148話 エピローグ(六章)
「……」
「……」
現在、俺とソフィア王女は並んで、病院のベッドに腰かけている。
ここはカナンの里にある、小さな野戦病院だ。
他のベッドには、先の魔族や魔物との戦いで、怪我したり石化した人たちが寝ている。
ちなみにフリアエさんは、ソフィア王女を見た瞬間「あとはお二人で!」と言って、凄いスピードで去っていった。
おまえは、
というわけで、俺とソフィア王女は取り残されたわけで。
「随分と、月の巫女と仲良くなったのですね」
「ええ、……まぁ」
なぜだろう。
ソフィア王女のクールな表情は、いつも通りなんだけど。
背中がゾクゾクして、頬を汗がつたう。
「そういえば、バランタイン家の三女が
「へ?」
ソフィア王女が、何も気にしてません、と言う口調で告げた。
バランタイン家の三女?
ジャネットさんのこと?
「あれ、そういえばジャネットさんの姿が……見当たりませんね」
そもそもペガサス騎士団の人たちが居ない。
「彼女は、
「はぁ……なるほど」
確かに蛇の教団が暗躍してたり、獣の王の配下が入り込んでたり、報告することが多そうだ。
しかし、慌ただしいな。
一言くらいあってもよさそうなものだけど。
「勇者マコト、ジャネット・バランタインから伝言です」
「伝言?」
おお、ちゃんと一言残しておいてくれたわけか。
「北征計画では、勇者マコトの隣に立てるよう腕を磨きます。次に会う時は、……二人きりで食事をしましょう、と。……あの女、よくも私にこの伝言を残してくれましたね」
後半、ソフィア王女の口調が苛立ちを含んだものになった。
確か、五聖貴族のバランタイン家は、ローゼスを含む諸外国の王家と同格だっけ?
にしても、王女に伝言頼まなくても……。
いや、わざとか。
「少し会わない間に、あっちこっちで女性と仲良くなってますね」
「えっと……そんなこと、ありませんよ?」
頬に添えられたソフィア王女の手が、恐ろしく冷たい。
『氷魔法・王級』が漏れてないですか。
しばらく見つめ合った。
「まあ、良いです。あなたが無事で安心しました。石化されたと聞いた時は、驚きましたが……」
ソフィア王女の表情が、和らぐ。
頬に添えられた手が、温かくなった。
「大変でしたね。もともと木の国の勇者や巫女へ挨拶をしてもらう使者の役目でしたのに……」
俺を労わるような、優しい口調になった。
「そうですね、思ったより色々ありまし」
「おお! 勇者マコト殿! 目覚められましたか。ご無事で何よりだ!」
風樹の勇者マキシミリアンさんが、大声を上げてのしのしとやってきた。
「マキシミリアンさんも、ご無事でしたか」
最後に見たのは、石化された所だったけど無事に復活できたようだ。
「お恥ずかしい限りです。木の国の危機にのん気に石になってしまうとは」
くうっ、と悔し気な表情で拳を握りしめている。
「元気になられましたら、ぜひ修行に付き合っていただきたい! 胸をお借りしてよろしいですか!?」
「は、はぁ……」
俺は龍人族であるマキシミリアンさんの分厚い胸板を眺めながら、気の抜けた返事をした。
俺の貧弱ステータスだと、デコピンされたら、吹っ飛びそうなんですが。
はっはっは、と豪快に笑いながらマキシミリアンさんは去っていった。
「勇者マコト、風樹の勇者と親しくなったようですね」
「まあ、一緒に魔王と戦いに行った仲なので」
ソフィア王女が、真剣な表情で尋ねてきた。
そういえば、当初は木の国の勇者との顔合わせが目的だったな。
忘れてたけど。
目標達成か。
「あら! マコト様! お目覚めになったのですね! 一週間もお目覚めにならないので、ルーシーも心配していましたよ」
突然、目の前に美人なエルフのお姉さんが現れて、俺の手を掴んだ。
ええっと、この人は……確か木の女神の巫女で、名前は……
「フローナさん、ご心配おかけしました」
「よかった……私の拙い呪い解除の魔法が通じず……。お連れのフーリさんは、凄い使い手ですね」
「ええ、まあ……」
呪い魔法の
あと、そんなに手を強く握られると、隣のソフィア王女の視線が怖いです。
「ルーシーと、アヤさんを呼んできますね。二人とも心配していましたから。ソフィア王女様、それでは」
木の女神の巫女フローナさんは、俺たちに挨拶をすると軽やかに去っていった。
「……女たらし」
ソフィア王女が、聞き捨てならないことを呟いた。
「言っておきますが、フローナさんは人妻で、ルーシーの義理のお姉さんですからね」
「ふん」
そういう問題じゃないらしい。
とりあえず、ご機嫌が麗しくない。
さて、国家認定勇者としては、上司の機嫌をどうやって取れば良いかなぁ。
「やっほー、彼氏くん!」
「うわっ!」
いきなり空中に、金髪のエルフが現れて抱きついてきた。
「ろ、ロザリーさん!?」
「ぐ、紅蓮の魔女様ですか?」
俺の声に、ソフィア王女が驚きの声を上げる。
おや、その驚きよう。
もしかして、初対面?
「おおー、魔王を倒した英雄くんー。目覚めたわね! ん? お隣のツンツンした美女はどなた? 浮気か? 浮気は感心しませんなー」
「おはようございます。ロザリーさん、石化の呪いは大丈夫ですか?」
俺は、
たしか、ロザリーさんも片腕が石になっていたはず。
「はっはっはっは! 余裕よ、余裕。気合で治したわよ!」
「自分で治したんですか?」
なんかこの人だけ、別格過ぎない?
「あ、あの、わ、私は……」
ソフィア王女は、あわあわして喋れていない。
「うーん、彼氏くんは、こーいうお嬢様が好みのタイプなの? まあ、ルーシーは私に似てガサツだからねぇー、でも夜は私と同じできっと尽くしてくれるわよ?」
「寝起きに、下ネタはやめてくれませんかねぇ」
あんた、自分の娘のことなのに、何てこと言うんだ。
「あはははっ。で、こちらの彼氏くんを熱っぽい目で見つめる子はどなた? こーいう子は見た目は真面目でも、案外むっつりスケベなのよねー」
「なっ!? なんですって!」
ロザリーさんのあんまりな決めつけに、ソフィア王女が怒りの声を上げる。
いかん、外交問題になる。
「
「げっ!?」
ぱっと、ロザリーさんが両手を上げて俺から離れる。
「わわわっ! 王族!? 王族なの!? 私、打ち首になっちゃう!?」
「ソフィア、ロザリーさんは打ち首なの?」
「で、できる訳ないでしょう!? 木の国の英雄ですよ!」
「だそうです、ロザリーさん」
「あら、そう? じゃあ、邪魔者は消えるねー。ねぇ、今度、あなたの短剣を見せてね! その神殺しの刃!」
言いたいことを言って、ロザリーさんは
「……」
「……」
何だったんだろう。
ほんと、嵐みたいな人だなぁ。
ちらっと、ソフィア王女のほうを見ると、彼女も俺のほうをじぃっと見つめていた。
「……どうしました?」
「随分……、木の国の要人と親しくなったのですね……。私が使者を出しても、全然うまくいかなかったのに……」
ずーん、と暗い表情になってしまった。
「いや、でも、全員ルーシーの関係者だったんで」
ルーシーの学校の先輩と、ルーシーの義理の姉と、ルーシーの母親だ。
ぶっちゃけ、ルーシーさえ連れて行けば『勝ち確』だったような。
はぁ、とため息をついてソフィア王女がこちらを真剣な表情で見つめてきた。
「勇者マコト」
「は、はい。何でしょう?」
「あなたには
「え?」
また、
この前行ったばっかじゃん。
「なぜ、不思議そうな顔をしているのですか。あなたは、魔王を倒したのですよ?」
「あれは、……倒したっていうんですかね」
少し会話して、魔王が自分から滅んだ感じだけど。
唯一、勝利した魔族シューリもロザリーさんとの連戦で弱ってたし。
というか、
あれ? 俺って何したっけ?
「今回、強い魔族を倒したのは、ロザリーさんですよ?」
「……そうなのですか? でも、紅蓮の魔女様曰く、今回の功労者は水の国の勇者なので、魔王討伐の栄誉は全て勇者マコトに与えると……カナンの里長から伺いましたが」
「……」
ロザリーさんー!
絶対、面倒事をこっちに押し付けようとしてるだろ!
くそっ、どこに行ったんだ?
見つけて、文句を言ってやる。
「そして、ノエル王女の密使より、勇者マコトは
「……どういう意味です?」
ハイランド国王は、ノエル王女の父親だ。
父が呼び出したのを、娘のノエル王女がストップをかけるってのは、きな臭い。
「簡単な話ですよ。魔王を倒した勇者と、縁者になりたい貴族がハイランド王家に働きかけたのでしょう。今、
ソフィア王女が、淡々と告げた。
「……」
おいおい、マジですか。
これってもしかして、桜井くんと同じルート?
妻が20人ってやつですか。
「どうしますか? 」
ソフィア王女が、上目遣いで問うてくる。
その時、空中に選択肢が浮かび上がった。
『ハイランドで、ハーレムエンドにしますか?』
はい
いいえ ←
言い方ーー!
『RPGプレイヤー』スキルさん、悪意あるよー!
「逃げます」
俺は即答した。
それを聞いて、ソフィア王女が少し驚いたように目を丸くした。
「ハイランドの王族や貴族と親族になれば、この世の富が全て手に入りますよ? 水の国のような弱小国家ではなく、この大陸最大の国家の中心に在るのですから」
ソフィア王女が、真剣な口調で聞いてくる。
(いや、でもなぁ……)
ノア様とエイル様の会話を思い出す。
――次の人族と魔族の戦争では、敗れる可能性のほうが高い
(貴族入りなんてして、遊んでる場合じゃねーわ)
修行しないと。
「そーいうのは、大魔王を倒してから考えましょう。まずは、水の国の戦力を増強しましょう。勇者があと十人くらいは欲しいですね。
「ゆ、勇者はそんなに簡単に増えません! え? エイル様の話? あなたは何を……」
急に話題を変えた俺に、ソフィア王女の冷静さが崩れた。
「大魔王に負けたパターンの戦術も考えておきましょう。避難用の砦とかを整備したほうがいいですね」
「ちょっと、お待ちなさい。大魔王に負けるなどと……女神様に聞かれてたら、大変です!」
その女神様からの情報なんだよなぁ……。
うーん、女神様はどうして巫女のソフィア王女にまで隠すんだろう?
不安を与えるからだろうか?
(それに未来の話は、桜井くんは知ってるのか?)
桜井くんは、最高神ユピテルの娘、太陽の女神アルテナ様の加護を持っているから相手が大魔王だろうと余裕だろ、って考えてたけど。
エイル様の話だと、一気に不安が増した。
「ソフィア、ひとつノエル王女に伝言を頼みたいんだけど」
「待ってください、先ほどから私は話について行けな……」
俺とソフィア王女が、話し込んでいる時。
「マコト!」
「高月くん!」
ルーシーとさーさんが、抱きついてきた。
二人の勢いに押されて、ベッドに押し倒された。
「身体は平気? マコトだけいつまで経っても呪いが解けないから……」
「うぅ……、心配したよぅ」
「ルーシー……、さーさん……」
二人は目にいっぱいの涙を溜めていた。
しがみついたまま俺から離れない。
二人の手が、少し震えていた。
(そうだ……確か一週間も石化の呪いにかかったままだったんだよな)
そりゃ、不安にもなるか。
「ごめん、心配かけて」
二人に頭を下げた。
「ううん、元気そうでよかった。ね? るーちゃん」
「うん。ね、ねぇ。もう動いても平気なの?」
「ああ、まだ身体が重いけど」
歩くくらいなら、なんとかなりそう。
が、さーさんとルーシーの次の言葉は、俺の想定とずれていた。
「ほら! るーちゃん! 頑張って!」
「ええっ! 私が言うの? うぅ……、ねえマコト。勇者っていつ死ぬかわからない危険な職業じゃない……? 今回もこんなことになったし。だから……」
ルーシーがモジモジしながら、顔を近づけてきた。
耳元で、小さく囁く。
「も、もっとこう、恋人っぽいことしない」
ゾクっと、背中を何かが駆け抜け、体温が上がった気がした。
「高月くん、顔あかーい」
「さ、さーさん?」
気が付くと、すぐ近くにさーさんの顔があった。
(待て待て、なんか変だろ)
この急な展開は、裏で手を引いているやつが居るはず。
俺は、きょろきょろと周りを見渡す。
部屋の奥のほうで「行け行け! 押し倒せ!」と煽っているロザリーさんの声が、『聞き耳』スキルから聞こえてきた。
何やってんだ、あの人は。
「女たらし」
(はっ!?)
隣からさっきと同じセリフが聞こえてきた。
やばっ、ソフィア王女が隣にいるのに!
「あんまり仲間に心配をかけてはいけませんよ」
少し拗ねたような顔をしたソフィア王女の声は、小さな子供をあやすようだった。
怒ってない?
「ソフィーちゃん、そんなこと言ってこの三日間、高月くんから離れなかったくせに」
「ねー、夜も目を覚ますまで待っていますって言って、護衛の騎士さんたちに止められてたのにねー、アヤ」
「ちょ、ちょっと、お待ちなさい! それは言わない約束でしょう!」
さーさんとルーシーが、からかうように話すと、ソフィア王女が慌てだした。
「『……あぁ、こんな事なら私が一緒に行けば、勇者マコト……』」
さーさんが、なんか演じ始めた。
あれは、ソフィア王女の真似だろうか……?
「や、やめなさい! これ以上は怒りますよ!」
と言って、ソフィア王女がさーさんの肩を掴んで揺さぶっている。
「あわわわわっ」
急にさーさんが、小刻みに震えだした。
「ダメよ! ソフィア王女、氷魔法が漏れてるから!」
ルーシーが慌てて止める。
あー、さーさん、冷気が弱点だからなぁ。
ソフィアさん、ちょっと、
キャーキャー騒ぐ、女性三人を眺めていると。
「……みんな~、何してるの~……?」
あ、フリアエさんが戻ってきた。
肩に黒猫が乗ってる。
どうやら、みんなが騒ぐのを聞いて寂しくなったらしい。
(よかった、みんな無事で)
何とかみんなで乗り越えることができた。
俺は、だるさが残る身体をベッドに預け、目を閉じた。
もう一回、寝よう。
仲間の声を聞きながら。
――こうして、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます