168話 高月マコトは、秘策を使う

◇タリスカー将軍の視点◇


 蛇の教団による『彗星』落とし。

 ここ百年以内で聞いたことが無い、火の国の王都が壊滅しかねない危機が迫っている。


(……敵を甘くみたか)


 どんな敵の軍勢が来ようと、どれほどの魔物が押し寄せようと王都の守りは万全のはずだった。

 だが、このような手段でこようとは。

 我々に宇宙そらからの災害に対する備えは無い。


 王族、貴族は空間転移テレポート魔法により避難中だ。

 じきに、安全な場所へ逃れるだろう。

 しかし、王都ガムランには数十万を超える民が暮らしている。

 乗り物があるもの、魔法が使えるものは短時間でも王都から離れられるだろう。

 しかし、徒歩しかない一般人は?

 どれほどの死者が出るのか……、まだ想像すまいとして奥歯がミシリと音を立てた。


「何か、策は無いのか。王都の上級以上の魔法使いを全員集めて、あの巨岩を吹き飛ばせぬのか!」

 思わず語気が強まった。


! 王級、超級、上級の魔法使い全員で対処しております! 」

「効果は?」

「……確認できません」

 であろうな、私の目にも変化は見られない。


「魔導兵器はどうだ? 攻城兵器や魔物殲滅用のものがあるだろう」

「全て、射程外です……。発射準備はできておりますが、もっと引きつけなければ」


 意味が無い。

 空から降ってきている巨大な物体を王都の上空ギリギリで砕いたところで、その破片は全て王都に降り注ぎ街を破壊する。

 頭を抱えそうになっていると、部下の一人がやってきた。


「将軍。水の国の勇者が来ています。将軍と話がしたいと」

「……何?」

 視線を向けると、細身の青年が、物珍しそうに我が軍の様子を見ている。



 ――水の国ローゼスの勇者高月マコト。


 

 2年前、光の勇者と共に異世界転移してきた者たちの中で、最も評価が低かった人物だ。

 どの国も『彼は要らない』と判断し、引き取らなかった。

 無論、火の国グレイトキースにもレポートされ、私は彼の能力をチェックした。

 ステータスが最弱、スキルもパッとしない。

 復活する大魔王の軍勢と戦える者ではなかった。

 当然、受け入れは見送られた。


 そして一年以上が過ぎた後、水の国ローゼスの国家認定勇者として突如、名が広まった。


 だが、その頃の高月マコトに興味を持つものは少なかった。

 所詮は、弱小国ローゼスの勇者。

 大したことはあるまいと。

 

 その後、太陽の国で、稲妻の勇者ジェラルドとの野良試合に勝利し。

 王都シンフォニアを襲った蛇の教団と魔物の群れを退け。

 水の国で、古龍を倒し。

 木の国で、魔王を滅ぼした。


 千年前、大魔王との戦いで最初に死んだ水の勇者。

 その汚名をそそぐため、水の女神エイル様の寵愛を受けているのだ、という噂が囁かれている。


 今やその名声は『救世主の生まれ変わり』光の勇者桜井殿に比肩する。

 

 それが面白くなかったのだろう。

 愚娘のオルガと幼馴染であるダリアが共謀して、水の国の勇者にちょっかいをかけていた。

 

 火の女神の勇者であるオルガは、力を誇示し。

 火の女神の巫女であるダリアは、神殿の人間を使って水の国の勇者の悪評を広めていたようだ。

 私は止めるよう告げたが、二人は聞く耳を持たなかった。


 あげくオルガは、水の国の勇者の仲間に大敗を喫した。

 新任のグレイトキースの国家認定勇者が、水の国の勇者の部下なのだ。

 今後の、水の国との関係性が微妙なものになってしまった。

 だが、今はそんなことはよい。

 

 私は、高月マコトの近くへ歩いた。

 私は視線を向け、会話を促した。

 

「将軍、空に在るアレを何とかしていいですか?」

 件の水の国の勇者マコトが、さらりと告げた。


 周りの人間が、必死の形相で危機をどうにかしようとしている中、場違いなほど落ち着いた表情。

『明鏡止水』スキル保持者らしいが、それだけなのだろうか?

 恐怖を感じないのか?


「……何か方法が?」

 私は、短い言葉で質問した。


「それは、企業秘密ですね。試したい魔法がありまして」

 意味ありげな返事が返ってきた。

 よくわからない言葉は、異世界の用語だろうか。

 何やら秘策があるようだが、内容までは教えるつもりは無いらしい。

 勇者の技は、国家機密だ。 

 べらべらと喋りはしないだろう。


「ははっ! バカを言え、水の国の勇者! もはや、あれは止められん!」

 捕らえていた蛇の教団員――大主教イザクを名乗る男が、大声を上げた。

 だが、尋問の結果やつは何も知らない、大主教イザクに傀儡で操られているだけの狂信者だった。

 先ほどまで、静かにしていたが高月マコトがやってきた瞬間、饒舌になった。


「いいか! あの彗星は魔法で創ったものではない! 百年に一度の頻度で、この星の近くを偶然通り過ぎていた巨大彗星の軌道を召喚魔法で捻じ曲げたのだ! 数百人の奴隷の寿命を使ってな! 同じことをするためには、数百人の人間の寿命を捧げ、数時間の呪文の詠唱が必要だ! だが、彗星は間もなくここへ落下してくる! 絶対に間に合わん! 終わりなんだよ! おまえたちは! はははははははははははははははははははははははははははははは!」

 何がそんなに可笑しいのか、狂ったように笑い続ける狂信者が。


「黙らせろ」

 私は部下に命じ、蛇の教団員の口に縄をつけた。


「毎度、愉快なやつだな」

 水の国の勇者が、呆れ気味の顔で頬をかいている。


「るーちゃん、なんで、わざわざ説明してくるんだろうね? 暇なのかな?」

「性格が歪んでるのよ、きっと。こそこそ傀儡で部下を操って、当人は隠れてさ。きっと素顔は、見れたもんじゃないわ!」

 高月マコトの女性メンバーは辛口だ。

 だが、概ね同意だ。


「勇者殿、勝算がある様子。……もしや、我が娘を破ったそちらの佐々木アヤ殿の戦力かな?」

 私は、当てずっぽうでたずねた。

 先ほどの試合で見せた能力。

 恐ろしいものだった。

 序列二位である、オルガを一撃で黙らせるとは。


「ええっと、それがさーさんはさっきの戦いで疲弊しているみたいで……」

 高月マコトは、やんわりと否定した。


「えっ!? 私元気だよ?」

「おい」

「むが」

 なぜか高月マコトの言葉にかぶせてきた、佐々木アヤの口を慌てて塞いでいる。

 私の目からも、彼女が疲弊しているようには見えない。

 おそらく何か戦わせたくない理由があるのだろう。

 もしくは、何かスキルの使用に代償があるのか。


「さーさん! いいから休んでろって!」

「アヤ、こっちに来なさい」

 佐々木アヤは、仲間の赤毛のエルフに引きずられていった。

 まあ、私も彼女に無理強いをしたいわけではない。


「それでは、別に手段があると?」

「ええ、一応考えがあります」

 高月マコトの目には、自信と余裕が見て取れた。

 そうか、ならば是非もない。


「では、お任せしよう。おい、勇者殿を案内しろ」

 私は、高月マコトを連れてきた執行騎士に案内を命じた。

 やつならば、うまく勇者殿を助けつつ情報収集もこなすだろう。

 曲がりなりにも、過去に国家認定勇者もこなした男だ。


「では、軍の魔法使いが居る場所へ案内します。こちらへどうぞ」

 水の国の勇者マコトと、仲間である赤毛の魔法使い、大会優勝した女戦士が去っていった。

 仲間二人は、やや不安げに水の国の勇者に付き添っている。

 が、勇者当人は、まるで散歩にでも行くかのような足取りだ。


(報告にあった通りだな……)


 水の国の勇者マコトは、危険な場所へ自分から首を突っ込む。

 部下から上がってきた調査報告書に書かれていた内容だ。


「水の国の勇者高月マコトは、危機感が欠如しております」

「古竜を相手に、短剣のみで立ち向かったとか。マッカレンの冒険者があきれ果てていました」

「木の国では、魔王へ単身で挑んだそうです。正気とは思えません」


 調査から帰ってきた部下は、口々に言った。

 彼の者は、正気に欠けると。

 

 通常、勇者は国の重要な戦力であり、対魔王戦に向けて手厚く保護しなければならない。

 だが、水の国の勇者は勝手に戦火へ突っ込んで行く。


 ――さながら、伝説の救世主アベルのように。


 千年前。

 大魔王の待ち受ける魔大陸に、たった四人で乗り込んだいにしえの勇者アベル。

 言い伝えでは、勇者アベルは誰も犠牲にしないためたった一人で、大魔王に挑もうとしたそうだ。

 それを、初代大賢者様、聖女アンナ様、魔法弓士ジョニィ様が説得し、四人パーティーになったとか。


 昨今、魔王に挑む勇者の仲間が数人などあり得ない。

 娘のオルガにも、上級以上の戦士、魔法使いで構成した数百人規模の特別師団を組んでいる。

 近々控えている『北征計画』に向けた、火の国随一の部隊だ。


 私は改めて、水の国の勇者が二人の仲間を連れて散歩をするように歩いている姿を目で追った。

 空には、いよいよ迫ってきた巨岩が、王都に大きな影を落としている。

 いまだ、危機を打開する手段は見えてこない。


(……期待しよう。水の国ローゼス木の国スプリングローグを救った勇者の力を)



 ◇高月マコトの視点◇



「こちらです、どうぞ」

 執行騎士さんに案内された場所は、円形闘技場の最上段。

 そこにずらりと魔法使いたちが並び、迫りくる彗星に魔法を撃ったり、魔道具を使ったりしている。


「あっちがいいかな」

 俺はなるべく人が少ない場所を選んで向かった。

 間違って、巻き込んでは困る。


「ねぇ、マコト。一体どうするつもりなの……?」

 空をちらちらと見ながら、ルーシーが不安そうに杖を抱えている。

 そうだ、仲間にはきちんと説明をしないと。


「ルーシー、いま俺たちの真上から降ってきてるのは何だ?」

 俺は空を指さしながら言った。


「えっ? 何よ急に。見ればわかるでしょ! 超巨大な隕石じゃない!」

「いや、違うね。隕石じゃない、彗星だ」

「……何が違うの?」

 勿体ぶる時間が無いので、結論を言ってしまおう。


「つまり……」

「わかった! 彗星の主成分は、氷と塵! だから高月くんの水魔法でなんとかするんだね!」

 さーさんに、ネタバレされてしまった。

 先に言わんといて。


「本当に、何とかすることが可能なのですか!? 勇者殿!」

 話を聞いていた執行騎士さんが、凄い勢いで詰め寄ってきた。


「ま、まあやってみないとわかりませんが」

 俺の水魔法の熟練度は、250オーバー。

 大賢者様にすら呆れられた水魔法特化の魔法使いだ。

 

「す、素晴らしい!」

 まだ成功したわけでもないのに、えらく感動してくれている。

 じゃ、いっちょやってみますかね。

 俺は、腕まくりをして彗星に向かって水魔法を使おうとして、



(無理よ、マコト)



 突然聞こえてきたのは、ノア様の冷たい声だった。

 無理って、どうしてですか?


(彗星の周りを覆っているのは、氷だけど中心にある核は岩石よ。今降ってきている規模の彗星なら、核の大きさが数百メートル。マコトの水魔法じゃ、防げないわ)

 そう言えば彗星って、中心には岩があるんだっけ?

 あまり天文学には明るくない。


(それにね、マコくん)

 おや、エイル様。

 お久しぶりです。


(ふふ、久しぶりね。でもよく聞いて。宇宙から召喚されてた彗星は、あなたたちの居る世界の外からの異物なの。だから、通常の氷よりマコくんの水魔法が伝わりづらいわ。今降ってきている規模の彗星を操ろうと思うと、とてつもない魔力マナが必要よ)

 憂いを帯びた声色で、エイル様が告げた。


 そっかぁ。

 何事も、想定通りにはいかないか。


「高月くん?」

「マコト?」

「勇者殿……どうされましたか?」

 急に動きを止めた俺を、さーさん、ルーシー、執行騎士が不安げに尋ねてきた。


「大丈夫大丈夫」

 これくらいの困難は、予想通りだ。


 じゃあ、『アレ』やりますよ、ノア様。

 

 俺は、前々から考えていた秘策を行うことを、女神様に告げた。


(本気なのね……、マコト)

(マコくん、お願い。思いとどまって)

 女神様、お二人からの返事は色よいものではなかった。

 でも、他に方法ないっすよ?


((……))

 返事は無い。

 が、反対も無い。

 よし、じゃあやるか。


「ね、ねぇ。マコト……そろそろ、彗星迫ってるし。一応、空間転移の準備もしておくわよ」

「高月くん……、いざとなったら二人を抱えて逃げるからね?」

 仲間二人をすっかり、不安にさせてしまった。


「大丈夫、見てて」

 俺は右手の服の袖を大きくまくった。

 そして、右腕に対して『変化へんげ』スキルをかけた。 



 ……操作が難しいな

 

 ぶるりと、右腕の周りの空間がブレた気がした。

 同時に、俺の腕が青く光り始める。


「……マコト? 何をしているの?」

「それ、変化スキルだよね?」

「ああ、部分変化。右腕だけを」

 俺は『明鏡止水』スキルを100%にして、意識を集中させる。

 少しでも気を抜けば、意識を奪われる。


 バチバチと、何かが耳元で弾ける音がした。

 それが、俺の身体から発せられている魔力だと知って、違和感に震えた。



 ――精霊の右手



 どの魔法書にも載っていなかった、この魔法を仮名として名付けた。


 片腕を精霊に変化させる。

 ただ、それだけの魔法だ。


 ただし、精霊とは自然そのものであり。

 普段、眼にしている小さな精霊は、一個の生命

 一にして全。

 

 水の精霊とは、つまるところこの世にある全ての水そのものと同義。

 そのように、昔ノア様から教わった。

 だからこそ、精霊の魔力は無限であると。


 徐々に、俺の腕そのものが青い光に変化した。

 それは、肉体ではなく『この世の全ての水』と繋がったナニカ。

 無限に続く魔力の欠片だった。



 思えば、この世界に来て最初に倒した魔物はゴブリンで。

 近くに流れる川の水を使って倒した。


 大迷宮では、水の精霊の力を借りて、忌まわしき竜と戦った。

 水の国の王都では、ソフィア王女の魔力で、忌まわしき巨人を倒した。 

 

 太陽の国では、水の大精霊。

 マッカレンでは、ルーシーと同調して火の精霊の力を借りた。

 木の国では、ノア様に寿命を捧げ、力を借りた。

  

 みんなの力を借りて、何とかやってきた。

 でも……一度くらい、自力で勝ってみたい。


 

 ヒントは、大賢者様の言葉だった。

 強くなるには……『人間を辞める』しかないという言葉。

 

 

「そう、強くなるには人間のままじゃダメだ!」

 気が付くと、無意識で声に出していた。 


「俺自身が、精霊になればいい!」

 俺はさーさんとルーシーに、決め顔で言った。

 ふっ、決まったな。


「「「……」」」 ※さーさんとルーシーと執行騎士

((……)) ※ノア様とエイル様


 なんで、みんな黙るん?

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