162話 高月マコトは、将軍に招かれる

「こちらです、勇者殿」


 俺は守護騎士のおっさんに案内され、大きな屋敷の前に到着した。

 グレイトキース城からほど近く、周りは大きな家が多い高級住宅街であるが一線を画す豪華な宮殿のような屋敷だった。

 巨大な門の奥には、広い庭園と噴水が見える。


(水の精霊が居る)

 何かあっても、最悪身を守ることはできそうだ。


「ようこそ、おいで下さいました。主人がお待ちです、ご案内いたします」

 中から執事らしき男が出てきた。


「それでは勇者殿」

「ありがとう、おっちゃん」

 俺はおっさんに御礼を言って、一人屋敷の門をくぐった。

 どうやら将軍は、俺一人に話があるらしい。 


(……気が乗らないなぁ)


 偉い人や有名人との謁見は、ふじやんやさーさん、ルーシーと一緒が多かった。

 大体の会話は、慣れてる人に任せて俺はそんなに喋る機会は無い。

 ノエル王女は話しやすかったが、あれも桜井くんが居てこそだろう。


 俺は『明鏡止水』スキルを最大にして、緊張しながら屋敷を案内された。

 屋敷には、様々な彫刻やら絵画が飾られており、価値はわからないがこの屋敷の主人の財力が相当なものであることが伺えた。

 

 執事の男に案内された先は、部屋の中でなく屋敷の中庭だった。

 中庭には小さな舞台があり、そこでは薄布を纏った踊り子が、楽器の奏でる音楽に合わせ華麗な踊りを披露していた。

 舞台の周りを松明が囲ってあり、非日常な空間になっている。


「どうぞ、あちらへ」

 執事が手で示す先には、先日会った時よりラフな格好のタリスカー将軍が、周りより三段ほど高くなっている高座に腰かけて、こちらを見下ろしていた。

 将軍の周りには、豪華な料理や山盛りのフルーツが置かれ、左右には美しい女性を侍らせている。

 

(THE・権力者!)

 絵にかいたようなお偉いさんだ。


 ――ゲーアハルト・タリスカー大将軍。


 火の女神の勇者オルガ・ソール・タリスカーの父親であり、グレイトキース国軍のトップ。

 火の国グレイトキースにおいて、国王に次ぐ権力者である。

 国王とも親しいらしい。

 この国に居る限り、逆らってはいけない人物だ。


「……この度はお招きいただき」

 俺はソフィア王女に教わった通り、高座の手前で跪いて挨拶をしようとした。


「勇者殿、そうではない」

 突然、将軍が立ち上がり俺の手を引いて高座の一番上まで連れられた。

 そして、将軍の隣に座るよう促される。


「今宵は勇者マコト殿こそが主賓。上座を空けて待っておりました」

 先日よりもフレンドリーな口調。

 しかし、その目は笑っておらずこちらを観察する鷹のような眼だ。


「ありがとうございます……」

 俺は緊張しつつ、促されるままに隣に座った。


「酒と料理を勇者殿に。音楽と舞踊で盛り上げよ」

 将軍が命じると、音楽が激しくなり踊り子ダンサーが激しく煽情的に舞う。

 俺の両脇に露出の多い女性がさっと現れ、俺に酒を注いできて、料理を箸で口まで運んできた。

 お、落ち着かん!

 流石に料理は自分で食べると告げ、酒は度数の弱い果実酒を少し注いでもらった。

 しばらくは、料理や踊りについて聞かれたので、適当に褒めたり驚いたりしていた。



 ◇



「勇者マコト殿。この度は砂竜の巣の討伐、感謝いたします」

 宴から少し経って、タリスカー将軍が砂竜の話題を振ってきた。

 多分、これが本題だ。


「いえ、たまたまなので……」

 俺は、さーさんが砂竜の群れを倒すのに立ち会っただけである。


「それにしても、勇者マコト殿は魔法使いと聞きましたが、戦士としても一流のご様子。討伐された砂竜は、魔法でなくみで倒されていた」

「……」

 それさーさんが、素手で全部ぶん殴ったからです。

 とは、言えない。


「普段は短剣しか持ち歩いていないようですが、本来の武器は違うのでしょう?」

 将軍が確信めいた口調で問うてくる。

「さて……どうでしょう」

 短剣より重い得物は持てないんですよ(ステータス的に)。

 とも、言えない。

 なんか、黙ってばっかりだな。


 タリスカー将軍は、俺の返事が要領を得ないこと自体は特に気にしていない様子だった。

 隠し事をしていると思われてるんだろうなあ。

 全部さーさんがやったんです、って言えれば早いんだけど。


「勇者様、あの恐ろしい魔物を倒されるだなんて……なんて頼もしい御方」

「私、子供の頃から砂竜には怯えていたんです。それを倒してくださるなんて……私に御礼をさせてくださりませんか?」

 突然、両脇の女性が俺にしな垂れかかってきた。

 二人とも露出が多いので、必然的に肌が密着する。

 落ち着かないので離れたいのだが、両脇を固められているので逃げられない。

 

「おや、その二人は勇者殿が気になる様子。もしお気に召したなら、朝まで傍に付けさせますが」

 将軍がデザートでも勧めるように言ってきた。


「私、勇者様の言うことなら何でもしますからね?」

「あら、私だってそうよ。ねぇ、マコト様はどんなプレイがお好き?」


 ん? 今何でもするって……って、そうじゃない!


(マコト~、大丈夫?)

 ノア様から呆れた口調でツッコまれた。

 わかってますって。



『タリスカー将軍のハニートラップに引っ掛かりますか?』


 はい

 いいえ ←



『RPGプレイヤー』さんまで、ご丁寧にハニートラップって注意してきてるし!

 

「タリスカー将軍、ありがたい御言葉ですが、今日は帰らないといけないので」

 やんわりと断った。

 こんな言い方でよかったのだろうか?


「お気に召しませんでしたか。その二人は王都でも一二を争う美女と呼ばれておるのですが。もしや激しい女がお好みでしたら、あちらの踊り子はいかがかな」

 いや、そういう話じゃないから!?

 と思ったが、念のため踊り子のほうも見るとこちらへ魅惑的な笑顔を向けている。

 きっと水の国の勇者を、誘惑するように言われているのだろう。

 改めて両脇の女性を見ると、なるほどかなりの美人だ。


(ただなぁ……)


 俺はもともと綺麗な女性が苦手だ。

 という話を昔、ふじやんや桜井くんにしたら「「え”!?」」と引かれた。

 いや、ホモじゃないって。

 誤解は解いた。


 そうではなく、人見知りなので知らない人は全般苦手なんだが、美人だと更に緊張する。

 昔からの友達のさーさんや、一緒に冒険しているルーシーが例外なだけで。

 最近、ソフィア王女には比較的慣れてきた。

 そんなんだから、未だに童貞なんだろう。


 フリアエさん?

 スキルが無いと目も合わせられないレベルです。

 そして今も安定の『明鏡止水』スキル99%である。


 俺は『RPGプレイヤー』スキルの視点切替を使って、周りを見渡した。

 タリスカー将軍が用意したであろう数多くの美女たち。 

 美人なんだけど、美人だからこそ話すだけで気疲れする。

 あとついでに言うと、比較するのも恐れ多いが『神界一の美姫女神ノア様』を思い浮かべると。


(すっぽんだなぁ……)


 失礼な言葉が出てきてしまった。

 俺の冷めた表情を見て、これはいかんと思ったのか

「勇者殿の酒が進んでおらん。あの三十年モノの葡萄酒ワインを用意しろ」

 将軍が、酒と食べ物で釣る方向に変えたようだ。

 

 最高級の葡萄酒ワインは、滅茶苦茶美味しかった。



 ◇



「私もご一緒していいですか、タリスカーおじ様、水の国の勇者様」

 宴もたけなわという頃、一人の女性がやってきた。


 一見、グレイトキース特有の薄手の衣装を着た美女だが、立ち振る舞いや装飾の豪華さが他の女性と明らかに違っていた。

 そして、俺は彼女をどこかで見た覚えがある。 


「ダリア殿。公務はよろしいのか?」

 将軍の言葉で思い出した。


 ――火の女神の巫女ダリア・ソール・グレイトキース。


 先日、ソフィア王女と会話していた火の国の巫女だった。


「仕事ですよ、火の女神様から助言がありました」

 相変わらず笑顔のようで、目が笑っていない表情で火の巫女が淡々と告げる。


「おまえたちは、離れよ」

 将軍は、近くにいる給仕の女性に人払いを命じた。

 火の巫女の周りには、俺とタリスカー将軍だけになる。

 音楽と舞踊は続いており、この騒がしさだと確かに近くに居なければ会話は聞き取れない。


「火の女神様はなんと?」将軍が言った。

「王都ガムランに潜む蛇の教団が、よからぬことを企んでいるそうです」

「その情報は、私も得ている。しかし、末端のものを捕らえても計画の全容を把握している者が居ない。おそらく首謀者のみがそれを知っているが、まだ蛇の頭が見つからぬ」

 火の巫女の言葉に、将軍が低い声で告げる。

 先ほどまでの宴の空気は消え、剣呑な空気が支配していた。


「確かに……首謀者はわかりません。しかし、私は彼らの企みを知ることができました」

 初めてにぃっと素敵な笑顔で火の巫女が笑った。


「教団の連中は、階位が上がるほど口が堅い。末端のものは何も知らないか、偽情報を持たされている。信用できる情報なのかな?」

「数年前から蛇の教団の中に、神殿騎士を潜ませています。潜入がばれて命を散らせてしまった者も少なくありませんが……、今回は役に立ちました」

 敵対組織に潜入!?

 この巫女さん、やることがえげつない。

 俺の視線に気づいたのか、火の巫女ダリアはこちらを見て微笑んだ。


「全ては火の国の平穏のためですよ」

「そうですか……」

 水の国ローゼスに足りないのは、この辺の冷徹さなのかもしれない。

 でもソフィア王女が、こういう裏工作しているイメージが沸かないなぁ。


「して、その計画とは?」

 将軍が火の巫女に話の続きを促す。


「三日後、王都の端にある地下墓地。その奥が教団の隠れ集会所になっています。普段は、ほとんど使われていませんが、その日は我が国に潜む蛇の教団の関係者が揃うはずです。そこを一網打尽に……連中を皆殺しにしましょう」

「わかった。連中に気付かれぬよう準備しよう」

 火の巫女の言葉に、あっさり頷く将軍。

 淡々とした口調が恐ろしい。


「すいません、お邪魔をして水の国の勇者様」

「いえ……」

 正直、聞いていてよかったのか? と思うレベルの話だったが。

 国家機密レベルの話なのでは?


 そろそろ挨拶して帰ろう。

 そう考えていると、将軍がこちらへ真剣な表情で見つめてきた。

 

「勇者殿、できれば三日後の蛇の教団の討伐、あなたの力をお借りしたいのだが」

「あら、それは名案ですね! 将軍」

「!?」

 予想外だった。

 が、タリスカー将軍は俺がどうやって砂竜を倒したか知りたがっているようだし、火の巫女もどうもこっちを品定めしている気配がある。

 想定できる事態だったか。


 タリスカー将軍と、火の巫女が観察するような視線を向けてくる。

 


『蛇の教団の討伐に参加しますか?』


 はい

 いいえ



『RPGプレイヤー』スキルが選択肢を表示する。


(うーん、どうする?)

 

 フリアエさんが視たという王都の破滅の『未来視』を防ぐには、ここに乗っかるべきだろう。

 だが、火の国は自前で情報収集をしており、さらに万全で行動に移ろうとしている。

 今更、俺一人が参加して何か変わるのだろうか?

 

 が、一応俺は水の国の『国家認定勇者』だ。

 火の国と水の国は、隣国であるため交流は多い。

 その隣国の頼みを無下に断るというのは、政治的にNGなのかもしれない。

 が、ここで俺一人で決めてしまっていいものか……




「勇者マコト、タリスカー将軍から何か要求があれば、どう答えるかはあなたの判断でかまいません」

 ここに向かう前、ソフィア王女は俺にそう言った

「いいんですか?」

 俺は政治や交渉には素人なんだけど。


「良いのです。私はあなたが決めた選択肢を信じます」

「へぇ、なんで? ソフィア王女。マコトって実は考え無しの時も多いわよ?」

「ソフィーちゃん、高月くんってたまに変な行動することあるからね。信じすぎると危険だよー」

 信じると言ってくれたソフィア王女に比べて、仲間二人の信頼が厚い(駄目な方向に)。

 当たってるんだけどね。


 その時、ソフィア王女は笑って言った。 


「私が勇者マコトを信じると決めたからです」




 ――ソフィア王女の言葉が蘇った。


 俺がいつも通りに選ぶとしたら。


「わかりました、俺も同行します」


 俺は、『はい』を選択した。

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