151話 高月マコトは、火の国に到着する
――翌日の朝。
「……私は今後、大賢者様に喧嘩を売りません……海底神殿より深く反省しております……」
ロザリーさんが正座して、がっくりうな垂れている。
(……すげぇ、紅蓮の魔女ロザリーさんに完封勝ちしてるよ)
大賢者様には、かすり傷ひとつ付いていない。
まあ、不死者なので傷はすぐ再生したのかもしれないが。
「なんで貴様はそう力押しなんだ……? 才能だけなら、我を越えておるのに」
大賢者様が呆れた顔で腕組みして、ロザリーさんを見下ろしていた。
「……もう、ママってば」
「大賢者様とるーちゃんのママって仲が悪いの?」
「ママが一方的にライバル視しているのよ。勝てないに決まってるのに」
ルーシーとさーさんの会話が聞こえてきた。
ルーシー、自分の母親に容赦ないなぁ。
フリアエさんは、興味ないのか
「……くぅ、次は覚えてなさいよ」
「おまえ……全然、反省しておらんだろう」
ロザリーさんが、恨めしい目で大賢者様を睨み、大賢者様は大きなため息をついた。
ロザリーさんも強かったが、大賢者様のほうが格上感があふれ出ている。
やっぱり大賢者様が、大陸一の魔法使いなんだなぁ。
ぼんやりその様子を眺めていると、ソフィア王女が近くにやってきた。
「勇者マコト、そろそろ木の国を出発しましょう。随分長居しましたから」
「わかった、ソフィア」
ソフィア王女の言葉に、俺は頷いた。
身体も快復したし、
「マッカレンまでは、私たちの馬車で帰りましょう。馬車には魔物除けの魔法がかかってます」
「そうですね、マッカレンから飛空船で
火の国の方面は、飛行系の竜は居なかったはず。
道中に砂竜というのが居るが、空は飛べない竜種だ。
「待て、おまえたち」
大賢者様からストップがかかった。
「どうしました?」
「精霊使いくんの拠点のマッカレンの街に戻るのは、やめておけ。太陽の国の貴族が、待ち構えているぞ」
「げ」「え?」
その言葉に俺は顔をしかめ、ソフィア王女が小さく驚きの声を上げる。
「おかしな話ではあるまい。精霊使いくんの拠点が、水の国の端にある街だということはバレている。なら、そこで待ち構えるのが一番だ」
「しかし、困りましたね……」
本当は、一度マッカレンに戻らないと飛空船が使えない。
「どうしようかな」
「そうですね……時間はかかりますが、陸路で行くしか」
俺とソフィア王女が、顔を見合わせ頭を悩ませていると。
「精霊使いくん、いい方法があるぞ」
大賢者様が、意味ありげに正座しているロザリーさんのほうに視線を向けた。
「おい、紅蓮の小娘。こいつらをおまえの超長距離
「ええ~、私、一回に一人しか運べないんだけどー!」
「何回でも往復すればいいだろう、無駄に魔力が余っているのだから有効活用しろ」
おや、そんな手が使えるのか。
俺はルーシーの近くに言って、耳打ちした。
「ルーシー。お母さんに、移動を頼んでいいのかな?」
「普段なら絶対面倒くさがってやってくれないけど、今なら大賢者様が頼んでくれてるしやってくれるんじゃないかしら」
ルーシーも小声で返してくれた。
だよなぁ、木の国の英雄にそんな雑用をさせるのは気が引けるけど。
でも、非常に助かる。
「やだ―! 面倒くさいー! あんたがやればいいでしょー! 大賢者のくせにー!」
「我は、おまえのように無駄遣いする魔力が惜しいのだ。大魔王の復活に備えねばならん。おまえたちエルフは、魔力が余っているんだ、勇者のために使え」
「はぁ……、仕方ないなぁー。彼氏くんー、用意できたら、順番に運んであげるわ」
「あ、ありがとうございます」
どうやら話がついたらしい。
俺たちは、急いで旅立ちの準備をした。
里長さん、風樹の勇者マキシミリアンさん、木の巫女フローナさん、他カナンの里の面々に挨拶を済ませる。
「マコト殿、北征計画で再会しましょう! 次は共に魔王と戦いましょう!」
「はい、マキシミリアンさんもお元気で」
風樹の勇者と握手を交わす。
今回の一番の収穫は、マキシミリアンさんと仲良くなれたことかな。
しかし、ごつごつした手が大きい。
比べて俺の手は、子供のようだ。
「準備できたー? じゃあ、最初はルーシーねー」
「ええー、私からなのー?」
「るーちゃんお母さんー、私が最初でもいいですよー」
「私は最後のほうがいいわ」
ロザリーさんのほうを見ると、
最初は、ソフィア王女の護衛の水聖騎士団のおっさんとかがいいんじゃないかなぁ、と思うけど。
行ったことあるだろうし。
あ、ルーシーが連れて行かれた。
(よし、俺も出発しよう)
◇
「じゃあ、これで最後ね……」
けだるげにロザリーさんが告げた。
目の下にクマができている。
多分、
……大丈夫かな?
「ロザリーさん、ありがとうございました」
「あーあ、こき使われちゃったわー。くそー、大賢者のやつ、次は負けないからねっ!」
そう言いながら、ロザリーさんの周りには魔法陣が浮かび上がる。
さっきまで、さんざん使っていた木の国への
(今までの術式と違う?)
「ロザリーさん、どこに行くんですか? その魔法陣、さっきまでのと違いますよね?」
「え? ママ、里に戻らないの?」
俺の言葉に、ルーシーが反応する。
「あら、彼氏くんって優秀。ちゃんと、魔法術式見てるのね。私はこれから『月』に行って修行をし直すわ! 大賢者にはまだ届かなかったからね!」
「あ、あの……大賢者様に挑む前に、北征計画で魔王討伐にご協力いただきたいのですが……」
腕まくりするロザリーさんに、ソフィア王女がおずおず話かける。
確かに! 身内で争っている場合じゃない。
「あー、なんかお父さんが言ってたっけ? 半年後よね? 魔大陸に殴り込みかけるの。オッケー、私も参加するから私が倒す魔王残しといてねっ!」
そう言ってロザリーさんは、空間転移で消えて行った。
自由人だなぁ。
それはそうとして、俺たちは
一緒に居るのは、ルーシー、さーさん、フリアエさん(肩の上に黒猫)、ソフィア王女と護衛の騎士たち。
「ねぇ! 高月くん! ここが
さーさんに言われ、俺はその街――
そこは全体的に、白い街だった。
建物を構成しているのは日干しレンガだろうか?
人々が着ている服装も白いものが多い。
肌の色は浅黒い人が多い。
(アラビアンナイトの世界みたいだ……)
前の世界で言う、中東を思い起こさせる街並みが広がっていた。
そしてなによりも――
(暑い……)
気温は、40℃近いのではなかろうか。
水の国と大して、緯度は変わらないはずなんだけど……。
なんでそんなに違うのかというと、
暑いのはいい。
『明鏡止水』スキルを99%にしておけば、さほど気にならない。
問題は――
(……水の精霊、まったく居ないんですけど)
昔、水の神殿で習った
どうやら、この国だと俺は役立たずになりそうだなぁ……。
小さくため息をついた。
「ソフィア様。入国手続きを済ませてきました」
守護騎士のおっさんが、ドタドタとやってきた。
さすがに空間転移で不法入国はマズイので、その辺はきっちりしている。
ただし、ロザリーさんは「え? いつも勝手に入って、勝手に出て行ってるけど?」と言っていたが。
あの人、常識をどこかに忘れて来たんだろうか?
「では、私がいつも利用している宿へ向かいましょう。勇者マコト、あなたは友人に連絡を取ったのですよね?」
「ええ、ふじやんに話をしたら、こっちに向かっている所だと言ってました」
ふじやんには、通信用の魔道具で連絡をした。
なんでも、ちょうどふじやんも火の国に用事があったらしい。
二、三日後には、合流できるそうだ。
それまでは、ソフィア王女と同じ宿に泊まってよいことになった。
「暑いわ、早く移動しましょう」
フリアエさんが、汗を手で拭っている。
少し服を着崩して、胸元を服でパタパタ風を起こしている。
服で扇ぐたびに、胸元が絶妙に見え隠れしてなんとも言えない色気を醸し出している。
「「「「「……」」」」」
通行人の男たちが、全員足を止めてフリアエさんを凝視している。
目立ってるなぁ。
「るーちゃん、大丈夫?」
「暑いよー、うぅ、アヤの肌が冷たい……」
暑いのが苦手なルーシーが、ぐったりしてさーさんに背負われている。
こりゃ、さっさと移動したほうがいいな。
俺たちは、宿を目指して出発した。
途中、火の国についてソフィア王女に教えてもらった。
火の国は、他国からの依頼で軍隊を派遣する軍事国家であること。
農業に適さない土地だが、狩猟や漁業は盛んらしい。
他にも貿易にも力を入れている。
現在、王都には多くの人が来ている。
その原因は、近々開催される火の国最大の『武闘大会』があるためだそうだ。
武闘大会の優勝者は『火の国の国家認定勇者』として、一年限定の最恵国待遇が約束されているらしい。
(やっぱり国によって特色が全然違うなぁ)
俺はソフィア王女の話を聞きつつ、『RPGプレイヤー』スキルの視点切替で、キョロキョロと街を見物した。
そして、しばらくして、少し休憩時間になった時のことだった。
ソフィア王女や女性陣は、売店で売っていた冷たいフルーツジュースを飲んでいる。
俺は少し離れたところで、どこかに水の精霊が居ないか探していた。
……うん、全然ダメっぽい。
その時、
――キーン、と『危険感知』スキルの警笛が鳴り響く。
(え? ここは街中だぞ)
『索敵』スキルをとっさに発動させるが、敵の場所がわからない。
「あ、危ない! 高月くん!」
さーさんに抱きかかえられ、一瞬でその場から離れた。
次の瞬間、 ――ドガガガガ!!!!!!
俺が先ほど歩いていた場所に、重量のあるものが落下したような爆音が響き、土埃が舞い上がった。
ば、爆撃!?
爆弾テロか!?
が、土埃が収まったあとに見えたのは、人影だった。
人間が、落ちてきたのか?
「……あーあ、避けられちゃった。流石は、魔王を倒した勇者サマ」
少しとぼけたような口調で喋るのは、女性の声だった。
浅黒い肌。
パラりとした艶やかな黒髪。
細めた目が、猫科の肉食獣を思わせる細身の女戦士。
軽装鎧を着ているが、肩や足は肌が剥き出しになっている。
しかし、無防備だと感じないのは、彼女が纏う膨大な
「はじめまして……。私は『灼熱の勇者』オルガ・ソール・タリスカー……」
どこを見ているかわからないような眼で、だらけた口調で襲撃者は名乗った。
「ねぇ……私と殺し合わない?」
その女は、ニィっと大きく口を三日月に歪めた。
やばいヤツが来た!
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