181話 人魔戦争 その2

「では、魔大陸に集結している魔王軍の状況を報告せよ」

「はっ! ではご報告いたします!」

 ユーウェイン総長の声に、部下の騎士が大きな声で返事をした。

 たくさんの画面に映る人々の視線が、そちらに集まる。


「まず、獣の王ザガンが率いる軍について申し上げますと……」

 魔王軍の位置情報や、軍の規模・編成が読み上げられる。

 皆、真剣な顔で聞き、頷いている。


 ……が、異世界出身の俺には、いまいちピンとこない。

 魔大陸の地名やら細かい魔族の種族名を言われても、そこまで詳しくは無いんだよなぁ。

 うしろを見るとさーさんは話に飽きたのか、黒猫の背をなでている。

 きみも勇者なんですけど?


(ルーシー、姫、解説できる?)

 俺は異世界こっちの仲間たちにお願いをしてみた。


(んー、魔大陸のことはちょっと……)

(私は最近まで月の国から出たこと無かったの。悪いわね、私の騎士)

 ルーシーとフリアエさんは、困った顔で首を横に振った。

 二人とも外の大陸については、よく知らないらしい。

 ソフィア王女か、ふじやんあたりが居れば解説してもらうんだけど……。


 あとでオルト団長に、教えてもらおうかなぁ。

 太陽の騎士団からの魔王軍の状況報告についての情報量は多く、未だ終わる気配が無い。


 ふと沢山浮かんでいる画面の一つにソフィア王女の顔があることに気づいた。

 隣にノエル王女が居るので、おそらくハイランド城の一室だろう。

 運命の女神の巫女エステルの姿も見えることから、女神の巫女で集まっているのかもしれない。


「……」

 その映像を見ていたら、ソフィア王女と目が合った。

 ソフィア王女は微かに笑みを浮かべ、小さく口を開いた。


(ご・武・運・を)

 声は発していなかったが、唇の動きからそう読み取れた。

 無音のエールだった。


 俺も何か、返事をすべきだろうか?

 迷ったすえ、小さく手を振った。



「おい、水の国ローゼスの勇者! 女とイチャついてんじゃねーぞ!」

(げっ⁉)

 ツッコミを入れてきたのは、稲妻の勇者ジェラさんだった。

 会議参加者の視線が、一斉にこちらに向く。

 


「ほう、余裕だな。精霊使いくん。退屈ならこっちに来たほうがいいんじゃないか?」

 ニヤニヤとした顔で、大賢者様まで絡んできた⁉

 映像に映る皆様の視線が冷たい。


 ただし、ソフィア王女の顔は茹でられたように真っ赤だ。

 ごめん、ソフィア!

 隣のノエル王女が、苦笑しながらフォローしてくれている。

 後で謝らないと……。


「何やってんのよ、マコト」

「あほなの? 私の騎士」

「あーあ、高月くん、話はちゃんと聞かなきゃダメだぞ?」

 後ろから仲間たちの声が聞こえてきた。

 ルーシーやフリアエさんはともかく、さーさんには言われたくないんですけど⁉


「では、退屈している人も居るようなので、現状についてはこれくらいで」

 ユーウェイン総長にまでいじられた。

 ……大事な会議中にスイマセンデシタ!(後で謝罪しました)。


「エステル様、ここからは今後の展開についてご説明を願います」

「ええ、わかりました」

 ユーウェイン総長の声で、運命の女神の巫女が前へ出てきた。


「これから六日間、海魔の王フォルネウスの軍勢が西の大陸の各地に現れるでしょう」

 巫女エステルの声が、滔々と流れる。


土の国カリラーン太陽の国ハイランド火の国グレイトキース木の国スプリングローグ水の国ローゼス……その沿岸部に、魔王軍が姿を現します。しかし、それを相手にしてはいけません。すべては陽動……、光の勇者のいる本陣から戦力を割かせるための罠です」

 たくさんの画面の中の人々は、その言葉に聞き入っている。


「七日後の夜、獣の王ザガンの軍が商業の国キャメロンに攻め込みます。やつらの狙いは、光の勇者の命と、商業の国キャメロンの国力低下。光の勇者の命を奪えずとも、商業の国キャメロンを戦場にすることで、六国連合を弱体化させることを目論んでいます」

「……理にかなっていますが、魔族が考えたとは思えぬ用意周到さですな」

 巫女エステルの説明にコメントをしたのは、火の国グレイトキースのタリスカー将軍だ。


「その通りです、将軍。この作戦を考えたのは魔族ではなく魔人族。忌まわしい蛇の神を信仰する教団の大司教イザクです」

「あの寄生虫共か……。やはり魔人族など即刻、根絶やしにするべきだ。蛇の教団か否かなど、もはや問う必要はない!」

 過激な発言をするのは、女神教会の教皇様だ。


「……ちっ」

 フリアエさんの舌打ちが聞こえた。

 いい気分じゃないよなぁ。

 ごめん、でもちょっと抑えて。


(……にしても)

 巫女エステルの言葉通りだと、月の国ラフィロイグには敵は来ないのだろうか?

 そう思っていると、まるで心を読まれたかのように、運命の女神の巫女がこちらへ視線を送った。


「ああ、そうそう。廃墟の国ラフィロイグへも魔王軍はやってきます。どうせ魔人族しかいないので、無理に守る必要はありませんが、西の大陸に拠点を作られてはやっかいなので、適当に追い払っておきなさい。邪神ノアの使徒」

 意地の悪い笑みを浮かべる、巫女エステル――改め運命の女神イラ様。


「……わかりました」

 不承不承頷く。

 が、巫女エステルの視線は冷たい。


「本当にわかっているのでしょうね? 今回のいくさの目標は『獣の王ザガンの撃破』。そして、今後復活する大魔王イヴリース戦に備え、極力戦力を維持することです。無駄な戦いは、絶対に避けねばなりません。よいですか? すぐ危険に突っ込んでいく、邪神の使徒?」

「……」

 まるで見てきたかのように言われたが……きっと見られていたのだろう。

 運命の女神様に。


「月の国に明日、約一万の海の魔物が現れます。おそらくそちらを挑発するように、魔法の射程ぎりぎりの範囲へ待機するでしょう」

「明日⁉」

 早いな!


「しかし、それを迎え撃ってはいけません。戦いになれば太陽の騎士団の被害も少なくない。もしかすると奇襲の得意な魔物が、一部の月の国の民を襲う可能性はありますが……死ぬのは魔人族です。放っておきなさい」

「なっ!」

 そのあまりな言い草に、後ろから小さくフリアエさんの声が聞こえた。


「当然だ。魔人族の命など、虫けら以下。貴重な戦力を割く必要など皆無だ」

 追随するのは女神教会の教皇だが、それに頷く連中も大勢いた。

 こいつら……。

 いい加減、文句言ってやる。

 俺が声を上げようとした前に。


「待ちなさい、私の騎士」

「姫?」

 フリアエさんに腕を掴まれ、小声で囁かれた。

「いまのあなたは、邪神の使徒であることがバレて立場が悪いのよ。これ以上、波風を立てるのはやめなさい!」

「……でも」

「いいから!」

 フリアエさんがそこまで言うなら、仕方ないか……。


「前向きに善処します」

「よろしい」

 俺の言葉に、巫女エステルは満足気に返事をした。



「それでは、本日の会議はここまでとしましょう。何か異変があれば、すぐに報告を」

 ユーウェイン総長が、会議の終わりを告げた。

 こうして六国連合軍の会議は終わった。

 空中の映像が、次々に消えていく。


 どうも、もやもやする。

 すっきりしないな。

 帰って修行でもしようかなぁ。


「勇者マコト殿」

「はい?」

 全ての魔法通信が切れた後、団長のオルトさんに呼び止められた。


「魔人族のことであれば、心配は要りません」

「「?」」

 俺とフリアエさんが、首をかしげた。


「ノエル王女から、月の国の民も区別せずに護るよう命令を受けています。ユーウェイン総長も同様のお考えです」

「そうなんですか?」

 さっきの会議では、巫女エステルや教皇様に対して何も言ってなかったけど。


「立場上、教皇猊下に逆らうような事は言えませんが軍の運用に関しては、最終決定権は総長にあります。ノエル王女は種族差別を廃止するお考えで、ユーウェイン総長もそちらに同意をしています。月の国の民も、守るべき人々として扱います」

 力強くオルトさんが断言してくれた。


 そっか、そういう背景があったのか。

 オルトさんが指揮する第一師団は太陽の騎士団の中でも、古株が多いベテランの騎士団だ。

 そんな戦力が、月の国の防衛に来るのは、少し変だなと思っていたけど合点がいった。

 

「よかったね、姫」

「……ええ、あの女は魔人族も平等に扱うつもりなのね」

 フリアエさんは複雑そうな表情をしている。

 ノエル王女に対して、思うところのある一方で今回の話は感謝しなければ、という葛藤があるんだろうか?

 まあ、なんにせよ懸念が一つ減ってよかった。

 さて、帰ろうかなと思って歩き出そうとした時、オルトさんに手を掴まれた。 


「オルトさん?」

「まだ、話は終わりではありません、マコト殿」

 腕を掴む力が強い。


「先ほどの会議は大陸の命運を決めるもの。いくら勇者殿とはいえ集中して貰わねば困ります」

「は、はい……」

 オルトさんの発言は、間違いなく正しい。 


「どうやらマコト殿は、魔大陸の地理や魔王軍の種族について詳しくないご様子。今後のことを考え、講義をさせていただきます。今からお時間よろしいですか?」

「……はい、是非」

 会議中にソフィア王女に手を振ってたのは、軍人さん的にNGだったらしい。


「よし、ルーシーとさーさん、姫も一緒な!」

「「「えー!」」」

 ええい、一人で居残りは嫌なんだよ!

 

 講義は、数時間かかりました。




 ◇翌日◇




「敵影です! 魔王軍の数は、約一万!」

 太陽の騎士団の見張り役から、伝令があった。


「エステルさんの言った通りですね」

「予知通りでしたな、マコト殿」

 俺の声にオルト団長の真剣な声が返ってきた。


 月の王城跡の裏手にある海岸に、俺たちは立っている。

『千里眼』スキルを使ってようやく敵の姿が視認できる距離。

 遠くに巨大な海の魔物たちの姿が見え隠れしている。

 魔物の体長は、一体一体が漁船ほどの大きさがある。


「オルト様! 沿岸部への部隊の配備完了しました!」

「うむ、エステル様のおっしゃったようにこちらからは絶対に仕掛けるな。連中の狙いは、こちらを挑発することだ」

「やつらが仕掛けてきた場合は?」

「ぎりぎりまで引き付けろ。ただし、上陸は許すな」

「承知しました!」

「夜間監視はどうする?」

「八時間のローテーションで、二十四時間の監視を行います。すでにシフトは全部隊に通知済みです」

「よし、あと気になる点は……」

 団長オルトさんと部下たちの、緊張感のある会話が続く。

 

 ちなみに、海の魔物なら地上にいれば安全なのでは? という認識があったのは昨日の講義で誤りであることを知った。

 海の魔物とはいえ、陸上に上がれないわけではないらしい。

 海の魔物は、基本的には水中で過ごしているが、数日であれば地上でも活動可能だとか。

 つまり今いる場所も、戦場になる可能性がある。

 俺は改めて、目の前に広がる海原を視た。

 


 ――異世界に来て、初めての海だ。



 水の国ローゼスには、国土の3割にあたる巨大な湖、シメイ湖があり広大な水辺は見てきた。

 が、それとは明らかに違いがあった。

「うーん……」

「どうしたの、マコト?」

 腕組みをして考え事をしていると、ルーシーが俺の肩に顔を乗せてきた。

 俺の頬に、ぴたっとルーシーが顔をくっつけてくる。

 ルーシーの高い体温が伝わってくる。


「海はなー、と思って」

 俺の視線の先、これまでのどの場所よりもたくさんの水の精霊たちで溢れかえっていた。


「へー、そうなんだ。るーちゃんも見えるの?」

 さーさんが、俺の首に後ろに手を回してぴょんと飛び乗ってきた。

 柔らかい感触が背中に、伝わる。 


「視えないわ。私は水魔法の熟練度を鍛えてないし」

「ふーん、でも魔法使いだから修業すれば見えるんだよねー。二人はいいなぁー」

 ルーシーとさーさんは普通に会話しながら、ますます引っ付いてくる。


「ちょっと、二人ともくっつき過……」

「私の騎士にくっつき過ぎよ」

「わ!」「え?」

 フリアエさんが、ルーシーとさーさんの首後ろの襟を掴んで猫のように持ち上げた。

 フリアエさん、力強っ!


「ねぇ、私の騎士。テントに戻ったほうがいいんじゃない?」

 実は、オルトさんから、俺たちは拠点で待機するように言われている。

 魔物たちが攻めてきた場合に備えておくように、とのことだった。

 ただ、自分の目で見ておきたかったので同行させてもらったのだ。


 フリアエさんが、俺を帰るように促すがその視線は沖にいる魔物をちらちらとみている。

 自分の祖国に攻め込まんとする魔王軍の連中は、当然気になるんだろう。


「フーリ、そろそろ下ろしなさいよ!」

「ふーちゃんー、放してー」

 ルーシーとさーさんが、足をばたばたさせている。

 本当に猫みたいだ。


「姫、二人をおろして。あと、ちょっとだけ待ってて」

 俺は確認したいことがあった。 

 右手を空に向かって掲げる。


「精霊さん、精霊さん」


 俺が呼びかけると……ズズズ、と雲が集まりぽつぽつと雨が降ってきた。

 さらに多くの水の精霊たちが集まってくる。

 そして右腕に、膨大な魔力マナが集まる。 

 王級魔法なら、数発は撃てそうなくらいの。


「私の騎士……、今、天気を操ったの?」

 フリアエさんが、少し引き気味にこちらを見つめる。

「ま、マコト、その魔力……」

 ルーシーが俺の右腕を、凝視している。

「うわ、冷たい! えい! えい!」

 さーさんは、降ってくる雨を全て叩き落としている。すげぇ。


 そうしている間にも、魔力マナが集まり続ける。

 ビリビリと空気が震え、呼応するように海の波も少し高くなった。


(こんなに精霊から魔力マナが借りやすいのは初めてだ……) 

(マコト、月の国は聖神族の影響が少ないから、精霊が多いの)

(ノア様、なるほど。理解しました)

 これはいい情報だ。

『精霊の右手』を使わなくても、十分な魔力マナを集めることができる。


「あ、あの……マコト殿。一体なにを……」

 オルトさんが、やや震える声で尋ねてきた。

 俺はオルトさんの顔と、自分の右手、そして遠い沖にいる魔物を見て、思いついた。



「オルトさん、向こうにいる魔王軍を追い払ってもいいですか?」

 

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