160話 高月マコトは、朝帰りする
「ただいまー」
「うぅ~、お風呂入りたいよぅ……」
ボロボロになった俺とさーさんは、朝日が昇り昼前になって宿へ戻ってくることができた。
最も、ボロボロな理由はまったく異なるんだが。
砂竜の攻撃を『回避』スキルで必死に逃げ回っていた俺と。
襲いかかって来る砂竜の群れを、ちぎっては投げちぎっては投げしていたさーさん。
最後には、山ほどいた砂竜の群れが全滅してしまった。
砂漠や荒野を旅する冒険者や商人を襲う危険な竜なので、倒して悪いってことは無いだろうが……。
(しかし、荒野の生態系を変えちゃったような気がするなぁ……)
やはり自然に最も優しくないのは、人間なのか。
さーさんは、ラミア族だけど。
宿に入ると食堂では、ソフィア王女とルーシー、フリアエさんと
俺とさーさんはフラフラと自分の部屋へ向かおうとして、呼び止められた。
「おはようございます、勇者マコト、アヤ」
ソフィア王女の声が冷たい。
つまりいつも通りだ。
「ねぇ、マコト、アヤ。昨夜はどこに二人で消えてたの?」
ルーシーの声が低く冷たい。
おや? ルーシーのこんな声は初めてだぞ?
「おはよう、ソフィーちゃん、るーちゃん……」
さーさんはどうやら二人の様子がいつもと違うことに気付いてない。
うーん、俺も眠いし気付かないふりを……
「昨夜は二人で
ニヤニヤしながら黒猫の背中を撫でるフリアエさんが、声をかけてきた。
「「……」」
流石に聞き捨てならず、俺とさーさんが振り向く。
ソフィア王女とルーシーが冷たい眼をして、こちらを見ていた。
「や、やぁ」
取り合えず、明るく挨拶してみた。
「おや、朝帰りの男の挨拶は、随分軽いですね」
「マコト、私たちずっと待ってたんだけど?」
あー、対応ミスったかー。
ソフィア王女とルーシーの視線がますます鋭くなった。
「タッキー殿!」
「皆様! 大変デス」
さて、どうやって説明しようか困っていると、ふじやんとニナさんが大慌てでやってきた。
ナイスなタイミングだ!
「ふじやん、何かあった?」
俺は話題の向き先を変えたくて、ふじやんに話しかけた。
「聞いてくだされ! どうやら荒野にとんでもない魔物が出現したそうですぞ!」
「ほうほう、ふじやん。詳しく聞かせて」
俺はふじやんに説明の続きを促した。
ふじやんの言葉に、ソフィア王女、ルーシーもしぶしぶそちらに視線を向ける。
「ニナ殿。ご説明を」
「ハイ! 今朝方、火の国の冒険者ギルドではこんな噂で持ち切りになっていまス! 『荒野の
(ん?)
「何ですって!」
「
ニナさんの言葉にソフィア王女や、ルーシーが驚きの声を上げる。
ちらっと見ると、フリアエさんは興味無いのか黒猫の喉を撫でてゴロゴロいわせている。
どうやら、
しかし、砂竜かぁ。
「信じられません……、長年火の国の軍部ですら手を焼かされていた災害指定の魔物の群れが……」
「ハイ……火の国の荒野の主、それを一晩でなんて考えられまセン」
ソフィア王女が呆然とつぶやき、ニナさんが興奮気味に話す。
「エルフの間でも火の国の砂竜の巣に近づくなって、小さい頃から教わってたわ……」
「そーいえば、私もばあやに聞いたことがあるかも。火の国の荒野には近づくなって」
ルーシーやフリアエさんにとっても、有名な話らしい。
う、うーん。
さて、どうしたものか。
俺はちらっと、さーさんの方を見た。
「……zzz」
た、立ったまま寝てる!?
おい、どー考えても昨晩の俺たちが原因だろう!
俺が説明するの?
全部さーさんが倒して俺は逃げてただけだから、説明するの恥ずかしいんだけど!?
「タッキー殿……なんと」
ふじやんが、さっそく『読心』スキルで察してくれた。
「これはいけませんね。何か異常なことが起きているに間違いありません。私はグレイトキース城へ向かって情報収集します」
「ありがとうございまス、ソフィア様。私たちは冒険者ギルドや、商会ギルドをあたりマス」
「私も手伝うわ!」
ソフィア王女、ニナさん、ルーシーが動き出そうとしている。
い、いかん。
早く説明しないと!
「お待ちを……皆様。どうやら、タッキー殿が全てご存じのようです」
俺がオロオロしていると。
ふじやんがフォローを入れてくれた。
「「「え?」」」
皆の視線が、一斉に俺に集まる。
さーさんは、スヤスヤ寝ている。こいつ……。
俺が説明するしかないのか……。
「……実はですね」
俺は昨晩の話を全て説明した。
「砂竜の群れをたった一人で全滅させた……?」
「う、嘘デショウ……」
ソフィア王女とニナさんは、完全にドン引きした目をしている。
「アヤ! アヤ、起きて! マコトの言ってること本当!?」
ルーシーがさーさんをゆすっているが、さーさんは立ったまま熟睡しているのか目を覚まさない。
疲れてたんやなぁ。
「しかし、火の国へ事実を伝えても信じてくれるかどうか」
ふじやんが困った顔で、頭をかいた。
どうやら、砂竜の巣の討伐は大事過ぎて『さーさんが一人で全滅させました』と言っても虚偽と判断される可能性が高いらしい。
「しかし、黙っているわけにもいきません。現在、火の国は砂竜を滅ぼした要因の捜索に躍起になっています。事実を伝えないと国民も不安でしょう」
ソフィア王女が決心した表情で、出かける準備をはじめた。
「俺も行きましょうか?」
当事者も一緒に説明したほうがいいんじゃないだろうか。
「いえ、あなたが行けば変に絡まれるかもしれません。まずは、私が行ってきます」
「そうですか」
なんか申し訳ないな。
ちらっともう一人の当事者を見ると、むにゃむにゃ寝言を言っていた。
「ふふっ、ダメだよ、こんな所で高月くん……。もぅ、エッチなんだから」
さーさん……その寝言、わざとやってない?
「「……」」
ルーシーとソフィア王女の視線が痛いんですけど。
「アヤ~、いい加減起きなさいー」
ルーシーがさーさんのほっぺをむにむにと引っ張った。
「う、うーん」
お、目覚ましたか。
「……ん~、あれ? みんなどうしたの?」
全員がさーさんを凝視していることに気付き、恥ずかしそうに身をよじる。
「アヤ、とんでもないことをやってくれたわね」
「え? るーちゃん。とんでもないことって何?」
寝ていて経緯を聞いていないさーさんは、状況についていってない。
「佐々木殿。とんでもない大手柄を立てたのですぞ」
「でも、佐々木様は記録上はストーンランクの冒険者。冒険者ギルドも扱いに困るでしょうネ」
ふじやんとニナさんが顔を見合わせて、ぼやいている。
「勇者マコト。もしかすると将軍から事情を説明するよう呼び出される可能性があります。念のため待機しておいてください。アヤさん、あなたもですよ」
「了解、ソフィア」
俺は頷き、さーさんは目をぱちぱちさせている。
遅ればせながら、どうやら自分が話題の中心だと気づいたらしい。
おずおずと、さーさんが口を開いた。
「わ、わたし何かやっちゃいました?」
さーさん。異世界転生して、そのセリフはアウトです。
◇
俺は風呂に入り、ベッドに倒れこんだが数時間で目が覚めた。
どうも日が明るいうちは、熟睡できない。
気になってさーさんの部屋を覗いたところ、グースカピー寝ていた。
上司のソフィア王女には待機を命じられているので、俺は部屋で水魔法の修行をすることにした。
(うーん、中途半端に寝たから少し怠いけどもう一回寝るほどじゃないなぁ……)
ベッドに腰かけ、イマイチ集中を欠きながら修行を続けていると、急に背中が重くなった。
「ルーシー?」
「珍しいわね、マコトが気付かないなんて」
いつの間に部屋に入って来たのか。
ルーシーが俺の背中を椅子のように、背中合わせでもたれてきた。
「どうも、集中できなくて」
「ふうん」
ルーシーはあまり興味なさそうに言いながら、肩に羽織っているマントを外した。
しゅるり、とマントがベッドから落ちる音が聞こえた。
今のルーシーは、キャミソールのような恰好になっている。
暑いのだろうか。
火の国は、気温が高い。
「暑いわね」
何か聞く前に、ルーシーがそう言いながらそのキャミソールまで脱ごうとしている様子が視線の端に映った。
「ルーシーさん? 何やってんの?」
流石につっこむ。
「だから、暑いから脱いでるだけよ」
俺の部屋で脱ぐなよ!
『RPGプレイヤー』の視線切替は封印して、俺は水魔法を使おうとしたが、いつものようにできなかった。
気が付くと服を着崩したルーシーと一緒に、ベッドの上に座っている状態になった。
これは……。
「マコトって、釣った魚に餌を与えないタイプよね」
「餌?」
「私、小さい頃はママや姉さんたちを見て、女の人から男に迫るなんてはしたないと思ってたの」
「へ、へぇ」
まあ、あの肉食女子のファミリーを見て育てばなぁ……。
「でも、間違ってたわ! ママが正しかった。だって、マコトってばいつまで経っても手を出さないんだもん!」
首に腕を回された。
ルーシーの体温高っ!
魔力のコントロール上手くなったんじゃなかったっけ?
「というわけで、こっちから攻めることにしたわ」
「唐突じゃない?」
ルーシーのほうを振り向かされ、そのまま押し倒される。
そして、ボタンを外されそうになって……
――バタン!
ノックも無く、扉がいきなり開いた。
「高月くん、るーちゃん、声大きい」
さーさんが目をこすりながら、入ってきた。
そんな大きい声出してないんだけど。
さーさん、進化して耳がよくなってる?
「ルーシーさん、
ソフィア王女まで入ってきた。
「はーい、るーちゃん。ここまでねー」
「えぇ~、あとちょっと。あとちょっとだけ」
「ダメダメ。それは三人でするんでしょー」
さーさんが、ルーシーを羽交い締めにして出て行ってしまった。
特にルーシーも抵抗してなかった。
(冗談だった?)
俺はじゃれ合う二人を見送った。
次の瞬間、首元を冷気が通り過ぎた。
すぐ近くにソフィア王女が立っている。
「話があります。こちらに来てください」
俺はソフィア王女に手を引かれ、部屋に連れ込まれた。
俺の手を掴むソフィア王女の手は、ルーシーと真逆でとてつもなく冷たかった。
――あ、これ怒ってる。
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