164話 高月マコトは、推測する


 ――何百人の人間が、獣人族が、大人が、子供が、折り重なるように倒れている。


(……し、死んでる?)


 俺の目には、それが死体の山に見えた。

 異様な光景に、身体が硬直する。 


「くそっ! なぜこんなことに」

「なんということだ! おい、しっかりするのだ!」

 執行騎士と、守護騎士のおっさんや部下の騎士たちが近くの人に駆け寄る。

 俺も慌てて、それに続いた。

 

 恐る恐る倒れている中の一人に近づき、そっと顔に触れた。


 肌はまだ温かい。

 胸が僅かに上下している。

 微かに息遣いが聞こえる。


 よ、よかった。

 死んでるわけじゃなかった。

 しかし、みな意識を失い声をかけても目を覚まさない。


癒しの水ヒールウォーター


 おお! おっさん、回復魔法が使えるのか。

 見た目厳ついのに、器用だな!

 水聖騎士団の人たちは、全員回復魔法が使えるようで、おのおの倒れている人に魔法をかけている。

 水の精霊が居ないので、中級である回復魔法は俺は使えない。


「ここに蛇の教団の姿は無い! ここに居るのは、全員奴隷だった者だけだ! しかも、原因は不明だが皆瀕死の状態だ。早く回復士をこっちによこしてくれ!」

 執行騎士の人は、通信機らしき魔道具で応援を呼んでいる。


 回復魔法が使えず、特に助けを呼ぶあても無いので俺は所在無い。

 改めて倒れている人を、じっくりと観察した。


(ん……?)

 違和感を感じた。


 身体を纏う魔力が圧倒的に少ない。

 体力も減っている気がする。

 まるで生命力が吸われたような……。

 そして、俺はこの状態に覚えがあった。


「おっちゃん、魂書ソウルブックを持ってない? できれば白紙のものを」

「いえ、持ち合わせておりませんが……、何に使うのですか?」

「勇者殿! 原因がわかったのですか?」

 守護騎士のおっさんに声をかけると、執行騎士さんが反応した。  


「多分、生贄じゅ……自爆魔法を使った……いや、使わされたんじゃないかと」

 俺は以前の経験から、推測した。

 精神と肉体からごっそりチカラを奪われた、あの時の感覚が蘇った。

 確か俺も、自爆魔法を使って気を失ってしまった。


「寿命と引き換えに強力な魔法を使うという……しかし、あれは禁呪のはずですぞ!」

 守護騎士のおっさんんが声を荒げた。


「自爆魔法の使用は、女神教会から堅く禁じられています。そもそも、やり方すら知られていないはず……なぜ、勇者殿はご存じなのです?」

 おっと、しまったな。

 確かに俺が知っているのも変だな。


「大賢者様に教えてもらいました」

 と言っておけば大丈夫だろう。


「大賢者様……、大陸一の魔法使いであり、千年の知識をお持ちのあの御方ですか……それならば、確かに納得です」

「で、それを確認するために寿命を調べたいんです。何かいい方法はありませんかね?」

 魂書があれば、寿命が調べられるはずなんだけど。


「それなら問題ありません。私は寿命を調べる魔法が使えます」

「へぇ、そんな魔法があるんですね」

 知らなかった。


「相手のステータスやスキルまで知ってしまうので、本来相手に無断で使用することは良くないのですが……今は、緊急事態です。あとで詫びましょう」

 そう言って執行騎士の人は、倒れている子供の額を触り呪文をつぶやいた。

 ぽわりと、淡い光が浮かびあがる。

 魂書を使った時の光と同じだ。


「……何ということだ」

 執行騎士さんが、表情を歪め呟いた。

「どうでした?」

 俺は尋ねた。


「この子は、寿命が残り数日まで減らされています」

「数日だと! 何と惨いことを!」

 執行騎士さんの言葉に、守護騎士のおっさんが怒りの声を上げる。


「この子は、この人たちはどうなりますか?」 

 何かできることは無いのだろうか?


「大丈夫です、巫女様のところへ連れて行き火の女神ソール様にお願いをすれば寿命をある程度伸ばすことができます。……相応の代価は必要ですが」

「代価?」

「お布施のことです、勇者殿」

 執行騎士さんの言葉の意味がわからず首を捻っていると、おっさんが教えてくれた。

 そうだ、この世界の寿命はお金で買えるんだった!


「しかし、相当な金額になりませんか?」

「ええ……、しかし他に方法はありません。国王陛下には私が掛け合います」

 弱肉強食な火の国の人は、奴隷の命に財を投げうってくれるのか心配だったが、少なくとも執行騎士の人は、ここに倒れている人たちを見捨てる気は無いようだ。

 よかった。


 その時、大勢の人が近づく足音が聞こえてきた。


「おーい! 何事だこれは!?」「蛇の教団の連中は居ないのか!」「バカな、火の女神様のお告げだぞ!」


 ぞろぞろと火の国の騎士団が、大勢やってきた。

 その中には回復士らしき人たちも居る。


「衰弱が酷い者から看てくれ!」

「手の空いている者! こいつらを外へ運び出せ。ここは回復するには狭すぎる」

「他国の者がいますが、抜け道を教えても良いのですか!?」

「かまわん、非常事態だ。タリスカー将軍から許可は下りている」


 バタバタと指示が出されている。

 回復士の人たちが、重症な人たちを優先して診察している。

 執行騎士の人は、やってきた騎士団の人たちに指示を出している。


 俺や守護騎士のおっさんは倒れている人を抜け道から外へ運びだす作業を手伝った。

 俺の力だと、子供くらいしか運べなかったけど……。


(ステータスの低さが恨めしいな……)

 今更泣き言を言っても始まらない。

 手を動かそう。


 応援は次々やってきて、数百人の倒れていた奴隷たちが半数位に減ってきた。


「勇者殿、ここは我々が残りますゆえ。佐々木アヤ殿の応援に行かれてはどうですか?」

 守護騎士のおっさんが、気を使ってかそう言ってくれた。


「いや、全員運び終わるまで残るよ」

 弱ってる人を放っておいてさーさんの所に行っても、喜んでくれない気がする。

 俺は地下通路と地上を何往復もした。

 

 数時間後に、全員を運び終えた。

 重症な人たちから順番に、教会へ運び込まれているらしい。

 もう、俺たちがやることは無さそうかな、と思っていたら執行騎士の人が近づいてきた。


「勇者マコト殿、水の国の騎士団殿、助かりました。幸い死者は居なさそうです」

「それはなにより」

 執行騎士さんの言葉に、守護騎士のおっさんの顔にも笑みが浮かぶ。


「結局、蛇の教団は何がしたかったんでしょうね」

 大金を使って奴隷を買い集め、全員の寿命ギリギリまで自爆魔法を使わせた。

 

 俺の言葉に、執行騎士の人の表情が険しくなる。


「現在、捜索隊を組織して蛇の教団を追っています。今まで泳がせていた教団の者を全て確保して、尋問を行っていますが有力な情報は得られていません」

「我々が到着したことにより、やつらの計画は頓挫したのでは?」

「それなら良いのですが……」


 二人の会話を聞きつつ、俺は『明鏡止水』スキルを使いつつ、今日の出来事を反芻した。

 その時、頭の中に声が響いた。



(マコト、寿命を奪われた奴隷たちは生贄術を使われた。何をしようとしているかは、私でもわからないわ……多分、水の女神エイル火の女神ソールでも)

(ノア様でもですか?)

(今回の件は、悪神ティフォンの加護を強く受けている信者の仕業よ。それに徹底して、未来を隠している。何かが『起きる』ってことしかわからない。気をつけなさい)

(わかりました、ありがとうございます、ノア様)

 俺は女神様に御礼を言った。



「奴隷の寿命を使って、何の魔法を使ったかを知っておいたほうがいいかもしれない」

 俺の言葉に執行騎士の人と、守護騎士のおっさんが視線を向けた。


「自爆魔法は不発だったのでは? 何も起きてはいませんぞ、勇者殿。自爆魔法は、自分の身を犠牲にして魔法を放つ技でしょう?」

「いや、自爆魔法は単に足りない魔力の代替を寿命で行うだけって魔法だから、寿命が減ってるってことは何かの魔法に使われたということだと思う」

 おっさんの言葉に対して、俺は反論した。


「勇者マコト殿、我々は自爆魔法に対しての知識が無い。何でもいいので気付いたことを教えてくれませんか?」

 執行騎士の人が真剣な表情で頭を下げた。

 この人は、本当に真面目で真摯だな。

 それに応えようと、俺は熟考しつつ口を開いた。


「自爆魔法については、今言った通りです。あくまで、魔力の補填。……ここからは推測ですが、今回の事象を蛇の教団が起こしたという前提で話します」

 ノア様の言葉通りなら、まず間違いないはずだ。

 俺の言葉に、二人は小さく頷いた。


「蛇の教団は、単独ではあまり行動を起こしません。水の国では、忌まわしき巨人。太陽の国の王都では、飛竜の群れと魔物の暴走。マッカレンでも魔物の暴走と古竜を連れてきました。木の国では、獣の王の配下と魔王。……なら、火の国でも何か戦力を水増ししていると思う」

「それが奴隷の購入だと?」

 俺の言葉に、執行騎士の人が質問した。


「しかし、その奴隷たちも全てここで手放しましたぞ、勇者殿」

「おっちゃんの言う通り、奴隷は戦力とは考えていない。あくまで何かの魔法を使うための燃料。そして、過去のパターンからして蛇の教団は魔物を使うことが多い」

「では、火の国でも魔物の暴走スタンピードを起こそうとしているということですか!?」

 おっさんが大声を上げる。

 火の国の騎士団のひとたちが、驚いてこちらを見ている。


 執行騎士が慌てて、通信用の魔道具を取り出した。

「王都の見張りに告げろ! 魔物の群れが近づいていないか、至急確認しろ!」

 行動が速い。

 これは、助かる。


「勇者殿、ありがとうございます。王都から蛇の教団を逃さないことに注力していましたが、外から狙われる可能性も確かにありますね。いま、外部からの攻撃に備えるよう伝えました」

 執行騎士さんが言った。


「では、魔物の群れに注意すれば大丈夫ですな!」

「う、うーん……」

 おっさん含め、水聖騎士団の人たちは終わった終わったという顔をしている。

 すこし楽観的過ぎないかな、水の国うちの人たち。

 いい所なんだろうけど、これから大魔王の軍勢と戦争するには不安だ。


「色々とありがとうございます、勇者殿。私はこれから蛇の教団の捜索隊と共に探索を続けます。勇者殿は、武闘大会に戻られてはいかがですか? お仲間の戦士殿が参加されているのでしょう。もし、勝ち残っていましたら準決勝あたりだと思いますよ」

 そう言って執行騎士の人は走り去っていった。

 最後まで、好青年だった。

 火の国にも、あんな人がいるんだなぁ。


「では、ソフィア様の所へ戻りましょう。勇者殿」

「ああ、おっちゃん」

 俺と水聖騎士団の人たちは、急ぎ武闘大会へ急いだ。



 今日は朝から、蛇の教団の討伐に参加していたが、既に昼を大きく過ぎている。

 さーさんは、無事に勝ち残っているだろうか?

 途中、走りながらおっさんと武闘大会について話した。


「おっちゃんは、火の国の武闘大会出たことある?」

「かつて一度だけ……残念ながら、予選で敗退しました」

「そ、そっかぁ」

 悪いこと聞いちゃったかな。


「そもそも水の国の戦士が、予選を勝ち残ることすら稀ですからなぁ。しかし、アヤ殿であれば、良いところまで勝ち残ると思いますぞ!」

「ああ、さーさんならきっと残っているはず」

 俺は力強く頷いた。


 ちなみに、武闘大会のトーナメントを一日で終わらせてしまうのは、せっかちな国民性なんだそうだ。

 興行的には、数日に分けたほうがいいと思うんだけどなぁ。

 ちなみに、怪我はその場で火の国グレイトキース最高峰の回復士が一瞬で治してしまうので問題無いらしい。


 そんな会話をしているうちに円形闘技場コロッセウムが見えてきた。

 守護騎士のおっさんが、身分証を見せ門をくぐる。

 

 中に入ると、午前中と同じ、いやそれ以上の歓声が聞こえた。

 盛り上がっている。

 

(遅くなったなぁ……さーさんは、どうなったんだろう?)


 俺はルーシーやフリアエさんが居る、選手の関係者席を探した。

 

 その時、拡声魔法から声が聞こえた。



 ――火の国大武闘大会! 優勝は、佐々木アヤァ~~~~~!



 大歓声の中、そんな実況の叫び声が耳に届いた。


 ………………え?

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