141話 魔の森の決戦 その2

「あ、あれ……?」

 

 俺が手を引っ張っていたのは、金髪に金色の鎧の女騎士。

 ペガサス騎士団の隊長、ジャネットさんだった。

 それに、気が付いた瞬間サーっと、血の気が引く。


(ルーシーは!?)


 落ち着け。

『明鏡止水』スキルをMAXまで上げる。

 ルーシーは、木の国の出身。

 大森林や迷いの森を熟知している。

 そして、魔の森の危険性や、身の隠し方も。

 それに、あの場にはルーシーの兄弟も多く居た。

 一緒に行動していれば、逃げ切れるはず。

 

(あとは、さーさんに……レオナード王子)

 さーさんは、大迷宮で培ったダンジョンで生き延びた実績と、強力なスキルがある。

 レオナード王子については、さーさんに任せている。

 みんな大丈夫……のはずだ。


 よし、状況を整理できた。

 少し頭が冷やせた。


「ローゼスの勇者マコト。こうなっては仕方ありません。一度、戻りま」

「魔王の墓を目指しましょう」

「……何を言っているのです?」

 ジャネットさんが、不審な眼を向けてくる。


「勇者マコト? この場には、私たち二人しか居ないのですよ?」

「風樹の勇者マキシミリアンさんは、『散れ』と言ったけど『撤退』とは言っていない」

 俺の聞き違いでなければ。

 だから、まだ魔の森にいるはずだ。


「しかし! 他の里からの援軍が到着するには、まだ数時間かかります。我々だけで進んでどうするというのです!」

「多分、ルーシーは『魔王の墓』に向かうと思う」

 あいつなら母親を心配して、前に進む。きっと。

 熱くなると、前進あるのみの性格だからなぁ。


「それとレオナード王子は、責任感が強い。一人で逃げだそうとはしないでしょう」

「……それは、私もわかる気がしますが。でも、あなたの仲間の佐々木アヤなら撤退を提案するのでは……?」

「いや、……それもないと思います」


 さーさんなら、『俺ならこうする』と踏んで合わせてくれるはずだ。

 数年来の付き合いの彼女なら、俺の考えそうなことは大体予想してくれる。

 だから、……ここで逃げ腰になると、合流ができなくなる。


「でも、それは俺の我が儘なので。ジャネットさんは帰ってもいいですよ」

「バカにしないでください! あなたを置いて、一人で逃げる訳がないでしょう。ソフィア王女から水の国の勇者を守ることを依頼されているのですから」

 怒られた。

 実際のところ、来てくれるのなら助かる。

 広い索敵スキルと、超級の槍術騎士であるジャネットさん。

 心強い戦力だ。

 

「じゃあ、行きましょう。『隠密』スキルを使うので俺に掴まっていてください」

「……もっと、慎重な男だと思ったのですが。危険とわかって突っ込んで行くのは、兄と同じですね」

 小さい声で、不満をつぶやかれる。

 ジェラさん、妹さんに言われてますよ。


(マコトも同類よ?)

(マコくんー、ファイト☆)

 なんか、頭の中でツッコんでくる女神ひとが増えたぞ?

 騒がしいなぁ。


 俺とジャネットさんは、濃い霧の中をゆっくりと進んだ。


「……しかし、『石化の魔眼』セテカー。魔眼が復活していたとは」

 苦々しそうに、ジャネットさんが歯噛みする。

「石化された人は大丈夫でしょうか?」

 ルーシーのお兄さんも含まれていたような……。

 戻すことは……できるよな? 

 アイテムとか、魔法で。


「石化の呪いは、女神の巫女であるフローナ様なら解けるはずです」

「女神の巫女……」

 フリアエさんもだ。

 しかも『呪い』は彼女の専門分野。

 カナンの里に残ってもらったのは、不正解だったか?

 いや、戦いが終わったら石化を解いてくれる人が無事じゃなきゃいけない。

 だから、里に残ってもらうは間違ってない、はず。


 ――俺たちは黙々と、魔の森の奥へ進む。


(うーん、静かだな)


「ところで、ジャネットさんの部隊の人たちは無事ですかね?」

 ペガサス騎士団の女騎士さんたちは、半分が里に残り、残り半分が付いてきた。

 全てはぐれてしまったけど。


「問題ありません。北天騎士団は、常に魔王を倒すため命を懸ける覚悟はできています」

「……は、はあ、ソウデスカ」

 そーいうことを言ってるんじゃないんだけどなぁ。


 ジャネットさんは、真面目だ。

 少しソフィア王女に似てるかもしれない。

 ソフィアは、元気だろうか?


「気になる点としては、魔族共が待ち伏せをしていた点ですね。あいつらは、我々の行動を把握していたようでした。もしや木の国に、内通者がいるのでは? どう思いますか? ローゼスの勇者」

 それは確かに気になった。

 ただ、腑に落ちない点もある。


「随分、あっさり見逃された気がする」

 風樹の勇者だって来ていたのだ。

 こちらを逃がさないように、徹底的に追い詰めることも出来たはずだ。


「魔族の考えることはわかりませんね……、止まってください。勇者マコト」

『索敵』スキルに反応があった。

 先に見つけたのは、ジャネットさんだ。

 

「勇者マコト、この先に魔物の群れが居ます」

「俺のスキルにはまだ反応が……いや、居た。多いですね……多分、獣の王の配下の魔物たちだ……」

 となると、獣の王の直参『十爪』のジンバラってやつもいるかも。

 あいつには、『隠密』スキルが効かなかった。

 

 さらに数千の魔物。

 おそらくは、千年以上生きた魔大陸出身の魔物たちだ。


(さて……これ以上進むのはきついな)

 こっちの戦力は、二人。

 超級騎士と魔法使い見習い。


「……勇者マコト、あれに突っ込むのは同意できませんよ?」

「人を自殺志願者みたいに言わんでください。戦いませんよ」

 さて、どうしようか。



 ――『聞き耳』スキル


 

 困ったら、情報収集だ。

 獣の声がうるさいが、その中でも理解できる言葉を話している者が居ないか探る。

 上級の魔族ほど、知的な会話を好む傾向があるらしい。


「セテカー様、先ほどはありがとうございました。勇者共を追い払っていただき」

「残念ながら、本命の魔女は居ませんでしたけどね」

 それらしい会話が聞こえてきた。

 あたりだ。


「無事に、ビフロンス様復活の儀式は終わりましたね。しかし、昼間でも闇魔法は実行可能なんですねぇ。千年たつと魔術の進歩は著しいものですなぁ」

 聞き覚えある声の主は、不死王の腹心セテカーだ。

 やっぱり居るか。

 それよりも、気になる会話内容が。


(ジャネットさん、魔王復活の儀式が終わったみたいですよ?)

(そ、そんな! 太陽の出ている時間帯に、不死者の王が復活などできるはずが……)


 エルフの里長も、同じようなことを言っていた。

 魔王の復活は、魔族のチカラが強くなる、夜に行われるだろうと。


「復活の儀式は、発動まで時間がかかります。それまでは、この場所の防衛をお願いしますね、ジンバラ様、セテカー様」

「我の軍勢に挑んでくるとは、とんだ愚者だな。その『紅蓮の魔女』とやらは」

 他の奴の声も聞こえる。

 一人は、先日あった獣の王の配下ジンバラだ。

 もう一人の声は、……多分、蛇の教団の大主教イザクだろうか。


「しかし、未来が視える『運命魔法』の使い手とは。偉大なるあの御方と同じチカラですねぇ、イザク殿」

「いえいえ、セテカー様。私など、偉大なる指導者様と比べることすらおこがましい」

 はっはっはっは、と笑っている。


(ははぁ、なるほど)

 こいつら、色々喋ってくれる。


「ジャネットさん、このままだと魔王が復活する。多分、夜を待たずに」

「なんてこと……」

「あと、俺たちが待ち伏せされていたのは、大主教イザクの運命魔法『未来視』によるものですね」

 フリアエさんと同じチカラだ。


「内通者は居なかったのか……」

「居るかもしれませんけどね。教団は、裏工作が好きなので」

「……これから……どうすれば……?」

「うーん」


 それなんだよな。

 魔王の墓の周辺には、上級魔族が複数と魔物の群れ。 

 さすがにルーシーやさーさんも、ここには居ない気がする。

 俺としては、ルーシーやさーさんが居ないなら、長居する理由がない。


「一度引き返して、木の国の人たちと合流かな」

 最悪、相手が復活した魔王では太陽の国の桜井くんでも呼び出したほうがいい気がする。

 それとも、ジェラさんあたりが喜んでやってくるんだろうか?

 そんなことを考えた時、頭上を何かが通り過ぎた。


「「!?」」

 俺とジャネットさんが身構えるが、猛スピードのそれは、魔物の群れのあたりに突き刺さった。

 そして、爆発、爆炎が立ち昇る。

 一発だけではない。

 よく見ると巨大な火の玉が、次々に投げ込まれている。


(ルーシーの流星群? いや、違う火魔法だ……)


「来たぞ! 紅蓮の魔女だ!」

「我ら不死者の聖地に、無粋な魔法使いですねぇ」

「人間共の英雄か、返り討ちにしてくれよう」

 

 ロザリーさん、まだ攻撃してなかったんだな。

 案外、一緒に彼らの会話を聞いていたのかもしれない。


 巨大な火の玉は、地面に爆発するたびに爆炎を巻き散らしている。

 魔法の使い手は、ぱっと見では見当たらない。

 相当な遠距離から攻撃している?


 そうしている間にも、次々と爆炎が立ち昇り魔の森を焼いていく。

 火に驚き、魔獣たちが騒ぎ始めた。

 が、流石は魔王軍の魔物。

 野生の魔物のように、暴れたり逃げる様子は無い。


 魔樹が焼けた煙がこちらまで届いてきた。

 火の回りが早い。


「勇者マコト! このままでは、火に囲まれます」

「……そうですね、下がりますか」

 この魔法を使っているのがロザリーさんなら、巻き込まれるとシャレにならない。


「遠くから、小賢しいな。出向いていき、捻りつぶしてやろう」

 そんな声が聞こえてきた。


 黒い風が吹いた。

 同時に、凄まじい魔力の渦が発生する。

 その主はおそらく、獣の王の直参ジンバラ。

 魔王の腹心シューリを上回る魔力だ。

 ロザリーさん、大丈夫だろうか。


「ジンバラ殿、わたくしも僭越ながらお手伝いを……おや、あれは何でしょう?」

 セテカーの声と同時に、強烈な光が辺りを照らした。

 凄まじい熱気が辺りを支配する。


(太陽の光……じゃない?)

 光によって、霧が晴れていく。


「ゆ、勇者マコト!?」

 ジャネットさんが、焦ったように叫ぶ。

「マズイね……、これは逃げないと」

 霧が晴れた後に姿を見せたのは、紅い空だった。

 魔の森の上空を、身を焼くような紅い光が覆っている。

 

 紅い光の正体は――炎の巨人だった。

 数百体の炎の巨人が、俺たちを取り囲んでいた。

 おそらく、その、王級魔法じゃないかと予想する。


 太陽の国で、五千匹の魔物を飲み込んだ水の巨人。

 俺は『ウンディーネ』と同調してやっと一体創った王級の魔法。

 それを同時に、数百体。


(いやいやいや、嘘だろ……)


 初級魔法のファイアボールならともかく。

 一つ一つが、膨大な魔力を必要とする王級魔法。

 それを数百を発動させる魔力。

 はたして、人間が扱えるものなのか。


(多分、精霊の魔力を借りて……だから、時間がかかったのかもしれない。それでも、王級魔法で魔の森を取り囲むほどの魔力って……)

 ルーシーのお母さんの桁違いの魔法使いとしてのレベルが知れる。

 って、ぼぉっと見てる場合じゃない!


「逃げましょう、ジャネットさん」

「間に合いません! 雷の槍!」

 ジャネットさんが、地面に向かって魔法槍技を放つ。

 人が二人ほど入れそうな、大きな穴が空いた。


「入って!」

 ジャネットさんに手を引かれ、穴の中に身を潜める。

 穴の中は、窮屈でジャネットさんと抱き合うような姿勢でなんとか、二人の身体全体が穴の中に入る。


 

 ――王級・火魔法『巨人の進軍』



 そんなロザリーさんの声が『聞き耳』スキル越しに聞こえてきた。

 その瞬間、ドドドドドという音が響き。


 ッ!!

 ッ!!

 ッ!!

 ッ!!


 地面が揺れ、熱気によって暴風が吹きすさぶ。

 地上に突っ立っていたら、ただでは済まなかった。

 鼓膜を揺るがすような爆音と、肌を焦がすような炎が穴の上を通過した。


(ルーシーや、さーさん近くに居ないよな?)

 これ、巻き込まれるとシャレにならん。

 流石に、娘を魔法で誤爆はしないと信じたい。


「紅蓮の魔女……なんという魔法なの……」

 ジャネットさんが、言葉を発するとその吐息が頬にかかる。


「しばらく動かないほうがいいですね」

「勇者マコト、顔が近いのですが……仕方ないですね」

 顔を赤らめたジャネットさんが、こちらをジトっと見ている。

 明鏡止水、明鏡止水。

 お互い様ですよ。

 

 気を紛らわせようと、外の様子に『聞き耳』スキルを使う。

 爆発音と、魔物の悲鳴。

 あとは、何かが破壊され尽くされる音が絶え間なく聞こえる。

『聞き耳』意味ないなぁ……。


 その時、炎の巨人の一人が、こちらに気付きジロリと視線を向けた。


「げっ」

「ひっ!」

 俺とジャネットさんが、思わず声を上げる。

 

「「「……」」」

 巨人と見つめ合う。

 ほんの10秒ほどの時間だったが。

 威圧感と熱気で、呼吸が困難なほど苦しい。

 が、よく見るとその巨人の目には敵意が無かった。

 

(……敵を識別してる?)


 炎の巨人は、去っていった。

 よかった、魔物と間違われなかった。

 引き続き、外では爆音が聞こえ続ける。


「ロザリーさんの魔法は、魔物とそれ以外を区別してるみたいですね。あれなら、ルーシーや、さーさんが巻き込まれる心配はなさそうだ。さすがは、大陸一の魔法使いの一人、紅蓮の魔女ですね」

 と言って、ジャネットさんのほうを見たところ。


「……っ」

 ジャネットさんが、口をパクパクさせていた。

 過呼吸?

 

「ジャネットさん?」

 頬をぺちぺち叩く。


「っ! 大丈夫です……頬を叩くのをやめなさい。はぁ……正直、死を覚悟しました」

 疲れ切った瞳を向けてきた。


「凄い迫力でしたね。にしても、熱いな」

 手で顔を仰ぐが、何の効果も無い。


「……あなたは、どうしてそんなに冷静なのですか?」

「内心は、焦ってますよ」

「まったく、そう見えません……」


 それから、しばらく雑談をしつつ魔法音が収まるのを待った。

 30分以上、経っただろうか。


「静かになりましたね。外を見てきます」

「気を付けて」

 俺は恐る恐る、穴の外から地上を覗き見た。

 

 ――魔の森が無くなっていた。

 

 魔樹の森が無く。

 魔物がおらず。

 全て焼き尽くされていた。


(無茶苦茶な威力だ……、外は危険は無さそうかな……?)

 外に出てみる。


「うわっ、蒸し暑っ!」

 魔の森のが、地獄の窯の底のようになっていた。

 魔樹は、燃やし尽くされ、炭になっている。

 

 俺はジャネットさんを外に引き上げる。

 ……お、重い(鎧が)。

 なんとか、引き上げた。

 ジャネットさんも、外の光景に呆然としている。


(ただ、見晴らしがよすぎるな。ここから離れよう)

 そう思っていたら。



「……貴様ら、木の国の民……では無いな。その鎧、忌々しい勇者アベルの国の末裔か」



「「!?」」

 後ろから、憎しみのこもった声をかけらえた。

 

 巨大な漆黒の巨大なケンタウロスがそこに居た。

 やっべ、獣の王の直参ジンバラ。

 ロザリーさんの魔法でも、生きてたよ!


「ザガン様から預かった、我が軍が……何ということだ」

 そうか、ジンバラさんの配下の魔物は全滅しちゃったのか。

 でも、それやったのロザリーさんですからね。

 が、相手には関係なかったらしい。


「死ね、下等生物」

 巨大な蹄が、俺とジャネットさんを踏みつぶさんと迫ってきた。

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