142話 魔の森の決戦 その3

「潰れろ、下等生物」

 巨大な蹄が、俺とジャネットさんを踏みつぶさんと迫る。


『回避』スキル!


 俺はジャネットさんの肩を抱き寄せ、スキルを使って敵の攻撃を躱す。

 さっきまで、俺たちが居た場所には、巨大なクレーターが出来上がる。

 次の瞬間、爆風が巻き起こり、焼け焦げた灰を吹き飛ばした。


(ひぇっ!)

 あかん、当たったら即死だ。


「雷の槍!」

 ジャネットさんが、雷魔法の投槍を放つ。

 雷速の槍がジンバラを襲う。

 が、それを拳で薙ぎ払われた。


「くだらん!」

 ジンバラが巨体を震わせ、後ろ脚で地面を蹴るたびに、地震のような振動が起きる。

 漆黒の身体には、黒い瘴気を纏わせ凄まじい魔力が集まっている。

 

 ――魔大陸の陸地を支配する魔王の一人、『獣の王』ザガン。

 その魔王に仕える幹部、漆黒の魔物ジンバラ。


(こりゃ、無理だなー)

 

 あたりを見渡す。

 ロザリーさんの魔法で焼け野原が広がり、水の精霊はほぼ居ない。

 頼みの綱は、使えない。

 かくなるうえは――


「ジャネットさん、一番派手な魔法を使ってください」

「えっ、あ、あの……しかし、私の魔法では」

「早く!」

「わ、わかりました。雷魔法・落雷サンダーボルト!」


(無詠唱の超級魔法! ジェラさんと同じ魔法か)

 流石、兄妹。

 天空から巨大な稲妻が、巨大な漆黒の魔物へ落ちる。


「遅い」

 だが、当たらない。


「……それでも、躱すかぁ」

「相手は、魔王の直属。やはり、我々だけでは……」

 まあ、落雷サンダーボルトは攻撃のためじゃない。

 きっと、

 あとは、時間を稼ごう。


 ――水魔法・霧


 ダメ元で、目くらましの魔法を使ってみた。

 半径100メートルくらいを、濃霧が覆う。


「逃げられると思っているのかぁ!」

 ジンバラが叫ぶだけで、霧が霧散してしまった。

 やっぱ、ダメか。

 黒い巨体がこちらへ迫る。


『回避』!

 しきれない!

 わずかに掠っただけで、俺とジャネットさんは吹っ飛ばされた。


(いい加減、そろそろ来てくれないかねぇ)

 そう思っていた時。



「ヒャッハー!!」



 世紀末な掛け声と共に、真っ赤な闘気を纏った何者かの蹴りがジンバラの脳天に突き刺さった。

 同時に、蹴りが爆炎を巻き起こしケンタウロスの巨体を吹き飛ばす。


「ぐあああああ!」と叫びながら、ジンバラが爆発に巻き込まれていった。

 しゅたっと、蹴りを放ったロザリーさんが着地する。


(おお……)

 よかった、来てくれた。

 胸を撫でおろす。


「無事? ルーシーの彼氏くんと、バランタインの騎士ちゃん」

 ニカっと、悪戯っぽく笑うルーシーのお母さん。


「助かりました、ロザリーさん」

「え? えええっ!? あ、あ、あの……」

 俺はルーシーのお母さんに御礼を言い、ジャネットさんはうまく喋れていない。


「不意打ちとは、くだらぬ真似をしてくれるな。紅蓮の魔女」

 立ち昇る炎の中から、漆黒の魔物が姿を現す。

 あれで、大したダメージを負ってないのかぁ。 


「いやー、遅くなったわね。あなたのお仲間の『石化の魔眼』使いくんに手間取っちゃって」

 あはは、と豪快に笑うロザリーさん。

 セテカーさん……やられちゃったのだろうか?

 石化の魔眼、見れなかったな。

 いや、見ちゃダメなんだけど。

 

「役に立たぬ、不死王の配下共め……。だが、どうやらセテカーが一矢報いたようだな」

「……ロザリー様、腕がっ!」

 ジャネットさんが叫び、その視線の先を追うと――ロザリーさんの左腕が灰色に固まっていた。

 ……石化してる?


「いやぁー、油断したわー。流石は伝説の『石化の魔眼』。魔界で鍛えた私の魔法耐性もぶち抜いて来るなんてねー」

 ロザリーさんの声に悲壮感は無い。

 むしろ面白がっているようにすら、聞こえる。


「愚かな……、そのような身体でノコノコ現れるとは」

 ジンバラが見下した目で、告げてくる。


「はっ! 私を倒したいなら最低でも魔王くらい用意しなさい。片腕はハンデよ!」

 ロザリーさんは、強気の姿勢を崩さない。


「その傲慢さを悔いて死ね!」

 ジンバラが漆黒の風になり、ロザリーさんに迫る。

 ロザリーさんは、不敵に笑うと全身が紅く輝き、紅い風になった。



 ……カッ!

 …………ッ!

 …………カッ! ……ッ!


 

 光が弾けている。

 二人の激突が、衝撃波となりこちらを襲ってきた。

 余波で吹き飛ばされないよう、地面に膝をつく。

 俺の目の前で繰り広げられる『魔王の直参』と『紅蓮の魔女』の戦いが……


(速過ぎて、何も見えないんですけどっ!)


 こ、これが、ヤ〇チャ視点か。

 ふと隣のジャネットさんを見ると、「す、凄い……ああ、なんて動き!」どうやら、彼女は目で追えているようだ。

 流石は、超級騎士。

 魔法使い見習いには、無理だなぁ。


 どうやら、俺はこの戦いにはついていけないようなので、周りを見渡す。

 魔の森の残骸が、どこまでも広がっているが遠くに緑が見える。


 あれは、大森林かな?

 ロザリーさんは、どうやら『魔の森』だけを焼き尽くしたらしい。

 器用なことだ。


 そして、ジンバラとロザリーさんの戦いに引き寄せられてか、誰かがこっちにやってくるのが見えた。

『千里眼』で観察する。

 魔物や魔族ではない。

 見覚えがある人影だ。


(さーさんとルーシーが居る!)


 他に、レオナード王子や、風樹の勇者、カナンの里のエルフの戦士たちの姿も見える。

 よかった、みんな無事だった。 

 が、すぐに駆け寄ってこない。

 みな、恐る恐る近づいてくる。

 その理由は――


「ひっ!」

 隣のジャネットさんが、小さく悲鳴を上げた。

 後ろを振り返ると、巨大な火柱が数十本上がり、爆発がいくつも起きていた。

 

(派手だなぁ、ロザリーさん)


 俺の目には、さっぱり見えないが、『聞き耳』スキルを使ってみると、「ぐはっ」とか「バカなっ!」など、ジンバラの声がちらほら聞こえる。

 

 そして、「あはははははははははははっ!」ロザリーさんの嗤い声も聞こえる。

 戦闘中毒者バトルジャンキーかな?

 とりあえず、戦闘は優勢のようだ。


「マコト!」

「高月くん!」

 そうこうしているうちに、ルーシーとさーさんが近くまで来ていた。


「よかった、二人とも無事で」

 心からそう思う。

 ルーシーとさーさんも、俺と同じような笑顔で……は


「んー……、アヤ、マコトがジャネットさんと手を繋いでるわ」

「あはは、そんなはずないよー、るーちゃん。ジャネットさんは、高月くんを嫌ってるんだから」

 そんな会話聞いて、ばっとジャネットさんが手を離す。


「ち、違います! これは!」

「そうそう、俺が『回避』スキルを使って、ジャネットさんが攻撃を担当したからだよ。協力プレイだから」

 俺は正直に説明したのだが。


「へー」

「ふーん」

 ルーシーとさーさんの目が冷たい。

 なぜだ?


「あの! マコト兄さん! あちらで戦っているのは、ロザリー様と魔王軍の幹部ですか!?」

 レオナード王子が、会話の流れを適切な方向に軌道修正してくれた。

 ナイスです!


「相手は『獣の王』の直参ジンバラですよ。ロザリーさんが、優勢みたいで……あ」

 ひときわ巨大な爆発が起きた。

 そして、黒く焦げた物体が、地面に落ちる。

 続いて、真っ赤に輝くマグマのような人影が、地面にふわりと降り立った。

 

 紅い光が、徐々に収まる。

 金髪碧眼の、ルーシーによく似た美人のエルフが姿を現した。


「ふぅー、手こずらせやがったわね」

 やり遂げた顔をしたロザリーさんには、特に負傷は見当たらない。

 石化した左腕を除いて。

 すげぇ、片手で圧勝してるよ。


「ママ! 腕が!」

「大丈夫よ、ルーシー。あとでフローナちゃんに治してもらうから」

 心配するルーシーに優しく微笑むお母さん。

 

「ロザリー様! お見事です!」

 風樹の勇者マキシミリアンさんが、褒めたたえる。


「マッキー坊や、大きくなったわねー。みんなを誘導してくれた? 偉い偉い」

 おお……勇者を坊や扱いかぁ。

 おっと、大事な話を。


「ロザリーさん、マキシミリアンさん。魔王復活の儀式が終わった後だと言う話を聞いたんですが」

「マコト、本当!?」

「大変!」

 ルーシーとさーさんが、反応する。


「そうそう、なんか嫌な予感がしたから、とりあえず焼き払ってみたの」

 視線の先は、見渡す限りの焼け野原。


「「「「「……」」」」」

 一同が、無言になる。

 一応、解決したんだろうか?


「ママ、せめて一言あってもいいんじゃない? おじいちゃん、激怒してたよ」

「あちゃー、じゃあ、一年後くらいに戻ろうかなー」

 うーん、解決したんだろうか。

 やっぱり、ルーシーのお母さんのチカラで事足りたな。

 


 そんな、弛緩した空気を壊したのは、男の声だった。




「ああ、ダメだな。……どいつもこいつも、使えない」

 



 気が付くと男が、ほんのすぐそこに立っていた。


 見た目は、人間だ。

 木の国の民や、魔族ではない。 

 だが、おかしな点があった。



「……不死者?」

 さーさんがつぶやく。

 俺も、同じ感想を持った。


 喋っているその男の首は、90折れ曲がっていたのだ。

 人間なら、あんな状態では生きていられない。


「違うわね、あれは『傀儡子』で操られているだけの人形。喋っているのは、目の前の男じゃないわ」

 ロザリーさんが冷静な声で指摘した。


「紅蓮の魔女か……、あと数年は帰ってこないと踏んでいたのだが。巡り合わせの悪いことだ」

 淡々と、しかし忌々しげに首の折れた男は話す。

 

「蛇の教団の大主教イザクか」

 俺は、当てずっぽうで言ってみた。

 返事は無かったが、視線がこちらを向いた。 


「ローゼスの国家認定勇者か……、行く先々で邪魔をしてくれる」

 正解だったようだ。

 相変わらず、姿を見せないやつだ。


 男の表情は虚ろだ。

 瞬きすらせず、瞳はどこかを見ている。

 人形のように、唇だけが動く。

 が、声には苛立ちを隠さない、響きがあった。


「まあ、……いい。ここでお前らは死ぬ。もしくは、木の国は亡びる。それが決定事項だ」

「させぬ」

 大主教の言葉を、短く否定する『風樹の勇者』マキシミリアンさん。

 両手には、輝く大剣が握られている。

 確か木の国スプリングローグ最高の魔法剣『クラレント』だったはずだ。


(あー、あんな風に一言で決めたほうがカッコいいかも)

(マコト、真面目にやりなさい)

 俺がぼおっと、バカなことを考えているとノア様からツッコミが入った。


(でも、ロザリーさんに、木の国の勇者も居るんですよ?)

 俺の出番があるのかどうか。


(……マコくん、気を付けて)

(エイル様?)

 いつもふざけている、水の女神様の口調が真剣みを帯びている。


 


「あなた一人でどうやって木の国を亡ぼすの?」

 ロザリーさんの、質問に大主教イザクに操られた男が、口を開いた。

 しかし、口からでた言葉は質問の回答ではなかった。



 ――捧げます、知恵の蛇神ティフォン様



 そう言った瞬間。

 大主教イザクに操られた男が、嗤いだした。

 相変わらず首は折れ曲がったまま。


 その右手には、小さな林檎の形をした銀細工が握られている。

 銀の林檎に巻き付いているのは、互いを喰らい合う二匹の蛇。

 それが、光を放った。



 ――――ふふっ、久しぶりだね。ビフロンス。

 

 

 首の折れた男の声が変わった。

 声変りをしていない少年の声。

 


 ――――だけど、復活は無理なんだ。君の魂が痛んでいる。だから、生まれ変わるしかない。



 聞いたことがある声。

 かつて、水の国の王都でも聞いた子供の声。

 たしか、ノア様から教えてもらった、この声の主は



「大魔王イヴリース……?」

「「「「「!?」」」」」

 俺のつぶやきに、全員が振り向く。


 


 ――――君が僕を忘れてしまうのは、悲しい




「マコト兄さん! この声が大魔王というのは本当ですか!?」

「炎の嵐!」

 ロザリーさんの放った魔法が、首の折れた男を燃やし尽くす。



 ――――――だけど、君が僕に近い存在になれることは喜ばしい



 声は消えない。

 燃えながらも、声は響いてくる。



 ――――――さあ、生まれ変わろう!



 ――キアアアアアアアアアアッッッアア!!

 ――――ッッッッアアアアアアアア!!

 ――――――アアアアアアッッッッッッアアアアアア!!


 

 その時、一斉に奇妙な鳴き声が響いてきた。

 ふと見ると、焼け野原からボコボコと這い出る、黒いドロドロの生き物が姿を現す。

 どの生き物も鳥肌が立つような、耳障りな悲鳴を上げている。



 その中でも、ひと際目を引く、小山のような魔物が居た。

 その身体には、数百の腕と足が刺さっており。

 触手のようにうねうねと、不規則な動きをしている。

 見ているだけで、気が滅入りそうな気持ちの悪い生き物が居た。



 ――――新たなる素晴らしき王と、素晴らしき獣たちに祝福を!



 子供の声が、高らかに宣言すると聞こえなくなった。

  


 そして、目の前には数千の冒涜的な姿の魔物たち。


 ふわりと、俺の目の前に選択肢が表示された。



『大魔王のなりそこないビフロンスとその子らに、挑みますか?』


 はい

 いいえ



(……大魔王? 魔王ではなく?) 



「ちっ……上位世界の魔王に、忌まわしき魔物か」

 ロザリーさんの声が、初めて焦りを含んだものになった。

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