166話 高月マコトは、危惧する

 本気を出した『灼熱の勇者』オルガとさーさんの戦いは互角だった。


 しかし、二人の様子は対照的だ。

 肩で息をしつつ、楽しそうなさーさんと。

 忌々しげに表情を歪ませる、勇者オルガ。


 観客の様子も明暗がはっきり分かれた。

 予想されていた勇者オルガの明確な勝ちではなく、今のままでは引き分けの可能性が高い。

 が、一般の観客は勇者オルガとさーさんのレベルの高いバトルに大盛り上がりだ。

 強い奴ほど好まれる国民性というのは、本当らしい。


 問題は、火の国の王族や貴族が居るVIP席か。

 火の国の王族、貴族たちは、一様に苦々しい顔をしている。

 その中でも最も険しい顔をしているのは、勇者オルガの父親タリスカー将軍だろう。


 逆に、他国――太陽の国ハイランドの貴族なんかは、ニヤニヤしながら火の国の貴族に話しかけている。

 距離が遠くて『聞き耳』スキルでも声は拾えないが、多分勇者オルガが他国の戦士と互角であることを揶揄しているんだろうなぁ。

 太陽の国の貴族は、『いい性格』をしている人が多い。


 そういえば、水の国ローゼスの姫様はどうなんだろう?

 ちらっと後ろを振り返ると、キラキラと目を輝かせたソフィア王女と目があった。

「ゆ、勇者マコト。アヤさんはこれほど強かったのですか!?」

 俺の袖を引っ張りつつ、声を弾ませている。


「さーさん、レベル上げ頑張りましたからね」

 現在のさーさんのレベルは80オーバー。

 ラミア女王クイーンに進化してからも、レベルを上げ続けた。

「いやぁ、水の国最強の戦士が誕生しましたなぁ……、あ、いえ勇者殿を軽んじるわけではないですが」

 おっさんが、慌てたように言い直す。

「間違いなく、さーさんが最強だよ」

 俺は苦笑しながら、守護騎士のおっさんに応えた。



「いやぁ、素晴らしい試合です。実に見ごたえがあります! 勇者オルガ様のお強さは、勿論ですが佐々木アヤ選手がここまでの強さとは、大会前の誰が予想できたでしょう! それでは、名残惜しいですがそろそろ特別試合は終了のお時間が迫って……」

 実況が、特別試合の終わりが近いことを告げた。



「待てっ!!!!!」



 その声を遮ったのは、勇者オルガだった。

 突然の試合の中断に、会場がざわつく。


「来い! バルムンク!!」 

 勇者オルガが叫ぶと、彼女の周りに大小の魔法陣が浮かび上がる。

 一見、紅蓮の魔女ロザリーさんの空間転移テレポートの魔法陣に似ているが、が逆だ。


(召喚魔法か……?)

 通常、使役する魔物などを呼び出す召喚魔法。

 しかし、現れたのは一本の魔剣だった。

 紅く輝く刀身の魔法剣が、勇者オルガの手に収まった。



「あ、あの……オルガ様? 聖剣の使用は大会では控えるはずでは……?」

 実況の人が遠慮がちに疑問を投げかけた。


 火の国の聖剣バルムンク。

 代々火の女神の勇者が持つ、グレイトキースの宝剣である。


「佐々木アヤ! 火の女神の勇者オルガの名において、決闘を申し込む!」

 輝く聖剣を構え、勇者オルガが宣言した。


「オルガ様!? そのような予定は……」

 実況の人は、ひたすら戸惑っている。

 武闘大会のプログラムには無かったことなのだろう。

 多分、これは勇者オルガが急に言い出したんだ。


 観客たちも「何だこれ?」「決闘?」「本気かな、オルガ様……」「まさかぁ」ざわざわとしている。


「止めろ! オルガ!」

 観客席の最上段、VIP席から大声を上げたのはタリスカー将軍だった。

 

(あれは、演技なのか、本気なのか……)

 火の国の最高戦力が、弱小である水の国の戦士と互角であることを、将軍として良くは思っていないはずだ。

 しかし、その表情や焦りを含んだ口調が演技とは思えなかった。

 

「佐々木アヤ! 決闘を受けるか! どうなんだ!」

 勇者オルガは、父親の声を無視してさーさんに向かって再び呼びかけた。


「いけません! アヤさん、勇者マコト! 聖剣を持った女神の勇者と決闘など無謀です!」

 大声で叫ぶのはソフィア王女だ。

  

「さーさん!」

 俺は決闘を受けないよう、伝えようと声をかけた。

「オッケー、高月くん」

 さーさんは、ぐっと親指を立て了解の意を示した。

 その笑顔は、男前だった。

 ん?


「違うっ、さーさん! ストップ!」

 俺は嫌な予感がして、慌てて叫んだが既に時遅く

「決闘を受けるよ! オルガさん!」

 ああああ~、受けちゃったぁー!!


「勇者マコト! なぜ止めないのですか!?」

「止めようと思ったんだよ!」

 ソフィア王女に、肩を揺さぶられた。


 ソフィア王女が取り乱すのは、理由がある。

 女神の祝福を受けた勇者は、各国に伝わる聖剣を扱える唯一の存在だ。


 水の国の聖剣『アスカロン』の使い手レオナード・エイル・ローゼス。

 木の国の聖剣『クラレント』の使い手マキシミリアン。

 太陽の国の聖剣『カリバーン』の使い手ジェラルド・バランタイン。

 そして、火の国の聖剣『バルムンク』の使い手オルガ・ソール・タリスカー。

 

 女神の加護を受けた勇者が、女神の祝福を受けた聖剣を手にして『解放』することで、何倍ものチカラを得ることができる。

 魔王を倒せるのは聖剣を解放した勇者だけだと言われている。

 だからこその各国の最高戦力であり、力の象徴なのだ。


 尤も女神の聖剣を解放した『稲妻の勇者』ジェラルドと『灼熱の勇者』オルガの二人がかりでも、借り物の魔剣を持った『光の勇者』桜井くんに、手も足も出なかったそうだけど。

 救世主の生まれ変わりと呼ばれるのも仕方ないチート具合だ。

 本当に無茶苦茶だな、あんにゃろうさくらいくん

 


「佐々木アヤ、武器を構えろ!」

 リング上では、赤く輝く聖剣を構える勇者オルガがさーさんに武器を取るように促した。

 さすがに丸腰の相手に襲いかかったりは、しないらしい。


「私は素手でいいよ」

 さーさんは、手の平を拳で叩く仕草をした。


「おおっとーー! 佐々木アヤ選手、まさかの聖剣を持ったオルガ様相手に素手で挑むようだー! これは流石に自殺行為ではないかー!」

 あ、実況が復活した。

 開き直ったらしい。


「無理だー、棄権しろー」「アヤー、死ぬなー」「逃げろー」「オルガ様ー、お気を確かに!」

 会場の観客たちも、さーさんのことを心配している。

 肝心のさーさんは、ニコニコ手を振っているが。


(……これはマズイな)

 さーさんは、まったく引く気配が無い。


「ねぇねぇ、これって大丈夫?」

 ルーシーが俺の肩をトントンと叩いて不安そうな表情を見せてきた。

「非常にマズイ、でもさーさんが決闘受けちゃったからなぁ」

「な、何をのん気な事を言っているのですか! 勇者マコトにルーシーさんは、アヤさんが心配では無いのですか! 私が止めてきます!」

 ソフィア王女が、リング上に上がろうとしたところを、フリアエさんがガシッと止めた。


「もう始まっちゃうわよ。 ここに居ると巻き込まれるわ」

 そのままずるずるとソフィア王女を引きずっていった。

 助かった、俺の力じゃソフィア王女を止められないからな。



 リング上では、勇者オルガが構えた『聖剣バルムンク』が太陽のように輝いている。

 火の女神の祝福を受けたと言われる刀身に集まる魔力は、さながら爆発前の爆弾のようだ。

 空気中をちりちりと熱気が走る。


「本気で、素手で受けるつもり? 死ぬわよ」

 剣を構えた勇者オルガが、最終確認をするようにさーさんに語りかける。


「いーから、いーから。さっさとかかってきて」

 さーさんは、気軽に手をクイクイと手招きする。

 それを見て、勇者オルガの表情がさらに険しくなる。


「後悔しなさい……異世界の戦士」

 ぼそりと、勇者オルガがつぶやいた。

 もしかすると、彼女は異世界から来た俺たちが好きではないのかもしれない。

 いきなりやってきて、世界のパワーバランスを壊した俺たちが。



「ゆ、勇者マコト! このままだとアヤさんが!」

 ソフィア王女が、フリアエさんに羽交い絞めされたまま暴れている。

「大丈夫、さーさんは平気だから。落ち着いて」

「え?」

 その声に、ソフィア王女が訝しげな表情になる。


「なぜ、そんなに落ち着いているのですか……」

「ソフィア、それは」

「もう、始まるわよ」

 俺がソフィア王女に説明しようとした時、ルーシーがリング上を指さした。



「審判! 合図をしたら、すぐに離れなさい! 巻き添えをくらうわよ」

「……本当によろしいのですか?」

 審判は、さーさんに問いかけた。


「いいよ」

 さーさんの横顔は、この上なく落ち着いていた。


「では、いざ尋常に……勝負!」

 審判が叫ぶと同時に、リング上から降り去った。

 残ったのは、勇者オルガとさーさんのみ。


 観客も息を呑み、実況も何も喋らない。

 

 勇者オルガがかき消え、次の瞬間リングが爆発した。


 

 

 ◇



 

 俺には『灼熱の勇者』オルガの攻撃も、それを受けたさーさんの姿も目で追えなかった。


 だから、これはあとでルーシーに教えてもらった情報だ。


 聖剣を構えた勇者オルガは、上空高く飛び上がり、剣に集まった魔力を地面へ叩きつけるように剣を振るったらしい。

 そのさながら隕石ような攻撃を、さーさんは正面から受けたそうだ。

 

 次の瞬間、リングは爆撃を受けたように押し潰され、爆風が俺たちを襲った。

 巨大な赤い光が十字に立ち昇った。

 俺が目で追えたのは、ここからだ。


(あれは……桜井くんの魔法剣技や、紅蓮の魔女ロザリーさんの聖級魔法と同じだ……)


 どうやら、聖級に準ずる威力ならばあの十字の光が出現するらしい。

 リング上は、巻き上がった土埃で何も見えない。


「アヤさん!?」

 ソフィア王女の悲鳴が上がった。

 

 観客席は、勇者オルガの攻撃の桁違いの威力に恐れおののいている。

「……い、一体どうなったのか。……佐々木アヤ選手は無事なのでしょうか?」

 実況の言葉は、会場全体の気持ちの代弁だろう。



 徐々に、土埃が晴れてきた。

 石製のリングは、粉々に砕け散っている。

 

 誰も声を発しない。

 観客の息を呑む音が聞こえた気がした。

 

 

「………………え? あ、あれは……お、オルガ様?」

 実況の震える声が響いた。


 最初に見えたのは、円形闘技場の内壁に叩きつけられたのだろうか? 壁にもたれる様にぐったりしている勇者オルガだった。

 勇者オルガの鎧は、何かとぶつかったように砕けひび割れている。


(し、死んでないよな?)

 交通事故にあったような様子に心配になった。


「…………うぅ」

 どうやら意識はあるようで、勇者オルガがふらふらと立ち上がった。

 よかった、生きてたか。

 勇者オルガは信じられないモノを見たような顔で、自分の砕けた鎧とリング上を見比べた。

 手には何も持っておらず、聖剣は見当たらない。


「さ、佐々木アヤ選手は無事だー! リングに立っているのは、佐々木選手です!」

 実況の声が響いた。

 土埃の中心、勇者オルガの攻撃の最も激しかった場所に何事もなかったように、さーさんが立っていた。



 ――虹色に輝きながら



「あーあ、アヤったら全員に見せちゃったわね」

「まあ、無事そうでなによりだよ」

 ルーシーの声に、俺もほっと息をついた。

 大丈夫だとは、思っていたけど、目の前の攻撃の威力を見ると流石に少し心配だった。


「勇者マコト! あれはいったいどういうことですか!?」

 ソフィア王女が、俺に掴みかかる勢いで尋ねてきた。

 ソフィア王女は公務が忙しそうで、さーさんのスキルを説明する時間がなかったからなー。


「あれは、さーさんが『進化』して得た新しい『アクションゲームプレイヤー』スキルの能力ですよ」

「新しい能力……あの七色の光がですか……? あ、光が消えますね」

 ソフィア王女の言葉の通り、さーさんを覆っていた七色の光が消えた。


「高月くんっ! 勝ったよ!」

 ぶいっと、右手でピースをしてくるさーさん。

 が、俺の目はさーさんの足元に転がっている宝剣にとまっていた。


(ヤバくね……? 火の国の国宝をぶっ壊したんだけど……)

 女神の祝福を受けた聖剣の価値は、値段の付けられないものだと聞いたんだが。

 国際問題に発展しないだろうか?


「お、おめでとう。さーさん」

 まずは、仲間の勝利と無事を祝福しよう。

「うん! 褒めて褒めて」

 さーさんが俺に飛びついてきて、尻尾を振る勢いで抱きついた。


「あの……アヤさん。あなたのスキルは何の能力なのですか?」

 呆然とした表情のソフィア王女が、質問した。


「ふっふっふ、私の新スキル『無敵時間』だよ!」

「……なんですって?」

 さーさんの回答に、ソフィア王女がぽかんと聞き返す。



 俺は初めてそのスキルを見た時、言葉を失った時のことを思い出した。



 さーさんが持つ『アクションゲームプレイヤー』スキル。

 その新能力『無敵時間スーパースター



 その効果は、シンプルかつ凶悪だ。

 スキルの発動している一定時間、

 発動者プレイヤーはあらゆる攻撃を防ぎ、あらゆる防御を無効にする。

 

 ソフィア王女は、そのあんまりな効果を聞いて固まっている。

 ルーシーとフリアエさんが「無しよねー」「あれは無いわー」と言い合っている。

 異世界人の正しい反応だろう。


「えへへー」

 さーさんが照れたように笑った。

 さーさんの笑顔が可愛かったので、頭を撫でておいた。

 そして、思った。



 ――さーさんのスキル、反則バグってるよ。

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