163話 高月マコトは、大会の観戦ができない

「皆様~! お待たせしました! これよりグレイトキース武闘大会を開催します!」

 風魔法で拡声された実況者の声が響いた。


 ――おおおおおおおおおお!!!!!!!


 地響きと歓声で円形闘技場コロシアムが揺れている。

 闘技場は、超満員である。


「すげぇ」

「うわー、人がいっぱい」

 俺とさーさんが、その迫力にポカンと口を開けて見上げた。


「ねぇ、アヤ、大丈夫? 対戦相手たちみんな強そうよ?」

「平気平気。心配性だなぁー、るーちゃんは」

 ルーシーが不安そうにさーさんの服の裾を引っ張っているが、さーさんは気負った様子が無い。

 闘技場の中心にある円形のリングに上がる戦士たちは、みな体格が良く見た目にも迫力がある。

 ちなみに、今回の武闘大会に限り無差別級――つまり、男女、種族関係無しの大会だ。


 なぜならこの大会の優勝者は、火の国における一年間の『国家認定勇者』になれる。

 そのため、全ての希望参加者にチャンスが与えられているのだ。

 そして参加者は、国中だけでなく国外からも栄誉と名声を求め参加してくる。

 

 会場では、大会の実況者が次々に参加者の名前を読み上げている。

 その度に大きな歓声が上がるのは、おそらく有名な戦士だからだろう。


「それにしてもこれほどの大会なのに、参加者が32名とは少ないですな」

「旦那様、違いますヨ。すでに予選大会が行われています。申込者は一万人を超えていたそうデス」

「なんと」

「え、まじで?」

 ニナさんとふじやんの会話に、俺も驚いて声を上げた。


「さーさん、予選大会なんて出てたの?」

「ううん、出てないよ。エントリーシートに名前を書いただけだよ」

 おや、何でだろう?

 

「勇者マコト。どうやらアヤさんは水の国の勇者の仲間ということで、特別枠として本大会のメンバーに選ばれたようです」

 ソフィア王女が、硬い表情で教えてくれた。


「んー、それってもしかして……」

「おそらく火の国の思惑があってのことでしょう。もしアヤさんが自主的に参加しなければ、何かしらの理由をつけて勇者マコトが参加することになっていた可能性が高いですね……」

「大会で水の国の勇者を負かして、火の国の戦士の強さを知らしめるというわけですか」

 つくづく目をつけられたもんだなぁ。

 俺はため息をついた。



 ――続いて、水の国の代表『佐々木アヤーーー!!』



 さーさんの名前が呼ばれた。

 頑張って、と声をかけようとして、周りの空気が一変したことに気付いた。


「引っ込めー!」「八百長野郎!」「Boo!」「さっさと負けろやー!」「予選を勝ち抜いた連中に悪いと思わないのかー!」「恥を知れ!」

 一斉にブーイングが巻き起こった。


「な、なによ! これは!」

 ルーシーが憤慨する。

「アヤさんが、予選を戦わずに本大会へ出たという情報が漏れています。情報元は、おそらく火の国の上層部の仕業でしょう」

 悔しげにソフィア王女が唇をかんだ。

「グレイトキースの武闘大会の決勝トーナメントは、出場できるだけで戦士にとって最高の栄誉と言われています。並みの戦士では、予選を勝ち残ることすらできませんから……その妬みがあるのでショウ」

 かつて火の国で戦士をしていたニナさんが言うと、説得力があった。


「な、なぁ……さーさん。こんな雰囲気だし棄権したほうが」

 俺はさーさんが心配になり、声をかけたがその視線は闘技場の最上階のVIP席に向けられていた。


 そこに座っているのは、グレイトキースの国王やその回りには、国内、国外からの貴族たち。

 いつか太陽の国で見た、四聖貴族らしき人々の姿も見える。

 ジェラルドさんは……居ないか(よかった)。


 さーさんの視線の先には、興味が無さそうに大きく欠伸をしている浅黒い肌に黒髪の女勇者オルガ・ソール・タリスカーが胡坐をかいて座っていた。


「大丈夫だよ、高月くん。私の目標はあいつをやっつけることだから」

 振り返ったさーさんは笑顔だった。

 棄権する気は、さらさら無さそうだ。


「わかった、でも無理しないようにね」

「うん!」

 素直に応援しよう。

 それからソフィア王女、ルーシーの近くに行って告げた。


「ソフィア、ルーシー。さーさんの応援、お願いしますね」

「任せといて! マコト」

「わかりました、勇者マコト。もしアヤさんが負傷したら水の国の回復士に治させます。大会側が回復士を用意していますが、火の国の息がかかっていますから、万が一に備えます」

 いやー、この調子だと普通になんかしてくると思うな。

 ソフィア王女の心遣いが助かる。


「ねぇ、高月くんは蛇の教団の討伐でしょ。そっちこそ気を付けてね」

 逆にさーさんが心配げな視線を向けてくる。

 そう、蛇の教団の集会が開かれるという日が、奇しくも武闘大会当日だった。

 偶然だろうか?


(いや多分、あえて狙ってきた気がする……)


 太陽の国で光の勇者の団長就任式を狙ったように。

 みんなの意識が別の方向に向いている時、裏から工作をしてくる手口。

 今回も例の大司教イザクが絡んでいるのだろうか?

 

「じゃあ、行ってくるね!」

 さーさんは武闘会のリングへ向かって走っていった。

 俺はふじやん、ニナさん、ソフィア王女、ルーシーに目を向け……不機嫌そうにストローを咥えているフリアエさんに話しかけた。


「やあ、姫も応援頼むよ。でも、調子が悪いなら先に逃げてもよかったのに」

 王都が滅びる未来を視て以来、フリアエさんは外に出たがらなかった。

 少し精神的に不安定そうだったので、先にマッカレンに戻ることも提案した。

 が、結局火の国の王都に残った。


「嫌よ。一人で尻尾を巻いて逃げるなんて。それに、私の騎士や他の人たちは逃げないんでしょ。だったら、あんたが未来を変えなさい」

「ああ、わかった」

 俺はフリアエさんなりの激励と受け取って、頷いた。


「行きましょう、勇者マコト殿」

 守護騎士のおっさんが、俺を呼んだ。

 今回の蛇の教団の討伐に、ソフィア王女の守護騎士のおっさんと、護衛の上級騎士の何名かを借りることになった。

 流石に、勇者一人で行ってくる、というのは無しらしい。


(……頑張って。さーさん)


 未だ、ブーイングが続く武闘大会会場を後に、俺たちは討伐隊との待ち合わせ場所に向かった。



 ◇



「お待ちしておりました。あなた方が水の国の勇者殿の部隊ですね」

「その通りだ。そなたがタリスカー将軍が仰っていた、特殊部隊ですな」

 火の国の騎士と、守護騎士のおっさんが話している。

 二人とも大仰な鎧は来ておらず、武装は最低限だ(俺はもともと軽装)。

 ぱっと見は、冒険者か傭兵みたいに見える。


 今回の作戦は、蛇の教団に気付かれてはならない。

 そのため、今回用に作った十数名単位の特殊部隊を組み、目標地点を目指すことになっている。

 目の前の若い火の国の騎士は、その案内役だ。


 しばらく案内係の騎士についていくと、街が寂れていく様子に気付いた。


「このあたりは貧民街と呼ばれています。王都ガムランではもっとも治安の悪い地域です」

 案内役の騎士が言った。

 何と言っていいかわからず、とりあえず頷いた。

 街の住人を見ると、なるほど衣類はボロイものが多いし、子供は裸足だ。

 まだ太陽も登っていないうちから、泥酔しているものや、賭け事に興じている者もいる。

 貧民街という言葉には、違和感がなかった。


(ただ……なんか、住人は元気そうだな)


 太陽の国の最下層の街と違うのは、身なりは質素だが皆顔に生気があった。

 種族はバラバラで、人間も獣人もドワーフ、エルフなんでもありだ。

 もしかすると魔人族も居るのだろうか?


 道中は特に問題は起きなかった。

 途中、悪ガキや物乞いが、何かよこせと絡んできたが、案内役の騎士が何かのマークを見せると青い顔で散っていった。


「さっきのは何ですか?」

 俺が気になって質問すると、若い騎士が答えてくれた。


「勇者殿、この『執行騎士』の紋章を見せたのですよ」

 手に持っているのは『本と剣を持つ女神』の模様が入った紋章だった。


「ほう、その若さで『執行騎士』とは優秀ですな」

「いえいえ、祖父の代からずっと同じことをやっているだけです」

 守護騎士のおっさんが感心したように褒めると、その騎士は少し照れながら笑った。


 執行騎士とは、――一言で言うと、警察と裁判官を合わせたような職業だ。


 その権限は大きく、罪人を摑まえることは勿論、その場でこともできる。

 恐ろしいことだが、執行騎士が『おまえ、罪人な』と言って相手を切り捨てても合法なのだ。

 悪ガキが逃げたのは、もっともだ。

 

 ちなみに執行騎士は、火の国特有の職業ではない。

 どの国にも居るらしい。

 太陽の国が最も多く、水の国も少なからずいるそうだ。

 執行騎士の資格を得るには、正義と勝利を司る『太陽の女神アルテナ様』の加護が必要であり、厳しい試練と試験を乗り越える必要があるとか。

 つまり目の前の若い騎士は、エリート中のエリートなのだ。


「勇者殿、入り口に到着しました」

 しばらく歩き、人通りの少ない裏路地から寂れたゴミ集積所のような場所に到着した。

 執行騎士さんが指さす方向には、石造りの門と、地下へ続く階段が見えた。


「これは火の国の地下墓地への入口ですぞ、勇者殿」

「火の国の日中は、暑いですから。死者には涼しい場所で穏やかに眠ってもらいたいという、我が国の風習です」

「へぇ……」

 守護騎士のおっさんと執行騎士さんが教えてくれた。


「暗いですから、お気をつけて」

 俺たちはゆっくりと地下へ続く階段を下りた。


 

 地上の暑さが嘘のようで、地下はひんやりした空気が満ちていた。

 地下通路は、完全な密閉空間にしないためか所々に空気穴らしきものがあり、光が漏れている箇所もあるが、ほぼ暗闇だ。

 俺たちは『暗視』スキルを使い、闇の中を進んだ。


 通路の両脇には、どこまでも墓標が続いている。

 今は、昼間だし団体なのでそれほど怖くは無いが、深夜に一人で来たいか? と聞かれると自信を持ってNOと言える。


「この地下墓地は、どこまで続いているんですか?」

 しばらく歩いても一向に終わりが見えない墓地に思わず執行騎士の人に質問してみた。

「この墓地と通路は、王都の外まで続いています。もしも王都が陥落した時の非常脱出経路の一つなんです。そのため迷路のような作りをしていますから、お一人では来ないほうがよいですよ」

 うん、絶対に行かない。

 

「火の国の騎士は、この地下通路の地図を全員頭に叩き込まれます。紙の地図を持つことは許されません。理由は……わかりますよね?」

 執行騎士は、意味ありげに微笑まれた。


「敵に奪われると、死活問題ですよね」

 なんせ王都の外からこっそり内部に入れる通路なのだ。


「ええ、メモを取っただけで厳罰に処されます。その罰がユニークでしてね。もしも紙に地下通路の地図を書いて保持していた兵士が見つかったら、地下通路の最も奥深くに一人で放置され、自力で戻ってこいというものです。恐ろしいでしょう?」

「「「……」」」

 ブラックジョークだろうか?

 俺や守護騎士のおっさん、水の国の騎士さんたちは顔を見合わせた。


「も、戻ってこれなかったらどうなるんですか?」

 一番気になる点を質問した。

 その問いに執行騎士さんは、視線を外に逸らした。


「ほら、あちらにある墓標が火の国の新人騎士のものです。年に一度は、戻ってこれない兵士が居て……その人を弔うのも新人の役目なんです。私も昔は憂鬱でした」

「「「……」」」

 水の国の民は、ドン引きである。

 火の国の軍人、スパルタ過ぎだろ!


「なんて、冗談ですよ」

「え?」

 俺たちの表情を見て、執行騎士さんが肩をすくめた。

 

 ど、どこまでが冗談?

 さっき指さした墓標が新人騎士のものっていうのが冗談なのか。

 罰の内容が冗談なのか。


(深く聞くのは止めておこう……)


 俺たちはその後、無言で進んだ。



 ◇



 地下墓地の奥は、まさに迷宮ダンジョンだった。

 墓標は無くなり、左右上下に通路が続く。

 途中何度も分かれ道があり、初見だと絶対に道に迷うと確信できた。


 ちなみに『RPGプレイヤー』スキルの一つである『地図』スキルはフル稼働している。

 万が一、今回の蛇の教団の討伐が嘘で、俺や水の国の騎士を地下迷宮に閉じ込めるという罠だったら……流石に、無いと思うが。



「誰か居ますね」

 執行騎士が静かに、手で合図した。

 全員、足を止める。

 

 曲がり角の長い一本道の先。

 暗闇の奥を『暗視』スキルで見ると、確かに何者かが立っている。

 場所柄、不死者アンデッドの可能性もあるが……。


「蛇の教団の者ですね。おそらく見張りでしょう」

 執行騎士さんは、相当目が良いらしい。

 なんでも、夜目が効く獣人族の血が混じっているそうだ。

 ちなみに、火の国は強さ至上主義なので獣人族であっても強ければ差別はあまりされないらしい。


「困りましたな、この先は一本道。迂回するにも相当時間がかかる」

 執行騎士の言葉に、おっさんが腕組みをする。 

 執行騎士は、慌てず魔道具を取り出した。

 見た目は、砂時計のように見える。


「見張りが居ることは予想通りです。そして、地下迷宮の構造上それを排除することが難しいこともわかっていました。そのため、蛇の教団の集会予想場所付近に見張りが居た場合、この砂が落ち切った時に一斉に奇襲をかける計画です。それならば、見張りに見つかっても問題ない」

「なるほど」

 執行騎士の語る作戦に、おっさんが頷いた。

 では、しばらく待機の方向になりそうだが。


「見張りを無力化してみませんか?」

 今までただ、ついていくばかりで役に立っていなかったので、提案してみた。

 が、執行騎士と守護騎士のおっさんが怪訝な顔をした。


「流石に気付かれずに、見張りを倒すのは無理でしょう」

「ここから見張りまで百メル以上の距離があります。絶対に見つかりますよ」

 予想通り反対にあった。


「では、目に見えなければいいですよね」

 俺は落ち着いて、答えた。



 ◇



「寝てますね……」

「こんな、あっさりと……」

 俺たちは見張りの近くまで寄ってきたが、蛇の教団の者は深い眠りについていた。

 ちなみに、見張りは二人いたがまとめて眠らせた。


「水の国の勇者殿。先ほどの技は初級水魔法の『霧』ですか?」

 執行騎士さんが、興味深そうに俺の手に持った小瓶を見つめている。


「ええ、この瓶に入った水を霧状にして見張りに吸ってもらいました。この瓶の中身は、企業秘密です」

 実際は、月の巫女フリアエさんが睡魔の呪いをかけてくれた水だ。


「あれほどの距離で、相手に気付かせず無力化するとは! いやはや、素晴らしい」

 守護騎士のおっさんは素直に喜んでいる。

「……面白い技です。参考になりますね」

 かたや執行騎士の視線が、一瞬、鋭くなった。

 が、すぐに穏やかな表情に戻る。


「勇者マコト殿のおかげで、前に進むことができます。蛇の教団の者は拘束して、一名騎士に見張らせます。我々は先に向かいましょう。目標地点ゴールが近い」

 俺たちは静かにうなずいた。



 その後、会話もなくゆっくりと暗い通路を進んだ。

 案内をする執行騎士の表情が緊張している。

 おそらく、目標地点はすぐ近くだ。 


 しばらくすると通路の先に、赤い光が見えて来た。

『千里眼』スキルで確認すると、それが炎の明かりであることがわかった。


「居ますね」

「ええ、ここが蛇の教団の集会場所で間違いないでしょう」

 俺たちは、近づき過ぎないように注意して待機をしようとしていた。

 砂時計が落ち切るには、少し時間が残っている。

 が、執行騎士さんの目が驚愕したように見開かれた。

 

「ば、バカな!」

 突然、執行騎士が走り出した。

 え? 待機のはずでは?


「勇者殿、どうしますか?」

「彼について行こう」

 俺や守護騎士のおっさんは、状況が呑み込めなかったが兎に角後に続いた。


 そこは、地下に似つかわしくない巨大な円形の劇場ホールのような場所だった。

 劇場ホールの周りには、松明が燃えており、中の様子を赤く照らしていた。



 最初、俺はそれが何かわからなかった。


 床一面に、ナニカが敷き詰められているのだと思った。


 そこには、折り重なるようにして――数百人の人間が横たわっていた。

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