178話 人魔戦争 その1


 ――ハイランド城、大会議室。


「どういうことだ! なぜ魔王軍が先に攻めてくる!」

 ハイランドの王子がイライラした口調で、靴で床を叩いている。

 あれは……不安を押し殺している裏返しだろうか。


 他の面々も似たような表情だ。

 皆、緊張して強張っている。


 魔王軍が進軍中の知らせを受け、各国の勇者や巫女、王族、貴族たちが再び集合することとなった。

 ただし、フリアエさんがまた絡まれてはいけないので、宿で留守番。

 さーさんとルーシーがついているから、宿に居れば安全だろう。 

 気がかりな点として、運命の女神の巫女エステルの動向だが、俺に興味は無さそうだった。


「エステルさん、確認します」

「はい、ノエル様。何でしょう?」

 緊張気味のノエル王女の声が響いた。


「大魔王は。間違いないですか?」

「間違いありません。大魔王の復活には、まだ猶予がある。今回の進軍は彼奴らの焦りでしょう」

 巫女エステルの声は、以前と同じく落ち着き払っている。


「……わからぬな。何を焦る必要がある?」

 前回の会議は不参加だった大賢者様が、不機嫌そうに頬杖をついている。


「さぁ、下等な魔族の考えることなどわかりません。ただ、これはチャンスです。今回の魔王軍は戦力を分散させている。『竜の王』アシュタロトが、参加していないのですから」

 巫女エステルは、余裕の表情だ。

 まるで魔王軍の進軍が大したことではない、とでも言うように。


「竜王か……あいつが居ないのは確かに僥倖だな。あれが本気を出せば、一国が一夜で滅びる」

 大賢者様のつぶやきが、会議室の空気をさらに重くする。


「救世主アベル様ですら倒せなかったといわれる最強の魔王アシュタロトですか……」

 タリスカー将軍が、重々しい口調で続けた。

「一説には大魔王と同格であったとか……流石に誇張された噂でしょうけど」

 冗談じみた口調で言ったのは、五聖貴族の誰かだった。


「まあ、そいつは今回の魔王軍には含まれないのです。それより『獣の王』と『海魔の王』の魔王軍を何とかする良策は無いのですか⁉」

 別の五聖貴族が、裏返った声で周りに訴えた。


「それについては、わたくしからお話します」

 名乗り出たのは、運命の女神の巫女エステルだった。

 ……ハイランドの人が仕切るんじゃないのか?


「今回の魔王軍の進軍を予知できなかった、エステル殿が?」

 ハイランドの第一王子が嫌味な口調で、エステルを煽った。


「ガイウス王子。私は今回の進軍を。要らぬ混乱を与えぬよう、伝える人を最小限にしておいただけです。ハイランド国王陛下、教皇猊下、大賢者様、ノエル王女、太陽の騎士団の総長殿には言ってありました」

 へぇ……だからこその余裕の態度か。


「ちっ、俺は伝えるに値せぬというわけか」

 王子が苦々し気に吐き捨て、舌打ちをした。

 巫女エステルは、微笑みで返した。

 図太いなぁ。


「私には今回の魔王軍の進軍が予想できていました。しかも、今回の敵の中に大魔王は居ない。復活していないのですから当然です。ですから、むしろこれを機に三魔王の一角を崩すチャンスと考えています。魔王軍の動きはわたくしの運命魔法・未来視で把握しています。それを元に、太陽の騎士団のユーウェイン総長や、火の国のタリスカー将軍に作戦の立案をお願いしました」


 エステルの言葉に、大会議室の面々が「おおー」と感嘆の声を上げた。

 確かに、未来視を元にした作戦であれば心強いことこの上無い。


「では、その作戦については、ユーウェイン総長からお伝え戴きたいのですが、その前に」

 巫女エステルがノエル王女のほうへ、顔を向けた。


「ノエル様。わたくしから進言いたします。『聖女の試練』を今すぐお受け下さい。今のあなたでしたら、必ずや『聖女』へと成れるでしょう」

「しかし……このような事態で、王都を離れるわけには……。それに半年前にも試練を受けましたが、太陽の女神様からの『神託』を賜ることはできませんでした」

 突然の巫女エステルの言葉には、聞きなれない単語が入っていた。


「ソフィア。『聖女の試練』って何ですか?」

 俺は隣にいるソフィア王女にこっそり質問した。


「千年前、大魔王を倒した救世主アベルの仲間のお一人『聖女アンナ』様のことは知っているでしょう? もともと太陽の巫女であったアンナ様は、太陽の女神様の試練を乗り越え『聖女』と成って救世主アベルを助けたのです。ノエル王女は、その試練を何度か受けているのですが……」

「まだクリアしていないってことですか」

 ソフィア王女はこくり、と小さく頷いた。

 ノエル王女は、ハイランドの次期国王かつ女神教会の重鎮。

 おそらくソフィア王女と同等か、それ以上の激務だろうにそんな試練まで受けさせられてるのか……。


「他の巫女じゃダメなんですかね?」

 多忙なノエル王女じゃなくても、それこそエステルがやればいいのでは?


「聖女様は、光の勇者と結ばれなければならないのですよ? マコト」

 ソフィア王女が首を横に振った。


(あー……、じゃ、ダメだ)


 光の勇者桜井くんの相手は、ノエル王女と決まっている。

 そんな会話していたら、議題は次の話題に移っていた。

『聖女の試練』の話は、保留になったようだ。



「では、これより魔王軍を迎え撃つ連合国軍の編成をお伝えします」

 よく通る低い声が大会議室に響く。

 声の主は、ハイランド国軍の総大将、ユーウェイン・ブラッドノック総長だ。


「まず、光の勇者桜井様は大賢者様と共に商業の国キャメロンの北部、ベッグ海岸へ向かってください。そちらへ『獣の王』と敵の主力が居るはずです」

 ユーウェイン総長が、編成が読み上げられていく。

 いきなり重要な情報が飛び出してきた。

 これは聞き逃せないと思っていたら、隣から肩を軽く叩かれた。


「軍事作戦は太陽の国ハイランド火の国グレイトキースの順番で発表されます。おそらく水の国ローゼスは最後でしょう」

 ソフィア王女が耳元でささやいた。

 軍事力的に、最も弱い水の国ローゼスは余りもの扱いらしい。

 じゃあ、俺が名前を呼ばれるとしたら最後か。


「待て待て! なぜ、光の勇者殿が最初に出る必要がある⁉ 勇者殿には王都に居ていただき、先発隊が魔王の力を削ぐべきではないか!」

 またも騒いでいるのは、ハイランドの第一王子だ。 

 会議を中断させる行為ではあるが、


(結構まともな意見では?)

 俺も王子の意見に同感だった。

 切り札である『光の勇者』桜井くんをいきなり投入するのは危険ではなかろうか?


「敵もそのように考えているからですよ、ガイウス王子。まさか救世主の生まれ変わりたる『光の勇者』桜井様が先陣を切られるとは思っていない。そして、本来は魔大陸の奥深くに居る魔王ザガンがノコノコとやってくるのです。これを見逃す手は無いでしょう」

 答えたのは巫女エステルだった。


「……魔王が居るとは限らないのではないか?」

「必ずいます。私の運命魔法・未来視ではっきりと視えます」

「だが何も最初に光の勇者殿で無くとも……」

「下手な戦士では、敵を勢いづけるだけです。それに魔王が負傷すればすぐに魔大陸に引っ込みます。私の未来視では、このタイミングしか無いのです」

「……」

 王子は論破された。

 運命魔法・未来視を出されると、反論するだけ無駄だなぁ。


「よろしいですか? では、次に……」

 再びユーウェイン総長が、軍の編成について発表をしていった。

 

 しばらくして、聴衆の中から声が上がった。


「質問だ、総長。『獣の王ザガン』の軍勢が商業の国キャメロン方面から進軍してくるのはわかった。『海魔の王フォルネウス』は誰が相手するんだ?」

 声の主は、稲妻の勇者ジェラルド・バランタインだった。


(いつものチンピラ口調と全然違う!)

 普段からああすればいいのに。


「『海魔の王フォルネウス』の出てくる場所に、俺をぶつけろ。水属性の魔王なら俺の『雷の剣』が通る。ぶっ殺してやるよ!」

 あ、いつものジェラさんに戻った。


「おい、坊主。この前、精霊使いくんに負けたことをもう忘れたのか? 水魔法にやられていたであろうが」

「うっせーな、あれから俺は成長した。もう負けねーよババア! ぐはっ!」

 ジェラさんを坊主呼ばわりしたのは、大賢者様である。 

 そして、ジェラさんは大賢者様に蹴飛ばされている。

 なんか、あっちだけコントしてるんだけど。

 そして、大賢者様が精霊使いくんと言ったせいで、こっちに少し視線が集まった。

 

「ジェラルド様。今回の戦争で『海魔の王フォルネウス』は倒せません」

 コントに割って入ったのは、またもや巫女エステルだった。

「あ? 何でだよ!」

 ジェラさんが吠えている。

 先に立ち上がった方がよいのでは?

 大賢者様に蹴飛ばされた姿勢のままですよ?


「『海魔の王フォルネウス』は、本気では西の大陸への侵略を行いません。海魔の王フォルネウスの配下の魔物は、大陸の沿岸にある街を襲い、そして海へ帰って行きます。上陸し、深く侵略をする動きは視えません」

「つまり、陽動というわけです」

 エステルの言葉を、ユーウェイン総長が引き継いだ。


「狙いは六ヶ国連合が一丸となることを防ぐためでしょう。エステル様の未来視では、大陸のいくつかの沿岸都市に、海魔の王フォルネウスの配下の魔物が現れるだけと視ています」

「ジェラルド様には、その中でも最も海魔の王フォルネウスが居る可能性が高い場所へ行っていただきます。それでよろしいですか?」

「……わかった」

 エステルの言葉に、ジェラさんは若干不満そうに頷いた。


 引き続き、軍の編成について発表が続く。


「氷雪の勇者レオナード王子は、木の国の軍と共に……」

 お、レオナード王子は木の国と一緒に行動するようだ。

 風樹の勇者マキシミリアンさんなら、安心だなー。


「以上です。……何かご質問は?」

 ユーウェイン総長が読み上げていた紙を畳んだ。

 あれ?


「お、お待ちください! 水の国には、もう一人勇者がおります!」

 ソフィア王女が慌てて声を上げた。


「愚かな、邪神の使徒に役割を与えるなど。いつ寝首を搔かれるやもわからぬ」

 こちらを睨むのは、女神教会の教皇様。


「……私としては、戦力を温存させている場合ではないと思われますが」

 ユーウェイン総長が、やんわりとこちらの味方をしてくれた。


「総長殿、教皇に意見するのか!」

「……出過ぎた発言でした」

 さっと引き下がった。

 たしか教皇様は太陽の国で二番目に偉い人だ。

 仕方ないのだろう。

 教皇様の上に居るのは……


「ソフィア、太陽の国ハイランドの国王は居ないの?」

 前から気になっていたことを訪ねた。

 太陽の国の最高責任者であるハイランド王は、あまり姿を見せない。

太陽の国ハイランドの国王陛下は……体調を崩されています。おそらく姿を現さないでしょう……」

 なんかわけありかな?

 あてにはできなさそうだ。

 このままだと、今回の戦争は出番無しか。


(……よく考えるとラッキーなのかな?)

 危険な戦場から逃れることができる。


「教皇猊下、彼もローゼスの勇者です。戦力を遊ばせておくのは勿体ないでしょう。辺境の適当なエリアを任せましょう。どのみち陽動に幾ばくかの魔物の群れが来る地域なので、露払いに丁度よいでしょう」

 巫女エステルが教皇様に意見した。

 いやいや、他国の巫女の意見なんて聞くはずが……


「……仕方ありませんな」

 おいおい、教皇様が折れちゃったよ。

 そして、結局俺も戦場送りらしい。


「では、ローゼスの勇者殿の向かう場所は……」

 

 伝えられた場所は、聞いたことが無い街の名前だった。

 まあ、辺境らしいからなぁ。

 あとでソフィア王女かルーシーに聞こう。


 こうして、長い会議が終わった。




 ◇




 ソフィア王女は、ノエル王女たちと話があるらしくハイランド城に残っている。

 俺は宿に戻り、仲間たちにこれらの予定について話した。


「コルネット? その街に行くんだね! わかった!」

 さーさんが一番に元気よく返事をした。

 留守番中は、何も無くて平和で暇だったらしい。


「コルネットって……」

 ルーシーは何か気になる事があるのか、首を傾げフリアエさんのほうを見た。

 フリアエさんは、俺の話を聞いてから不機嫌な顔をして腕組みしている。


「姫? どうかした?」

 俺の問いに対して、フリアエさんの返事は無かった。


「マコト、コルネットって言うのは街の名前じゃないの……。千年前の月の国ラフィロイグで最も栄えた都の名前がコルネット。だけど、今のそこは……」

 代わりに答えたのはルーシーだった。

 ただし、最後まで言い切らず、濁すように言葉を切った。


「そうね、魔法使いさんの言う通りコルネットは街じゃないわ。瓦礫だらけの廃墟よ」

 フリアエさんが重い口を開いた。


「亡都コルネット……私が生まれ育った場所よ」

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