159話 高月マコトは、クラスメイトに再会する
「ケイコちゃん!」
さーさんが小さく叫ぶと、横たわっている女性が眠そうに目をこすった。
「ん~」
眠たげな声を上げ、河北さんが伸びをする。
水の神殿で会話した時は金髪だったが、今は地毛の黒髪に戻っている。
ぱっちりとしたつり目に、気の強そうな印象は変わっていない。
「あれ……アヤ? なんだ夢か」
「違うよ。ケイコちゃん、佐々木アヤだよ! 本物だよ! 会いに来たよ」
「えっ、うそっ! 本物?」
河北さんの目が見開かれ、こちらに駆け寄ってくる。
彼女の首には、複雑な装飾が描かれた首輪がつけられていた。
(あれが『奴隷契約』の首輪か……)
それを外すことができるのは、奴隷組合の限られたメンバーのみ。
解除の方法は、最高機密であるらしい。
もっとも非常に高価な魔法器具のため、価値の高い奴隷にしか使わないらしいが。
(河北さんは、今回の奴隷オークションの最高級品扱いだってふじやんが言ってたな)
異世界人であり『大魔道』などのレアスキルを所持している。
しかも救世主の生まれ変わりと噂される『光の勇者』桜井くんの元クラスメイト。
ついでにいうと、結構美人だ。
貴族にとっては、垂涎ものなのだろう。
「ねぇ、アヤ。無事だったの? 一緒に転移してきた時、居なかったでしょ?」
「えっとね、私は別の場所に飛ばされちゃったんだ。そしたら高月くんが見つけてくれたの」
さーさんの言葉で、河北さんがこっちに視線を向けた。
「あら、あなた高月? ふーん、へぇー。雰囲気変わったわね」
「や、やあ、久しぶり。河北さん」
俺が知り合いだと気づいて、ニヤニヤとした河北さん。
なるべくクールに挨拶したかったが、噛んでしまった。
「アヤ、よかったじゃない。異世界でちゃんと好きな男を捕まえられて」
「わーわー、ちょっと。ケイコちゃん!」
「ふ、二人とも声でかいって」
さすがにクラスで話すような雑談をしている場合ではない。
「「ごめん」」
すぐに静かになってくれた。
「ケイコちゃん、すぐに助け出すからね!」
さーさんが小声に戻し、手をグーにして見せる。
が、対する河北さんの反応はイマイチなものだった。
「あー、うん。この前、ミチオも会いに来て『助ける』って言ってくれたんだけど……」
藤原ミチオ――ふじやんの名前だ。
河北さんとは幼馴染って言ってたし、呼び名からしてやっぱり親しいんだな、と思った。
「正直、私が奴隷に堕ちたのって自業自得だし、なんか私を買うことになってる次の貴族って、相当な権力者みたいだからさ……あんまり無理しなくていいよ」
河北さんの返事は、つれないものだった。
「そ、そんな! ダメだよ、奴隷なんてっ!」
「ま、確かに日本に居た時じゃ考えられなかったけどさ。こっちの世界に来て私も含めてクラスメイトみんな結構な待遇だったから、調子に乗っちゃったのよね。で、私はギャンブルにハマって気が付いたら、とんでもない額の借金背負っちゃって。結果、このザマだから」
河北さんは、自嘲気味に笑った。
(そっか、借金のせいで身売りすることになったのか……)
そのへんはふじやんも理由をぼかしてたな。
「そういえば、ケイコちゃんの彼氏の岡田くんは? 何で助けに来ないの!?」
さーさんが話題を変える。
そーいえば、水の神殿だと北山と岡田と三人だったような気がする。
「アイツ? とっくに別れたわよ。だって、こっちに来て異世界人ってだけで、いくらでも女が寄ってくるって堂々と浮気してるのよ? 何がハーレムよ! 異世界に来てハーレムとか言ってる男は、全員死ねばいいのに!」
河北さん! 声が大きいです!
「アヤ、高月は真面目そうだし大丈夫だと思うけど、ちゃんと見張ってなきゃダメよ?」
河北さんが、さーさんの肩に手を置いて真剣な目をして忠告している。
「え、えーと、うーん……ソウダネ~」
河北さんを心配して様子を見に来たはずが、なぜかさーさんが心配されている。
そして、さーさんが気まずそうに目をそらした。
ついでに、俺も……。
河北さんが怪訝そうに眉をひそめた。
「まさか……、ねぇ高月。あんた付き合ってるのはアヤ一人よね?」
「え?」
「は?」
ひぃっ、河北さん目が怖いんですけどっ!
「実は、高月くんは私以外に二人も恋人がいますー」
さーさんが、開き直って宣言した!?
河北さんが、信じられないものを見る目でこっちを見てくる。
「あんたも同類じゃない!? 見損なったわ! 真面目なやつだと思ってたのに!?」
そーなの!?
クラスじゃ全然話したこと無かったですけど!?
「まぁまぁ、高月くんは水の国の勇者として頑張ってるから」
さーさんが、変なフォローの仕方をしてくる。
「勇者なら恋人が沢山居ていいの……?」
うんうん、河北さんの反応が正常だよね。
桜井くんとか、おかしなことになってるけどね。
「てか、高月ってステータスやスキルが微妙で、水の神殿に取り残されてなかったっけ? 勇者ってマジ?」
「まあ、色々ありまして」
俺はこれまでのことを簡単に説明した。
◇
「はぁー、そんなことになってたんだ……」
「ねー、大変でしょ?」
俺の話に河北さんが、感心したようにため息をついた。
全身火傷したり、自爆魔法使ったり、石化したことを伝えると俺を見る目が変わった。
それをさーさんが、嬉しそうに説明している。
「クラスメイトの中で、真面目に魔王と戦おうとしてるのって桜井リョウスケのグループくらいだと思ってたけど……」
「桜井くんは、真面目だからなぁ」
どうやら他のクラスメイトからも、桜井くんのところは変わっていると映っていたらしい。
まあ、異世界に来てわざわざ世界を救うなんて普通やってられないよな。
「ま、わかったわ。高月、アヤのことお願いね。ミチオにも私のことは、自己責任だからって無理するなって伝えておいて」
河北さんは、強がった様子もなく俺たちに向かって微笑んだ。
この子、男前だな。
「でも……」
さーさんは、まだ納得いかないらしい。
そして、俺もこのまま手ぶらで帰るわけにはいかない。
「河北さん、だけど近々火の国で困ったことが起きるらしいんだ。場合によっちゃ、奴隷市場も巻き込まれるかもしれない」
俺はフリアエさんの未来視のことを、ざっくり説明した。
「……火の国の王都で大勢死ぬって、……本当なの?」
流石の河北さんも、不安そうな表情を見せた。
「うちの姫の予知ならまず間違いなく」
「そう……、ところでその姫ってやつもあんたの彼女なの?」
「え?」
話題が戻った?
「大丈夫だよ、ケイコちゃん。ふーちゃんは、
「そう……時間の問題なのね。アヤ、頑張るのよ」
「うん。でも、高月くんの周りの女子ってみんな可愛い子ばっかりでさあ~」
「大丈夫よ、アヤ。あんたも可愛いから」
「ちょっと、さーさんと河北さん!?」
勝手に脱線して、話を進めないでもらえますか。
そっちの方向はダメです。
「と、というわけでここに留まるのは危険な可能性が高いんだよ、河北さん」
車線を強引に戻した。
「と言われてもね。私はコレがあるから、逃げられないし」
奴隷の首輪を指さした。
「確か奴隷の首輪をしている限り、逃げようとしても身体が動かなくなったり、場所もすぐ特定されるから隠れることもできないんだっけ?」
聞きかじった知識だけど、大体そんな効果だったはずだ。
そのため俺たちが河北さんをどこかに連れ去ることもできない。
「うう……、どうしようもないよー。せめてここで何が起きるかわかれば、手の打ちようがあるのに……高月くんどうにかならないかな?」
「まあ、姫が元気になってれば未来視をお願いするしか……」
いや、まてよ。
もっと確実な方法があるじゃないか。
(ノア様、エイル様)
心の中で呼びかけた。
(火の国で何が起きるか知ってますか?)
――……
返事がない。
まあ、珍しいことじゃない。
毎回、すぐにレスがあるわけじゃないし。
また、あとで聞いてみよう。
「さーさん、あとで調べてみるよ。それに、ずっとここに居ると危険だからそろそろ出よう」
なんだかんだ、一時間くらい話をしていた。
「うん、ケイコちゃん。また来るね」
さーさんが名残惜しそうに河北さんの手を握っている。
「あ、そうだ。一個、関係があるかどうかわからないけど……奴隷商人から変な話を聞いたわ」
俺たちの帰り際、河北さんが何かを思い出したらしい。
「最近、安い奴隷を大量に購入する連中が居るんだって。安いって言っても、奴隷を買って使役をするにはそれなりにお金がかかるから、名前を隠してもどこの貴族かいずれわかるらしいけど、その連中はまったく正体が不明らしいの。だから、奴隷商人は『多分、外の大陸から来た金持ちなんだろう』って言ってたけど、私見たの……」
ここで河北さんが、声をひそめた。
「最近、ここに来る連中の中に『魔人族』の連中が混じっていたわ。しかも『悪神信仰』の魔人族。私、魔法使いだから『女神信仰』の
「へぇー、ケイコちゃん凄い!」
「魔人族に、悪神信仰って例の教団か……」
水の国、太陽の国、木の国ときてこっちもか。
これはきな臭いなぁ。
「さっきのアヤと高月の話を聞いたら気になってさ。なんか『蛇の教団』ってのが、裏で色々悪さをしてるんでしょ? しかも、連中のほとんどが魔人族って聞いたから。この話、役に立つ?」
「ありがとう、河北さん。情報、助かったよ」
俺はお礼を言って、別れを惜しむさーさんを引っ張りテントを出た。
◇
まだ、夜明けには少し時間が残っている。
俺はさーさん(ハーピーの姿)に掴まれ、空を飛んでいた。
「ねぇ、高月くん。ケイコちゃんの話どう思う?」
「蛇の教団が、奴隷を大量に買っていた。普通に考えると奴隷を使って反乱を起こそうとしてるとか、かなぁ」
「でも、それって太陽の国の時と同じだよね」
太陽の国では、身分差別を受けていた獣人族を煽って反乱を起こそうとしていた。
今度は火の国で、奴隷を使って反乱を?
「でも、奴隷って言っても戦闘力のある奴隷は高いんだよね」
「それに、火の国の奴隷って値段が高いと待遇もいいみたいだよね」
数日滞在して、この国の内情もわかってきた。
この国は、強いヤツが偉い。
そして、奴隷といっても戦闘奴隷は一生住み込みの社員みたいなもんだ。
まあ、自由は多少制限されるが。
戦闘奴隷本人も「飯が腹いっぱい食えて、戦えればいいや」って脳筋が多いのでそれで国が回っている。
貴族たちは、自分たちの戦力を魔物の多い地域や、盗賊など治安の悪い地域に派遣して金を稼いでいる。
ちなみに、お得意様は
勇者を筆頭に……。
「蛇の教団が、弱い奴隷を沢山買っても意味無いと思うんだよね」
「だねぇ」
まあ、念のためソフィア王女とふじやんには伝えておこう。
「そろそろ宿に帰ろっか?」
「うーん、それだけどもう少し時間あるかな?」
さーさんが、宿と反対の方向、王都の城壁の外側を目指して飛んだ。
しばらく荒野を進み、適当な場所で着地する。
うっすらと空が白み始めているが、あたりは薄暗い。
「さーさん?」
「ほら、デートの続き?」
人間の姿に戻ったさーさんが、首に手を回してきた。
ドキリとする。
「ほら、二人きりだよ。見渡す限り」
「確かに、誰も居ない荒野だと世界で二人だけみたいな気分に……」
言葉を続けようとした瞬間、盛大な
――『危険感知』
俺の表情に、さーさんの目つきも変わった。
俺とさーさんの後方から視線を感じる。
俺とさーさんが同時に振り向いた先には――
百匹近い灰色の大きなトカゲのような生き物がこちらを見ていた。
……舌なめずりをして。
「な、何これ!?」
「さ、
鱗を砂に擬態することができ、遠目には判別がつき辛い生き物。
擬態するくせに、異様に高い戦闘力。
火の国に多く生息する凶暴な肉食の竜。
ここ、もしかして
シャアアアア!
一番近くに居た砂竜が、飛び掛かってきた!?
「あー、もう! 邪魔してきてっ!」
イライラとした声をあげ、さーさんが拳を振りかぶり迎え撃つ。
「さーさん!」
そいつ竜だよ!
しかも、結構強いから危険――そう言おうとして。
ドガガガガガガガッ!!!
砂竜が顎辺りをさーさんに殴られ、十回転くらいしながら百メートルほど吹っ飛んでいった。
砂竜の群れが、それを一斉に視線を追って見送っており少し可愛い。
(うっそだろ!?)
今のやつ、大迷宮で出会った地竜と同じくらい強いんだけど!?
「「「「「「「キシャー!」」」」」」」
仲間をやられ怒りの鳴き声を上げた砂竜が一斉に襲いかかってきた。
「さーさん! 逃げ……」
「高月くんは、私の後ろにいて!」
「は、はい……」
何この頼れる背中。
水の精霊の居ない荒野で、俺はさながら守られるピー〇姫のごとく小さくなっていた。
――数時間後、全ての砂竜が討伐された!
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