く我々を包んでいる。

 奇妙なことに、雨が降っているのはこの辺だけで遠くの景色では変わらず太陽の日が、大地を照らしていた。


 そしてマコト殿の周りを、ますます強大な魔力が渦巻き大気と大地が、小さく振動している。

 これから天変地異が起きると言われても、私は驚かない。


「マコト殿! 何をするつもりですか⁉」

 私は悲鳴を上げそうになるのを、抑えながら質問した。

「え? だから魔法を使って魔物を追っ払いますよ」


 必要ない!

 魔物に知能があるならば、このバカげた魔力を感じれば間違いなく逃げ出すであろう。

 いや、本能で逃げるはずだ。


「じゃあ、いきますねー」

 ゆるい言葉と共に、恐ろしいほどの威圧感があたりを支配した。

 それが水の国の勇者の右手から発せられているのだと、気付いた。



「水魔法・氷のせか……、いや、折角だから別の名前をつけてみるか……」

 ぶつぶつと、ひとり言が聞こえた。


「私の騎士! いいからさっさとやりなさい!」

「見て、マコト! 魔物が逃げ出してるわよ!」

 ルーシー殿の言う通り、魔王配下の魔物たちすら、戸惑ったように群れの隊列を崩している。

 時間をおけば撤退するはずだ。


「あれ? くそ、逃がすか!」

「マコト殿!?」

 目的が変わっている⁉

 逃がしていいんだ!


「高月くんー、魔法は決まった?」

 唯一、この中で平静を保っている火の国の勇者アヤ殿が、手を後ろに組んでマコト殿の顔を覗き込んでいる。


「ああ、アレでいこう」

 にぃ、と実に楽しそうに水の国の勇者マコトが笑顔を見せた。

 そして右手を前に突き出し、言い放った。

 一体、なんの魔法を……

 



「エターナル・デス・ブリザード! ……相手は死ぬ」




 初めて聞く魔法名だった。


 気が狂うような魔力マナが、魔法として発現する。

 千を超える魔法陣が、不規則に空中に浮かぶ。

 法則性も何も無い、無秩序で混沌とした風景。

 ハイランドの魔法使いが好む、無駄を削ぎ落とし洗練された魔法とは真逆。

 無駄に無駄を重ねた粗雑な魔法術式。

 それを無限の魔力で、無理やり作り上げたハリボテのような奇跡。

 そして、魔法が完成した。


 次の瞬間、目の前が全て白銀に覆われた。



 

「……雪?」

 先ほどまで降っていた雨が、雪に変わっていた。

 季節が変わったのかと思うほど、外気が冷え冷えとしている。


「えぇ……」

「うわぁ……」

「さ、寒い! 高月くん!」

 マコト殿の仲間たちの声が震えている。

 一名は、寒さのためのようだが。


「……な……ん……だと?」

 そして、私の声も震えていた。

 目の前の光景に、脳が追い付かない。



 ――水平線の彼方まで、海が凍てつく氷の大地へと変わり。


 真っ白な死の世界で、全ての魔物が凍り付いていた。

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