167話 破滅の影

「お、オルガ様……続けますか?」


 実況がおずおずと声をかけた。

 勇者オルガは、焦点の合っていない瞳のまま首を左右に振った。


(まあ、自慢の聖剣を使った攻撃が全く通じず、吹っ飛ばされたからなぁ……)


 ここでさらに挑んでくるようなら、相当な強メンタルなんだけど、どうやら違ったようだ。

 ジェラルドさんなら、素手で殴りかかってきそうなイメージあるけど。

 あと、肝心の聖剣は哀れな姿で折り曲げられている。

 ……あの聖剣、魔王との戦いの前に直るんだろうか?


「で、では! 今回の特別試合……いえ、決闘は佐々木アヤ選手の勝利です!」

 実況が、さーさんの勝利を宣言した。


「「「「「「うぉおおおおおおお!」」」」」」


 観客席からは割れんばかりの歓声が上がった。

 正直、火の女神の勇者オルガが負けて暴動が起きないか心配だったけど、火の国の民の皆さんは普通にさーさんの勝利を讃えている。

 本当に、強けりゃいーんだな。

 ある意味、わかりやすい。


「アヤ! やったわね!」

「勝ったよ! るーちゃん!」

 さーさんとルーシーが、パアンとハイタッチしている。

 ソフィア王女は、まだ呆然としている。


 フリアエさんは、黒猫ツイと遊んでるな。

 全然、心配してないんかい。

 と、俺の視線に気づいたのかこっちを見て半眼で言った。


「私、この未来視えてたもの」

「あー、そうなんだ」

 そりゃ心配しないわな。

 じゃー、そろそろ帰ろうかなというところで、突然フリアエさんが俺の肩を思いっきり掴んだ。


「待って、私の騎士。何か変だわ」

「? 変って、何が?」

 武闘大会のリングは勇者オルガが粉々に砕いてしまったため、運営スタッフさんたちが片付けをしている。

 本来は、表彰式や国家認定勇者の任命式がリング上で行われる予定だったそうだが、舞台が無くなってしまったので、後日グレイトキース城にて取り行うと発表が聞こえてきた。

 会場の観客たちは、おしゃべりしつつ帰ろうとしている。

 中にはそのまま宴会を始めている連中もいる。

 平和だ。

 特に変な様子は無い。


「どーしたの、ふーちゃん?」

「ほら、ソフィア王女。帰りましょ」

 さーさんとルーシーもこちらへやってきた。


「なぁ、姫。いったい、どうし……」

「くそっ、ミスった。視逃した! すぐ逃げるわよ!」

 フリアエさんは、俺の問いに応えず、焦った口調で俺たちに告げた。

 俺とルーシー、さーさんは顔を見合わせ、首を傾げた。


 時刻は正午を過ぎて2時間くらい。

 まだ外は暑く、太陽は眩しい。

 空には雲一つない、青空が広がっている。

 フリアエさんは、何に焦っているのか詳しく話を聞こうとした時、

 


 ――突然、周りが暗くなった。



「あら、雲?」

 ルーシーが空を見上げた。

 俺もそれにつられ上を見て、その黒い影が視界に入った。

 さっきまで地上を照らしていた太陽の光を、ナニカが遮っていた。


「おい! 何だあれ!」

「雲じゃないよな」

「岩……?」

「バカ言うな。あんな巨大な岩があるわけ……」

 会場にいる人々が一斉に、空にある黒い影を指さした。

 なんかいきなり空に現れた?


「マコト! あれこっちに向かって落ちて来てるわ!」

 ルーシーの声で我に返った。

「ルーシー、あれは何だ!?」

「わからないわ! いきなり現れたもの!」

 そうだよな、さっきまで間違いなく無かった。

 しかし、今俺たちの真上に確かに巨大な岩石らしきものが浮かんでいる。

 いや、ルーシーの言葉が確かならこっちに落ちてきているのか?


(まだ遠いけど……あれ、相当巨大な物体だよな……)

 直径は、数キロあるのではなかろうか。

 岩というよりは、島が空中から降ってきているような感じだ。

 ラ〇ュタがバ〇スしたんだろうか。


(マコト! とぼけたことを言ってないで、フリアエちゃんの言う通り逃げなさい!)

 ノア様?

 これって、何が起きてるんです?

(マコくん! 説明の前に逃げるのが先よ! これは悪神族を信仰する連中が……)

 エイル様もいつもの余裕が無い口調だ。


 ひとまず、行動したほうが良い気がする。

 俺は守護騎士のおっさんと目を合わせ、ソフィア王女を中心に移動を開始しようとした。

 その時、

 


 ――やあ、怯えているね、蛆虫たち。


 

 拡声魔法による音声が、円形闘技場内に響いた。

 さっきまで実況していた人とは違う、ねっとりとした口調。

 

「見て! 高月くん」

 さーさんが指さす方向、先ほどまで実況の人が居た場所に黒いローブを着た男が立って、拡声用の魔道具を持っていた。

 実況の人含め、周りの人たちは突然の不審者に距離を置いている。

 警備の騎士の人、早く取り押さえなきゃ!


「貴様、何者だ!」

 と思ったらすぐに周りを火の国の騎士たちが取り囲んだ。

 あ、今叫んだのは一緒に蛇の教団討伐に向かった執行騎士の人だ。

 こっちに来てたのか。

 執行騎士に呼ばれた黒いローブの男は、ニィと大きく口を歪めた。


「私の名はイザク。偉大なる指導者イヴリース様の息子であり、蛇の教団の大主教だ」

 お、聞き覚えがある名前が出てきた。


「また、アイツ? しつこい男ね、マコト」

「太陽の国の王都で、自爆テロとか魔物を操ってたやつだっけ? 高月くん」

「ああ、木の国でも色々裏でやってた黒幕……のはず」

 働き者だな。

 働き者のテロリストとか、要らないんですけど。


「捕らえろ!」

 あ、名乗りを上げた途端に、蛇の教団の男が捕縛されてる。

「は、離せっ!」

 蛇の教団の男も抵抗しているようだが、多勢に無勢で抑え込まれている。

 何しに来たんだあいつ?



「私を捕らえたところで手遅れだ! 今貴様らの頭上にある『彗星』は、我々蛇の教団による『召喚魔法』で呼び出した! 数百人の奴隷の寿命を使ってな! 偶然この星の近くを通過していた彗星を、最も近くにあった火の国に向き先を変えてやったのだ! 数刻後に、火の国の王都は大陸から消え去ることになる!」

 すでに身体を太い縄でぐるぐる巻きにされた蛇の教団の男が、拡声魔法で叫んだ。


(こいつ、今とんでもないことを言ったぞ?)

 彗星をこの王都に落とす?

 本当に、そんなことが可能なのか? 

 俺の聞き違いでは無かった証拠に、それまで危機感の無かった観客たちが悲鳴を上げて一斉に逃げ出した。

 怒声と悲鳴と、子供の泣き声が遠くで聞こえる。

 大混乱が起きている。


「民を都の外に、誘導しろ! 王城から魔法使いを全員呼び出せ! 非番の者も含め全てだ!」

 タリスカー将軍が、大声で部下たちに命令している。

 その後ろでは、国王らしき人が避難しているのが見えた。

 

「勇者殿! 我々はどうしますか?」

 守護騎士のおっさんが、焦りの表情で聞いてくる。

「おっちゃんは、ソフィア王女と……あと、俺の仲間も一緒に連れて王都の外に避難して欲しい」

「わかりました! ……勇者殿はどうするのです?」

 俺の依頼に頼もしく返事をしてくれ、最後に心配な顔を向けられた。


「ちょっと、気になることがあって将軍と話をしてくるんで。あとで追いかけるよ」

「何言ってるの!? 私の騎士、一緒に逃げなきゃ!」

「勇者マコト!? そんな時間は無いのでは……」

 フリアエさんとソフィア王女にも、詰め寄られた。


「まあまあ、大丈夫だから。じゃあ、また後で」

 問答をしている時間が惜しかったので、二人を守護騎士のおっさんに押し付け、会場からの避難を促した。

 さすがにローゼス王家の一団だけあって、火の国の騎士たちが優先的に案内をしてくれている。

 あれなら大丈夫そうだな。


(あと心配なのは、ふじやんだけど……)

 いまだ会場の混乱は収まる気配がなく、むしろ街全体に混乱が広がっているように思える。

 王都の頭上にある巨大な岩の塊は、ゆっくりその巨体がこちらへ向かってきているように見える。

 

 大丈夫だ、きっと。

 ふじやんなら、何か異常を察知したらすぐに情報収集をして、行動を起こしているはず。

 うまく逃げ延びていると信じよう。

 俺は守護騎士のおっさんの後ろ姿が消えるのを確認して、タリスカー将軍が居る方向に向かった。


「ねぇねぇ、高月くん。気になることってなに?」

「マコト、ほんとに逃げなくて大丈夫?」

 さーさんとルーシーが、左右から俺の方を覗き込んできた。

 って、


「何で二人は逃げてないんだよ!?」

 俺はみんな守護騎士のおっさんと一緒に、避難してほしかったんだけど!?


「え、だって高月くんが残るんだし」

「マコトが残るなら、一緒に居るわよ」

「……あのさぁ」

 そーいうこと言われると嬉しくなってしまうでしょーが!

 ニヤけそうになったので『明鏡止水』スキルで表情を保った。


「それにいざとなったら高月くんと、るーちゃんを抱えて私が走るよ! 任せて!」

「あー、それは確かにいい考えかも」

 さーさんの脚力なら、あっという間に王都の外に出られる。

 昔、一度やってみたけど凄いスピードだった。

 運ばれ心地は、最悪の乗り物でしたけどね……。

 安全装置の無いジェットコースターというか。


「ふっふっふ、甘いわよアヤ! 私なんてママとの地獄の特訓で空間転移テレポート使えるようになったもんね!」

「え!? マジで?」

「るーちゃん凄い!」

 おい、聞いてないぞ!

 それはうれしい誤算だ。

 空間転移テレポートあるなら、逃げるだけなら一瞬だ。


(……ん~?)

 が、俺はふと気づいた。

 ルーシーとの付き合いは長い。

 もし、本当に空間転移テレポートをマスターしてるなら、もっとどや顔で自慢していたはずだ。


「ルーシー、ちなみに空間転移テレポートの詠唱は何分かかる?」

「………………10分くらい?」

 やっぱりか。


「ちなみに、成功率は?」

「………………10%?」

「るーちゃん……」

 凄い小声で返された。

 さーさんがショボーンという顔になった。


「まあ、そんなことだろうと思ったよ。一応、詠唱はしておいてくれ。基本はさーさんに抱えてもらって逃げるプランにしよう」

 任せて! とさーさんが拳を握りしめる。

 ルーシーは、気まずそうに詠唱を始めた。

 

 ちなみに、ルーシーのお母さんのロザリーさんは無詠唱で隣の国くらいなら飛べるらしい。

 紅蓮の魔女様、マジ化け物。

 そのうちルーシーも同じようにならないかなぁ。

 でも、ロザリーさん100歳以上だからなぁ。

 ルーシーが100歳になった時に俺は多分生きてないなぁー。


 そんなことを考えていると、

「撃て!」

 どこかで掛け声が上がった。


 上空を見上げると、空の巨岩に向かって幾つもの光線が走るのが見えた。

 恐らく火の国の魔法使いが、彗星に向かって放った攻撃魔法だろう。

 もしくは、対魔物用の魔導兵器なのかもしれない。

 

「あれ、当たってないよね?」

「ダメね、ほとんど届いてもいないわ」

「二人とも視力いいね……」

 さーさんとルーシーには、魔法の軌道まではっきり見えるらしい。


 俺は『千里眼』スキル使ったんだけどなー。

 遠すぎて見えん。

 何でうちのパーティーの女子たちは、こんなにスペック高いんだろう?



「これは新任の国家認定勇者様と、水の国の勇者マコト様ではありませんか」

「大変なことになりましたね」

 俺の姿を見かけてやってきたのは、執行騎士の人だった。 


「はい、まさかこのようなことになるとは……。魔物の群れ程度であれば、何万匹来ようが王都はビクともしませんが、こんな魔法は過去に前例が無い……」

「彗星を落とすとは、敵も考えましたね。防ぐ手立てはありそうですか?」

 一応聞いてみたが、さっきから絶え間なく放たれている魔法がその防ぐ手段なのだろう。

 そして、どうも効果は薄そうだ。


「いえ、残念ながらまだ良い手段が無く色々試している段階です……なので、早くお逃げください」 

「じゃあ、タリスカー将軍に会わせてもらえませんか? 話したいことがありまして」

「将軍にですか……しかし」

 一応、水の国ローゼスの勇者とはいえ非常時に他国の軍の最高責任者に会いに行くのは難しかっただろうか?

 でも、一応断りは入れておきたいんだよなぁ。


「わかりました、勇者殿。こちらへお越しください」

 悩んだようだったが、幸い執行騎士の人はこちらの要望に応えてくれた。



 ◇


 俺が連れられた場所は、円形闘技場の一区画。

 そこは軍の指令部のようになっていた。


 王都の民の避難の指示を出す部隊。

 迫って来る彗星の対応をする作戦を立案している部隊。

 まだ事態を把握していない民に情報を伝える部隊。

 混乱で発生した怪我人を介護する部隊もいる。


 そして、その中心に居るのはタリスカー将軍だ。

 各部隊の報告を聞きつつ、険しい顔をしている。

 隣には、うな垂れている勇者オルガの姿が見える。

 大丈夫かな?

 執行騎士の人が、将軍に近づき耳打ちした。

 将軍はこちらを見て、一瞬怪訝な顔をしたが無視することなく、俺たちのほうへやってきた。



「申し訳ありませぬ、新たな国家認定勇者を決める由緒ある場で、このような事態になってしまい……」

 タリスカー将軍からは、開口一番に謝られた。


「しかし、今はのんびり話している時間は無い。火の国の危機は我々で、何とかしますのであなたたちは早く避難を。佐々木アヤ殿は、あくまで火の国の勇者になる権利を得ただけの状態なので、ここに残る必要はありません」

 近くの火の国の騎士が、俺たちを案内するような手の仕草をした。

 他国の者は、すぐに逃げろということらしい。

 それ自体は普通の対応だろう。


 その時、ふわりと空中に文字が浮かんだ。



火の国グレイトキースの危機を救い、火の国グレイトキースに恩を売りますか?」


 はい

 いいえ



『RPGプレイヤー』スキルさん!

 言い方ぁー!

 最近、性格が悪くない? このスキル


(まあ、俺の気持ちを代弁してくれたんだろうけど)

 てことは、俺が性格悪くなった?

 いやいや、そんなことは無い(はず)。


(本当かしら~?)

 ノア様、聞いてるんですか。

 いかん、気が散る。

 俺は将軍に、向き直った。


「将軍、空に在るアレを何とかするのを、こちらで手伝っていいですか?」

 俺は空から迫りくる彗星を指さしながら、こちらの要件を伝えた。


「……何か方法が?」

 俺の言葉を聞き、将軍の目がより鋭くなった。

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