179話 高月マコトは、女神様と語る
「ノア様?」
月の国へ出かける前夜、俺は
相変わらず神々しい輝きを発しているノア様のもとへ、俺はひょこひょこ近づいた。
その隣には、同じく眩い光を放つ青いドレスの水の女神様が立っている。
「災難だったわね、マコト」
「大変よ! マコくん!」
腰に手をあてて苦笑するノア様と、腕をぶんぶん振っているエイル様は対称的だった。
さて……どちらから返事をするべきか。
そりゃあ、信仰する御方だろう。
「ノア様。邪神の使徒っていうのがバラされたのは痛かったですね」
俺もノア様同様、少し苦笑を含んで返事をした。
「でも、今まで助けた人たちは味方してくれたわ。マコトのこれまでの行動のおかげよ」
確かに……。
邪神の使徒とバレても、太陽の騎士団の人たち、木の国、火の国の人たちは手のひらを返したりしなかった。
今まで苦労してきた甲斐があった。
「じゃあ、ノア様の導きのおかげですね」
「ふふふ、そうよ。もっと褒めなさい」
ふんぞり返るノア様が、可愛い。
「私の信者になれば解決なんですけどね~」
無視した形になったエイル様が、不満そうな顔をしている。
「ふん、拗ねてなさい」
いかん、水の女神様が拗ねていらっしゃる。
「エイル様、大変なことって何ですか?」
俺は自国の女神様に向き直った。
「何って戦争よ、戦争! 魔王軍がこの時期に攻めてくるなんて、予定と全然違うのよ!」
「え?」
「そーなの? エイル」
俺とノア様が驚きの声を発した。
水の女神であるエイル様の言葉の意味は重い。
「この肝心な時に
おや……?
「イラ様は不在なんですか?」
「そうなのよー、この前の七女神会議でも
「女神会議で、何を話し合ったのよ?」
ノア様の疑問には、俺にも興味があった。
「そりゃ、今回の地上の戦の勝敗よ。魔王側が勝っちゃうと、私たちの信仰ポイントが減っちゃうんだから~! 一大事なんです!」
エイル様が真面目っぽく言っているが……あんまり真剣みが無いような。
「マコト、
「……そんなこと、無いわよ?」
ノア様の言葉に、はにかむエイル様。
図星っぽい顔だなぁ。
神様にとっては、お遊びなのか……?
ただ、ほかに気になる事がある。
「エイル様。
「え?」
今度は、水の女神様がぽかんと口を開けた。
「いやいやいや、何を言ってるのマコくん。あなたが
「多分ですけど、巫女のエステルさんのところに『降臨』してませんか?」
「あー、だから口調が似てたのね」
俺の言葉に、ノア様がポンと手を打った。
「はは、まさかぁ……巫女の身体に入りっぱなしなら、私が気付かないはずが……」
エイル様が手を筒のような形にして、どこかを見ている。
何をやってるんだろう、あれ?
「マコト、あれはエイルが持ってる『この世の全てを見通す眼』よ。マコトが持ってる『千里眼』スキルの一億倍くらい凄くしたやつかしら」
「桁違い過ぎてよくわからないんですけど……」
ほんと女神様の神力は、人間では理解できない。
「あー!!!」
その時エイル様の大声が響いた。
「うそ! エステルちゃんの身体に
「女神様が常に降臨するのは禁止なんですか?」
緊急事態なんだし、女神様が近くに居てくれたほうが心強いんじゃなかろうか?
残念ながら、俺は
「神界規則で『神が直接、地上の民に干渉しないこと』って明確に決めてあるの。常時降臨なんて許したら、実質神族が主導しているようなものじゃない。それを悪神族やティターン神族まで真似しだしたら、『神界戦争』に発展して地上が消え去るわよ」
「おお……」
思ったより大事だった。
「ま、平気でしょ? 面白い物好きのエイルの神眼を誤魔化して降臨を続けてるんだし。うまく偽装してると思うわよ」
「ノア様、偽装ってどういうことですか?」
「普通、巫女に女神が降臨したら『神気』が漏れるはずなんだけど、マコトと話した巫女エステルちゃんから、『神気』を感じなかった。うまく隠してるみたいね」
「そんな簡単に隠せるはずないんだけど……」
ノア様の言葉に、エイル様がうーむ、と頭を抱えている。
そして、ぱっと頭を上げた。
「うー……やっぱり心配だからイラちゃんと話してきます!」
――エイル様の姿が、ふっと消えた。
この場には、俺とノア様だけになった。
ノア様がじぃっと、こちらを見つめてきた。
いつもの軽薄な調子でなく、憂いを含んだ真剣な表情。
「ねぇ、マコト」
その声色はいつもと違っていて、少し困惑する。
「な、何でしょう?」
何か困らせるようなことをしただろうか?
「今『明鏡止水』スキルを使ってるわね。でも100%で使うのはやめなさい」
「あれ……? 100%になってます?」
変だな。
使い過ぎないように気を付けてたんだけど。
「無意識で使っているわ。多分、こいつのせい。以前『精霊化』に失敗して
ノア様が、パチンと指を鳴らすと俺の腕に巻かれている包帯が解かれた。
青く光る右腕が姿を現す。
精霊化した右腕だ。
「……最近は扱いに慣れてきた、つもりでしたが」
毎日の修行で、だんだん扱い易くなってきている気がする。
俺の思い違いだったのだろうか。
「そうね、その代わり徐々に感情をすり減らしているわよ。ジャネットちゃんに告白された時も、まったく動じてなかったでしょ?」
悲しそうにノア様が俺を見つめてきた。
「いえ、そんな……ことは」
無いはず、と続けられなかった。
突然のプロポーズには驚いたし、ソフィア王女と言い合う姿におどおどしていた。
が、どこか冷めていたような気もする。
「あの……もしかして、マズイですか?」
「『明鏡止水』スキル100%の効果は
ノア様の真剣な眼差しは、俺の心をざわつかせるのに十分だった。
一体、どうすれば……?
「ま、私がちゃんと手を打ってあげてるけどね」
「え?」
ノア様が俺の腕にある小さな赤いあざに手を置いた。
「私の神気が、これ以上『精霊化』が侵食しないように食い止めてるの。だから、不安に思わず普段から『明鏡止水』スキルを解いておきなさい。いいわね?」
俺は改めて右腕にある小さな光のアザを見つめた。
「そのためのノア様の神気なんですか?」
「そうよ。右腕がもとに戻らないかわりに、これ以上精霊化することもない。私の神気で『右腕だけが精霊化』した状態を維持してるの」
「そう……だったんですか」
俺は左手であざのある部分を触った。
ほんのり暖かく、ノア様の慈愛を感じた。
「ま、最終手段として神気を通して私がマコトを操ることもできるけど……。それをやると聖神族や悪神族に目を付けられるからやらないわよ。私はイラとは違うもの」
「ありがとうございます、ノア様」
俺は深々と頭を下げた。
結局、女神様にはお世話になりっぱなしだ。
「ふふ、いいのよ。もっと頼りなさい。むしろマコトは神頼みしなさすぎなのよ」
「そんなことありませんけどね。そういえば次の戦場は辺境地に飛ばされてしまったので、あんまり出番が無さそうです」
俺としては残念な気持ちがあってそう言った。
が、それを聞いてノア様は少し怒った風に眉をひそめた。
「その点に関しては、運命の女神のやつを感謝してもいいけどね~。魔王軍との戦争の最前線に送られたりしたら、マコトは嬉々として突っ込んでいくでしょ?」
「そんなことありませんよ。まあ、現役の魔王は一目見たいとは思ってますが」
いいなぁ、桜井くん。
魔王のいる戦場で。
という俺の心の声を聞いてか、ノア様の表情がひきつった。
「そ・れ・がダメなのよ! 何が一目見たいよ! あんた観光客じゃないのよ!」
「遠くからチラッと見るだけですよ? 折角の異世界なんだから、魔王見たいじゃないですか」
「……ダメだわ、こいつ」
ノア様が頭を抱えた。
いかん、困らせてしまった。
「ノア様。魔王は見たくありません。今日から安全志向で冒険します」
「嘘つき」
じと目のノア様に、眉間のあたりを指でこつんと押された。
「では、そろそろ起きますね。月の国に向かいます」
「ええ、折角の主戦場から離れた場所に行くんだからのんびりしてなさい」
俺はノア様に一礼し、目を覚ました。
◇
――月の国の亡都コルネットに向かう旅路
目的地には、馬車で向かうことになった。
今までは、ふじやんの飛空船の旅が多かったためスピード感にやや戸惑う。
が、今回の移動は俺たち少数パーティ―だけではない。
馬車の窓から外を見ると。
騎馬隊、歩兵部隊、魔法使い部隊、補給隊がずらりと整列して進軍している。
彼らはハイランド国軍『
そして彼らを率いているのは……
「マコト殿、行軍に参加するのは初と聞きましたがいかがですか?」
笑顔で話しかけてきたのは、団長のオルトさんだ。
太陽の騎士団、第一師団の団長。
ハイランドの魔物暴走では一緒に戦った顔見知りでもある。
オルトさんを配備してくれたのは、ユーウェイン総長と桜井くんの配慮らしい。
非常に助かる。
知らない人だと、会話大変だからね!
「快適ですよ。いいんですか? こんな大きな馬車に俺たちだけで……」
「何を言っているのですか、勇者のお二人と紅蓮の魔女様のご息女を乗せているのです。当たり前ですよ」
そういうものらしい。
オルトさんは、軍を指揮する立場なので再び行軍の中心へと戻って行った。
俺たちは大きめの馬車の中で、ルーシー、さーさん、フリアエさん(膝の上に黒猫)で向かい合って座っている。
「わー、馬車に乗るのって初めてー」
さーさんは子供のようにパタパタ足を振っている。
……この子、
初対面の人にそれを言っても、誰も信じてくれない気がする。
「え? アヤって馬車に乗るの初めてなの?」
「うん、こっちの世界で乗ったのは飛空船とペガサスだけだよ」
「どっちも普通はなかなか乗れないのよ⁉」
さーさんとルーシーの会話は騒がしい。
まるで遠足に行くかのような。
「……」
対称的にフリアエさんは静かだ。
まったく口を開かず、外の景色を見ている。
行き先を告げた時からずっと不機嫌そうだった。
「姫?」
俺は心配になり呼びかけた。
実は、目的地に向かう前に「ソフィア王女と一緒にハイランド城に残る?」とも聞いたのだが、「太陽の国に残るなんてゴメンよ」と返された。
まあ、太陽の国には居たくないよな……。
もともと捕らえられていたんだし。
「……私、月の国だと巫女として多くの魔人族の信者と一緒に居たの」
フリアエさんが、ぽつりと言った。
魔人族の信者というと、蛇の教団が思い浮かぶが……この場合は違うよな。
「信者っていうのは
「「「……」」」
俺とルーシーとさーさんは、その言葉を静かに聞いた。
「でも彼らはきっと私を探しているわ。私は月の女神の巫女として、みんなの偶像だったから。私が死んだと思って嘆き悲しんでいる信者もいるわ。……私は他国でのん気に暮らしていただけなのに」
「……ふーちゃん」
さーさんの声が響き、俺とルーシーは何も言えない。
「どんな顔をして会えばいいかしらね」
フリアエさんは、自嘲気味に小さく笑った。
「ふーちゃんが、元気なところを見せてあげればいいよ!」
さーさんの言葉はシンプルだった。
「そーよ。別にフーリは悪いことしてないわ!」
「姫、出かけるなら付き合うよ」
俺とルーシーもさーさんの意見に同意だった。
オルトさんなら、話が通じるし多少の自由行動くらいなら目をつむってくれる気がする。
監視はつきそうだけど。
「一応、軍事行動中なんだからそんな勝手もできないでしょうけど……そうね。考えてみるわ」
フリアエさんは少し元気が出た風に笑った。
それからは、主にさーさんとルーシーがフリアエさんとおしゃべりしていて。
すこし馬車内が明るくなった。
◇
――その夜。
予定していた場所まで進み、現在は野営をしている。
今のところ亡都コルネットへの行軍は順調である。
「……眠れない」
慣れない馬車の旅に、大勢の知らない人に囲まれた行軍。
あとみんな寝るの早いんだよなぁ……。
俺はいつも深夜まで修業してるんだけど。
「「zzz……」」
ルーシーとさーさんは、狭い馬車内のベッドで抱き合って窮屈そうに寝ている。
てか、なんで一緒のベッドで寝てるんだ?
一人一個あるはずだけど。
仲良しさんめ。
(修業でもしよう)
二人を起こさないよう『隠密』スキルを使って、馬車の外に出た。
太陽の騎士団の見張りの人たちに、軽く会釈をする。
俺は修業ができる水辺を探した。
空には雲一つない。
もうすぐ満月なのか、月明かりで夜道は明るかった。
(あれ? 誰かがふらふら歩いてる)
白っぽいワンピース型のドレスに長い黒髪を揺らしているのはフリアエさんだった。
一人とは不用心だな。
「おーい、姫」
と声をかけようとする前に、くるりとこちらへ振り向いた。
こちらには気づいていたらしい。
「ねぇ、私の騎士」
フリアエさんが後ろに手を組み、こちらを見つめてきた。
いつもの少し睨みつけるような眼でなく、柔らかい視線だった。
「どうしたの? 姫」
月明かりに照らされるフリアエさんは、儚げで触れれば折れてしまいそうな花のようだ。
月の国に残してきた信者のことが、やっぱり心残りなんだろうか。
「……」
フリアエさんは、何も言わず視線をふらふらさせている。
何か言いづらいことなんだろうか?
俺はしばらく、次の言葉を待った。
「……もし」
フリアエさんが口を開いた。
「……もしも、私が本当に世界に災いをもたらす『厄災の魔女』だったら……どうする?」
世界に災いをもたらす……それを言っていたのは。
「エステルに言われたことを気にしてる?」
運命の女神の巫女エステルは、フリアエさんを名指しで世界の敵だと言った。
いや、今は
未来を見通す運命の女神の言葉だ。
気にしないほうがおかしい。
だから俺は元気づけるように、努めて明るく言った。
「未来は変えられるんだろ?」
「そんなに簡単には変わらないわ」
「そもそも、姫の未来は
「……そう……ね」
フリアエさんは元気がない。
月の国に帰ることだけでなく、巫女エステルの言葉も元気をなくす要因だったのか……。
ダメだな、守護騎士ができてない。
何か元気付けることを言わないと……かける言葉を考えていると、先にフリアエさんが口を開いた。
「……私が世界の敵になったら、それでも私の守護騎士でいてくれる?」
いつも高飛車なフリアエさんが、不安げにこちらに問いかけてきた。
その潤んだ瞳は、初めて守護騎士になれと言われた時と同じ表情だった。
その質問に対する俺の答えなら決まってる。
俺はふっと、笑った。
「じゃあ、俺とお揃いだな」
「…………は?」
「姫が世界の敵で、俺も邪神の使徒だから世界の敵。二人で世界の敵やろうぜ」
「あんたねぇ……」
俺としてはナイスな返しをしたつもりだったのだが、フリアエさんからは「冷たいジュースを頼んだら、熱いお茶が出てきた」みたいな顔をされた。
あれ?
回答を間違えた?
くっ、やはり『明鏡止水』スキルの後遺症か!
感情を失った代償が!
(空気を読むチカラは、『明鏡止水』使っても無くならないわよ?)
やだなぁ、ノア様。
それじゃあ、まるで俺がもとから空気を読めないみたいじゃないですか。
(そう言ってるんだけど⁉)
ノア様の言うことはよくわかりませんね。
(ちょっと⁉)
「まあ、いいわ。変な質問して悪かったわね」
フリアエさんは、いつもの斜に構えた態度に戻った。
腕組みをして不敵な表情になった。
「じゃあ、私の騎士。もし私が世界の敵になっても私を護り続けなさい」
「おーけー、姫」
月明かりの下。
俺とフリアエさんは、世間話をするように軽く約束した。
「なうなう」
フリアエさんの足元に、黒猫が寄りかかってきた。
「あら、あなたも仲間に入れてほしいの? 黒猫(ツイ)」
フリアエさんが黒猫の喉をなでると、ゴロゴロと音がした。
黒猫(ツイ)はすっかりフリアエさんの猫だなぁ。
「こいつは、俺と姫どっちの使い魔なんだっけ?」
「もちろん私の騎士の使い魔よ。そして、あなたの主人である私に媚びを売ってるんでしょう」
「……ああ、そういう序列ですか」
どうやら黒猫にもフリアエさん>俺、という上下関係がわかってるらしい。
「じゃあ、私はそろそろ寝るけど私の騎士は?」
「あと数時間修業したら寝るよ」
「……ほどほどにしなさいよ」
ノア様と同じようなことを言われ、フリアエさんは馬車の方に戻って行った。
それから昼間は、馬車で進み。
夜はのんびり修業する日々が続いた。
――数日後、俺たちは亡都コルネットに到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます