157話 月の巫女は、夢を見る
◇フリアエ・ナイア・ラフィロイグの視点◇
私は初めての
陽射しが強い。
熱い風が頬を撫でる。
汗ばんだ服が、肌にくっつく。
少し気持ち悪いけど、気にならない。
人々の明るい顔。
騒がしいまでの喧噪。
(みんな……楽しそう)
かつて
常に薄暗い雲が覆っている私の故郷と違い、燦々と降り注ぐ太陽の光が眩しかった。
思わず、自分の過去を思い出してしまう。
薄暗い地下墓地で、僅かな食糧を分け合って食べた幼いころの記憶。
度々、神殿騎士に追われて住処を点々とせざるを得なかった苦い思い出。
(不公平な世界……)
しっていた。
この世界は、不公平だ。
(関係ない。私は一人で生きてくだけだ……)
ふとすると、暗い気持ちが押し寄せてくるのを跳ねのけた。
折角、初めての国に来たんだ。
もっと見て回ろう。
ここの国の人々は、陽気で見ていて楽しい。
「お、おい見ろよ」
「すっげぇ、美人」
「外国から来た貴族かな」
「にしては護衛が一人だけだぞ」
「とんでもなく強いんじゃないか?」
「そうは、見えないけどなぁ。ひょろひょろだぞ」
そんな声が聞こえてきた。
まあ、男共の視線には慣れている。
私は後ろを振り返った。
キョロキョロと、露店の商品を眺めている私の騎士。
あなた勇者のくせに、一般人に弱そうって言われてるわよ。
この前は、いきなり現れた火の女神の勇者にボコボコにやられてたのに、けろっとしてるし。
(悔しくないのかしら……)
そう思っていた時、ふと木の国の時のことを思い出した。
私たちを襲ってきた上級魔族のシューリ。
あいつを虫でも捻り潰すように、つまらなそうに天使に
思い出すと今でもぶるりと、震える。
(何考えてるのかわからないのよね……私の騎士)
今も、ほとんど寝ずに修行しているみたいだし。
実際のところは、悔しいのかもしれない。
ただ、火の国だと水の精霊が全然居ないらしいのだけど、大丈夫なのかしら。
そんなことを考えていると、小腹が空いていることに気付いた。
「ねぇ、あの店に入りましょう」
客が疎らに座っている飲食店に入り、マコトと一緒に昼食にした。
初めて食べる味に少し、戸惑ったけど美味しかった。
甘いデザートを食べると、ほっと息をついた。
(
毎日、トカゲ狩りを付き合わせられたのだ。
失敗しなくてよかった。
連日の修行への付き合いに、私も少し疲れていたのかもしれない。
私は黒猫の背中を撫でながら、気が付くと眠りに落ちていた。
◇
――夢を視た。
人々の悲鳴が聞こえる。
血の匂いが漂っている。
薄暗く土埃にまみれた空気。
忌々しいことに、……懐かしさを感じてしまった。
ここは、
気が付くと、私は瓦礫に囲まれて立っていた。
さっきまで歩いていたはずの、火の国の王都の家々が全て崩れ落ちている。
瓦礫からは、人間の腕や足が生えている。
どれもねじ曲がり、ひしゃげ、赤く染まっている。
死んでいた。
見渡す限り、死体が転がっていた。
さっきまで、買い物をして食事をしていた街が、死の街に変わっていた。
「はっ!」
目を覚ました。
(くそっ)
まただ。
運命魔法の『未来視』が発動している。
たった今見たイメージは、近い将来に同じことが起きるという予知夢。
そして死霊魔法使いである私には、死が視える。
うつ伏せていたテーブルから顔を上げ、オープンテラスの席から通りを歩く人々を見た。
(……気持ち悪い……)
さっきまで楽しそうだった人々が、苦し気に怨嗟の表情を浮かべている。
ある人は、腕がねじ曲がり、ある人は片足が無くなり、酷い人は首が無い。
ああ、もうこの街を楽しめない。
(はぁ……)
私は目を閉じて、深くため息をついた。
今私が視ているのは、全て
「ああっ! もう最悪!」
もはや私にとってこの街の人間は、生きているのか死んでいるのか判別がつかない。
未来視と死霊魔法が混じり、これから死ぬ人間が死体にしか見えない。
「姫?」
すぐ近くで声がした。
あえてそっちを見ないようにしてた。
もしかすると、私の騎士にも死の未来が映っているかもしれない。
知り合いのそういう姿は、あまり見たくない。
恐る恐る私の騎士のほうを見た。
――変わらない。
私の騎士、高月マコトだけは変わらない。
死の気配が満ちている街で、いつも通りのとぼけた表情で、こちらを心配そうに見つめていた。
◇高月マコトの視点◇
「私の騎士、今すぐ火の国から逃げるわよ!」
「え?」
「いいから! 早く宿に戻るわよ。魔法使いさんや戦士さんを連れて、ここを離れるわよ」
「ま、待って待って。どういうこと?」
突然、フリアエさんが取り乱した様子で、火の国を出ていくと言い出した。
それをなだめつつ、話を聞き出したところ。
・火の国の民が、近々死んでしまう未来が視えた
・原因は、不明。
・俺が巻き込まれるかどうかも、不明
・ただし、このまま火の国に留まることは危険
らしい。
「姫、まずはソフィアに相談しよう」
「……わかったわ。でも、すぐに逃げなさいよ」
「ああ」
俺たちは、ソフィア王女がいる宿へ戻った。
幸い、火の女神の巫女は帰ったあとだったので、フリアエさんが視たという未来について説明した。
話を聞いたソフィア王女は、難しい顔をしていたが、すぐに決意したように告げた。
「火の国も、未来視の使い手は所持しているはずです。ですので、何の準備もしていないとは考えづらいですが……、念のため伝えておいたほうがよいですね」
「伝える相手は、火の女神の巫女?」
だったら、追いかけないと。
「いえ、火の国の防衛をしている軍部のほうがよいでしょう。折角ですので、勇者マコトも一緒に来てください。火の国の将軍をご紹介します」
「わかった」
ちなみに、さーさんは、ベッドで寝ていたので起こさなかった。
くーくー、寝息が聞こえる。
さーさんの面倒を看ていたはずのルーシーまで同じベッドで寝ているのが気になるが。
仲良いなぁ、ほんと。
気が付くと、黒猫もすぐ近くで丸くなっていた。
お前は変わらんなぁ。
俺はソフィア王女に連れられ、グレイトキース城へ向かった。
グレイトキース城は、初めて見るタイプの城だった。
雄大美麗なハイランド城や、慎ましく風雅なローゼス城のどちらとも異なる。
一言で言うと武骨な要塞だ。
分厚いコンクリートのような城壁は、どこまでも高く俺たちを見下ろしている。
城内に入ると、全員が鎧を着た軍人だった。
皆、背筋を伸ばし、きびきびと歩いている。
こちらを見ると、必ず敬礼してくる。
正確にはソフィア王女を見て、だが。
(落ち着かないな……)
俺とソフィア王女、そして護衛の騎士団と共に城の奥へと案内された。
連れられてきたのは、国王への謁見室ではなく巨大な会議室のような部屋だった。
その最も奥で、腰かけている大柄な黒髭の男の元へ近づいた。
ソフィア王女の姿を見ると、男が椅子を立ち頭を下げた。
「ソフィア王女。わざわざご足労いただき、恐れ入ります」
「タリスカー将軍。突然の訪問にお時間いただきありがとうございます」
ソフィア王女と、将軍と呼ばれた男が短く挨拶をした。
タリスカー将軍――火の国の軍部における最高責任者である。
「初めまして、水の国の勇者殿。私は火の国の全軍を統括しているタリスカーと申します」
「初めまして、高月マコトです。タリスカー将軍閣下」
俺もソフィア王女にならって、頭をさげた。
そして、彼については事前に話をいくつか聞いている。
火の女神の勇者、オルガ・ソール・タリスカーの父親。
そして、彼女を
「それで、この度はどのようなご用件でしょう? 緊急の情報であるとか」
「はい、実は私の仲間から火の国に危機が迫っているという『未来視』の報告を受けました」
「ほう……」
将軍は、少し眉を動かしたのみでほとんど表情を変えなかった。
何を考えているか、よくわからんな。
「その『未来視』、もしや水の国の勇者殿の仲間にいる月の巫女の言葉ではないですか?」
ソフィア王女が小さく息を呑んだ。
月の巫女ってバレてるかぁ。
まあ、軍の最高責任者だもんなぁ。
諜報部隊とかも、持ってそうだし。
「……それを答える必要はありますか?」
「いえ、その御返事で十分です」
ソフィアさん、それはほぼYESと言ってます。
将軍の周りにいる男たちは、何も喋らない。
恐らく将軍が口を開けと言うまで、何も言わないのだろう。
ただ、月の巫女という言葉を聞いた時、明確に敵意と侮蔑の表情を浮かべる者たちがいた。
(俺たちは、あんまり歓迎されてないなぁ)
折角の報告だったけど。
「ソフィア王女。ご忠告、感謝いたします。近々開催される武闘大会も控えており、王都に沢山の人々が集まっている。警護をより厳重に行いましょう」
「……そうですか、それでは私たちはこれにて」
ソフィア王女は、長居する気がないようで話を切り上げた。
俺もそれに続こうとして、後ろから声をかけられた。
「勇者マコト殿。うちの娘が失礼をした」
「いえ、お強いですね。さすがは火の国の勇者です」
「言うことを聞かぬ、じゃじゃ馬でして」
そんなことありませんよ、というべきだろうか?
それとも、先の襲撃は自分の指示では無いというアピールだろうか?
(わからん)
俺とソフィア王女は、グレイトキース城を後にした。
◇
グレイトキース城から戻り、夕食を終え俺は部屋で一人修行していた。
フリアエさんは、気分が悪いと言って部屋に籠っている。
様子を見に行ったが、入ってくるなと言われた。
さーさんとルーシーは、宿に戻ってきてからまだ会っていない。
俺は、水魔法で小さな猫を作って、
「高月くん」
ノックをして入ってきたのはさーさんだった。
――入ってきた瞬間、突風が吹き荒れたような、錯覚を覚えた。
「今いいかな?」
「あ、ああ……うん、大丈夫」
そう言いつつ、俺は少しさーさんに気圧されていた。
外見は変わらない。
いつもと同じ人間の女の子の姿。
ふじやんの言葉通りなら、レベルは1に戻っているはずだ。
にもかかわらず、魔王や古竜を前にしたような圧倒的な格上感を感じた。
なんだろう……凄みが増したというか。
これが、進化?
「どうしたの? 高月くん、変な顔して」
「いや、なんでも。そういえばルーシーは?」
俺は誤魔化すように言った。
「なんかね、ふーちゃんが元気無いからって見にいったよ」
「そっか……、確かに昼から元気が無かったような」
本人曰く、未来視を使ったら精神力を多く使うから疲れるんだと言っていた。
ただ、かなり顔色が悪かったし心配だ。
その時、さーさんに手をぎゅっと掴まれた。
ひんやりとした感触が、脳に伝わる。
「ねぇ、高月くん。これから二人で出かけよう」
悪戯っぽく笑ったさーさんが、俺の手を引いて窓の外へ飛び出した。
(って、おい。ここ3階なんだけど!)
俺とさーさんは、空中に身を躍らせた。
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