175話 高月マコトは、邪神の使徒である

「千年前、多くの勇者を殺害した『狂英雄』カイン。かの男が信仰していたのは、世界の破滅を願う悪しき邪神でした」

 運命の女神の巫女エステルが、滔々と話し続ける。

 

(……これはマズいなぁ)

 頬を冷たい汗が流れた。


(う、うーん、困ったわねー。エイルのやつ運命の女神イラには話を通してなかったのかしら)

 ノア様の本気で戸惑った声が不安を煽る。


(そうですよ! エイル様はどうしたんです?)

(それが最近は顔を見せないのよねー)

 頼みの綱が……。



「そして、大魔王が復活を控える終末の世。再び邪神の使徒が世界の混乱を企んでいます。そしてその使徒は、我々の中に紛れているのです」

「何という恐ろしいことだ! 見過ごせぬ事態だ!」

 ニヤニヤとした表情で追随するのは、ハイランドの第一王子(だった気がする)。

 名前は憶えていない。


「それは一体誰なのか教えてもらえますか? エステル殿」

 落ち着いた声色で、とどめとなる質問をするのは女神教会の教皇だ。 


 水の女神エイル様は、不在。

 あとの頼みはソフィア王女……が見つめる先に居るノエル王女か。

 が、ノエル王女は無表情で、何を考えているかは読み取れない。



「……水の国ローゼスの勇者高月マコト。あなたの信仰する神の名前を言いなさい」

 運命の女神の巫女エステルの言葉に、その場に居た全員こちらを振り向く。



(さて、どうする?)

 嘘をつくか?

 黙秘を貫くか?

 だが運命の女神の巫女は、俺がノア様の使徒であることを確信しているようだ。

 なによりノア様じゃない名前を言うのは抵抗があった。


(別にいいわよ?)

 そーいう問題じゃないんですよ。

(でも、この場を乗り切れるの……?)

 そこなんだよなぁ……。


 俺のほうを見ている人々の顔を見渡した。

 桜井くんが不安そうにこちらを見ている。

 ルーシー、さーさん、ソフィア王女は言うまでも無い。

 フリアエさんの表情が硬い。

 他の人も、緊張した面持ちで俺の回答を待っている。


「はぁ……」

 俺はため息をつき、運命の女神の巫女エステルのほうを真っ直ぐ見た。

 

「俺の信仰する女神様の名前はノア様です」

 俺は静かに、堂々と告げた。

 周囲がざわつく。


 ……ついに、邪神の使徒であることがおおやけにバレた。


 俺が邪神の使徒と聞いて、全く驚いていない顔が少なくとも三人。

 運命の女神の巫女エステル、ハイランドの第一王子、女神教会の教皇。

 三人はグルのようだ。

 それがわかったからと言って、何か事態が好転するわけではないが。


「邪神ノア……神界戦争に敗れた古い神か……なんとおぞましい。今すぐ、彼を縄で吊るすべきだ」

 おいおいおい、なんちゅーことを言うんだ、この教皇。

 ちらりと視線を向けると、俺を狂信的な目で睨んでいる。

 邪神、絶対に許さないコロスって感じだ。

 この爺さん、怖い。


「まあ、お待ちを教皇猊下。もともとそこの邪神の使徒を『北征計画』の中核に据えようとしていた者がいる。責任としては、その者こそ重い。なぁ、ノエルよ」

 ハイランドの王子が、ニヤニヤとした表情でノエル王女に視線を向けた。

 

(んー……これは……)

 どうやら王子の標的は、俺ではなくノエル王女のようだ。

 ノエル王女の失策を指摘して、第一王位継承者から降ろす腹積もりだろうか。

 

 皆の視線が集まったノエル王女は、無表情――いや、俺の方を見て微笑んだ。

 そしてゆっくりこちらへやってくる。


「大丈夫ですよ、マコトさん」

 ノエル王女が俺の近くにやってきた。


「何が、大丈夫か! こいつは邪神を信仰しているのだぞ!」

「ええ、その通りです。そして、それは太陽の女神アルテナ様がお許しになっています」


「「「「「なっ!」」」」」

(え?)

(マジ?)

 沢山の驚きの声は、その場に居た人間が発したものだ。

 心の声は、俺とノア様だった。

 ……何でノア様が驚くんですか。


(いやだって、アルテナとは千年くらい口を聞いてないし) 

(気の長い話ですね)

 前回の大魔王討伐の時以来ってことか。


「バカな! 太陽の女神アルテナ様がそのようなことをおっしゃるはずがない!」

 教皇様が騒いでいる。


「では、ご本人に直接聞きますか? この場で太陽の女神アルテナ様を私に『降臨』していただくこともできますよ。その場合太陽の女神アルテナ様に向かって『アルテナ様のお言葉は本当ですか?』という質問を、教皇猊下にしていただくことになりますが」


「……そ、……そのようなことは言えない」

 教皇様が苦々しい表情で引き下がった。


「兄様、何かご意見はございますか?」

「………………無い」

 ちっ、と王子は舌打ちをした。


「だそうです、マコトさん、ソフィアさん」

 ノエル王女がニッコリと微笑んだ。

 はぁー、とソフィア王女がふらっと倒れそうになって近くの騎士に支えられている。


(凄いな)


 太陽の女神アルテナ様の言葉ってだけで、全て押し通せるのか。

 これは無敵だ。


 さあ、どうするんだ? と運命の女神の巫女のほうへ視線を戻した。

 巫女エステルは余裕の表情だった。

 この状況を予見していたかのように。


「アルテナ様のお言葉では、仕方ありませんね」

 あっさりと引き下がった。

「では次です。もう一つ、言わなければならないことがあります」

 おいおい、まだあるのかよ。

 勘弁してくれよ。


「そこにいる呪いの巫女フリアエ。彼女はこの世界に災いをもたらします。今すぐ地下牢獄へ幽閉し、大魔王討伐後まで表に出してはなりません」


(え?)

 何言ってんだコイツ。


「はぁ!? ふざけないで!」

 フリアエさんが、叫んだ。

「何を言ってるのです? エステルさん」

 ノエル王女ですら戸惑っている。 


 不意打ちで、とんでもないことを言われた。

 

「……エステルさん。月の巫女については、以前王都シンフォニアの危機を救った功績で、今後は協力していく関係にあります。それについては、既に各国へ通達済みのはずですが」

 ノエル王女がゆっくりと諭すように言った。


「エステル様。月の巫女の身柄は水の国ローゼスで預かっていますが、これまで我々に協力を惜しまず敵対するようなことは一切ありませんでした」

「木の国では、寝食を惜しんで石化した民を救ってくれました。その言には従えません」

 ノエル王女に追随するのは、ソフィア王女と木の女神の巫女フローナさん。

 よかった、みんなフリアエさんの味方だ。

 

「それは、これまでのことでしょう? 私が言っているのは未来についてです」

 その言葉に、巫女エステルは意地の悪い笑みで返した。


「未来を視ることにおいて、運命の女神イラ様より長けている存在は居ません。アルテナ様ですら例外ではない。そしてイラ様が仰っているのです。呪いの巫女フリアエが世界に災いをもたらすと。であれば、その未来は必然です。それとも災いが起きることがわかっていながら、放置するのですか? 正気とは思えませんね」

「「「……」」」

 エステルの言葉に、皆が押し黙る。


「さあ、誰か。そこにいる月の巫女を連れて行きなさい」

「ダメだ」

「……私の騎士?」

 俺はフリアエさんの前に出た。

 さっきの邪神の使徒騒ぎでは黙っていたが、今回はダメだ。


「汚らわしい邪神の使徒が、口を慎みなさい」

「姫を連れて行くのは、守護騎士として見過ごせない」

 俺は、運命の女神の巫女を睨み、はっきりと告げた。


「邪神の使徒と、薄汚い呪いの巫女。実にお似合いですね」

 酷薄に唇をゆがめる巫女エステル。

 

(……この女)

 実に

 弱者をいたぶるのが趣味らしい。

 いい性格をしている。


(……ムカつくわね)

 同感です、ノア様。

(イラの真似かしら。喋り方まで似てるわ)

 運命の女神様って、こんななんですか?

 会いたくないなぁ……。


「逆らうなら、二人まとめて処罰しましょうか」

 巫女エステルは微笑みを絶やさず、言葉を続ける。


「ただし、呪いの巫女を殺すと『死の呪い』が返ってきます。腕一本切り落とすくらいなら、わたくしが『蘇生』させましょう」

 こいつも聖級魔法使いか。

 巫女だもんなぁ。


 俺たちを見つめるのは、ずらりと並ぶ太陽の騎士団の人たちと女神の勇者たち。

 気が付くと、人垣が俺、さーさん、ルーシー、フリアエさんを取り囲むようになっている。

 ソフィア王女と、レオナード王子がこっちに駆け寄ろうとしているが、守護騎士のおっさんのが止めている。

 おっさんの目は「何かあればご一緒に戦います」という目だと解釈した。


 ……さて、どうするかな。


「さあ、女神様の加護を持つ勇者たち。そこに居る二匹の野良犬を、叩きのめしなさい」

 巫女エステルが、俺を指差し指示を出した。

 この場には、六大女神の加護を受けた勇者が全て揃っている。

 彼らが力を合わせて、俺とフリアエさんを捕らえようと襲いかかってくれば勝ち目は無い。

 ただ……

 

「僕は高月くんとは戦わない。勿論、フリアエともだ」

 桜井くんが、迷わず答えた。

 信じてたよ、幼馴染。


「あ? やるわけねーだろ」

「私はパスね」

「お断りします」

 稲妻の勇者ジェラルド、灼熱の勇者オルガ、風樹の勇者マキシミリアンさんも運命の巫女の言葉には、従わなかった。

 土の国と、商業の国の勇者は……なんか、オロオロしてる。


(……誰も来ないのか?)

 エステルさん、偉そうな割りにあんまり人望無いんじゃ……


「はっ、あんた人望ないんじゃないの?」

 フリアエさん! そんな煽らなくていいから!


 が、巫女エステルの表情は変わらない。

 薄く微笑んだまま。

 なんだろう……この全てを見透かしているような顔は。


「愚かですね……邪神の使徒に与するとは。アレクサンドル、来なさい」

 突然、巫女エステルの隣に幾重もの魔法陣が浮かび、光と共に一人の大柄な男が現れた。

 二メートルを超える身長に、隆々の筋肉。

 白い鎧を着た男が現れた。


「……」

 ハイランドの新人国家認定勇者アレクだ。

 その視線はどこを見ているかわからない、ぼんやりとしたものだった。


「太陽の勇者アレクサンドル。あなたの力を見せてあげなさい」

「……」

 大柄の男は何も喋らず、小さく頷いた。 

 覇気に欠ける勇者だな。

 どこを見ているか視線も定かでない、その勇者アレクがこちらを振り向いた。

 そして……



 ――勇者アレクの身体が虹色に輝いた。



 次の瞬間、恐ろしいほどの圧迫感プレッシャーが押し寄せる。


「くっ」

 思わず声が漏れる。

 魔力マナが嵐のように吹き荒れる。

 実際に暴風が、部屋の中を襲った。

 ルーシーと同調しても、ここまでの魔力マナは無い。


 これは……いつかの巨神のおっさんや、ソフィア王女にエイル様が乗り移った時に感じる魔力マナ。 

 勿論、神である彼らには及ばないが……、人間離れした魔力マナだった。


「ひぃぃぃ」

 ハイランドの王子が、腰を抜かしている。

 戦いには無縁そうな他の貴族たちも同様だ。

 ジェラさんの親父さんは、青い顔をしつつも腕組みをして立っている。

 流石は、武闘派貴族。


 フリアエさんが青い顔をしているが、それを守るようにルーシーとさーさんが前に構えている。

 桜井くんをはじめ、他の勇者たちは剣こそ構えていないものの臨戦態勢で構えている。

 みんな、こっちの味方をしてくれるようだ。

 ありがたいっちゃ、ありがたいんだが……。

 

(……しかし、こんな場所で本気で戦闘を仕掛ける気か)

 ここハイランド城の一室。

 そして皆、国の中心人物と言えるほどの地位の高い人たちだ。

 正気とは思えない。


「や、やめよ! 勇者アレクよ! このような場所で何をしている!」

 教皇様が大声で叫んだ。

 腰を抜かしているのは情けないが。


「勇者アレク! 今すぐやめなさい!」

 ノエル王女の声が響いた。

 流石、肝が据わっている。


 が、太陽の国の国家認定勇者は、教皇やノエル王女の言葉に耳を貸さなかった。

 どうしたもんか? という顔で巫女エステルのほうを振り向いた。


「仕方ありませんね。アレクサンドル、やめなさい」

「……」

 エステルの声に、勇者アレクは吹き荒れる魔力を抑え静かになった。


(ハイランドの勇者のくせに、ハイランドの教皇や王女の命令に従わないのか……)

 何なんだコイツは。

 その場を気まずい空気が流れる。

 

「本日の会議は、仕切り直しにしましょう」

 ノエル王女が宣言した。

 確かに、この後話し合いをするような感じではない。


「エステルさん、個別に話があります。来てもらえますか」

「はい、ノエル様」

 少しイラついた声のノエル王女と対照的に、巫女エステルは落ち着いたものだった。

 

(なんだろうな……結局、何がしたかったんだ?)

 邪神の使徒について、公にしたものの特にこだわらなかった。

 月の女神の巫女に敵対したかと思えば、いきなり勇者をけしかけて。

 それもあっさり、引き下がった。

 

 そもそも運命の女神の巫女なら、未来をわかっているはずでは? 

 腑に落ちないものを感じつつ、

 俺たちは、部屋を出てハイランド城をあとにした。



 ◇



「何なのよあいつは!」

 フリアエさんが、声を荒げる。

 会議が終わり、水の国の一行である俺たちは王都シンフォニアの宿の一室に居た。

 ちなみにソフィア王女は、ノエル王女と話をすると行ってすぐに出かけてしまったので不在だ。 


「ねぇ……私たち大丈夫かな?」

 いつもは強気なルーシーが、不安げな声を上げる。

「大丈夫だって、るーちゃん。いざとなったら私と高月くんで守るし。ね、ふーちゃん」

「アヤは強いわね」

「ええ……、ありがとう。戦士さん」

 さーさんの声に、ルーシーやフリアエさんも少し笑顔が戻った。


(俺のせいだなー……)

 ここにきて邪神の使徒という立場が、大きくマイナスに働いている。

 商業の国キャメロンにも、事前に根回ししておくべきだったか?

 でも、あの巫女は交渉とかできなそう……。


 ――コンコン


 と部屋の扉がノックされた。

 一瞬、緊張が走る。

 

 部屋に入ってきたのは、黄金の鎧を着た細身の女騎士ジャネットさんだった。


「どうしました?」

 約束は夜の時間だったはずだ。

 現在の時刻は、まだ昼を過ぎたばかり。 


「災難……でしたね」

 ジャネットさんの表情は、少し暗い。

 恐らくさっきの騒ぎについて聞きつけたのだろう。


「今日は、大変でしょうからまた日を改めますね……。ただ、木の国スプリングローグで共に戦った私はあなた方の味方ですから。それだけは言いに来ました」

 ジャネットさんは、そう言って去ろうとした。


「ちょっと待って」

 俺は慌てて駆け寄り腕を掴んだ。


「あの……どうしました?」

 きょとんとした顔で、こちらを見つめる女騎士。


「行きたいところがあるんです。付き合ってもらっていいですか?」

 ジャネット・バランタインは北天騎士団の中では、ペガサス騎士隊の隊長という現場のリーダーに過ぎない。

 が、本来の立場は五聖貴族バランタイン家のご息女だ。

 その地位は、この中に居る誰より高い(ソフィア王女が不在なので)。


「かまいませんが…」

 ジャネットさんは戸惑いながらも了承してくれた。


「マコト……どこに行く気?」

「高月くん、また何か変な事考えてない?」

「私の騎士……、こんな時に女遊び?」

 ルーシーとさーさんは、なんとなく察しがついているかな。

 フリアエさん、んなわけないだろ。

 でも、仲間には説明しないと。

 俺は振り返り、俺の考えを口にした。


運命の女神の巫女エステルのところに行ってくるよ」


「「「「「は!?」」」」」

 

 その場に居る全ての人から、驚きの声が発せられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る