138話 木の国、決戦の前夜

「……よかったぁ、倒せて」

 俺はほっと、息をついた。


 不死王の腹心、上級魔族シューリ。

 いきなり襲われた時は、どうしようかと思った。

 ルーシーのお母さんと戦っていた時より、弱っていたみたいで、なんとかなった。

 これも日頃の行いかな。


「姫、倒せたよー」

 フリアエさんとの同調で、水の大精霊ウンディーネを呼び出すことにも成功した。

 お礼を言わなきゃ。


 振り向いた俺が見たものは――


「ひっ!」

 酷く怯えた顔のフリアエさんだった。


(え? あれ?)

 なんで?


「わっ、わ、わ……、私の騎士! あなた水の女神エイルの使徒だったのね! 古い神族の使徒なんて嘘じゃない! 私を騙したのね!」

「ええっ?」

 何ですか、急に。

 俺は、ノア様一筋ですよ?


(あー、でも今回の『生贄術・供物』は水の女神様から教わったワザだから、勘違いしたのだろうか)


「姫、さっきのは……」

「あなたも太陽の騎士ハイランドの連中と一緒ね! 私を騙して、酷いことをするつもりなんでしょう! さっきの魔族みたいに! さっきの魔族みたいに!」

 フリアエさんが、テンパっている。


「しないって」

 俺が苦笑しながら近づくと。


「近づかないで! この童貞野郎! 私の身体が目当てなんでしょう!」

「おいっ!」

 何てこと言うんだ!

 それに、なぜ童貞と知っている!?

 ルーシーか!? さーさんか!?


(……どっちも言ってそうだなぁ)

 普通に、女子トークでネタにされてそう。


「姫、落ち着いて。とりあえず、落ち着いて」

 俺がまぁまぁ、と両手をぱたぱたジェスチャーする。

 徐々にフリアエさんの態度が元に戻ってきた。

 

「……」

 じぃーっと、こっちを半眼で睨んでくる。

 都会の野良猫っぽい。


「まあ、いいわ。ふん! よくやったわね、私の騎士」

 あ、いつものフリアエさんだ。


「そりゃ、どうも」

「で、さっきの魔法についてなんだけど……」

「ああ、あれはね……」

 俺が、水の女神エイル様に短剣を改造してもらったことを、伝えようとしていたら。



「ねぇねぇ、ルーシーの彼氏さん。何やってるの? 浮気?」



「うわっ!」「きゃっ!」


 いきなり後ろから声をかけられた。

 ロザリーさんが、現れた。

 空間転移テレポートか。


「さっき、変な瘴気を感じたんだけど、すぐに消えちゃった。あなたたち、何か知らない?」

「えーと、実は魔族シューリが生きていたようでして」

「むむっ! 本当? どこ行ったの!?」

「でも、倒しておきましたよ」

「あなたが……?」


 ロザリーさんの目が、不審なものを見る目に変わる。

「へぇ……」


 じろじろと。

 獲物を前にした、猛禽類の前に居るような錯覚を覚える。

 ふっと、頬にロザリーさんの手が触れた。

 少し熱い?


「不思議な子……ルーシーが随分入れ込んでたから、気にはなってたんだけど」

 耳元がざわざわする。

 これは……精霊が騒いでいるんだろうか。


「あの上級魔族……どうやって倒したのかしら?」

 ロザリーさんの眼が、紅く輝いている。

 金髪が徐々にオレンジ色になっていく。


 同時に、ふわっとアルコールの香りが伝わる。

 もしかして、酔ってる?


「水の女神様のお力ですよ」

「ちょっと、その力。私に見せてくれない?」

 ワクワクとした口調で聞かれた。

 見せてって、生贄術のことだろうか。

 

「だ、ダメよ! 私の騎士」

 フリアエさんが慌てて、止めに入る。

 大丈夫だって、どうせ使えないから。

 

「残念ながら、魔族を倒したワザはすぐには使えないんです。さっき使ったばかりなので」

「ありゃ、そうなんだ。残念~」

 すっと、瞳の色が青色に戻り、髪も金髪になった。

 その後、俺から視線を外し、フリアエさんのほうを向く。


「ねぇ、あなたも……面白いわね。月の巫女さん?」

「っ!?」

 フリアエさんが、身構える。


「あの! ロザリーさん、姫のことは……」

「大丈夫よー、今代の月の巫女は、魔族じゃなくて人間の味方なんでしょう?」

「あ、当り前よ!」

 フリアエさんの強い口調に、微笑むロザリーさん。


「ふふっ、ルーシーのお友達はみんな面白いわね。親友のラミアの子も、不思議なチカラを持っているし」

 おお……、全部バレてるよ。

 ロザリーさんも『鑑定』スキルを持っているんだろうか。


「あーあ、でもさっきの魔族討ち漏らしちゃったかぁ~。腕が鈍ったかなぁ」

 うーん、と伸びをするルーシーのお母さん。


「そうだ! ねぇ、あなた。仲間の女の子で誰が二番目に好き? もちろん、一番はルーシーよね?」

「えっ? あの……えっと」

 急に話題が変わった。


「そちらのすっごい美人の月の巫女ちゃん? それともラミアのアヤちゃんって子? もしくは、金色の鎧のツンツンした子か、水色の髪のちっちゃい子かしら?」


 ロザリーさん。

 最後の子は、男の子です。


「あー、でもルーシーが彼氏を連れてくるなんてねー。しばらく会ってないと、すぐ大きくなるわね。ねぇ、早くルーシーの子供を見せてね」

「……」


 さっきから、話題がコロコロ変わる。


(ああ、酔っ払いだ、これ)


 絡み方が、マッカレン冒険者ギルド職員のマリーさんと一緒だ。

 そういえば、マリーさん元気かな?

 ふと、そんなことを考えていると。

 

「じゃあねー」

 言いたいことを言い終えたのか。

 ロザリーさんが、しゅたっ、と片手を上げる。

 同時に、シュイン、シュインと音を立てながら、ロザリーさんの周りに魔方陣が浮かび上がる。

 

 次の瞬間――消えた。


「……空間転移テレポート

「行っちゃった……」

 言いたいことを言って、ロザリーさんは消えてしまった。



「戻ろうか? 姫」

「ええ……そうね」

 俺たちは、里長さんの家に戻った。


 そこに、ロザリーさんの姿は無かった。



 ◇



 俺は、里長さんや一緒にいた『風樹の勇者』マキシミリアンさんへ魔族シューリのことを伝えた。


 ちなみに、レオナード王子は寝ている。

 九歳だから、早寝だ。


「……そうか、あの上級魔族は倒されていなかったか」

「よくぞ、ご無事でした。マコト殿」

 二人は、険しい顔をしている。


「ロザリーさんの魔法で、弱っていたから倒せたんですよ」

「マコト、私も一緒に居ればよかったわ」

「うん、無事でよかったよ、高月くん」

 ルーシーとさーさんに、心配な顔をされた。

 悪いね。


「しかし、ロザリー様の聖級魔法ですら滅ぼしきれないとは……、厳しい戦いになりそうですね」

 不安そうな顔で、お茶を持ってきてくれたのは『木の巫女』フローナさん。


「フローナさん、木の女神フレイア 様は何かおっしゃってませんか?」

 木の国の主神の意見はないのだろうか?

「それが……特にお声が聞けず……。もともと、木の女神フレイア 様は神託の少ない女神様なので」

 うーむ、ダメかぁ。


「ジャネットさん、太陽の国から援軍は頼めませんか?」

 神頼みがダメなら、次はお隣の大国を頼ろう。


「本国へ応援を頼んでいるのですが……、何者かによって行軍が邪魔されているらしく、太陽の騎士団の到着が遅れています」

 ジャネットさんの声が、硬い。

「行軍の邪魔?」

 太陽の国に、逆らうやつがいるのか?


「邪魔してるのは、蛇の教団よ」

 フリアエさんが、つまらなそうに林檎のような果物をかじっている。


「フーリ、なんで知ってるの?」

「『運命魔法』でね。なんとなくわかるの」

 ルーシーの問いに、フリアエさんが答えた。

 へぇ、そんなことまでわかるのか。

 便利だなぁ、『運命魔法』。


「ふーちゃん、それジャネットさんに早く伝えなきゃ」

「いえ、……伝えたから、どうにかなるものでは無いでしょう。教団が、太陽の国ハイランドへ破壊活動をするのは、常のことですから」

「……そうなんだ」

 迷惑な連中め。


「じゃあ、頼りはルーシーのお母さんかな。木の国の最高戦力」

 どこに行ったのか、姿が見えないけど。


「ママかぁ……、さっきワイン飲み過ぎて、月に散歩してくるって出かけて行ったのよねー」

「月見じゃなくて、月に行く?」

「うん、空間転移テレポートで、しょっちゅうよ?」

「……おお」

 

 そんな簡単に行けるの?

 さすがは、紅蓮の魔女さん。


「大丈夫かしら、母様。前に散歩してくるって行って、1年くらい帰らなかったけど……」

「「「え?」」」

 ルーシーの家族以外の全員が、ルーシーのお姉さんのほうを振り向く。


「……ま、まあ、今回は大丈夫じゃろう。流石のロザリーもわかっておるはずじゃ」

 里長さん、頬に汗が流れてますよ。


「「「……」」」

 全員が、無言になる。

 え、何この空気。


 結局、悩んでも仕方が無いので。

 早く寝て体力を整えようということで、お開きになった。



 俺は、里長が用意してくれた客室のベッドに寝転がった。

 隣のベッドでは、レオナード王子が寝息を立てている。

 その寝顔を見てみる。


(美少女にしか見えねー……)

 ロザリーさんが間違うのは仕方ないな。

 

「なうなう」

「お、こんなところに居たか」

 ささっと、逃げ出していた黒猫が布団から這い出てきた。 

 

 右頬に、フサフサと猫の尻尾が当たるのを感じながら、俺は茅葺の天井を見上げた。

 柱に、小さなランプが灯されている。



 ――明日は『魔王の墓』を目指す。 


 待ち受ける敵の全容は、まだわからない


(寝よう……)


 俺は目を閉じた。 



 ◇



 夢を見た。

 不安な心を知って、来てくれたんだろうか。

 ただ、いつもと色々違ってた。



「ノア様……? 何やってるんですか?」



 女神様の空間。

 どこまでも続く、果てしない神域。


 そこに居たのは、俺が信仰する天界一の『美』を誇る女神ノア様。


 なんだけど……、なぜか仏頂面で、立っていた。

 その隣で、ふわふわ浮いているのは……



「あ、あの……その恰好は……?」


 

 ロープで亀甲縛りをされて、宙吊りになっている水の女神エイル様だった。


(は?)

 なんだこれ?


「はーい、マコくん☆」

 にこやかに微笑む、エイル様。


 いや、ツッコみが追い付かないんですけど!?

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