144話 魔の森の決戦 その5

(なんか、すっごい視線を感じるんですけど……)


 ロザリーさんやマキシミリアンさん。

 他のエルフさんたちやジャネットさん含む、女騎士団たち。

 それ以外に、俺たちを取り囲んでいる忌まわしき魔物たちまで、こちらをじっと視ている。


 ……水の女神エイル様。

 お手伝いいただいたのはありがたいんですが、やり過ぎでは?

 その時、



 ――ポツポツと、雨が降り始めた。



(ロザリーさんの火魔法で、上昇気流が起きて雲が発生した……?)


 いや、そんな簡単に雨雲はできない。

 ただの偶然か。

 もしくは、水の女神エイル様のご好意か。

 

 なんにせよ、雨が降ったのはラッキーだ。

 周りに、少しずつ水の精霊が集まってきた。

 

「ねぇ、今のどうやったの?」

 紅蓮の魔女ロザリーさんの目が、獲物を射殺すほど鋭い。

 

「えっと……水の女神エイル様にお願いを……」

 俺は、目を逸らしながら若干の気まずさを感じた。

 別に悪いことはしてないが。

 ノア様の信者なのに、水の女神エイル様のチカラを借りたからだろうか?


「あ、あなたは……国家認定勇者のはずでは……?」

 ジャネットさんが、呆然とした顔で指摘した。

 

(そうなんだよなぁ……国家認定勇者は、ただの冒険者上がり。女神の勇者のような、超強力な水の女神エイル様の加護は持ってないはず。だから、やっぱり変だったかなぁ)

 でも、ある程度力を見せないと、戦わせてくれない気がしたし。


「それ……『神の加護』じゃないわね……直接、『神が干渉』してる? ……そんなことあり得るのかしら……?」

 ロザリーさんが、顎に手をあて、眉間に皺を寄せて俺の短剣を訝しげに見つめている。

 風樹の勇者マキシミリアンと、氷雪の勇者レオナード王子は、眼を見開いて固まっている。

 

「しかも、それ……『神殺しの刃』じゃない……?」

「神殺しの刃……?」

 確か、魔王の腹心セカテーもそんなことを言ってたっけ?

 

「ねぇ、高月くん。神殺しの刃って何?」

 さーさんが、ぴょこんと後ろから覗き込んできた。

 さーさんは、正体が魔物のラミア族なので忌まわしき魔物に囲まれても、問題なさげだ。


「いや、俺もよく知らないんだけど……」

「アヤ……神殺しの刃ってのは、はるか昔の『神界戦争』で神々の戦争に使われたという武器の欠片よ……」

「ルーシー、まだ無理しなくていいから」

「大丈夫。慣れてきたから」

 ふらふらと立ち上がるルーシー。

 大丈夫だろうか……。


「マコト兄さん、その短剣はどちらで手に入れたんですか?」

「えーと、女神様……から貰いました」

 世間一般的には、邪神ですけどね、と心の中で付け加える。

 レオナード王子に、エイル様のことを迂闊に話すと、あとでバレそう。

 気を付けよう。


「あっはっはっはっは!」

 突然、ロザリーさんが大笑いをした。


「ロザリーさん?」

「あなた最高ね! ルーシーの彼氏くん! 魔王を倒すのに神様を殺せる武器を持ってきたの!? 上等よ、そいつならお釣りが来るわ!」

「ろ、ロザリー様? では、マコト殿も一緒に魔王と戦うと?」

 風樹の勇者さんが、戸惑うような顔をする。


「まあ、一人で戦うより、複数人のほうがいいでしょ? そっちの女の子も平気そうよね?」

 ロザリーさんが、さーさんへ話しかける。

「はーい、高月くんをサポートしますね」

 久しぶりに見た『鬼神の槌』(2メートル強)をブンブン振り回している。


「あ、あれは……千年前の宝具『鬼神の槌』? 使い手が居たのですか」

 ジャネットさんの驚きの声が聞こえた。

 多分、さーさん以外だと持てないです。

 あれ、めっちゃ重いんだよなぁ。


「でも、ひとつ気を付けて。上位の存在へ生まれ変わろうとしている不死王に近づき過ぎると、やつの発する瘴気に身体が耐えられないわ。奴に触れても大丈夫なのは『女神の加護』のある勇者だけ。あとは……そっちのアヤちゃんは、大丈夫だと思うけど」

「そーなの?」

「そうですか」

 意味ありげな、ロザリーさんの視線。


(さーさんが、ラミア族であることをロザリーさんは知ってるからなぁ)

 暴露する気はなさそうだけど。

 まあ、強い仲間はたくさんいたほうがいいからね。


「マッキー坊やには『女神の加護』がある。そっちのアヤちゃんは、種族柄『頑丈』だから大丈夫。で、彼氏くんは、どうする?」

「……」

 うーむ。

 近づくとアウトかぁ。

 流石に、それは俺の最弱ステータスじゃなんとも……



(待ちなさい! マコト! 何で私に頼らないの!?)

(ノア様?)

 でも、何か手がありますか?


(くっ、私が海底神殿に封印されていなければっ!)

(ふふっ、マコくんー。私のほうが頼れるでしょう? 今なら違約金なし、乗り換えない?)

 乗り換えませんよ。

 でも、今回のノア様は頼れなさそうかなぁ……


(ご、五年! 寿命五年捧げれば、神級の結界を張ってあげる!) 

(生贄術ですか?)

 それ使わないほうがいいって言いませんでした?


(し、仕方ないじゃない! 他にマコトに力を貸す方法が無いし!)

(五年を犠牲にすると、神級結界の維持時間はどれくらいですか?)

(……30分?)

 短っ!

 まあ、魔王はマキシミリアンさんに任せればいいか。 


「ロザリーさん、何とかなりそうです」

「え? どうやって?」 

 どうやるんだろう?

 ノア様ー?

 あー、あれか。


 俺は、手に短剣の刃を押し当てる。

 すっと、掌から血が流れ、短剣を伝う。 



 ――捧げます、ノア様



(ぐっ……!)

 身体から生命力が、ごっそり奪われる感覚。

 これは、慣れないなぁ。


 

 ――女神ノアの名において、マコトを守れ『神鎧』



 そんな美しい声が、耳元に響いた。

 ふわりと、俺の周りに淡く光が包み込んだ。

 これが、神級魔法なんだろうか?

 思ったより、地味なような……


「オォオォオオオオオオオ!」「ウオオオオ!」「キアアアアアアア!」

 周りから悲鳴のような、奇声が上がる。

 うっわ、忌まわしき魔物がめっちゃ反応してる。

 特に、異形の魔王の身体にある巨大な沢山の目がこっちを凝視してて、気持ち悪い。


「ねぇ、あなた……今の、まさか」

 あとロザリーさんの目も、凄く怖いです。


「じゃ、行ってきますね。さーさん、行こう。マキシミリアンさん、行きましょう」

「はーい」

「う、うむ……」

 いろいろ質問攻めに合う前に、魔王を倒しに向かうことにした。


「くっ、色々聞きたいことが山ほどあるけど、今は時間がないわ! 魔王は勇者たちに任せたから忌まわしき魔物たちは、私とルーシーで倒しておくわ!」

 ロザリーさんが、ルーシーに肩を貸しながら言う。


「え? ママ? 私?」

 ルーシーは、まだふらふらしているけど。

 でも、お母さんが一緒なら安心かな。


「あ、あの! マコト兄さん! 僕もご一緒します!」

 おっと、レオナード王子も勇者だ。

 でもなぁ。


「レオくんは、私と一緒にいなさい」

「ロザリー様、しかし……」

「邪魔になるわ」

 ロザリーさんが、ばっさり言い切った。


 レオナード王子が悔し気に、うつむく。

 俺としても、ルーシーやお母さんと一緒に居てくれたほうが安心だ。

 俺は、ちらっとジャネットさんを見ると小さく頷いてくれた。

 彼女もレオナード王子を守ってくれるはず。

 まだ、少し体調が悪そうだけど。 


 

 俺とさーさん、風樹の勇者マキシミリアンさんは急ぎ足で、魔王の元へ向かった。



「ルーシー、一緒に魔法使うわよ。あんたも、そろそろ聖級魔法の一つや二つ、使えるようになりなさい」

「……え、聖級? 私、王級のスキルしか持ってない」

「なに、言ってるの! あなたは、私とあの男の娘よ! 余裕よ余裕。せっかくだから、今覚えておきなさい」

「せっかくだからって何!?」


『聞き耳』スキルを使っていると。

 後ろから、母娘の微笑ましい会話が聞こえる。

 ルーシー、おまえついに『聖級』魔法を使っちゃうのか……。

 立派になったなぁ。


「ママ! なんか、熱い! 熱いんだけど!?」

「ふふふー、やっぱり、ルーシーの魔力はいいわぁー、私よりも炎に特化してるんだもの。あぁー、ゾクゾクするわぁー」

「ママ、この魔法暴走してない!? 怖いんだけど! いきなり何の魔法打つ気!?」

「はーい、じゃあ『同調』からの『聖級第七位』行くわよー」

「うっそ、いきなり!? 待って、心の準備が」

「はい、カウントダウン入りますー、3、2、……」


 あっちは、楽しそうだな。

 はしゃぎ過ぎて、魔法を暴走させなきゃいいけど。

 派手に暴れているおかげか、忌まわしき魔物たちは、紅蓮の魔女ロザリーさんに興味が向いているようだ。



 決戦の目的地が近づいてきた。



 異形の姿の忌まわしき魔物たちの中でも、群を抜いた異様。

 その大きさは、7、8階建てのビルほどもあるだろうか。

 黒い触手に覆われた姿が、ゆっくりと形を変えている。


 ――不死王ビフロンスの成れの果て、そして新たな魔王として生まれ変わろうとしている


 近づくと、魔王の身体を覆っている触手が手のような形をしているのがわかる。

 

「あれ、魔物が捕まってる?」

 さーさんが、指さす方向を見ると。


 魔王らしき巨大な異形の身体から、触手が延びて近くの忌まわしき魔物を捕らえていた。

 ――アアアアアアア

 忌まわしき魔物は、悲しげな声を上げながら魔王の身体に取り込まれた。


「食われた……?」

「近づくと、食われる?」

 瘴気とか、そういう問題じゃないのでは? ロザリーさん。


「高月くん! 魔物が来たよ!」

 しかも、忌まわしき魔物たちが何匹かこっちに向かっている。


「先にあいつらを倒そう」

「わかった、マコト殿!」

 言うやいなや、マキシミリアンさんが大剣を振り下ろす。


 ――暴風刃!


 巨大な竜巻が魔物を巻き込み、切り裂いていった。



「うりゃあ!」

 さーさんの持っている巨大なハンマーが、忌まわしき魔物の一体を吹き飛ばした。

 スピードが速い魔物は、さーさんが片付けてくれる。

 俺はと言うと。


「でっか……」

 アフリカ象を3倍くらい大きくしたような、巨大な豚の魔物がノシノシ歩いてくる。

 ただの豚ならよいのだが、なぜか頭に人間の顔が付いていた。


(うーん、気持ち悪い)


「×××××(おーい、精霊さん)」

「「「「「×××(はーい)」」」」」


 ――水の精霊『纏い』



 短剣に水の精霊を纏わせ、それを魔法の刃にして切りつける。

 巨大な魔法の刃波が、巨大な魔物を切りさいた。


 忌まわしき魔物は、水の刃に切られ吹き飛んでいく。

 が、俺の魔法剣だと威力が弱く忌まわしき魔物を倒すに至っていない。

 とどめは、さーさんかマキシミリアンさんに任せた。


 しばらく、襲ってくる魔物たちを追い払っていた時。


「危ない!」

 突然、大きな腕に抱きかかえられた。

 そのまま、前方へ大きくジャンプする。


(げっ!)

 さっきまで、俺が居た場所に異形の姿をした巨大な黒い魔物が降り立った。

 その衝撃で、地面が抉れ、破壊されている。

 危なかった……。

 ノア様の結界があるとはいえ、自分からあれには当たりたくない。


「た、助かりました。マキシミリアンさん」

「うむ、注意されよ。マコト殿」

 精悍な龍人の横顔で、魔物を睨むマキシミリアンさん。

 かっけぇー。


「高月くん! 大丈夫!」

 さーさんもやってきた。

 他の忌まわしき魔物は、あらかた片付けたらしい。


「む、やつがロザリー様のほうへ向かったな」

 先ほど、襲ってきた巨体な黒い魔物。

 頭が三つ、腕が十本以上生えている、バランスの悪い魔物だった。

 ただし、下半身は八本脚の巨大な黒馬。


「あれ、ロザリーさんが倒した獣の王の部下、ジンバラが忌まわしき魔物になったんじゃ……」

「姿形からして、おそらくそうでしょう」

 大丈夫だろうか?


 忌まわしき魔物になって、さらに強化されていたら。

 しかも、今はエルフやレオナード王子たちを守りながら、戦っている。


「さーさん、ここはいいからルーシーやレオナード王子の手助けに行ってもらってもいい?」

「ん? いーけど、高月くんはこっちに残るの? 危なくない?」

「いや、あと20分くらいは大丈夫」

 ノア様の結界が効いてるからね。


「わかったー、行ってくるね」

 凄いスピードで、ロザリーさんのほうへ戻っていった。

「さーさん! 無理は禁物だよ! 強そうな敵は、ロザリーさんを頼って!」

 大声で、呼びかけた。


「はーぃ」

 一応、声が届いたか。

 まあ、さーさんだから大丈夫だと思うけど。

 残機もあるし。


「じゃあ、マキシミリアンさん。俺は周りを注意するので、魔王をお願いしますね」

「心得た!」

 風樹の勇者マキシミリアンさんが、女神の聖剣を構える。

 濃密な魔力が、マキシミリアンさんの身体を覆う。

 緑の風が吹き、聖剣が輝く。   


 俺はその間、忌まわしき魔物が襲ってこないか注意した。

 魔王の近くの魔物は、あらかた倒し終え、多くの忌まわしき魔物たちはロザリーさんのほうへ群がっている。

 時々、巨大な十字の火柱が上がる。

 あの調子だと、大丈夫だと思いたい。


 そうしている間にも、木の女神様の聖剣に魔力が集まっていく。

 何かの必殺技を撃つのかなーと、ちらちら見ていたんだが。



 ――突然、風が止んだ



(え?)

 ついさっきまで、吹き荒れていた魔力の風がぴたりとやむ。


「マキシミリアンさん?」

 ……が、返事がない。



「何か、ありまし……」

 俺が振り向いた視線の先では、――風樹の勇者が


(これは! まさか!)


「やあ、人間! そしてサヨウナラ、永遠に!」

 現れたのは、ロザリーさんに倒されたはずの魔王の腹心セテカーだった。

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