153話 高月マコトは、相談を受ける

「実は……火の国グレイトキースの王都で、クラスメイトが奴隷として囚われているようなのです」

ふじやんが重い口調で告げた言葉は、予想外な内容だった。


(どれい……奴隷か……)


 西の大陸において奴隷という存在は、決して珍しくない。

 が、俺はほとんど奴隷と出会ったことがなかった。


 理由は、水の国ローゼスが奴隷制度を採用していないからだ。

 なんでもローゼス王家の方針だと聞いたことがある。


(私、奴隷って嫌いなのよね~、マコくん)


 あ、エイル様。

 聞いてたんですか。

 どうやら、水の国の主神エイル様の好みの問題だったらしい。

 確かに、宗教国家のローゼスは女神様の意向がもろに反映されるからなぁ。


(わ、私も! 奴隷嫌いだからっ!)

 ノア様……張り合わなくてもいいですよ。


 兎に角、水の国ローゼスでは奴隷をほとんど見ない。

 では、他の国はどうか?


太陽の国ハイランド』『火の国グレイトキース』『商業の国キャメロン』『土の国カリラーン』は、全て奴隷制を採っている。

 奴隷の目的は様々で、労働者、軍事目的、そして性的奴隷。

 あまり良いイメージは無い。


「で、……ふじやん。奴隷になっているクラスメイトって誰?」

 おそるおそる聞いてみた。

 俺の親しいクラスメイトは、ふじやんとさーさん、あとは桜井くん位なので、俺の友人ではないと思うけど。

 ふじやんは、交友関係が広いからなぁ……。


「……河北ケイコ殿ですぞ」

 ふじやんが、クラスメイトの名前を告げた。

 んー……。


(誰だっけ?)

 名前は聞いたことあるような、ないような。


「えっ!? ケイコちゃんがっ!」

 突然、部屋の外から声をかけてきたのはさーさんだった。

 ちょうど、通りかかったらしい。


「さーさん、元気出た?」

「う、うん。ゴメンね、昨日は寝込んじゃって。それよりっ! ケイコちゃんが奴隷ってどういうこと! 藤原くんっ!」

 さーさんが凄い勢いでふじやんの肩を揺すっている。


「お、落ち着いてくだされ、佐々木殿。ケイコ殿は元々太陽の国ハイランドで生活をしていたようなのですが、タチの悪い貴族に騙されたようで、多額の借金を背負ってしまったとか……。今は奴隷に身を落とし、近々開催される奴隷市場に商品として登録されているのを、拙者が偶然発見したのです」

「そ、そんなっ!?」

 ふじやんの説明に、さーさんの悲痛な顔をする。

 ふじやんも苦し気な表情だ。


(い、いかん、顔が思い出せないなんてとても言い出せない)


「さ、さーさんは、河北さんと仲が良かったの?」

 とりあえず、会話で誤魔化そう。


「うん、たまに一緒に遊んでたよ。ちょっと性格キツイけど、いい子だよ」

「そうでしたな……佐々木殿とケイコ殿は、友人でしたな」

 さーさんの友達かー。

 じゃあ、放っておけないか。


「で、ふじやんは河北さんを助けたいんだよね?」

 今の流れなら間違ってないはず。


「そうだよっ! 助けなきゃ! でも、……どうやって?」

「さーさん、奴隷ってことはお金で解決できるんじゃないかな? なぁ、ふじやん」

 日本人だとピンと来ないが、つまりは人身売買だよな?

 なら、ふじやんの豊富な資金力があれば問題ないはず。


「それが……そうはいかぬのです」

 ふじやんの返答は、芳しいものでは無かった。


 なぜなら――異世界人の奴隷は、非常に価値が高い。

 理由は異世界人が所持している強力な『スキル』のせいだ。

 河北ケイコさんもレアなスキルを所持しており、その商品価値は非常に高額らしい。


「奴隷市場は通常、オークション形式で最も高額を提示した者が、持ち主となります。が、ケイコ殿に限ってはすでにとある名門貴族が所有者になることが決まっているそうなのです。あえて人前に出すのは、その貴族の威光を示すためだとか」

「なにそれ……」

 ふじやんの言葉に、さーさんが不快感を示す。

 確かに、あまりいい趣味とは思えない。


(しかし、河北……ケイコさんか。……ダメだ、全然思い出せない。何となく記憶にはあるんだけど……)

(マコト、水の神殿であなたの最弱ステータスやスキルをバカにしてきた三人組って覚えてない?)

(三人組?)


 俺のことをバカにしてきたと言えば、北山と、岡田くんと……、あー! 思い出した!

 二人と一緒にいたギャルっぽい子だ!

 全然、親しくない、というか苦手なタイプだった!

 あの子かー。

 そっかー、奴隷になっちゃったのか。

 それにしても。


「ふじやんって、河北さんと仲が良かったっけ?」

 社交的なさーさんはともかく。

 ゲームオタクの俺やふじやんとは、真逆の人種だけど。河北さんって。


「ケイコ殿は……家が近所で、保育園の頃からの知り合いでして……。確かに高校に入ってからは、まったく話さなくなりましたが、流石に奴隷になっているところを見て見ぬふりは……」

「そっか、藤原くんとケイコちゃんって同じ中学だったよね。そっかー、幼馴染だったんだ!」

 さーさんが、ぽんっと手を打った。

 はぁー、なるほど。

 そーいう関係性か。


(俺の場合だと、桜井くんが奴隷に……いや、逆か。俺が奴隷のパターンのほうが可能性高いか)

 そこを颯爽と助けに現れる桜井くん。

 うん、普通にあり得そうで怖い。

 って、バカなことを考えている場合じゃない。


(まあ、やることは決まったな)


「じゃ、ふじやん。河北さんを助け出す計画を立てよう」

「うん! 高月くん、ケイコちゃんを助けよう! あ、高月くん。あとでちょっと、話があるんだけど……」

「え、うん。わかった」

 さーさんからの相談か。

 何だろう?


「お、お待ちくだされっ! タッキー殿に佐々木殿。ケイコ殿を所有することが決まっている貴族は、火の国グレイトキースでも有数の名門貴族。しかも、黒い噂の絶えない人物です。無理な救出には、危険を伴う恐れが……」

 ふじやんが、慌てて警告をしてくる。


「藤原くん! 友達を助けるのに危険を恐れちゃダメだよ」

 さーさんは、相変わらず男前だなぁ。

「ふじやん、困った時は助け合うもんだろ」

「タッキー殿、佐々木殿……恩に着ますぞ」

 俺たちは頷き合った。


「でも、どうやって助ければいいのかな? 私がこっそり乗り込んでさらってくればいいかな?」

 さーさんが、過激なことを言う。


「それは無理でしょう。奴隷には『隷属』の首輪が付いているのですが、それを外すには20桁の魔法コードが必要なのです。魔法コードを知っているのは、奴隷管理組合の長だけなのです」

「そっかぁ、じゃあダメだね」

 さーさんがしょんぼり肩を落とす。


「……異世界セキュリティ、厳しくない?」

 中世風ファンタジーなんだし、もっとゆるい管理しようよ!


「奴隷の管理は、この世界で最も厳しいとも言われております。曲がりなりにも、『命』を商品としているわけですからな」

「はぁ……、なんと言えばいいのか」

 嫌な世界だ。


「なので、奴隷となったケイコ殿を助けるには、新しい主人になる予定の貴族から所有権を譲り受けるしかないのです」

「でも、それの貴族って悪い貴族なんだよね?」

「……自己顕示欲の強い人物だと言われております。あと非常に強欲だとも」

 ろくなヤツじゃなさそうだなぁ……。

 さーさんとふじやんが、うな垂れている。

 

(うーん……)

 考えをまとめてみる。


 目標は、クラスメイトを助けること。

 敵は、悪徳貴族。

 真っ当な方法では、攻略できない。



 ならば――



「わかったよ、ふじやん。つまり、あれだな」

「ほう?」

「高月くん、いい考えがあるの?」


 俺の言葉の続きを、ふじやんとさーさんが期待の目で待つ。

 ここまでの条件が揃えば、やることは一つだ。


「攻略方法は、悪徳貴族の……暗殺だな!」


「「……」」

(……)


 静寂が訪れた。

 おや? 


「違いますぞ、タッキー殿」

「間違ってるよ、高月くん」

(マコト、バカなの?)


 友人二人と、女神ノア様に総ツッコミを受けた。

 あ、あれ~?

 間違ってたかぁ。

 ま、まあ、そうだよな。

 スイマセン、ゲーム脳でした。

 考え直そう。


「いや~、冗談冗談」と頭をかきながら言おうとした時。

 優しい声が、天から響いた。



(マコくん~、殺したい人が居るなら、事前に教えてね☆ 火の女神ソールちゃんに伝えておくから。事前に調整しておけば、☆)


「……え?」


 いつも通りの水の女神様エイルの声。

 まるで、世間話をするような。

 今日の天気について会話するような調子だった。


(あ、あの……エイル様?)

(んー、どうしたの? マコくん)

(なんとか、……なるんですか?)

(なるよ、勿論)

 勿論なんだ……。


(まあ、は必要だけどね)

(あんた、また無茶言うつもりでしょ? 言っておくけど改宗はダメよ)

 エイル様にノア様が、ツッコミを入れる。

 

(マコくんが、水の女神わたしに改宗してくれるなら、余裕で『暗殺』許可しちゃうんだけどなー)

(……いえ、それはちょっと……)

 

 やっぱりこの水の女神様ひとは、どこまでも支配者だ。


 まるで子供の我が儘を聞いてあげるみたいに、

 欲しいおもちゃを買ってあげるとでも言わんばかりに、

 人の生死を決定してくる。 



「タッキー殿?」

「高月くん」

 急に険しい表情をして、固まった俺を心配して二人が声をかけてきた。


「あ、ああ、ゴメンゴメン。何かいい方法は無いかなーって、考えてて」

(エイル様の案は、保留にしておきますね。その場合、対価は改宗以外でお願いします)

 心の中で、エイル様に告げた。


(はーい、了解~☆)

(マコト……あんまり、他宗教の女神と取引し過ぎるのは注意しなさい。破滅するわよ)

(は、はい、ノア様)

 気を付けよう。

 

 ――女神様との取引。

 これは、凄まじい裏技だけど。

 下手すると自分の身を滅ぼしかねない気がする。


 俺は一旦、意識を目の前の二人に向けた。

 ふじやんとさーさんも、何か案は無いか頭を捻らせているようだ。


「ねぇねぇ、ソフィーちゃんにお願いしてみるのはどうかな?」

「あ、それいいかも」

 さーさんの発案に、俺も同意した。

 他国とはいえ、王家であるソフィア王女のお願いなら無下にはされない気がする。


「それは……試してみないとわかりませぬが、今回の相手の貴族は、火の国の軍部にも顔の利く人物。ローゼス王家と言えど、素直に応じてくれる保証が無いのです……。そして、下手に揉めると、ローゼス王家にまでご迷惑をかけることになるので……」

「そっかぁ……」

 やっぱり外国には、ローゼス王家の影響力弱いなぁ。


「なので、今は間者スパイを使って情報を集めている所なのです」

「す、スパイ……」

 さーさんが目を丸くする。

 うんうん、ふじやんってやってることがもう、高校生じゃないんだよね。


「つまり相手の弱みを握って、交渉するおどすってことか」

 脅迫も違法な気がするが、暗殺に比べれば遥かに真っ当だ。


「いえ、それは下策ですぞ、タッキー殿。相手は遥か格上の貴族。そのようなことをしても恨みを買うだけ。拙者が探っているのは、相手が欲しているものです。かの人物にとってケイコ殿はどうしても欲しいモノというわけでなく、あくまで高級なコレクションの一つ。より相手にとって望ましいモノを使って交換を申し出れば、取引に応じてくれるはずです」

「な、なるほどー……」

「さすが、藤原くん」


 俺とさーさんは、只々感心するだけだった。

 俺みたいな素人とは、視点が違う。

 やっぱりここはふじやんに任せるしかないかぁ。


「ちなみに、その貴族の名前は?」

「ブナハーブン家の三男。マルタン・ブナハーブン。火の国において、多くの海軍将校を輩出している名家の出身ですな。ただし、マルタン殿自身は、軍には属しておらず散財ばかりしている道楽者ですが……」

 ブナハーブン家、……聞き覚えは無いが軍事国家の火の国グレイトキースにおいて、軍の関係者は絶対に手を出してはいけないと言われている。

 やっかいな相手だ……。


「できることは少ないかもしれないけど、考えてみるよ」

「うん、私も!」

 俺とさーさんが言うと、ふじやんは申し訳なさそうに「助かりますぞ」とお礼を言った。


 しかし、名門貴族か。

 ダンジョン攻略みたいに、簡単には行かないだろうなぁ。


 ここで、ふと思い出した。


「ところで、さーさんの話って何?」

 忘れないうちに、聞いておかないと。


「拙者は、席を外しますぞ」

「ううん、藤原君も居ていいから……えっとね」

 さーさんが、ほおを掻きながら、少しためらいがちに言った。


「私……もうちょっと、強くなれないかなぁって……」

「さーさん……」

 やっぱり火の勇者オルガに、手も足も出なかったことを気にしてたのか。


「あれは、俺が水の国ローゼスの勇者だったせいで絡まれただけで、さーさんは被害者だよ。それに、負けたせいで色々と変な噂を流されているのは俺のことだけだし」

「ううん、でも私があいつに簡単に負けなかったら、きっと高月くんの助けになったはずだから。だから私は強くなりたい」

 さーさんは、力強く言い放った。


「しかし、佐々木殿。強くなったと言っても火の勇者オルガに戦いを挑むわけにはいきますまい。彼女は、火の国の重要人物。こちらから気軽に会いに行けるとは限りませんぞ?」

「確かに、強くなっても再戦できなきゃ意味がないよね」

 ふじやんの言葉に、俺も頷いた。


「それなら大丈夫! ソフィーちゃんに聞いたんだけど、今度開かれる『火の国の武闘大会』で優勝すると、火の勇者オルガとの特別試合エキシビションマッチが組まれるんだって。それなら問題ないでしょ?」

「へぇ……、でも火の勇者は武闘大会に参加しないの?」


「その話は、聞いたことがありますぞ。何でも年に一回の武闘大会で火の勇者オルガが三年連続で優勝してしまい、大会が盛り上がらなくなったので、彼女の出場は禁止になったとか」

「マジか」

 本当に、ぶっとんだ戦闘力なんだな。


「高月くん! どうかな?」

 どうかな、と聞きつつさーさんの目を見ると完全にやる気モードになっている。

 

(さーさん、こうなったら頑固だからなぁ)

 多分、止めても無駄だろうし。


 まあ、強くなりたいというならやることは一つだ。

 ちらっと、ふじやんのほうを見ると目が合った。

 ふじやんが、小さく頷く。


(多分、同じこと考えてるな)


「ふじやん、ついに例のアレが役に立つ時が来たね」

「そうですな。出番は、無いと思われていましたが」

「??」

 俺とふじやんの言葉に、さーさんがついて行けず首を傾げた。

 

「高月くん? 藤原くん? どーいう意味?」

 俺はさーさんの問いに、力強く返した。



「さーさん、レベルを上げて物理で殴ろう」


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