145話 魔の森の決戦 その6

「さよならです、人間!」


 突如、現れたのは魔王の腹心セテカーだった。

 身体中に小さなひび割れがある気味の悪い容姿は前と同じで。

 以前と違うのは、空洞だった場所には、真っ赤な眼が爛々と輝いている。

 あれが、伝説の『石化の魔眼』!


「……」

「……」

 そして、しばらく二人で見つめ合った。

 セテカーは、俺を不思議そうな顔で見つめている。


(え? 何この時間?)


「……」

「……」

 セテカーさんは、首を傾げるだけで何もしてこない。

 とりあえず、攻撃してみるかな。


 ――水の精霊纏い・水刃


 精霊魔法を使って、魔法剣技を放ってみた。

 巨大な魔法の刃が、セテカーを襲う。


「うおおお!」

 セテカーは、ブリッジするようにオーバーリアクションで、水刃を避けた。

 マト〇ックスかな?

 つーか、余裕あるなぁ。

 不意打ちっぽく、攻撃したのに。


「お、おかしいですねぇ……なぜ、あなたは石化しないのか……。ならば、直接!」

 速いっ!

 さーさんやジェラルド並みか、それ以上のスピード!

 巨大化した、セテカーの漆黒の爪が俺の命を刈り取ろうと迫る。

 か、『回避』スキル! 

 くそっ、避けられない!



 ――ふわぁぁぁん



 間抜けな音をたてて、セテカーの爪が弾かれた。


「「え?」」

 俺とセテカーが同時に、驚きの声を上げる。


「も、もう一度!」

 再び、凶爪が迫るが



 ――ふわぁぁぁん



 俺に爪が当たる残り数十センチくらいのところで、視えないクッションに阻まれるように弾かれてしまう。

 これが、ノア様の『神鎧』かぁ。

 流石は寿命を捧げて得た術だけあって、破格の性能のようだ。

 効果音が、ちょっと間抜けですが。


(ちなみに、『神鎧』を纏っていれば、宇宙から大気圏突入しても無傷よ!)

 どやぁ、とノア様が胸を張っている姿が頭に浮かぶ。

 マジすか。


「バ、バカな……石化の魔眼が効かず、私の攻撃が届きもしないとは……」

 セテカーさんが、がっくりと両手を地面についている。

 うん、俺も驚いてますよ。


(どうするかな……セテカーも重要な敵だけど……)


 ちらりと、石化した風樹の勇者を見つめる。

 マキシミリアンさん……。

 後でフリアエさんに石化の呪いを解いてもらうから!

 ちょっと待っててくれ。


 そして、今なお俺の後ろで圧倒的な存在感を示している『不死王』ビフロンスの転生体をにらむ。

 まずは、こいつが第一優先だ。

 巨大なビルのような魔物に俺は、短剣を構え近づこうとして


「ま、待ってください! あなたは、もしや邪神ノア様の使徒殿では!? なぜ我々に敵対するのです! 千年前、共に聖神族の勇者たちと戦ったではないですか!?」

 セテカーが、声をかけてきた。

 げ、バレたか。

 前回は、セテカーの眼が無かったから俺の姿見るのは、初めてのはずだけど。


「悪いけど、今回は大魔王の味方はできないんで」

 聖神族の味方ってわけでもないけどね。

 前任者の方針を引き継ぐとは限らない。

 俺はノア様の味方であり、世界の敵です。


「そんな! なぜですか!?」

 なぜ?

 えっと、確かノア様が昔言ってたような……。

「千年前、そっちの神様がノア様を裏切ったと聞いているけど」

 ですよね? ノア様。


(そうよ! ティフォンのやつには、騙されたわ! もう信じてやらないから!)

 そうそう、千年前はノア様が嘘をつかれたんだ。

 ノア様、騙されやすそうだからなぁ。


(えっ!?)

(ぷぷっ、ノアってば、マコくんに言われてるー)

(うっさいわね、エイル。喰らいなさい!)

(はっはー、遅い遅い!)

 頭の中がうるさい。

 緊張感ないなぁ。


「……そうでしたか。我が神は、邪神様との約束を反故にされたのですね……」

 セテカーが、悲しそうに肩を落とした。


「もう一度、邪神ノア様の使徒殿と肩を並べ、戦いたかったですなぁ」

 懐かしそうに言う、セテカーの声には哀愁が滲んでいた。

 そんな顔されると、ちと少し申し訳ない気持ちになるなぁ。

 それでも、そっち側にはつかないけど。


 俺は何も言わず、不死王『ビフロンス』のほうを向いた。

 セテカーは、話を続ける。


「……今代の邪神ノア様の使徒殿。知っておりますか、不死王『ビフロンス』様は千年前、全ての魔族の中で最も美しい魔の貴公子と呼ばれておりました」

「……へぇ」

 それは知らなかった。

 今じゃ、触手の化け物だけど。

 とりあえず、美しくはない。

 つーか、こんな巨大な魔物、どうやって倒せばいいんだ?


「しかし、今はこのような哀れな御姿になってしまわれた。私は、以前と同じ姿で復活されると聞いていたのですが……大主教イザク殿。これでは随分と、話が違う……」

 そうか、セテカーにもこの姿の魔王は予想外だったのか。

 かつての上司に再会できると思ったら、おかしな化け物になってたらショックだよなぁ。

 とはいえお互い敵同士のはずだけど、こんなにのんびり会話をしていてもいいのだろうか。


「俺は、今から魔王を倒しに行くのに止めないのか?」

 敵意の無くなった、セテカーに違和感を感じつい聞いてしまった。


「ここにいるのは私の知っているビフロンス様ではない……。それに、私ではあなたに触れることすらできない。今日ほど、自分の無力さを感じたことはありません。ならばせめて、その最後を見守ることだけが私の務めです」

「……殊勝だな」

 

 まあ、諦め悪く、邪魔されても困るけど。

 黙って見ていてくれるというなら、それに越したことはない。

 が、まだ倒す方法は見当もつかないんだけど。


(マコト、目の前の巨大な魔物の身体の中心に『魔王ビフロンス』が、転生術の『核』として居るわ。エイルが、短剣に力を貸すから、突っ込んで『魔王ビフロンスの身体』を滅ぼしなさい)

 えぇー、マジですか、ノア様。

 目の前で、触手がうにょうにょ動いている巨大な魔物に?

 しかし、この巨体に短剣で外から切りつけて、あんまり意味なさそうだ。

 ダメージを与えるには、内側からか。


(他に手は無いし、時間も無いか……)


 ため息をつき、俺は前へ進んだ。

 何百という触手が俺の身体を捕らえようと巻き付いてくる。

 触手は、ノア様の『神鎧』によって弾かれ俺の身体まではたどり着けない。

 ただし、『神鎧』周りを触手がぐるぐる巻きにしている。

 本当に、大丈夫かな……。


「そ、そのまま突っ込むのですか!? 今のビフロンス様に囚われると、私ですら喰われてしまうと思うのですが……。これが邪神様のご加護か……はは、敵わないはずだ」

 セテカーが、驚愕の声を上げ、乾いた笑いを浮かべた。

 ノア様、褒められてますよ。


(ふふーん、もっと褒めていいわよって、時間が無いわ! 急ぎなさい、マコト!)

 おっと、そうだ。

 タイムリミットが迫っている。

 でも、そっちも遊んでたじゃないですか。


「よし、行くか」

 魔王を倒そう!

 俺は、魔王に向かって短剣を構えなおした。


「邪神ノア様の使徒殿。もはや自我は残っておられないでしょうが……ビフロンス様によろしくお伝えください」

 俺はセテカーの声に、軽く頷き、数百の触手が引き寄せてくる方向へ進んだ。

 巨大な魔物が、大きな口を開く。

 口の中は、地獄への入口のように暗く気味の悪い色をしている。

 うはぁ、怖っ!

 明鏡止水99%!


(迷うな、突っ込め!)

 俺は一気に、魔物の口の中へ身を躍らせた。



 ――そして、そのまま闇に飲まれた。



(何も視えねー)

 これが、魔物の体内か……。

 当たり前だけど、魔物に喰われるのは初めてだ。

 もっと、息苦しいと思ったが『神鎧』の効果か、特に何も感じない。


 足元は、ぶよぶよしていて歩き辛い。

 そして、身体にどろりとした何かがまとわりつく。

 それを、ノア様の『神鎧』が弾いてくれている。


(とりあえず、試してみるか)



 ――生贄術・供物



 エイル様に、お願いをして、短剣で周りを切りつけてみる。

 特に、反応が無い。

 あ、あれ?


(マコくんー、『魔王ビフロンス』の身体を探してー。それを短剣で刺さなきゃだめよ)

 暗闇で、全然見えないんですけど。


(大丈夫ー、まっすぐ進めばいいから)

 方向感覚すら掴めないんだよなぁ。

(勝手に引き寄せられるから大丈夫よ)

 そういうもんですか。

 ノア様を信じよう。 


 しばらく、暗闇の中を進んだ。

 耳元では、何かの怨念のようなうめき声が聞こえ続ける。

 ここは、この世なのだろうか。

 地獄に落ちてたりしないよな?

 早く帰りたい。

 

 急に、目の前に何かが現れた。


(……なんだこれ?)


 俺の周りに、立体映像のようなものが映っては消えていった。

 

 その映像は、戦争の映像だったり。

 魔人族の迫害の映像だったり。

 幼い子供たちが奴隷として売られている様子だったりした。

 そして、足元に大量の死体が敷き詰められていた。

 あんまり、見てて気持ちがいいものじゃない。


(魔王の精神攻撃だろうか……)

 あまり見ないようにして、歩き続けた。


 突然、大量の死体が消える。

 シーンが変わった。


 映像には小さな少年が映っている。

 少年は、クラスで孤立している。

 少年は、ゲームばかりしている。

 少年は、友達が居ない。

 その少年は……


(これ、俺?)


 映っているのは、子供時代の俺だった。

 な、なんだこれ?

 俺の過去の記憶を再現している?


 俺の子供時代、ゲームばっかりしてるなー。

 なんか、あまり見ていて楽しくは無い。

 でも、何か意味があるんだろうか?


(ねぇ、ノア。これって人間が喰らったら数秒で廃人になる精神負荷をかける魔法よね?)

(ええ、でもマコトには無意味だけどね)

(うわー、本当に精神異常系の魔法は、まったく効かないのね)

 

 聞き捨てならない会話が聞こえる。

 え、これそんな物騒な魔法なの?


(気にしなくていいわよー、マコト)

(気になりますから!)


 そのうち、過去の俺の映像も消えてしまった。

 再び、暗闇だけになる。

 疲れるなぁ。

 あと、魔物の身体の中、広すぎだろ。

 絶対これ、空間がねじ曲がってるよなぁ。 


 それから少しだけ経って。

 ふと、気が付くと。

 暗闇に白い何かが現れた。

 人型の何者か。

 慌てて、そちらに近づく。


 真っ白な肌に、真っ白な髪。

 目を閉じており、眠っているように見える。

 もしくは、死んでいるように。


 女性のような美貌を持っていたが、裸の様子から男だとわかる。

 その美形の男は、沢山の黒い手に捕まれ空中に吊るされていた。


(それが、魔王ビフロンスよ)

(ひと思いにやっちゃって☆)


 気楽に言ってくれるなぁ。

 寝込みを襲うみたいで、気が引けるが。


(こいつが復活すると、木の国が滅び、水の国にも甚大な被害を与える……)

 職業勇者としては、必ず倒さねばならない相手だ。

 悪いな、セテカー。

 


 ――生贄術・供物


 

 エイル様にお祈りをして、短剣を構える。

 そのまま、目を閉じている男の胸に突き刺そうとして


「!?」

 カッと、その真っ赤な眼が開き。

 ノア様の短剣を、手で掴まれた。

 しまった、意識があったのか。

 不用意に近づき過ぎたか。

 俺は慌てて短剣を引き寄せ、距離を取った。


 しかし、魔王の開いた瞳は虚ろだった。

 どこを見ているのか、焦点が合っていない。

 セテカーが自我が失われていると言っていたが、記憶は無いのかもしれない。


 最初、キョロキョロと周りを見て。

 魔王ビフロンスが、口を開いた。



「私は……忌々しい勇者アベルに滅ぼされ……どれくらいの時間が経った? ……何だ……この身体は」


 ろれつの回っていない口調。

 意識がはっきり残っていないようだ。

 さて、どうしたものか……。


 が、魔王ビフロンスは俺と目が合い、表情が激変した。


「なぜ、貴様が居る!?」


 ……え?

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