176話 高月マコトは、運命の女神の巫女と話す

「良かったのですか? お仲間を置いてきて」

 ジャネットさんが心配そうな視線を向けてきた。


「あの調子じゃ、冷静に話せそうになかったので」

 俺が運命の女神の巫女エステルに会いに行くと伝えたところ、ルーシー、さーさん、フリアエさん全員から猛反対された。


「マコト! あんなヤツに会いに行くなんて、何考えてるの!」

「高月くん、私も行くよ。さっきの勇者アレクってやつが襲ってきたら私がやっつけるから!」

「私の騎士! あなた邪神の使徒ってバレてるのよ! 大人しくしておきなさい!」

 皆、凄い剣幕だった。


「大丈夫だって」

 俺は興奮気味の仲間たちを説得し、ジャネットさんと一緒に王都シンフォニアを歩いている。 

 向かう先は、運命の女神の巫女が居るという屋敷だ。

 なんでも、商業の国キャメロンの大貴族の屋敷を拠点としているらしい。


「しかし……私はその場に居ませんでしたが、巫女エステルはこちらへかなりの敵意を抱いていたと聞いています。本当に大丈夫ですか?」

 ジャネットさんまで不安気な声で聞いてきた。


「邪神の使徒に敵意が強かったのは、教皇様ですね」

 俺を殺意を含んだ視線で睨んでいた爺さん。

 あれには近づかない方がいいだろうなー。


 だが、巫女エステルはそこまで俺へのこだわりは感じなかった。

 どちらかと言えば、巫女エステルの狙いはフリアエさんだった気がする。

 まあそれは俺の勘違いで、いきなり勇者を差し向けられるリスクもあるが……。


 もしもの時の保険に、誰か他国の立場の強い人と同行したかった。

 桜井くんか、タリスカー将軍を想定してたんだけど、バランタイン家のお嬢様なら文句ない。


「着きました、こちらが商業の国キャメロン随一の大貴族バークレイ家の屋敷です」

「でっか……」

 その屋敷は、王都シンフォニアの貴族街でも異彩を放っていた。

 広すぎる庭園。

 巨大な噴水に彫像。

 沢山の庭師が忙しそうに手入れしている。

 維持費、凄そう……。

 

「アポは取っています。行きましょう」

「はい。助かります」

 俺はジャネットさんに御礼を言い、屋敷の門をくぐった。

 門番はジャネットさんが名前を告げるとあっさり通してくれた。

 流石はバランタイン家のお嬢様。 


 俺たちは、屋敷の執事に案内され屋敷の中へ入った。



 ◇



「邪神の使徒マコト。ノコノコとやって来るとは、頭は大丈夫ですか?」

 いきなりキツイ言葉が飛んできた。

 通された客間には、まさかの運命の女神の巫女エステルが待っていた。

 相変わらずの冷淡な視線。


「エステル様。突然の来訪にも関わらず、お時間頂き感謝します」

「かまいませんよ、ジャネットさん。ただし付き合う男は選んだ方がよいですよ?」

「私が好きでやっていますから」

「そうですか……趣味が悪いですね」

 お二人とも目の前で言うのはやめてくれませんかね?


「……」

「ふふ」

 俺のジト目に気付いたのか、意地悪な笑みを浮かべる巫女エステル。

 こいつ……やっぱり性格悪いわ。


「無駄話をする時間はありません。用件を述べなさい」

 エステルの声はどこまでも淡泊だ。

 いや、無駄話はおまえから振ったんやぞ?

 まあ、いいや。

 目的を果たそう。


「月の巫女のフリアエさんが、世界に災いをもたらす。それが運命の女神イラ様のお告げで間違いないのか?」

 俺は先の会議室での、エステルの言葉を口にした。


「ええ、その通りです。ですから今すぐに月の巫女を幽閉しなさい」

「それはできない」

 と言いつつ俺は次の言葉を準備した。

 

 目の前に居るのは、運命の女神の巫女。

 この世の未来全てを見通せると言われる、女神イラ様の御声を聞くことができる存在だ。

 その言葉の持つ意味は重い。


「具体的にはどんな災いが起きるのか教えて欲しい」

 これが訪問の目的だ。

 フリアエさんを幽閉ってのは、絶対にダメだ。

 だが、あらかじめ起きることが分かっている未来なら防げるはずだ。


「…………」

 巫女エステルは答えない。


「エステル様? 私からもお願いです。お話してください」

 俺とジャネットさんは、辛抱強く待った。 



「……この世界の属性を司る、七柱の女神。その中に例外がいることを知っていますか?」


「「?」」

 急に関係ない話を始めた。


「関係あるのです、いいから答えなさい」

「月の女神ナイア様のことですか?」

 エステルの発言に、ジャネットさんが返してくれた。


「そうです。月の女神ナイアはこの星でなく、外の世界の女神。月を縄張りテリトリーとする聖神族とは別の神族です」

「……知らなかった」

 神殿では、月魔法も月の女神についても、ろくに教えてくれなかった。

 何も知らなくていい、というスタンスだった。


「運命の女神イラ様の未来視は、あくまでこの星に関すること。月の女神の巫女であるフリアエの未来は視えないのです」

「おい、それって……」

 何が月の女神の巫女が災いをもたらすだよ。

 大ウソつきじゃないか!


「エステル様? では月の巫女が災いをもたらすというのは……」

 ジャネットさんも非難するように問いかけたが、それは次のセリフで遮られた。



「大魔王の復活後、光の勇者は死に、地上は再び暗黒に支配されます」



「「!?」」

 ジャネットさんが、驚いたように目を見開く。

 俺も同じような顔をしているはずだ。

 水の女神エイル様が同じようなことを言っていた。

 魔族との戦いは、負ける可能性のほうが高いのだと。

 しかし、運命の女神様の巫女からはっきりと言われると……。


「そ、それは……避けられない未来なのですか?」

 ジャネットさんの声が震えている。

 それを聞いて巫女エステルが、軽く微笑んだ。


「未来は

 巫女エステルは、力強く言った。


「そのために私は居るのですから。『北征計画』を進言したのも、勝利のための布石です。大魔王の好きにはさせません」

「北征計画の発案者はあんただったのか」

 てっきり太陽の国の誰かかと思っていた。


「全ては人族の勝利のためですよ」

 優しく微笑む巫女エステルは、慈愛に満ちていた。

 いつもそーいう顔してればいいんじゃないかな?

 エステルがすぐに表情を冷たいものに戻した。


「しかし、私には未だ『光の勇者の胸に剣が刺さり死ぬ』未来が視えます。誰がそれをやったのかは……私には

「視えない……」

 話が繋がった。

 運命の女神様が視ることができない存在。

 それは外の世界の神族が関わっている可能性が高い。

 つまり月の女神に関わる人物が犯人の可能性が高いということか……。


「でもさ。フリアエさんと桜井くんは、両想いなんだけど? いくら何でもフリアエさんがそんなことをするとは思えない」

 俺のもっともな意見に、巫女エステルは「ふっ」とバカにするように笑った。


、ですよ。痴情のもつれで殺傷沙汰などよくあるでしょう?」

「いや、昼ドラじゃないんだから……」

「似たようなものです」

「似てるかなぁ……」


「あの……なんの話ですか?……」

 俺とエステルの会話に、ジャネットさんがツッコんだ。

 確かに、昼ドラとかわからんよな。

 何でエステルは話に合わせられるんだ?


「で、どうしますか? 私のいう事を聞きますか?」

「だから、断るって」

「強情な男ですね。邪神の使徒の分際で」

「……ちなみに、俺が犯人の可能性は?」

 さっきからフリアエさん犯人説を推しているが、客観的に見ると俺も怪しいのでは?

 なんせ前任の『狂英雄』は勇者殺しの有名人だ。


「今代の貧弱なノアの使徒では、光の勇者を傷つけられない。そもそもあなたは、剣を振ることすらままならないでしょう?」

「……その通りですね」

 俺のステータスは低すぎて、剣を装備できない。


「なにより千年前に悪神王ティフォンは邪神ノアを騙していた。これで今回も大魔王の味方をするなら、よっぽどの間抜けでしょう。まあノアがポンコツなのは今に始まったことじゃありませんが」

「……言い過ぎでは?」

 ボロクソに言われてますよ? ノア様。


(きー! 何なのよコイツ!)

 まぁまぁ、落ち着いて。


「じゃあ、俺は犯人ではないと?」

「ええ。しかもエイルねえさ……エイル様が海底神殿でノアを見張っています。不審な動きがあれば、すぐにわかります」

「でも、最近は海底神殿に来てないみたいですよ?」

「……え? それはいけませんね。ノアの見張りは必要です。確認します」

 あれ? いらんことを言ったかな?


(それにしても、この巫女……)

 口調や会話の内容から察するに、もしかして……。


「とにかく、私の行動は全て人族を大魔王に勝たせるためのものです。わかったなら、もう帰りなさい」

 しっし、と追い払うように言われた。

 こいつ……。


「じゃあ、帰ります。情報ありがとうございます」

 俺はお礼を言って帰ることにした。


「あら? 素直ですね。では最後に一つ、ノアの使徒をやめて運命の女神イラ様を信仰するならもう少し優しくしてあげますよ?」

 からかうような口調。

 多分、冗談なのだろう。


「俺はノア様一筋なので」

「あら、残念」

 まったく残念でなさそうに言われた。 


 なんだかんだ、かなり多くの情報を得ることができた。

 それは感謝だ。


 俺たちは、巫女エステルに御礼を言い、屋敷を出た。




 ◇




 俺とジャネットさんは、さっきの会談を振り返りながら歩いている。


「光の勇者が敗れる……本当でしょうか?」

 ジャネットさんの声は沈んでいる。

「あんまり想像できないなあ、桜井くんが負けるところは」

 というか想像したくない。

 幼馴染みが死ぬところは。


「ま、運命の女神の巫女に期待しよう。大魔王を何とかしようとしてるのは本気みたいだし」

「それなんですが、後半の会話は何やら親しげですらなかったですか? マコトとエステル様」

「そうかな?」

 ジャネットさんが少し睨むように言った。


 俺とジャネットさんは、王都シンフォニアの貴族街をゆっくり歩く。


「ところで、高月マコト。食事くらいは付き合ってくれますよね?」

「え?」

 できれば早く宿に戻ってみんなに話をしたかったけど……。


「まさか、私をただの取次ぎに使って終わりじゃありませんよね?」

 ギロリと睨まれた。


「も、もちろん」

「よろしい」

 コクコク頷いた。

 怖いよー、ジャネットさん。

 ジェラさんとは違った怖さがある。


「さ、行きましょう」

「はーい」

 俺はジャネットさんに腕を引っ張られ、高そうなレストランへ連れられた。


 連れられた店はバランタイン家の行きつけなのか、ジャネットさんの顔を見るや否や一番良い席に通された。

「少し待ってください」と言ってジャネットさんが奥に消えた。

 なんだろう?


「お待たせしました」と言って戻ってきたジャネットさんは貴族のドレスに着替えていた。

 なぜ着替えが……。

 用意していたんだろうか?


 少し緊張しつつ、ジャネットさんにメニューは任せて、料理が来るのを待った。

 こちらを見て微笑むジャネットさんは、良い家のお嬢様にしか見えない。

 実際その通りなんだが……。


「ねぇ、高月マコト」

「な、何でしょう?」

 頬杖をついたジャネットさんが、悪戯っぽい顔でこちらへ微笑んだ。

 普段の凛々しい女騎士の時との違いに少しドキリとする。


「私、結婚するなら兄さんより強い人と決めてるの」

「……候補が少なすぎない?」

 ジャネットさんの兄ジェラルド・バランタインは大陸において序列三位の女神の勇者。

 二位は女勇者オルガなので、後は一位の桜井くんのみだ。


 勇者を除くと、強いのは大賢者様とか紅蓮の魔女ロザリーさんとか……女ばっかだな。

 この世界の女性は強い。


「じゃあ、桜井くんしかいないね」

 そう言うとジャネットさんが、不愉快そうに表情を歪めた。


「バカを言わないで。兄さんからノエル姉様を奪った男ですよ。……しかもノエル姉様と同じ男を夫になんてゴメンです」

「……失礼」

 配慮に欠ける発言だった。

 元々ノエル王女とは、姉妹のように仲が良かったらしいが、最近は疎遠なんだとか。

 それは少し悲しい話だ。


「本来、私の年齢なら婚約者が居るのが当然なのですが……」

 ジャネットさんが、少し元気なさそうにボソッと言った。

 相手に拘って今まで独り身だったそうだが、親からのプレッシャーが強いとか。

 ……なんか、前の世界でも聞いたことがあるような話だな?


「ふふっ、陰で私のことを『行き遅れの騎士』と揶揄する輩も居ます……」

「お、恐ろしい奴がいますね……」

 よく五聖貴族のお嬢様にそんなこと言えるな。


「まあ、第二ペガサス騎士隊の連中なんですが」

 ジャネットさんは、第一隊の隊長。

 ペガサス騎士は、体重の軽い人が条件なので必然的に全員女性だ。

 そして、第一隊と第二隊はライバル関係で仲が悪いらしい。

 なんか、女性ばっかりの職場って……怖い。

 

 俺が密かに恐れおののいていると「ところで」とジャネットさんが空気を変えるように、明るい声を出した。


「私の目の前に、兄に勝った男が居るんですよね」

 熱っぽい視線でこちらを見つめてくるジャネットさん。

 こ、これは……。


「あれはただの野良試合だし……聖剣も持ってないから、ノーカンでしょ?」

「いいのです。野良試合だろうとあなたは兄さんに勝った。手加減の手の字も知らない兄にです」

「……手加減は覚えた方がいいのでは?」

 俺も最初はボロボロにされたし。

 ジェラさんは戦闘狂過ぎる。


「高月マコト」

「はい」

 ジャネットさんが、きりっとした表情をして俺の名前を呼んだ。


「わたしはあなたが気に入りました。婿むこに来なさい」

「………………え?」


 突然のプロポーズだった。

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