158話 高月マコトは、夜の火の国を散歩する

「わー、空から見るとこうなってたんだね」

「人多いなぁ、流石は大陸第二の都市」

 現在、俺とさーさんは王都ガムランの上空を飛んでいる。

 そして、さーさんは『変化へんげ』スキルを使って鳥女ハーピーの姿をしている。


「ハーピーは嫌いなんじゃなかったっけ?」

 大迷宮でのラミアの仇敵であり、家族の仇。

 その姿をとっていることに、違和感を覚えた。


「まぁ、そうなんだけどねー。ずっと戦ってきただけあって、『変化へんげ』するのは楽だったんだ」

 さーさんが、苦笑いした。

 もしかすると、過去の辛い記憶が少しだけ薄れたのかもしれない。

 それはきっと喜ばしいんだろう。


「で、さーさん。どこに向かってるの?」

「え? デートだよ。昼間はふーちゃんとデートしてたんでしょー。散歩しようよ」

 さーさんは、とぼけた口調で返事をしてきた。

 デートかぁ。


 俺は中学からの付き合いの友人の顔を眺めた。

 その表情は真剣で、何かを探しているように見える。


(さーさんは、目的無くブラブラするタイプじゃないからなぁ)

 

 俺とは逆の性格。

 一緒にRPGゲームをしていると、俺が全ての街の住人に話しかけるのを、「じれったいから!」と先に進めてしまったのを思い出した。

 まあ、俺がやり過ぎな気もしますが。

 でも、たまに一回目と二回目で会話が変わるNPCいるじゃん?

 

「ねぇ、高月くん。あのでっかい建物って何かな?」

 さーさんの言葉に、意識を引き戻す。


「えっと、あれは闘技場だよ。武闘大会がある会場」

「へぇ、あれが闘技場かぁ……」

「下見に行ってみる?」

 さーさんは、武闘大会にエントリーしている。

 大会に出場するなら、一度見ておいても損はないと思う。


「ううん、今日はやめておくよ」

 さーさんは首を横に振った。

 どうやら、武闘大会のことが目的では無いらしい。

 となると……。


「さーさんが探しているのは、あれじゃない?」

 俺は、ある方向を指さした。

 さーさんもそちらに顔を向ける。


「高月くん、あのテントがいっぱいある広場は?」

 俺たちの視線の先には、だだっ広い空き地のような場所に、数多くの巨大なテントが並んでいる様子が見えた。


 テントの大きさは、いつか水の国ローゼスで見たサーカスくらいの大きさ。

 それが何十も並んでいる姿は、異様な光景に見える。

 そして、そこに何があるのかを俺はふじやんに聞いていて、知識を持っている。


「奴隷市場だよ、さーさん。火の国グレイトキース最大の奴隷の取引所だ」

「奴隷市場……」 

 さーさんの目が険しくなる。


(やっぱり、目的は河北さんか)

 ふじやんの話では、例の河北さんの買い手の貴族についての有力な情報は得られていない。

 大規模な奴隷オークションが開催されるまで残り日数は少ない。

 

「ねぇ、高月くん。ちょっと、寄り道しない?」

 さーさんが、こちらへ振り向き真剣な目で見つめてきた。



『火の国の奴隷市場に向かいますか?」


 はい ←

 いいえ



(……ここで選択肢か)

 ある。

 もしかすると、虎穴に入る行動かもしれない。

 が、さーさんの頼みだ。


「行こう、さーさん。河北さんに挨拶しに」

「うん! ありがとう!」

 さーさんの声がぱっと華やいだ。


「でも、一個だけ工夫して行こう」

「?」

 俺は首を傾げるさーさんに、自分の考えを伝えた。



 ◇



「ねぇねぇ、こんなのでいいの?」

 さーさんが、落ち着かなそうに自分のゆすっている。

 現在のさーさんは『変化へんげ』スキルで、お金持ちのマダムの姿に化けている。


「なんか嫌だなぁ」

「まあまあ、その姿なら奴隷市場に入っても怪しまれないよ」

 でっぷりと太った身体に、派手なドレス。

 大きな宝石の指輪を幾つもつけた成金婦人にしか見えない。

 

 俺は、その従者という設定で少しだけ『変化へんげ』している。

 といっても、俺は前髪を長く見せて目を隠しているだけ。

 所謂、『エロゲ主人公』スタイルである。


 ここでさーさんと俺の『変化へんげ』スキルの違いについて少し語る。


 さーさんはラミア族であり、もともと『変化へんげ』が得意な種族だ。

 得意な理由は、人間に化けて、人間を騙し、人間を捕食するという怖い理由だが。

 さらに固有スキルとして、『変化へんげ』スキルも持っているため24時間好きな姿になれる。


 比べると俺は、後天的に修行で『変化へんげ』スキルを覚えたくちだ。

 そのため、『変化へんげ』するのは一時間くらいが限界で、何でもは化けられない。

 さーさんのように、ハーピーに化けて空を飛ぶなんてことはできない。

 今回は、長く『変化へんげ』をしておくため、前髪のあたりだけの部分的な『変化へんげ』を行っている。



「ねぇ、高月くん。わざわざ変装する必要あるの?」

 さーさんが、不思議そうな顔をしている。


「ああ、俺たちのパーティーについて火の国の将軍が調べていたんだ。多分、水の国の勇者として奴隷市場に行くと、その情報が伝わってしまうと思う」

 月の巫女であるフリアエさんのことを把握していたタリスカー将軍。

 この奴隷市場では、警護のために軍の人間が多く居るらしい。

 あまり顔を覚えられたくない。 


「最後の手段として、河北さんをって時に面倒になるだろ?」

 俺は小声で、さーさんに囁いた。

 その言葉に、さーさんが驚いた顔をしたあと、ニヤリとした。


「ワルだね。高月くん」

「本当に最後の最後の手段だよ。できれば避けたいし」

 普通に犯罪だからね。


「じゃあ、行こう」

 俺とさーさんは小さく頷き、奴隷市場へ入る門をくぐった。

 


 ◇



 入る時門番に止められたが、多めにチップを渡すとあっさり通してくれた。

 この辺のマナーは、ふじやんに教えてもらった。


 奴隷市場の中は、イメージと違って清潔で、活気があった。

 メインの商品は勿論『奴隷』なのだが、その売買以外に『賭け試合』なんかも行われている。

 

 ここ火の国で最も好まれる奴隷は、戦闘力が高い奴隷である。

 軍事国家グレイトキースは、武の国とも呼ばれ強い者、強い戦士を多く保有する者が尊敬される。


 奴隷であっても一流の戦士であれば、その待遇はかなり良いらしい。

 頭はからっぽだけど、戦闘力が抜群なら金払いのいい主人を見つけて自分から売り込みにいく者まで居るとか。

 

 だから、強い奴隷は価値が高く、高額だ。

 そして、強い奴隷をどうやって見抜くか、というとステータスやスキルが書いてある『魂書ソウルブック』を見るのは勿論だが、一番早いのは戦わせてしまうことだ。


 奴隷市場の中には、いくつかの簡易なリングが設置されている。

 そこで奴隷同士が、強さを競うわけだ。

 ついでに、賭けもして儲けてやろうという所に、商魂たくましさを感じる。

 近くには、回復役の僧侶も居るようで、一応真っ当な試合のようだ。

 野蛮ではあるが。

  

 というわけで、市場の中は熱気に包まれていた。

 奴隷市場って言うから、もっと暗い雰囲気を想像してたんだけど。


「わわっ、高月くん。あれって女の子の奴隷同士で戦ってるよ」

「一応、体格、種族、性別でカテゴライズされているみたいだね」

 公平を期すためだろうか。

 こうなるともはやスポーツのようにすら思える。


 ついでに言うと、戦っているのは戦士系の人たちのみ。

 魔法使いの奴隷は戦っていない。 

 そちらの戦闘力は『魂書ソウルブック』を見て判断らしい。

 まあ、街中で魔法使い同士が戦ったら大変なことになる。


「高月くん! あの二人どっちが勝つかな?」

「うーん、アマゾネスと獣人族かー。どっちも強いなぁ」

 さーさんが、完全に観戦モードになっている。


 戦っているのは色黒で身体の引き締まった女戦士と、虎のような耳が生えた獣人の女戦士。

 戦いは互角のようで、俺にとってはどちらも強すぎて判別付かない。

 てか、ニナさんくらい強くない? あの二人。


「私も飛び入り参加できないかなぁ……」

 さーさんが、不穏な発言をした。

 おいおい、さーさん。

 そんな目立つことできるわけないだろう? と軽口を返そうとして、



 ――ズズッ……



 と空気がざわめくのを感じた。

 一瞬遅れて、それがさーさんから漏れ出た気配だと思いいたる。


 同時にさっきまで戦っていた二人の女戦士が、ぎょっとした顔でこちらを――俺の隣のさーさんを凝視していた。

 その二人だけではなく、会場にいた戦士奴隷の何人もがこちらを振り返っている。

 幸い観客の商人たちは気付いていない。


(さーさん、離れよう! 急いで)

(えっ、え、うん)

 俺たちは急ぎ足で、その場を離れた。



 ◇



 やってきたのは、広場の真ん中にある泉のほとり。

 どうやらオアシス的な場所らしい。

 商人たちの馬車が並んでおり、繋がれている馬が水を飲んでいる。

 そして、泉の近くには水の精霊がちらほら見えた。


「あー、焦った……」

「ご、ごめん。高月くん」

 戦士の人たちの視線を逃れ一息つくと、さーさんが詫びてきた。

 ちなみに、今はもとの女の子の姿に戻っている。


「まあ、次から気を付ければいいんじゃない。さーさんの『威圧』スキルが漏れてたのかな?」

 にしてもあの戦士の人たちの驚きようが尋常じゃなかった。

 まるで蛙みたいな?


「うう……無意識だったんだけどなぁ」

 さーさんが落ち込んでいる。

 進化したてで、変化に慣れていないのかもしれない。

 この辺は色々試すしかないんだろう。

 俺はさーさんの気分をかえようと、言葉をかけた。


「さーさん、あっち見なよ。目的の場所が見つかったよ」

「え?」

 泉の反対側。

 俺の視線の先には他のテントと明らかに異なり巨大で、多くの見張りが立っているテントがあった。


「次の奴隷オークションのが納められている場所だ」

「……あそこにケイコちゃんが」

「さーさん、抑えて」

 さっきよりも強い殺気を放ちだしそうなさーさんを、慌ててなだめる。


「じゃあ、さーさん。一度戻ろうか?」

「ええっ? ここまで来て!?」

 さーさんが非難するようにこちらへ振り向く。


「深夜に出直そう。場所と見張りの数が下見できたし、忍び込む準備をしないと」

 とりあえずフリアエさんには、協力を仰がないとなぁー。

 やることは多い。

 俺の返事にさーさんが、きょとんとした顔をした。


「高月くんが楽しそうだぁ」

「おいおい、この目を見ろよさーさん。真剣だろ?」

「はいはい」

 なぜか笑われた。


「じゃあ、高月くんの部屋で仮眠とろっと」

 いや、それは自分の部屋でいいと思うんですが。

 

 俺たちは、宿に戻って『潜入』の準備をした。



◇その日の深夜を過ぎて◇


 騒がしかった奴隷市場がすっかり静まっている。

 ただし、見張りの兵士は多く居るので油断はできない。


 さーさんにハーピーに変化してもらい、上空から巨大なテントを目指す。

 ただし、そのままでは見つかってしまうので



 ――水魔法・霧


 

 水の精霊の魔力を借りつつ、奴隷市場の近隣を霧で覆う。

 本当は王都全体を覆いたかったが、水の精霊が少なかったため無理だった。


 火の国の王都は、比較的海岸に近い場所に位置している。

 熱帯気候で、乾季の降雨量は少ないが海側からの風が水を運んできて、霧が出ることは『稀にある』らしい。


(でも、のんびりはできない。さーさん、急ごう)

(うん、『隠密』スキルはばっちりだよ)


 俺とさーさんは、テントの傍に静かに降りる。

 そして、俺はフリアエさんにお願いして作ってもらった、特別なアイテムを取り出した。


 香水のような入れ物に入ったその中身は、ただの『水』。

 ただし、月の巫女の『呪い魔法』によって、凶悪な代物になっている。


 かけられた魔法の名は『眠り』と『忘却』。

 

 俺は水魔法で、呪いの水を霧状にして見張りを眠らせた。

 そして、仮に目を覚ましても数時間の記憶が抜け落ちているはずだ。


 俺とさーさんは、防護魔法がかかっているテントに、短剣で隙間を作り、そっと潜入した。

 テントの中にも当然見張りは居るが、そちらも全て眠らせた。

 俺とさーさんは『隠密』スキルを使い静かにテントの中を探索する。


 こうしてテントの中、一番奥の最も豪華な檻の中に居る一人の女性を見つけた。

 奴隷と言うには、豪華な内装の部屋であり、鉄格子が無ければ高級宿と勘違いしそうな部屋だった。


 深夜過ぎなので、檻の中の女性は眠っていたがその寝顔には見覚えがあった。

 最後に会ったのは、水の神殿。

 そして、都立東品川高校では同じ教室で授業を受けたクラスメイトだった。


「ケイコちゃん!」

 さーさんが、小さく叫び檻に駆け寄った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る