137話 高月マコトは、襲われる

◇フリアエ・ナイア・ラフィロイグの視点◇


 魔法使いさんの実家で、二日続けて宴が開かれた。

 風樹の勇者を歓迎するため、だそうだ。


(外の国って、みんな騒ぐのが好きなのね)


 私の生まれ育った月の国(廃墟)は、いつも静かだった。

 皆、暗い顔をしていて、日々を生きるだけで必死だった。

 だから、ガヤガヤとした喧噪は、新鮮だ。

 私は、騒ぐのに慣れていない。

 でも、嫌いじゃない。


「美しい姫君、一緒に星を眺めないか」

「それよりも、こちらで百年物のワインがあるんだ。君のような女性にこそ飲んでもらいたい」

「ねぇねぇ、お姉さんと一緒に抜け出さない? 気持ちよくしてあげる☆」


(でも、ナンパがうざいわ)


 男女問わず、一目惚れをされることが多い私にとってナンパされるのは日常だ。

 私は、『月の巫女』の特性で、出会う人すべてを魅了してしまう。

 特に、魔法使いさんの兄弟は、恋愛に積極的だ。

 強引に迫ってくるような輩は居ないけど。

 私は、一人になりたくて、外に出ていった。


「なう、なう」

 黒猫のツイも付いてきた。

 あなたのマスターは、私じゃないわよ?

 そういえば、私の騎士のあの男はどこに行ったのかしら。

 気が付くと姿が見えない。

 

 静かな夜の村の中を歩く。

 風と虫の音だけが、聞こえる。

 しばらくして、向こうから、歩いてくる二人の人影が見えた。


「あら、フーリ。散歩? 里の結界の外に出ちゃダメよ」

 魔法使いさんと、戦士さんと出会った。

 二人も散歩をしていたらしい。


「大丈夫よ。結界の範囲は視えてるから」

 一応、私も魔法使いの端くれだ。

 直接攻撃の魔法は使えないが、魔法の扱いには自信がある。


「この先には、高月くんが修行中だよー。おやすみ、ふーちゃん」

「そう、おやすみなさい、戦士さん、魔法使いさん」

 二人は手をつないで帰っていった。


「ねー、るーちゃん、一緒の布団で寝ようー」

「まぁ、いいけど。アヤって寝ぼけると、服脱がせてくるから困るのよね」

「へっへっへ、るーちゃんの肌すべすべだから気持ちいいんだよねー」

「やめなさいって」


 そんな会話が聞こえてきた。

 仲いいなぁ。 

 とても仲睦まじく


(あの二人って……恋敵こいがたき同士なのよね?)

 

 普通は、同じ男をめぐってもっとギスギスするんじゃないのかしら?

 しかし、実際は親友のごとく親密だ。

 まあ、同じパーティー内でドロドロしているのも嫌なので、今のほうが良いんだけど……。 


 でも、運命魔法を使って二人の『因果の糸』を見ると、――グチャグチャに捻じれ合っていて。

 その糸の大半は、高月マコトに繋がっている。


(愛されてるわね……、私の騎士は)


 怖いくらい。

 というか、あの二人の愛は相当重い。

 いつか刺されないか、少々心配だ。

 本人は、どこまでわかっているかイマイチわからない。

 いつも、とぼけた顔をしているけど。


 しばらく歩くと、濃い魔力の淀みが足元に絡みついてきた。


(この魔力マナ……)

 

 魔力マナの流れてくる元を辿っていく。

 里の端のほうの少し開けた場所。

 月の光を浴びて、精霊を呼び出している私の騎士が居た。

 どうやら、修行中のようだ。

 真剣な横顔が見えた。


(こいつ私の守護騎士なのよね……)


 なんか、私いっつも放置されてない? 

 いや、ずっと一緒に居て欲しいわけじゃないんだけど……。

 かつて、私をここまで放置してきた男は居なかった。


「ねぇ、私の騎士」

 邪魔しちゃ悪いかと思ったが、高月マコトは一度修行を始めると数時間はぶっ続けらしいので、私は声をかけた。

 しかし、こいつ振り向きもせずに返事するし……。

 返事する時くらい、こっち見なさいよ。


 しばらく、他愛無い雑談をしていると。


(え?)


 敵意を感じた。

 突然、黒い影がこちらに迫ってきた。

 狙われているのは、――私の騎士?


「危ない!」


 私は、高月マコトを突き飛ばした。

 そのすぐ後に、黒い影の爪が空中を切り裂いた。

 高月マコトは、地面に伏せ、すぐに立ち上がる。


 黒猫ツイは、さっと、森の中に逃げて行くのが見えた。

 ちゃっかり、してるわ。


「あっぶな……、姫助かった」

「なんで、私が騎士を助けるのよ……。大丈夫?」

「ああ、おかげで」 

 私たちは、襲ってきた何者かのほうを見る。


「……ちぃ、外したか」


 それは、黒髪赤目の魔族の美女だった。

 ただし、身体は所々焼け爛れ、満身創痍な姿。

 不死王ビフロンスの腹心を名乗る女、シューリが立っていた。


「あれ? あんたはロザリーさんに倒されたんじゃ?」

「どうやら、倒せてなかったみたいね」

 

 運が悪い。

 やっかいな相手と出会ってしまった。

 上級魔族相手では、里の結界も効果が無い。

 ここに居るのは、戦闘能力の無い『月の巫女』とあまり強く無い『月の巫女の守護騎士』だけ。


(折角の未来予知が、こういう危機を教えてくれれば良いのに……)

 あいにく、『未来視』はランダムに、大きな事件しか見えない。

 自分のコントロールでは、どうにもならない。


 私たちの前に現れた、上級魔族の女は黒い瘴気を放ちながら、こちらを値踏みするように見つめてくる。


「この場には、あの厄介な魔女は居ない……。お前らを喰って足しにしよう」

 ああ、そうでしょうね! 

 この女は、吸血鬼。

 捕食者であり、私たちは喰われる側だ。

 魔族シューリが、じりじりと近づいてくる。


「私の騎士! 逃げるわよ」

 私は、高月マコトの手を引っ張った。


「多分、無理だよ」

「無駄よ」

 なぜか、高月マコトと魔族シューリのセリフが被った。


「捕縛の魔法で、俺たちは捕らえられてる」

「……そんな……いつの間に? う、動けない」

 確かに、私たちの周りに小さな結界が張られている。

 そして、足が固定されたかのように動けない……!

 気が付くと、私たちの両足に、黒い影のようなものが巻き付いていた。


「かつて、人間共を飼っていた時代に使われていた人間捕縛の闇魔法『影牢』。餌は黙って喰われなさい」

 残虐な笑みを浮かべ、近づいてくるシューリ。

 口が大きく開き、鋭い牙が見える。


「意識のあるまま、あなたたちの血を絞りつくしてあげるわ……恐怖しなさい、それがよりあなたたちの血をより美味にしてくれる」

「ちっ!」

 私は舌打ちした。

 悪趣味め。

 この前の戦いで相当ダメージを受けているはずだが、それでも感じる威圧感は衰えていない。

 嫌な汗が流れる。


 あと、打てる手は……何か……。

 やつが少しずつ、近づいてくる。

 今だ!



 ――魅了眼!



 私の切り札、魅了の『魔眼』を発動した。

 本来は、満月が最も効果的だが、これくらい月の光がある夜なら通じるはずっ!

 だが、


「残念ね、それは私には効かないわ」

 しかし、魔族シューリの反応は、冷淡なものだった。


「そ……んな……」

「私たちは、偉大なるあの御方によって『生まれ変わって』いるの。我々はあなたたちより、上位の存在。下等生物の魅了が通じるはずが無いでしょう?」

 バカにした口調の、魔族シューリに私はほぞを噛んだ。


「それにしても、その眼……もしかして、あなた『月の巫女』?」

「……だったら、何?」

「ふうん、千年前はあの御方に取り入った売女が、今度は人間側に寝返ったのね。本当に、節操の無い女だわ」

「そいつは、別人よ!」


 イライラする。

 千年前の『月の巫女』なんて、私には無関係だ。

 どいつも、こいつも!


「人間の分際で、あの御方に取り入る月の巫女は、本当に目障りだった。ここで、死んでおきなさい」

 魔族シューリが腕を上げると、その手に黒い瘴気が集まる。

 

(どうすれば……?)

 さっきから、私の手を握ったまま何も喋らない私の騎士にもイラつく。

 魔族シューリは、微量な魔力の高月マコトには興味が無いのか、特に話しかけもしない。


 何か、手は無いの!?


「ねぇ、私のき……」

「姫、失礼」

 突然、私の手を、高月マコトが強く握ってきた。


「ちょっと、何を……なんだか、くすぐったいのだけど?」

「同調した」

 高月マコトが、そう言った瞬間



 ズシンと、濃密な魔力が現れた。



「な、何?」

 魔族シューリが、怪訝な顔をする。

 おそらく、私も同じような顔をしているのだろう。


 相変わらず、高月マコト本人からは弱々しい魔力しか感じない。

 しかし、その周りに渦巻く魔力は無視できるものではない。


「……あーあ、そんなところに居たのか、水の大精霊ウンディーネ

 高月マコトの、なんとものんびりした声が聞こえた。


(……何かが居るの?)

 私には、何も視えない。

 

 しかし、確かに何か居る。

 高月マコトの言葉通りなら、水の大精霊ウンディーネが。

 魔族シューリが、私の騎士に対して警戒をあらわにした。


「精霊術か……やっかいだな、まとめて死ね」

 間近に迫った、魔族シューリの手に巨大な漆黒のカギ爪が、私たちの首を刎ねようと迫り



 ――水魔法・水牢



 突如、私たちの周りは水に覆われた。

(えええええっ!)

 こ、呼吸がっ……あれ? 苦しくないわね。


「……なんだ、これは?」

 水中であるにも関わらず、魔族シューリの声が聞こえる。

「私の騎士、これは一体なに?」

 私の声も普通に、水中で喋れた。

 どうなっているんだろう?


「おいおい、……水の大精霊ウンディーネさん。確かに、水を使いたいって言ったけど、こんな沢山はびっくりするって……。ルーシーたちの家にまで、水は行ってなさそうだね」

 私たち二人を無視して、高月まことは『誰か』と話している。

 ちょっと、答えてくれないかしら?


「貴様っ!」

 無視をされ、激高したのか、魔族シューリが腕を動かそうとして

「……ばかな」

 動けなかったようだった。


 水に身体の自由を奪われている。

 高月マコトは、相変わらず一人で誰も居ない水中に向かって話しかけている。

 何、このシュールな光景。


「さすがは、水の大精霊ウンディーネさん。上級魔族が、指一本動かせないって、まあ、俺も『影牢』で動けないから、お互い様だけどね、ははっ」

「何笑ってんのよ!」


 流石に、ツッコんだ。

 何で、高月マコトは、こんなに緊張感が無いの!?

 バカなの! 死ぬわよ!


「姫?」

「とぼけた顔してないで、あいつをやっつけてよ!」

「でも、相手も俺たちも動けないよ?」

 そのうち、誰か助けが来るんじゃない? とのん気なことを言っている。

 それを聞いて、魔族シューリの表情がゆがむ。


「はっ! 人間の魔法使い。大した魔力だが、水魔法では私を倒せない! 不死者である私を滅ぼすことは絶対に出来ない! おまえたちは魔族の餌! 餌は餌らしく、黙って震えて喰われなさい!」

 傲慢な魔族の発言は、自分たちが支配者だと言い切る。

 同時に、シューリの発する瘴気が増した。

 まだ、力を隠していた?

 少しずつ、身体を動かそうとする。


 こいつ……大精霊に力を借りた『水牢』魔法でも、動ける……?


「ねぇ! 私の騎士。これマズイんじゃ」

 私が焦って、高月マコトの腕を引っ張ると。 


「ああ、食べられるのは困るね。やっつけよう」

「え?」

 聞き違いかと思うくらい、落ち着いた声が返ってきた。

 

 

「はっ! 私を倒すだと? 何をしても無駄だ!」

 魔族シューリは、不死者である自分に絶対の自信があるのか、高月マコトの言葉を笑い飛ばした。

 私の騎士は、特に何も言わない。



 静かに美しい装飾の入った短剣を、鞘から抜いた。



 魔力を帯びた、青い刀身が幻想的に輝く。

 不死者を滅ぼせる聖なる加護は……付いていないように見える。

 ただの、魔法剣だ。

 魔族シューリの表情は、不敵なまま。

 高月マコトは、短剣を両手に構え、祈るようなポーズをとった。

 そして、一言つぶやく。



「捧げます、水の女神エイル様」



(え?)


 高月マコトの言葉に、疑問が浮かぶ。

 あなた、古い神族の使徒じゃなかったの?

 それは聖神族の女神の名前よ?


 その時、夜であるにも関わらず光が短剣を照らした。


 ずずず……、と私たちの周りにあった水が、人型になっていく


 その人型の水の塊は、光を放ち、魔力を帯び、圧縮されていく。


 ふわふわと、空中と漂う赤子のような姿を形どる。


 いや、形だけじゃなく。

 目があり、口がある。

 瞳がキョロキョロと動き、


 きゃっ、きゃっと笑う小さな裸の子供たち。

 異様な光景だった。

 水の中から、まるで生命が生れ出るような。

  

 その赤子の背中には、小さな可愛らしい羽根が生えている。


(小さな子供の天使――第十位の神の使い・天使エンジェル……?)

 

 な、なんで?

 私の騎士は、古い神族を信仰しているはず……

 天使は、天界を支配する『聖神オリュンポス族』の使い。 

 天使エンジェルが現れるはずが……


「な、なんだ! お前らは、近づくな!」

 魔族シューリが焦ったように、叫ぶ。

 何かマズイ事態であると、感じたのかもしれない。


「投擲」

 高月マコトが、そっと放った短剣が魔族シューリの胸に刺さった。


「なに?」

 不死者である彼女には、ただの武器は効かないんじゃ……

 相手も、そう思ったようでバカにしたように口を開いた。

「はっ、このような矮小な武器で、私を倒そうなど……」

 

 高月マコトは、既に相手に興味が無いように見えた。

 決まった手順をこなすように。

 淡々と告げた。



 ――生贄術・供物




 高月マコトが、言葉を発した瞬間。


 小さな可愛らしい天使たちが、魔族に飛びつき魔族の身体を『喰らい』始めた。


「ぎゃぁあああああああああああああああああ」

 身の毛のよだつような悲鳴と、くちゃくちゃと、何かが咀嚼される音が響く。


「は、はなれろっ! 私を喰うなっ!」

 シューリの悲鳴とは逆に、可愛らしい天使たちは魔族の身体を貪り食う。

 黒い血が吹き出て、神経が切れ、骨が砕けるおぞましい音がする。

 その凄惨な光景を見て、


「うわぁ……」

 高月マコトが、嫌そうな表情で『その様子』から視線を逸らしている。


(あ、あんたがやったんでしょう!?)


 しかし、その冒涜的な光景を前に、私は言葉を発することができない。

 月の巫女として、並大抵のことでは動じない心を持っている私が……。


 月の巫女は、死と闇と呪いを扱う。

 その魔法には、死を扱う魔法書や文献には、残虐なものも多い。

 そういった文献で、勉強した私は、かなりの精神負荷耐性があるんだけど……


 目の前の光景には、震えて見ていることしかできなかった。


「姫、大丈夫?」

 高月マコトの声は、変わらない。

 なんで、こいつはこんな平気な顔してるの!

 私は、小さく頷く。


「大精霊さん、ありがとう。もう大丈夫」

 魔族シューリを縛っていた『水牢』を解き放ち、高月マコトは精霊に御礼を言っている。


 その隣で、魔族シューリが天使たちに喰われている。

 よく見ると、肉体だけが喰われているのではない。

  

(魔力? ……いや、魂そのものが喰われているような……)


 本来、不死者を倒すには、聖なる魔法で『浄化』するしか方法がないのだが……


 魔族シューリにつながっていた『因果の糸』が次々に切れていく。

 運命魔法使いである私には視える『因果の糸』。

 それが切れるということは……終わりということだ。


 彼女の命運は、ここで尽きる。 



「……た、……タスケ……主……サマ……」



 身体の大部分を喰われた、魔族の女の最後の言葉はよく聞き取れなかった。

 その切ない声を最後に、声が消えた。


 同時に、きゃっ、きゃっ、と笑いながら天使たちも消えていった。


 あれほど、恐ろしい威圧感を放っていた上級魔族の残骸が、砂のように崩れ去り。

 風がその残骸を、灰のような吹き飛ばした。

 残りカスが、舞っていった。

 

 サラサラと流れる、かつて魔王の腹心を名乗った残骸は。

 跡形もなく、消え去った。


 もはや、かのように。


 私の騎士が投げた、短剣だけがその場に残る。


「喰っていいのは、喰われる覚悟のあるやつだけだ……って、誰かが言ってたっけ?」

 私の騎士が、何かを言いながら落ちている短剣に近づき拾った。

 言葉の意味は、わからなかった。


 私は、恐ろしい。

 高月マコトは、私に背を向けている。

 だから、これを引き起こした当人の顔は見えない。

 私は、どんな顔をしているのか、知るのが怖かった。

 

「よかった。倒せたよ」

 その声は、穏やかだった。

 いつもの、魔法使いさんや戦士さんと会話する彼の声だった。


 こちらを振り向いた高月マコトの表情は、優しくて。


 軽く微笑むその表情は、悪魔のように無邪気に見えた。

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