140話 魔の森の決戦 その1

「あの、アホ娘がー!」


 里長さんが、怒りの声を上げている。

 ルーシー含め、ロザリーさんのお子さんたちは全員頭を抱え。

 風樹の勇者マキシミリアンさんと、木の女神の巫女フローナさんは、難しい顔だ。

 そして、俺は――


「追いかけましょう」

 提案した。


「待って、マコト。ママの十八番の魔法は『空間転移テレポート』なの」

「追いかけた結果、ロザリーさんだけが戻ってきちゃうってパターンも考えられるんだって……」

 ルーシーとさーさんが、皆がこの場に居る理由を説明してくれた。

 それは、……悩ましいな。


「待つしかないってこと?」

「紅蓮の魔女ロザリー様が、負けるとは考えづらいですし……」

 ジャネットさんは、ルーシーのお母さんの強さを信頼しているようだ。

 まあ、魔王の腹心をあっさり倒すあの強さを見ればなぁ。


「だが、ロザリーとて無敵ではない。かの『白の大賢者』様には、ロザリーも勝てぬと言っておった」

「百年前の魔王ヴィラクだって、倒したのは太陽の国の勇者だし……」

 ルーシーの家族は、ロザリーさんの身を案じている。

 俺は気になったことを尋ねた。


「大賢者様は、ロザリーさんより強いんですか?」

「昔、実際に戦って負けたってお母さんが言ってたから、間違いないわよ」

 ルーシーのお姉さんが答えてくれた。


「え! ママと大賢者様が?」

 ルーシーも知らなかったらしい。


「お母様が、太陽の国に嫁いだ時に、身分制度で息が詰まるから当時の大賢者様に勝負を挑んだそうなの」

「で、結果は二十戦、二十敗。手も足も出ずに、ボコボコだったらしいわ」

 ルーシーのお姉さんたちが話してくれた。

 すげぇな、大賢者様。

 いかん、話が脱線した。


「では、次の方針は決まってますか?」

 俺が皆に尋ねると、沈黙が返ってきた。

 木の国の巫女フローナさんが、代表して答えてくれたところによると。


・本日の正午に、木の国の戦力が魔王の墓を目指して、集結する予定

・安全なのは、それに合わせること

・だけど、そこまでロザリーさん一人にするのか?


 で、悩んでいるらしい。

 

 ちらっと、仲間のほうを見る。

 ルーシーは、俯いてじっと考え込んでいる。

 折角、数年ぶりにお母さんに会えたというのに。

 やっぱり、家族の安否は気になるよな。


「じゃあ、俺たちは先に魔の森へ向かおう」

「マコト?」

「お母さんが心配だろ?」

「う、うん……」

 ルーシーは、不安げに両手をぎゅっと組んでいる。 


「では、俺たちは一足先に魔の森に向かいますので」

「ま、待ってください!マコト兄さんだけを行かせるわけには!」

 レオナード王子が慌てて止めてきた。


「大丈夫ですよ。俺とさーさんは『隠密』スキルが使えるので、魔物を迂回しながら進むので。ロザリーさんが居たら、『空間転移テレポート』で送ってもらいます」

 見つからなかったら、みんなと合流するまで隠れてるんで、と伝えた。 


「おーけー? ルーシー、さーさん?」

「いいよー」さーさんの返事は軽い。

 助かるよ、さーさん。

「……ありがとう、マコト」

 ルーシーから熱っぽい視線を向けられた。


「え? 私は?」

 フリアエさんが、慌てて自分を指さしてくる。

「姫は留守番。フローナさんたちと一緒に居るように」

 木の女神の巫女と一緒なら、まぁ安全だろう。


「……また、放置?」

 半眼で告げられた。

「いや、魔王の墓はダメだろ……」

 危ないし。

 が、フリアエさんは、納得いかないらしい。


「私、役に立つわよ? 死霊魔法ネクロマンシーが得意だから、魔の森の魔物と相性いいし」

 俺の頬をツンツンつつかれた。

 気が付くと黒猫ツイも、俺の脚を蹴っている。

 おまえも連れて行けってか?


(……うーん)

 守護騎士的には、フリアエさんを危険な場所には連れて行きたくないなぁ。

 

「やっぱり、ダメ。姫は、留守番」

「ええー!」「ニャー、ニャー!」

 フリアエさんと黒猫ツイから非難の声が上がった。

 黒猫おまえ、普通に鳴けたんだな。

 君たちは、待っててください。


「よし、じゃあ5分で準備してしゅっぱ……」

「待たれよ、水の国ローゼスの勇者殿」

 呼び止めてきたのは、里長さんだった。

 まっすぐな鋭い視線を向けられる。


「つまらぬことで、悩んでおった。ロザリーは我らの家族。共に行こう!」

「ご案内しますね。水の国ローゼスの勇者様。エルフが知る抜け道があります」

「すぐ準備しよう」

「お姉ちゃん! お兄ちゃん!」

 

 結局、カナンの里で戦える者が半数、ロザリーさんを追いかけることになった。

 残り半分は、里の防衛。

 向かうのは、主にエルフの男戦士たち(ルーシーのお兄さん多数)。

 あとは、風樹の勇者マキシミリアンさん。

 結局レオナード王子やジャネットさんも付いて来ることになった。

 

 里長さんは、他の里への連絡があるので待機。

(わしも行くぞ! と暴れてたけど、家族に説得されてた)


 フリアエさんと、木の女神の巫女フローナさんは留守番。

 女性のエルフの大半は、里に残った。

 エルフは、ほとんどが上級魔法使いなので女性の皆さんも強力な戦士だ。

 里の防衛は、よっぽどの場合じゃない限り大丈夫だろう。


 俺たちは、魔の森へ出発した。



 ◇



 ――魔の森を静かに進む。


 以前、さーさんと探索した道ではない。

 エルフの里の限られた者だけが知るという、『魔王の墓』への抜け道。

 魔物が少なく、安全に進むことができる……らしい。


 魔の森は、昼でも霧が深い。

 樹齢千年を超えると言われる巨大な魔樹の枝が折り重なるようになって、日光を遮っている。

 

 だが、何かおかしい。

 水の精霊が騒がしい。

 


「……魔物が多いですね」

 ジャネットさんが、呟いた。

 彼女は、広範囲の『索敵』スキルが使える。

 言っていることは、信頼できる。


「ルーシー、どう思う?」

「うん……こんなにも騒がしい魔の森は初めてかも」

 地元のルーシーも、違和感を感じているようだ。


 そこはかとなく、前を先導するエルフの戦士たちの緊張が伺える。

 俺たちは、魔の森を慎重に進んだ。


 しばらくして、突然。 



 ――ズキリ、と。



 割れるような頭痛に襲われた。


(何だ……?)


『危険感知』スキルの頭痛……?

 急に、先導していたエルフの戦士たちが立ち止まった。


(……違う)


 エルフの人たちが


 それを脳が認識した瞬間


「水魔法・霧!」


 全力全速で、濃霧を発生させた。

 一瞬で視界が奪われる。

 半径一メートル以上は、何も視えない。


「ほうっ! 素晴らしい! たった一度の『石化の視線』を使っただけで、視界を遮る、という最適の手段を取ってくるとは。その冷静な魔法使いのお顔を是非拝見したい!」


 心底、愉しげな声。

 誰の声なのか、尋ねるまでもなかった。

 聞き覚えがある。



「申し遅れました、私の名は『魔眼のセテカー』。偉大な指導者様配下の末席を汚すものです。お待ちしておりましたよ、木の国の戦士の皆さん!」


 テンション高いなぁ……。

『石化の魔眼』のセテカー。

 どうやら、伝説の魔眼は復活したらしい。

 厄介なことになった……。


「みなさん! 出てきてください!」

 高らかに、魔王の腹心セテカーが叫ぶ。 


 ――オオオオオオオオ!

 ――オオオオオオオオ!

 ――オオオオオオオオ!


 一斉に、たくさんの獣の声が響いた。


「囲まれてる!」

 ルーシーが叫ぶ。

 俺も遅ればせながら、そこが敵地のど真ん中だと気づいた。

 待ち伏せされていた?


「皆! 散れ! 固まっていると、的になる!」

 風樹の勇者マキシミリアンさんが叫ぶ。


「さーさん! レオナード王子を頼む!」

「わかった!」

 さーさんなら『隠密』スキルが使えるし、レオナード王子一人なら抱えられるはず!


「ルーシー、行こう!」

 俺はルーシーの手を引きながら、『隠密』スキルを発動する。

「ま、待っ」

「黙って、静かに」

 何か言いかけたルーシーの口を塞ぎ、静かに、しかし最速でその場を離れる。


 周りは敵に囲まれている。

 だけど、完璧な包囲網じゃない。

 今なら逃げられる。


「ふふふっ、私はこちらですよ、木の国の勇者殿。打ち取って名を上げませんか」

 上級魔族セカテーの挑発が聞こえる。

 なんで、木の国の勇者が居ることを知ってる?

 声だけで、わかるもんだろうか?


 俺は『聞き耳』スキルを使った。

 が、戦っている音は聞こえない。

 皆、この場所を離れているはずだ。

 俺たちも、逃げなくては。



「つまらないですねぇ……、ビフロンス陛下が復活されるというのに……シューリさんは、帰ってきませんし」



 かすかに……『聞き耳』スキルに、そんな声が届いた。

 

(もうじき……それは、今夜の満月のことだよな?)

 本当に、そうだろうか?

 少し嫌な感じがしたが、今は逃げることに専念した

 


 ◇


 

 深い霧の中。

 俺たちは、息を殺して『隠密』スキルを使い続けた。

 やがて、獣たちの声や足音が聞こえなくなる。

 


『索敵』スキルでも、敵が遠ざかっていくのが確認できた。

 逃げることができたか……。

 ほっと、一息つく。


 俺は振り向いて、仲間に声をかけた。


「ルーシー、逃げ切れ……あ、あれ?」

「……すいません、喋らないように指示があったもので」

 

 申し訳なさそうに俺に手を引かれているのは、金髪に釣り目の女騎士。

 ジャネット・バランタインさんだった。

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