152話 高月マコトは、襲撃される

「さぁ、殺し合いましょう」


 のっけから、ぶっ飛んだ発言をするエキゾチックな褐色肌の美女。

 その身体からは、オレンジ色の闘気オーラが立ち昇っている。


(灼熱の勇者……オルガ・ソール・タリスカー。火の女神の勇者……)

 

 一応、火の国グレイトキースに来た目的は勇者と巫女に会うため。

 そういう意味だと、目的と合致している。

 ただ、目の前の戦闘態勢の勇者は、まったく話が通じなさそうなんですけど。


「!?」

 気が付くと目の前に、灼熱の勇者の拳が迫っていた。

 やばっ!


(か、『回避』スキル!)


 ギリギリで避け……られないっ!

 肩辺りに衝撃を感じ、吹っ飛ばされた。

 痛ってぇ。


「高月くん!」 

 さーさんの声が響く。


「あら……、当たった?」

 灼熱の勇者オルガが、可愛く小首をかしげている。

 お前が殴ったんだろ!


「あんたっ! 何するの」

 さーさんが、火の勇者に飛びかかる。


「わっ、驚いた」

 口では驚いたと言っているが、まったく動じずにさーさんの攻撃を捌いている。

 まじか、さーさんの近接攻撃が通じない!?

「くっ」 

 さーさんの焦りの顔が見える。


 ――水魔法・氷針


 さーさんを援護しようと、水魔法で目潰しを試みる。

 水の精霊が居ないと、これが限界っ!


「ん?」

 普通に避けられた!?

 目の前に発動させたんだけど……、見てから回避できるのかよ。


「うざい」

「ぐっ」

 さっきまでさーさんに攻められていたはずが、なぜか俺の目の前に居た。

『回避』スキル!

 

「げほっ」

 腹部に重く衝撃が走る。

 全然、避けられない!?

 回避スキルを見てから、攻撃が追尾してくる。

 

「高月くんに、何するのっ!」

 さーさんが『アクションプレイヤー』スキルのダッシュ攻撃を使って殴りかかるが。

「へぇ……あなた、可愛いのに強いね」

 火の勇者は、余裕で躱してさらにカウンターを喰らわせている。

「あぐっ!」

 さーさんが、吹っ飛んでいった!?

 近くの民家の壁に、激突した。


「アヤ!」

 ルーシーの悲鳴が聞こえる。

 くそっ、なんだこの化け物!

 さーさんは、大丈夫か?


「おい、なんだなんだ」「オルガ様が暴れてるぞ」「またか、相手は誰だ?」

 騒ぎを聞きつけ、人が集まってきた。

 何なの、常習犯なの?


「おやめなさい! 勇者オルガ!」

 ソフィア王女の鋭い声が上がった。

 ぴたりと、火の国の勇者の動きが止まる。


「んー? あれ、ソフィアちゃんだぁ~」

 へらっとした顔で、手を振る火の女神の勇者オルガ。


「オルガっ! 何を考えているのです!? 我が国の勇者とその仲間を襲撃するなどっ!」

「ちょっとした挨拶だよ~」

 へらへらした顔からは、まったく悪びれる様子は無い。


(……なんで、俺たちがこの国到着してすぐに絡んできたんだ?)

 明確に、水の国の勇者を狙っていた。

 

「魔王や、ジェラルドを倒したって聞いたから期待してたんだけどなぁ~、はぁ~、期待ハズレだなぁ~。じゃあねぇ~」

 下から覗き込むように、目を細めこちらを見て嗤ったあと、――シュタッっとジャンプしてそのままどこかに消えてしまった。

 

「なんなの、あいつ……」

 フリアエさんが、物陰に隠れて怯えている。

 ごめん、守護騎士なのに忘れてた。


「さーさん!」

 慌てて、吹っ飛ばされたさーさんのところに駆け寄る。

 ルーシーが、さーさんを看てくれている。

 特に怪我は無さそうだけど……。

 さーさんは、俺の方を見てぽつりと言葉を発した。


「ゴメン、高月くん……負けちゃった」

「いや、あいつが頭おかしいから……」

 さーさんが、気に病む必要はない。

 無事でよかった。


「勇者マコト、人が集まっています。まずは、休めるところに移動しましょう」

「そうですね、さーさんを休ませてあげないと」


 俺たちは、速足で宿へと向かった。



 ◇



 宿に到着して、俺とソフィア王女と守護騎士のおっさんが、大部屋に集まった。

 さーさんは、さっきの戦いがショックだったのか部屋に閉じこもってしまった。

 ルーシーとフリアエさんが、さーさんを元気づけている。

 

(あとで、俺も様子を見に行かないと……)


「勇者マコト……申し訳ありません、先ほどの火の女神の勇者による無礼をローゼス家から抗議を入れました」

 ソフィア王女が肩を震わせている。

 俺も腹立たしかったが、ソフィア王女の怒りはそれ以上みたいだ。

 俺は『明鏡止水』スキルを99%にして、発言した。

 

「それにしても、いきなり襲ってきた火の国の勇者は、一体なんなんでしょう?」

 どう考えても、俺たちが来たことをわかって襲撃してきた。

 仮にも一国の勇者が、王女も居る一行にやることじゃないだろ。


「今回の襲撃……、おそらく火の国グレイトキースの上層部が絡んでいます」

 ソフィア王女が、視線を落としながらぽつりと言った。

「え?」

 火の国グレイトキースの上層部?

 どーいうことだ。


「勇者殿、火の国グレイトキースは大陸で二番目の大国です。……おそらくですが、火の国グレイトキースとしては魔王を水の国が倒してしまった事実が気に喰わないのでしょう。六国最弱のローゼスが、先んじて魔王討伐という実績を上げてしまったことが、大陸第二位の面子を傷つけたものと思われます」

 守護騎士のおっさんが、悔しそうに言った。


火の国グレイトキースから、勇者の無礼を謝罪されました。……しかし、街中で『水の国の勇者マコトは火の国の勇者オルガの相手にならなかった。魔王を倒したのは、ただの幸運だった』と噂が流れています。噂を流したのは、火の国グレイトキースの者でしょうね」

 ソフィア王女が唇をかむ。


「じゃあ、俺が負けてしまったのは水の国ローゼスとして、マズかったですか……」

 しまったなぁ。

 でも、水の精霊も居ないあの場じゃ、正直打つ手がほぼなかったんだけど。 


「い、いえ! 魔王の復活を阻止した勇者マコトの功績が無くなるわけではありません!」

 慌ててソフィア王女がフォローしてくれる。


「その通りですぞ、勇者殿。それに、最近は太陽の国ハイランドのノエル王女が、ローゼスと友好的であることを度々、喧伝されている。火の国グレイトキースがこのような暴挙に出たのは、それも大きいでしょう」

太陽の国ハイランド火の国グレイトキースは、長年、軍事的な立場では競合していますからね。そこに水の国が割って入ったことで焦りが生まれたのでしょう」

「はぁ、複雑ですね……」


 国同士のゴタゴタか。

 一般人には、難しい話だなぁ。

 まあ、俺には関係ないか。

 せいぜい、勇者業務をまっとうしよう。

 

「勇者殿、念のため言っておきますが、ノエル王女が我々に非常に懇意な原因の一つは、光の勇者桜井様とマコト殿が親しい友人だからですぞ?」

「え?」

 守護騎士のおっさんの言葉に、びくっとなった。


「勇者マコト……俺には関係無い話、と思っていませんか? もはやお二人の関係は、六国の間でも知れ渡っていますよ」

 ソフィア王女が、呆れたようにため息をついた。

 ええ~……、いや、確かに昔馴染みではあるけど。


「しかし、それがこのような事態になるとは予想しませんでした……、申し訳ありません。火の国グレイトキースに来るべきではなかった……。すぐに水の国ローゼスに戻りましょう」

「いやいやいや、ソフィアは悪くないだろう。悪いのは火の国の連中だ」

 しょんぼりしてしまったソフィア王女を慌てて、元気づけた。


「それに、今すぐ帰るのは逃げ帰ったみたいで、恰好が悪いでしょう。折角来たからには、何かを持ち帰らないと」

 というのは方便で、本当はいきなり襲ってきた火の国の勇者や、さーさんを落ち込ませたことに腹が立っていた。

 このまま帰るのは、どうにも腹の虫が治まらない。 


「……わかりました。しかし、しばらくは宿で大人しくしていてください」

 ソフィア王女には、胸中がバレているかもしれない。

 俺は大人しく頷いた。

 いきなり、仕返しなんてことは考えない。

 まずは、情報収集だろう。それに――


(疲れた……さーさんの顔を見てから、ひと眠りしよう)

 

 さーさんの部屋に寄ったが、もう眠ったみたいなので結局、話せなかった。



 ◇


 ――翌日。


「タッキー殿! 火の女神の勇者オルガ殿と戦われれて、大怪我をされたとかっ! 大丈夫ですかな!?」

「高月サマ! お怪我は!? 最上回復薬エリクサーを持って来ましタ! 早く飲んでくださイ!」

 ふじやんとニナさんが、凄い勢いで部屋に入ってきた。

 あ、あれ?

 なんか、噂に尾ひれがついてない?


「ふじやん、誰も怪我してないよ」

 最上回復薬エリクサーって、たしか購入すると100万Gガルくらいかかるよな?

 飲み薬なんだ……。

 ちょっと、味が気になる。


「おお……、タッキー殿が意識不明の重体と聞いて飛んできましたぞ。ガセ情報でしたか……よかったですぞ……」

「うーん、好き勝手な噂を流されてるなぁ」

 これも火の国グレイトキースの連中だろうか?

 本当に、腹立つなぁ。

 にしても、ふじやんやニナさんにまで心配をかけてしまって申し訳ない。

 俺は、事情を説明した。


「なるほど……、太陽の国と水の国の関係性ですか。確かに救世主の生まれ変わりを抱えるハイランドと、魔王を討伐した話題の勇者タッキー殿が居るローゼスの組み合わせは、他国にとって脅威でしょうなぁ」

「……話題?」

 ふじやんの言葉に、眉が寄った。


「おや? 知らぬのですか? 木の国スプリングローグに、颯爽と現れ『紅蓮の魔女』様と共に、滅国の危機を救った勇者としてタッキー殿の話題で持ちきりですぞ」

 おいおい、こっちも尾ひれ付き過ぎだろ。

 最後、石になって寝てましたよ?


「しかも、情報の出どころが、普段は他国のことに興味を持つことが少ない木の国の民たちですからネー。信憑性が高い話として、商人の間で噂になってマス」

 ニナさんが、ぴょこぴょこと耳を揺らしながら付け加えた。


(全然、知らなかった……)

 最近、ふじやんと話せてなかったから情報不足だったなぁ。

 もう少し、情報収集にも注意したほうがいいかもしれない。


 その後、いくつか情報共有をして、ふじやんとは部屋に残り、ニナさんはさーさんの様子を見てくると去って行った。



 ◇



「大変でしたなぁ」

「まあねぇ」


 ふじやんがしみじみとつぶやく。

 俺たちは、ニナさんが入れておいてくれたお茶を飲みながら、会話した。


 最初は、近況報告を話した。

 その後、しばらく世間話をしていた。


 しばらくして。

 久しぶりに会った友人の顔を見て、ふと違和感を感じた。


 慌てて火の国の王都まで駆けつけてくれたのだろう。

 長旅による疲れかな、とも思ったが何かいつもと様子が違う。


「そういえば、火の国グレイトキースに用事があるって聞いたけど、何の用事?」

「それは、……ただの商談でして」

 何かを隠してる。

 普段なら、もっと具体的に言ってくれるはずだ。


「何か、困り事?」

「……」

「無理に、聞き出したいわけじゃないけど……」

 困らせてしまっただろうか。


「いえ……隠し事というほどでもないのですが」 

 なんだろう?

 しばらく言うのを躊躇っているようだった。

 俺は、静かに次の言葉を待った。

 そして、ふじやんが静かに告げた。



「実は……火の国グレイトキースの王都で、クラスメイトが奴隷として囚われているようなのです」



 ――あぁ、そういう話かぁ……。

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