161話 高月マコトは、迫られる
「勇者マコト」
俺はソフィア王女の部屋に連れこまれ、名前を呼ばれた。
「は、はい」
いつにも増して視線が冷たい。
ソフィア王女は、
つい先ほどまで、ソフィア王女はグレイトキース城へ行き、火の国の重鎮から情報収集をしていた。
比べて俺は、昨晩はさーさんと二人で出かけ、朝帰りをして。
さっきは、寝起きに際どい服装のルーシーとベッドでイチャついていた。
つまり――クズである。
「グレイトキース城での話を、お伝えします」
さあ、どんな叱責を受けるかと怯えていたが、ソフィア王女の口からは真面目な言葉が飛び出した。
「
「ちょっと、待ってください。俺は何もしてませんよ?」
ただ、逃げ回っていただけだ。
砂竜を倒したのはさーさん一人である。
虚偽報告になってしまうのでは?
「勿論、私はあなたの話を信用しています。が、それとこれとは別です。
「……すいません、俺が間違ってました」
確かに、どんな外道勇者だよ、そいつ。
俺だけど。
実際は、ただの足手まといだったわけですが。
「それからあなたが奴隷市場で聞いたという『蛇の教団』が奴隷を大量購入しているという件も伝えました。その話をした時、タリスカー将軍が『水の国の勇者は奴隷市場に来ていないはずだが』と少し怪しんでいましたね。どうやら、あなたの動向は見張られているようです」
「変装して正解でしたね」
やっぱりそのままの恰好で行かなくて良かった。
「とはいえ、深夜の奴隷市場に潜入するのは危険です。次は控えてください」
「は、はい」
ちょっと、軽率だっただろうか。
今のところ火の国には気づかれていないようでよかったけど。
次はやめておこう。
「ですが、奴隷になってしまった勇者マコトとアヤさんの友人は心配です。私からも掛け合ってみたのですが……」
「どうでしたか?」
俺は期待しつつ返事を待ったが、ソフィア王女の口調は重かった。
「あなたの友人、河北ケイコさんを買い取ろうとしている貴族は、彼女をいたく気に入っているそうで、手放すつもりはないそうです……」
「そう……ですか」
「その貴族、ブナハーブン家の三男は特に強い女戦士や女魔法使いを集めて女ばかりの軍隊を作るのが趣味だそうで」
「なんて……やつだ!」
自分より強い女性を集めてパーティーにするなんて。
俺は憤った。
「……」
ソフィア王女が白けた顔でこっちを見ていた。
あれ、変な事言ったか?
(マコトのパーティーも似たようなものじゃない)
あ、ノア様だ。
少し久しぶりな気がする。
(悪かったわね、少しエイルの頼みで手伝いをしてたのよ)
そういえばエイル様の声も最近聞いて無いなぁ。
(はあ? 私の声だけじゃ、不満だって言うの!?)
(そ、そんなこと言ってませんから)
最近、いっつも
俺は、ノア様一筋です。
(よろしい)
女神様の信頼が回復した。
「勇者マコト?」
「いえ、なんでもありません。では、河北さんを解放してもらうのは骨が折れますね」
いかん、ソフィア王女が目の前にいるんだった。
「ええ……そうですね。引き続きローゼス王家からもかけあってみます」
「それは、助かります」
「……」
「……ソフィア?」
会話がとまった。
どうしたのかな? と思ったら――手を引っ張られた。
部屋の奥にあったフカフカのソファーに座らされる。
俺が座ったすぐ隣、肩が触れるか触れないかくらいのところにソフィア王女が座った。
ソフィア王女の髪から、ふわりとした甘い香りが鼻に届いた。
「勇者マコト」
部屋に入った時と、同じように名前だけを呼ばれた。
「は、はい」
その時と違うのは、さっきはソフィア王女の顔が一メートルくらい先にあり、今は15センチくらいしか距離が離れていないことだろうか。
じっとこちらの目を、ソフィア王女の濃い青い瞳が見つめてくる。
しばらく無言が続き、唇が開いた。
「ところで、昨晩はアヤさんと朝帰りでしたね」
「……はい」
「先ほどは、ルーシーさんと仲良くしていましたね」
「……………………ハイ」
甘かった。
仕事の話だけ、ではなかった。
やはり、キツイ罰が……。
「やはり、いつも近くに居るほうが良いのでしょうか」
ソフィア王女の声は、怒った声ではなかった。
肩が触れるかどうかの位置にいたソフィア王女が、そのまま寄りかかってきて俺の肩に頭を乗せた。
「ソフィア?」
「木の国でも、稲妻の勇者の妹に言い寄られていたそうですし」
「言い寄られてないですよ? 誰ですか、そのガセ情報を流した奴は」
よりによってソフィア王女に、なんてことを言うのか。
「
「え、エイル様?」
なに言ってんの、あの女神!
「
「色々間違ってるよ、ソフィア」
自分とこの巫女に、なんちゅうことを伝えるんだ、あの女神は。
気が付くと、身体に寄りかかられたまま俺がソファーに押し倒されるような位置関係になった。
俺が上向きに寝転び、その上にソフィア王女が身体をあずける。
すぐ目の前、息がかかりそうな距離にソフィア王女の彫刻のように整った顔があった。
いや、頬が少し赤らんで彫刻のような無表情では無い。
上目遣いで、少し睨むように言った。
「寂しかったんですよ?」
目を少し潤ませ、ポツリと呟くソフィア王女は、眩暈がするほど可愛かった。
(これは……)
思わず抱きしめようと、腕をソフィア王女の肩の後ろに回した。
その時――
「マコくん! 大変よ」
ソフィア王女の目が金色に輝き、いきなり口調が変わった。
(は?)
◇
さっきまでの空気が霧散した。
目の前のソフィア王女は、瞳の色以外いつも通りだが発する
肌を突き刺すほど、ヒリヒリとした
「え、エイル様?」
魔王や大賢者様ですら霞むほどの、威圧感。
何より俺を『マコくん』と呼ぶのは、水の女神様だけだ。
「あら?」
そこで俺がソファに横になり、その上にソフィア王女が迫っていることに気付いたようだ。
「もしかして、お邪魔だった?」
「たぶん」
あちゃー、という顔をするエイル様。
「しまったなぁ、ソフィアちゃんが勇気を出してるところだったのに」
「エイル様、変な事を吹き込み過ぎです」
「でも、あの子奥手だから、後押ししないと」
だからって、押し倒せは言い過ぎでは?
まあ、実際のところ有効だったわけですが。
女神様の助言、的確過ぎっ!
「それより、何か緊急の用事では?」
話題を戻そう。
「そうそう! 大変なの、実は火の国に危機が迫ってるの!」
「それって、フリアエさんが言ってたやつですかね」
(エイル~、どうやら月の巫女経由ですでにマコトたちは何か知ってるみたいよ?)
会話にノア様まで入ってきた。
「ええ~、マコくんに恩を売る機会が!」
「俺たちも原因を探ってるんですよ。何か知りませんか?」
(それがね、今回の教団はとにかく『聖神族』サイドに情報を漏らさないらしいの。おかげで、私の精霊まで手伝いをさせられたわ)
エイル様にノア様、返事が無いと思ったらそんなことをしてたのか。
「結局、原因はわからなかったんですか?」
(ま、そーいうことね)
困ったな。
頼みの綱だったんだけど。
うーむ、とエイル様(ソフィア王女)が顎に手をあてて考えこんでいる。
似合わないなぁ。
「地下が怪しいわ」
「漠然とし過ぎてません?」
エイル様が、突然言い出した。
(マコト、蛇の教団は悪神ティフォンを信仰しているわ。それだけじゃなく、連中は悪神へ祈りをささげるための神殿をどこかに隠しているはず。おそらく、人目に付かない地下に神殿を築いていると思うの)
ノア様の補足説明で、合点がいった。
「なるほど。では、蛇の教団が居る地下神殿を探せばいいわけですね」
それならわかりやすい。
けど……。
「火の国の王都ガムランって結構広いんですよね」
また、火の国は貿易が盛んで他大陸から来た商人も多い。
様々な文化がカオスに混じり合っている。
住居が身分ごとに整然と区画分けされていた太陽の国とは対照的だ。
情報収集は、骨が折れそうだ。
(ねぇ、エイル。
おお、確かに。
ここは火の国。
ならば、そこを治める女神様に聞くのが一番だろう。
「
ソフィア王女の顔をしたエイル様の表情から、気乗りしない様子が伺えた。
(
ノア様の意地悪な声が聞こえた。
「えっ? そうなんですか?」
「ち、違うから! 女神同士はみんな仲良しです! ……そんな噂広まったら、アルテナ姉さまに殺されるから」
エイル様から本気で怯えた声で、否定してきた。
あまり深く問いただすのは止めておこう。
「ま、まあ最後の手段で
相性悪いって言っているし。
やっぱり、あんまり仲良くないんだなぁ。
いらん知識が増えてしまった。
「刹那で忘れていいわよ、マコくん」
(エイルのことは、放っておきなさい。ま、お仲間のふじやんくんとか、ソフィアちゃんの人脈を使えば地下神殿くらいなら見つかると思うわ。問題は、教団の連中が何を企んでいるかね。女神の目を誤魔化してまで、何か大掛かりなことをしようとしている……。気をつけなさいよ)
ありがたい忠告に、頷く。
「わかりました、ノア様」
(じゃあね、マコト)
最後はあっさりと、ノア様の声は聞こえなくなった。
「それじゃあ、私も消えるから後はソフィアちゃんと、仲良くねぇ~」
ふらっと、ソフィア王女が倒れこんでくる。
「おっと」
慌ててソフィア王女の柔らかい身体を受け止める。
「……ん」
ソフィアが目を覚ました。
「あら、……私は一体」
「お疲れだったんでしょう。寝てしまっていましたよ」
「そんなはずは……、まさかエイル様が……」
あ、バレてますね。
「「……」」
それは、そうとして俺は相変わらずソフィア王女の柔らかい身体に下敷きにされており動けない。
どうしようかと、思案していたら、
……コンコン
ドアがノックされた。
俺とソフィア王女は、ぱっと距離を取る。
「誰ですか?」
「私です、ソフィア様。伝言がございます」
「入りなさい」
ソフィア王女は、衣類と髪の乱れを一瞬で整え、いつもの口調で応答した。
流石だ。
入ってきたのは守護騎士のおっさんだった。
「お二人きりの所、お邪魔してしまい申し訳ありません」
「……それはよいので、用件を」
おっさんがちらりと俺のほうを見て、詫びの言葉を述べた。
言葉にされると、かえって気まずいんですけど。
ソフィア王女も、若干、無理に無表情を作ってるっぽい。
守護騎士のおっさんは、真面目な表情を崩さず、本題に入った。
「タリスカー大将軍が、
その言葉に、ソフィア王女の眼つきが鋭くなった。
以前に言われた通り、火の国の上層部から呼び出しがかかったらしい。
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