150話 高月マコトは、大賢者と話す

「やあ、精霊使いくん。会いに来たぞ」


 真っ白な髪にローブ、爛々と輝く紅い眼。

 太陽の国に居るはずの大賢者様が、カナンの里長の家に居た。

 つかつかと、こちらへ大股で歩いてくる。


「ぐえっ!」

 いきなり、胸倉を掴まれた。


「大賢者様!?」「先生!?」

 ソフィア王女とルーシーの驚いた声が、耳に届いた。


「ジョニィの息子、奥の部屋を借りるぞ」

「は、はいっ! 大賢者様! どうぞ、ごゆるりと」

「うむ」

 と言った瞬間、目の前の景色が真っ暗になった。



 ◇



「え?」

空間転移テレポートした。少し話がしたくてな」

 ここは、里長の言った奥の部屋だろうか……?

 薄暗く周りは本棚で囲まれていて、少し埃っぽい。


 ――ガチャン、と背後で大きな音が鳴った。

 魔法で鍵をかけられた?

 随分と、厳重な……。


「聞かれてはマズイ、極秘の会話ですか?」

「……」

 暗闇の中で紅く輝く大賢者様の目が、こちらをじっと見ている。

 いつもの余裕のある笑みではなく、真剣な眼。


「魔王ビフロンスを倒したらしいな」

「それ、さっきも言いましたけど……」

 その話がしたくて、わざわざ木の国スプリングローグまで来たのだろうか?


「……」

「大賢者様?」

 幼女のような体形の大賢者様が、俯いているとその表情が読めない。

 しばらく時間が経って、ぼそりと語りだした。



「……我が吸血鬼であることは言ったな?」

「ええ、太陽の国で聞きました」

 あれは驚いた。

 そのあと、童貞ってばらされて、血を吸われて……


「元々人間であった我を吸血鬼にしたのは、……魔王ビフロンスだ。つまりは、我にとって吸血鬼としての『親』にあたるのが奴だ」

「え!?」

 大賢者様のお、親?

 あ、あれ?

 俺が倒したのは、大賢者様の親?

 

「あ、あの……」

 だらだらと冷や汗が流れる。

 魔王が滅んで、悪いことはあるまいと勝手に考えていた。

 セテカーさんみたいな、魔族サイドはともかく。

 いや、大賢者様も魔族……、しかも身内だった……。


「え、えっと、何と申し上げればいいか……」

「良くやった、精霊使いくん。我は魔王ビフロンスにだけは、手が出せなかった。吸血鬼は『親』には逆らえない。他の魔王であれば、西の大陸に来た瞬間に滅ぼしてやるんだがな。蛇の教団の連中は、対大賢者を期待しての魔王ビフロンスの復活を企んだのであろうが……、くくくっ、精霊使いくんに見事に邪魔されたな」

 愉しげに、意地悪く笑う大賢者様が居た。

 つまり、いつも通りだ。

 んー、これは。


「俺が『親』を倒してしまって、怒ってないんですか?」

「ビフロンスを倒されて怒る? 千年前、西の大陸の半分を支配し、人族を家畜として扱っていた魔王だぞ? 我の人間の時の両親も村の人間も、全てビフロンス配下の魔族に喰われた。できることなら、我の手で八つ裂きにしてやりたかった……」

 大賢者様は八重歯を覗かせ、歯ぎしりしている。


「まあ千年前は、我も喰われる一歩手前でアベルのやつが救ってくれたおかげで、生き延びたのだがな。今回はアベルが居ない。もし魔王ビフロンスが復活すれば、光の勇者くんに頼むほかなかったのだが……光の勇者くんはどうも『甘い』からなぁ」

「頑張ってるじゃないですか、桜井くん」

 俺は思わず昔馴染みの肩を持った。


「わかっている。あいつも着実に力をつけておる。北征計画までにはモノになるだろう」

「真面目なやつなんで、助けてあげてください」

 ちょっと、優柔不断だけどね。

 特に、女性関係とか! 

 俺の言葉に、大賢者様が何かを思いついたように、大きく口を歪めた。


「人の心配ばかりしていても良いのか? 精霊使いくん。太陽の国ハイランド、いや西の大陸中の貴族が狙っているぞ?」

「……そう、なんですか?」

 ソフィア王女が、そんなこと言ってたけど、本当なんだろうか?


「強欲な連中は、既に魔族との戦争の後について、皮算用しておる。救世主の生まれ変わり、異世界からやってきた光の勇者くんはハイランド王家に抑えられた。ならば、重要になってくるのは『第二功労者』をどこが引き入れるかだ」

「……はあ」

 まだ、戦争始まってませんよ?


「おいおい、危機感が足らんな。世事に疎い『魔王を倒した勇者』が居て、しかも弱小国の雇われだ。酒池肉林の餌を与えておけば、こちらの陣営に引き入れられると考えておるんだよ、多くの貴族が。あとは戦後に、魔大陸の領地を美味しく頂くわけだ。『魔王を倒した勇者』というカードを使ってな」

 はぁ、そんなことを考えているのか。

 貴族のお偉方は。


「……政治用なわけですね。でも、一応ソフィア王女と婚約してるらしいですよ? 俺」

「小国の王族なぞ、どうにでも黙らせられると思っているんだろう。ソフィアも苦労人よな」


水の国ローゼスの立場、弱いなぁ……)


「これからどうするつもりだ? 精霊使いくん」

「当初の予定では、火の国グレイトキースに行くつもりですけど……」

 今の話を聞いた限り、大人しくしておいたほうがいいんだろうか?

 ソフィア王女に相談しようかな。


「ふむ、軍事国家の火の国グレイトキースか。悪くないかもしれんな。あそこの連中は、脳筋ばかりで政治的な駆け引きは苦手だ。ちなみに商業の国キャメロンに行くのだけは、やめておけ。狸しかおらん。あっという間に、ハニートラップにかけられるぞ」

「俺は魅了魔法が効かないんで、大丈夫ですよ」

 俺が自信を持って答えると、大賢者様が呆れたように首を振った。


「阿呆、魅了魔法なんぞ関係あるか。宿に泊まって、朝起きたら隣に知らん女が裸で寝ておるぞ。そして、半年後は謎の赤ん坊を抱いて、認知しろと言われておるわ」

「……」

 おいおいおい、ふざけんなよ。

 こっちは、童貞だぞ。

 その表情を察してか、大賢者様がニヤリと笑った。


「その時は、我の『鑑定』スキルで貴様の童貞を証明してやろう」

「やめてもらえます!?」

 国中に童貞がバレるやつやん!


「そんなことになりたくなければ、近づくなよ」

「はーい……」

 人間社会怖いよー。


「色々とありがとうございます、大賢者様………………どうしました?」

 お礼を言って、そろそろ部屋を出ようかと思っていたら、大賢者様のねっとりとした視線を感じた。


 怒っている表情ではない。

 強いて言うなら、魚を前にした猫の表情と言うか。

 

「腹が減った」

 あー、あれか。


「……どうぞ」

 俺は跪いて、襟を少し開き、首元を差し出した。


「ふふっ、いい子だ。……カプ」

「……っ」

 じわりとした痛みと、多少の快感が身体を巡る。

 なんか、身体が慣れてきたのかなぁ。

 嫌だなぁ。


 ――コクコクコク、と喉を鳴らす小さな音が聞こえる。


 上品な飲み方だ。

 先日会った吸血鬼とは全然、違う。

 そういえば、あいつも千年前の魔族だったっけ?

 大賢者様の知り合いだろうか。


「大賢者様、セテカーって魔族は知ってますか?」 

「……食事中に話しかけるな。勿論知っているぞ。やっかいな相手だった。そういえば、やつに石化されたらしいな。まぁ、あいつは人が喰えんからな、石化するしか能がない」

「え?」

 人が喰えない……?


「大賢者様、それはどういう意味ですか?」

「知らなかったのか? もともと弱い不死者だったセテカーは、大魔王イヴリースに『覚醒』されて強くなった。代償として『人を襲えない』という呪いにかかった。奴は人の血を吸えない、半端モノの吸血鬼として魔族仲間からは蔑まれている……が、あの『石化の魔眼』は我々には脅威だな」


 そんな事情があったのか。

 道理で俺やレオナード王子、ジャネットさんの血を飲もうとはしてなかったような。


「奴と話したのか?」

「ええ、ビフロンスの最後の言葉を伝えると、喜んでましたね」

 しかし、人を襲えないならそこまで脅威じゃないのかな?

 いや、でも石化でエルフの戦士たちがほとんど戦力外にされてた。

 やっぱ、脅威だ。


「おい! おまえ、ビフロンスと会話したのかっ!?」

 大賢者様が、初めて焦った声を上げた。


「え、ええ……少しだけ」

「バカな……奴は自我など残っていないはず……あの時、確かに……」

 わなわな震えるちっこい賢者様。


「……奴は何と言っていた?」

「えっと、自分のことをあまり覚えてないみたいでしたよ。我は誰だ? とか言ってたんで」

「……アベルについては、何か言っていたか? もしくは、千年前の誰かのことを」

 大賢者様が、真剣な表情で詰問してくる。

 うーん、特になかったような……。


「別に言ってなかったと思いますね」

「……………………そうか。なら、いい」

 俯いた大賢者様の表情が読めない。

 なんだったんだろう?


 再び、コクコクと血を啜る音だけが響いた。


(うーん、暇だな。それに俺の血を提供しているわけだし、タダってのも癪だ)


 折角だ。

 少し相談してみるか。


「大賢者様、どうやったら強くなれますかね?」

「……唐突だな。君は魔王を倒した勇者だぞ?」

 だから、倒してないですよ。

 あれは、滅びを魔王が希望しただけです。


「そろそろ、今の戦い方がキツくて」

「……ふーむ。しかし、精霊使いくんのステータスはレベルだからな。それをカバーする精霊魔法やら神器を使って、上手く戦っていると思うが……」


「でも、紅蓮の魔女ロザリーさんの戦いにはまったくついていけなかったし、魔王ビフロンスがその気になれば、俺は殺されてました」

 どうも、彼らとは分厚い壁がある気がしてならない。

 このままだと、……多分、ダメな気がする。


「……強くなりたいのか? しかし、精霊使いくんがここから劇的に強化するとなると……しか無いと思うが……」

「え?」

「本気にするなよ? 例えば、我が精霊使いくんを吸血鬼にしたとしよう。おそらく身体能力は上がる」

「おお!」

「代償として、精霊魔法は使えなくなる。精霊は、不死者に懐かない」

「……ダメですね」

 上手くは、いかないか。

 そもそも吸血鬼になる気は……無い。


「そんな顔をするな。もっと我を頼ればいいだろう? 知っているか? 我と精霊使いくんが、太陽の国で何と呼ばれているか」

「愛人扱いになってるんでしたっけ?」

 ノエル王女の話だと。


「なんだ、知っておったか」

 つまらなそうに、大賢者様が唇を尖らせた。

 どんな反応を期待してたんだろう。

 にしても、


「そろそろ、血はいいですか?」

「あと、もう少し」

 上目遣いで可愛く見られても。


「……貧血気味なんですけど」

 今日は、一杯吸うなぁ!


 ちなみに、俺は今膝の上に大賢者様を乗せている。

 大賢者様は、正面から俺に跨り、俺の腰に足を巻き付けている。

『RPGプレイヤー』スキルで、端から見ると少々怪しい体勢になっている。



(この格好は、ルーシーやさーさんに見られたくないなぁ)



「わー、彼氏くんが浮気してるー!」


「「!?」」

 いきなり部屋に誰か現れた?


「ロザリーさん!」

 わざわざ空間転移してきたのか。


「おい、紅蓮の小娘! 人の食事を邪魔しにきたのか?」

 思いっきり不機嫌になった、大賢者様が八重歯を見せて睨みつけている。


「そうよ! 私の縄張りに無断で入って来たんだから、勝負しなさい! 今度こそ勝ってやるわ!」

「小娘、年季の違いを教えてやる」

 そういった瞬間、二人の姿が消えた。


(……テレポート?)

 しかも、無詠唱。

 やっぱ、あのレベルの連中と戦えるビジョンが浮かばない。


 そん時、外――上空から爆発音が鳴り響いた。

 大賢者様と、ロザリーさんが戦っているみたいだ。


(うわ、王級魔法を連発してる)

 無茶苦茶だ。


 ――大賢者様と紅蓮の魔女の喧嘩ドンパチは、一晩続いた。

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