第七章 『火の国』編

149話 ソフィア王女は、木の国を訪れる


 ◇ソフィア・エイル・ローゼスの視点◇


 ――木の国スプリングローグにて魔王の復活を阻止するため、勇者が犠牲となった


 その報告を聞き、私は卒倒するかと思った。

 とても王都では待っていられず、私は木の国スプリングローグへ急行した。


 その途中で、入ってくる続報の数々。


 ・千年前に悪名を轟かせた上級魔族セテカーとシューリの復活

 ・獣の王『ザガン』の軍勢が木の国スプリングローグへ入り込んでいたこと

 ・それらに蛇の教団が裏で糸を引いていたこと

 ・風樹の勇者と水の国ローゼスの勇者が石化の呪いにかかったこと


(……なんてこと。レオナード……マコトッ……)


 私は眩暈を覚えながら、レオやマコトが居るというカナンの里へ到着した。



 ◇



「……高月くん、起きないね」

「……マコト、目を覚ましてよぉ」

 ルーシーさんとアヤさんが、一体の石化した人間の傍で俯いている。

 その石像の顔には、掛かっている。

 

(そ、そんなっ……) 

 ※水の国ローゼスでも、亡くなった人に白い布を被せる風習があります


 私は、ふらふらと床に崩れ落ちた。

 ああ、……私が勇者マコトを木の国へ行くように伝えたばかりに、こんなことに……。


「うーん、おかしいわねー。呪い解除の秘儀『月の息吹』を使ったんだけど、なんで復活しないのかしら」

 月の巫女フリアエが、ぺしぺしと石像の額を叩いている。

 な、なんて罰当たりな!

 

「ねぇー、ふーちゃん。その白い布は縁起が悪いから取ろうよー」

「そうなの、アヤ? でも、その白い布が魔道具なんでしょ? じゃあ、そのままにしておいたほうが」

 あ、あら……?

 泣き崩れていると思ったルーシーさんとアヤさんが、思ったより普通の様子だ。

 私は、恐る恐る三人の居るほうへ近づいた。



「おーい、フーリちゃん。もう一体『石化』の人追加ー。解除お願いしていいかー?」

「あー、もう! 忙しいわね! ほら、解除したわよ」


(え?)


 月の巫女が、石化の呪いがかかった人間にで、その人の石化の呪いが解けてしまった。


「お、おお……俺は一体……」

 石化から目覚めたエルフが、自分の身体を不思議そうにぺたぺた触っている。

「しばらくは様子を見るから、丸一日はその辺のベッドで寝といて。後遺症が無ければ、退院してよし!」

 チャキチャキと呪い患者に指示を出している月の巫女。


「私の出番がありませんねぇ……、本当に凄い使い手」

 ふと隣から声が聞こえたほうを振り向くと、見知った顔が立っていた。


「フローナさん」

「遠路はるばる、ようこそお越し下さいました、ソフィア王女。ハイランドの学院の卒業式以来ですね」

 微笑むのは木の女神の巫女フローナだった。

 ただし、その顔には疲労の色が滲んでいる。


「随分、お疲れのようですが大丈夫ですか……?」

「あわや木の国が滅ぶかもしれないという事態でしたから……戦士の皆様の苦労に比べたら私のことなど大したことはありません。ご挨拶も十分にできず、申し訳ありませんが怪我人が大勢いますので、失礼いたします。里長は、あちらにおられますので」

 木の女神の巫女は、足早に去っていった。

 


 ◇



 カナンの里長に挨拶をして、回復魔法が使える水聖騎士団の団員には、怪我人の治癒に協力するように命じた。

 そして、私は石化している勇者マコトの元に改めて向かった。


「高月くーんー、起きろー」

 アヤさんが、マコトの石像に馬乗りしている。

「ちょっと、アヤ。あんまり揺らさないほうがいいんじゃないの?」

「でも、もう四日目だよー、るーちゃん!」

「はぁ、他の石化した連中なら、一秒で治せるのに、なんで私の騎士の呪いは全然解けないのかしら……」

 石化した高月マコトの元に、三人の美女が揃っている。

 婚約者としては、嫉妬する状況なのかもしれませんが……


(当の本人が石像ですからね……)

 何とも言えない気持ちになる。


「あら、ソフィア王女?」

 ルーシーさんが、こっちに気付きました。

「ソフィーちゃん、高月くんが心配で来たの?」

「え、ええ……、それで勇者マコトは……?」

 私は緊張しつつ、三人の所に近づいた。


「戦士さん、そろそろ私の騎士の石像から降りなさい。あんまり揺らすと割れるわよ」

「はいはーい」

 アヤさんが、石像から降りた。

 

「みなさん、この度は大変な事態だったようですね。無事そうでなによりです……勇者マコトを除いて」

 私は、石化した高月マコトを覗き込んだ。

 石化の魔眼を所持している恐ろしい魔族と戦ったマコトはどんな恐怖の表情を……


「なんで楽しそうに笑っているんでしょうか。この男は」

 石化した勇者マコトは、世間話でもしているような爽やかな表情だった。


「うーん、マコトと会話してたセテカーって魔族は、『もっと会話したかった』とか言ってたっけ」

「うんうん、なんか仲良さそうだったよね。遠くから見ただけだけど」

 ルーシーさんとアヤさんが、おかしなことを言っている。


「魔族と仲良くって……、女神教会に見つかったら速攻で異端審問にかけられるわよ」

 忌々しげに月の巫女フリアエが言った。

 実体験……なのだろう。

 月の巫女は太陽の国の神殿騎士にずっと追われていたはずだ。


(私も、女神教会の巫女なのですけどね……)

 一応、彼女に味方だと認識されているらしい。


「それで、勇者マコトの石化の呪いは解けそうですか?」

 彼女らの悲壮感のなさから、おそらく致命的なわけではなさそうですけど……。

「うーん、徐々に呪いが薄まっているのは感じるから、あと数日で目覚めるんじゃないかしら」

 フリアエがその白磁のような指で、勇者マコトの石像の唇を撫でている。


 ……彼女の何気ない仕草全てが、艶っぽい。

 月の巫女が、恋敵で無くて本当によかった……。

 その時、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。


「姉さま! 木の国に来ておられたのですか!?」

「レオ!」

 弟が、駆け寄ってきた。

 私はその頭を軽く抱き寄せた。


「お疲れ様でした、レオ。大変でしたね」

「姉様! 申し訳ありません、僕がついていながら、マコトさんが……!」

「レオ、いいのです……」

 恐らく先ほどの木の巫女と同じく、怪我人の世話をしていたのでしょう。

 レオも疲労を隠せていない。


「少し休みなさい。木の国の援助は、私と同行した水聖騎士団と、後続の軍も手配してあります」

「は、はい……ありがとうございます」

 フラフラと、護衛の騎士に見守られながらレオは帰って行った。


(レオには休養を取らせた後、一度王都ホルンに戻るよう伝えましょう。父様と母様も心配していましたし……)

 国王である父と王妃の母は、簡単には王都を離れられない。

 しかし、レオの居る場所に魔王が復活しかけていると聞いて「今すぐ全軍を率いて、討伐に行くぞ!」と取り乱していましたからね……。

 無事な姿を見せないと。


 その後、数日をカナンの里で過ごし、勇者マコトが無事目を覚ましました。



 ◇


 ――それから数日。


 現在、高月マコトの体調が全快するまでの、休息期間のはずなのですが……。


「あの……休んでいなくてよいのですか?」

 目覚めたその日に、修行を始めた我が国ローゼスの勇者マコトに、私は思わず話かけた。

 勇者マコトの周りには、水魔法で形作られた水の蝶がふわふわと舞っている。


「一週間も修行してなかったんで、鈍ってるんですよ」

 少し気怠そうに、マコトは返事をした。

 彼は腕組みをして自分の水魔法を見ながら首を捻っている。


(自分の魔法に、納得がいかないのでしょうか……?)


 カナンの里を覆いつくしそうな量の水魔法。

 精霊の魔力マナを借りて、魔法を使っているらしい。

 魔力だけではない。

 一体、どれほどの熟練度が必要なのだろうか。

 壮観の一言に尽きる。

 水の国ローゼス中の魔法使いを集めても、同じ事はできないだろう。


「おおー、彼氏くんー、やってるねー。よーし、私も混じるよー」

 近くでワインボトルを片手に、勇者マコトの魔法修行の様子を見物している紅蓮の魔女様が居る。

 真っ赤な顔を見るに、すでに出来上がっているみたいだ。

 って、今片手、無詠唱で王級魔法・不死鳥フェニックスを放った!?


「ちょっと、ママ。マコトの邪魔しちゃダメでしょ!」

「んー、ルーシーはすぐ集中力切らせて情けないわねー。少しは彼氏くんを見習いなさいよー」

「無理だから! 五時間ぶっ続けで、魔法を使い続けるとか無理だから!」


(……確かに、修行を初めてもう数時間。彼はいつもこんな感じなんでしょうか?)


「あーあ、こうなったら長いからなー、高月くんは」

「!?」

 急に隣から声が聞こえたと思ったら、アヤさんだった。

 エプロン姿で、髪を一つ括りにしてフライパンを持ってこちらにやってきたみたいだ。

 なんでも、パーティーの食事担当は彼女らしい。


「しかし、まだ本調子では無いでしょうに……いきなりこんな長時間の修行を……」

「え? 高月くんの修行は12時間が基本だよ?」

「!?」

 頭おかしいでしょう!?

 いくらなんでも。


「それに、そろそろじゃないかなー」

「私の騎士ー! 寝てろっつったでしょうーがっ! あんた病人なのよっ!」 

 月の巫女フリアエが、ジャンプ蹴りを勇者マコトに喰らわせている。

 えっ、……クリーンヒットしてますが、大丈夫なんでしょうか。


「うわー、綺麗に決まったねー。高月くん、後ろからの攻撃でも躱せるくせにわざと喰らったなー、あれ」

「そうなんですか? アヤさん」

「うん、高月くんって360度、自由に視点切替ができる能力があるんだって」

 なんと。知らなかった。


「私の騎士! 今日の修行は、終了よ! もう休んでなさい!」

 月の巫女が、仁王立ちして勇者マコトを睨みつけている。


「ええ~、これからだったのに……」

「あんた、毎日同じこと言ってるでしょ! だから全然回復しないのよ! 体力も魔力もカスみたいな数値のくせに、無理ばっかりして! いいから、寝てろ!」

「はーい……、あ、姫」

「何よ?」

「下着、見えてるよ」

「っ、死ね!」

 勇者マコトが、思いっきり頭を蹴られました。

 す、凄い音がした。 


(まあ、あれは自業自得……)


「じゃあ、夕飯ができたら声かけますねー」

 アヤさんは、去っていった。


「マコト、大丈夫……って、ママ、離してよ!」

「あんたは元気なんだから、もっと修行しなさい~。ほら聖級魔法、もう一回唱えるわよー」

「いやー、もう今日は疲れたのー」

 ルーシーさんは、紅蓮の魔女様に捕まっている。


 私はおそるおそる目を回している、勇者マコトの傍に腰を降ろした。

 そっと、彼の頭に手をあてる。



 ――水魔法・癒しの水ヒールウォーター 



 こんな中級魔法では、呪いで弱った身体には効かないでしょうけど、疲労回復くらいなら。

 マコトの寝言が、聞こえてきた。

 

「うーん……、ノア様のスカートはやはり鉄壁か……」

(何でしょうか……、もう一回くらい頭をぶつければいいような気がしました)


「はっ! 俺は何を」

「いい夢を見ていたようですね」

 勇者マコトが、きょとんとした目でこちらを見てきた。

 くっ、その純真な瞳で見つめるのをやめなさい! 


「あまり無理をしてはいけませんよ」

「そうなんですけど、……やっぱり焦りがあって。今回の戦いはギリギリでしたから」

 そう言う彼の横顔は、少し寂しそうに見えた。


「何かあったのですか?」

「俺の戦いかたは、精霊の魔力や、女神様の力や神器を使ったものばかりで、自分自身のチカラではないんですよね……。だからどうしても、不安定になるし、いざという時に使えなかったりする。本当は、自分自身がレベルアップで強くなれればいいんだけどね」

 悲しげな表情で、勇者マコトは自分の短剣を眺めていた。


「勇者マコト……」

「すいません、何か湿っぽい話をしちゃって」

 落ち込んでいる……のだろうか?

 ならここで、私が言うべきは。


「守護騎士が、護るべき巫女の下着を見てはいけませんよ?」

「ア、ハイ」

 うちの勇者は根を詰め過ぎです。

 少し気を楽に持ったほうがいい。

 魔王を倒したばかりで、よりハードな修行を課すなんてどんな思考をしているのか。


「あなたには、可愛い恋人がいるでしょう? それから……私もあなたの婚約者なのですから……もっと周りを頼っていいのですよ」

 私はマコトから迫られれば、断らないのにっ。

 私が勇気を出していった言葉に、マコトは静かに笑顔を浮かべた。


「……ありがとう、ソフィア。少し休むよ」

 パタンと倒れ、そのまま寝入ってしまった。

 

(はぁ……、この男は)

 倒れるまで修行をして、寝て起きたらまた修行。

 一緒に冒険をしているルーシーさんや、アヤさんの苦労がうかがえますね。 

 私は、彼が起きるのを待った。



 ◇



 夕飯の時刻。

 里長の家に戻って来た時。

 家の前に、人垣ができていた。


「何かあったんでしょうか?」

「誰かが来たみたいですね」

 私は勇者マコトと二人で歩いていた。


 まさか、もう太陽の国の者が到着したのでしょうか?

 でしたら、手回しが良すぎる。

 しまった、グズグズせずに出発すべきだった。

 しかし、人垣の中心にいるのは想定外の人物だった。


「あ、お久しぶりです!」

 勇者マコトが、能天気に手を上げて


(あ、あの御姿は……)


「やあ、精霊使いくん。魔王を倒してくれたようだな」


 ニヤリと不敵に嗤うのは、真っ白な髪に真っ白な肌。

 深紅の大きな瞳が、ルビーのように輝いている。

 小柄ながらも威圧感を放っている。


(だ、大賢者様!?)

 なぜ、こんな辺境の地へいらっしゃったのですか!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る