135話 カナンの里は炎上する


 最初に異変に気づいたのは、さーさんだった。


「高月くん、変な匂いしない? 何かが燃えるような……」

「いや、俺は特に……」

 魔の森を出て、大森林に着く頃には、明け方前だったろうか。

 探索に出かけて、数時間。

 正直、張りつめていた緊張は解けていた。


 だから、俺は異変に気付くのが遅れた。


「ねぇ、あれ見て。煙が……」

「ルーシーたちの里の方角だ!」

 里に近づくにつれ、違和感が大きくなった。

 乾いた空気と、煙の異臭が鼻孔を刺激した。


「急ごう!」

 俺は駆け出した。

「高月くん! 掴まって!」

 さーさんに手を引かれ、カナンの里へ急いだ。

 里に近づくにつれ、立ち上る炎がはっきりと見えてきた。


(くそっ! のん気に探索なんてしてる場合じゃなかった!)

  

 大森林が燃えている。

 燃え辛い魔樹が、轟轟と燃える炎に包まれている。

 俺たちが、炎を避けつつカナンの里を目指している途中



 ――黒焦げの死体を見つけた



 鼓動が、大きく鳴る。

 唾を飲み込む音が耳に響いた。


 俺は、その死体におそるおそる近づき。

 観察した。


(昨日、俺たちを迎える宴をしてくれた里のエルフの……誰かが犠牲に……ん?)

 そこで、気づいた。


「高月くん! この焼死体、ゾンビだよ!」

「……みたいだね」

 エルフじゃない。


 黒く焼け焦げて一見わかり辛いが、近くで見ると違いはすぐにわかった。

 魔の森で沢山出会ったアンデッドだ。

 どういうことだ?

 カナンの里を、アンデッドが襲った?


「さーさん、行こう!」

「うん!」

 さらに里の奥に進む。


「うわ」「凄いねぇ……」

 そこは地獄絵図のようだった。

 

 至る所に黒焦げの焼死体が転がっている。

 そのすべてが、元は不死者だった。


(不死者って、ただの火魔法は効かないんじゃなかったっけ?)


 水の神殿でならった気がする。

 不死者に最も有効なのは、太陽魔法。

 まあ、俺は火魔法も太陽魔法も使えないから、真面目に聞いてなかったけど……。


 そんなことを、考えているうちに里の奥、ルーシーの実家あたりまでやってきた。


「マコト! アヤ!」

 真っ赤な髪のエルフが、こっちに駆け寄ってきた。

 ルーシーだ!


「るーちゃん!」「ルーシー!」

 さーさんとルーシーが、ガシッと抱き合う。

 よかった、無事だったか。 

 後ろには、フリアエさん、レオナード王子やジャネットさんの部隊の姿が見える。

 それにルーシーの家族や里のエルフたちも、無事みたいだ。


「ルーシー、何があった?」

「不死王の腹心シューリって上級魔族が、部下の不死者を引き連れて里を襲ってきたの」

「不死王の腹心シューリ……」

 セテカーが言ってた、魔王ビフロンスの部下のもう一人の幹部か。


「それで? 被害は?」

 一体、どれだけの人が被害に……。


「え? 特に誰も怪我してないわよ」

「「え?」」

 あっけらかんという、ルーシーに俺とさーさんが変な声をあげた。


 ちょっと、待て。

 怪我人ゼロ?

 これだけの、火災で?


「里が燃えてるだろ! それにシューリって魔族は、そんな少数で来たのか?」

「あ~、里が燃えてるのはね……」

 ルーシーが言い辛そうに視線を逸らした。

 その視線の先を見ると、


「みんな、神木に炎が燃え移らないように消火するのじゃ!」

「はい! おじいちゃん!」

「里の結界が解けると大変ですからね!」

「ママの火魔法、全然消えないんだけどー!」

「燃えてる家はどうしますか!?」

「家は諦めろ! 木魔法で、すぐに再生できる!」

「それより、ロザリーさんに魔法をもう少し抑えてくれるように言ってくれませんか……」

「……それができたら、苦労せんわい……」


 そんな会話が聞こえてきた。

 おや?


「ルーシー、これって……まさか」

「……う、うん、ママが不死王の腹心シューリの軍勢と一人で戦ってくれてるわ。その飛び火?」

 里が燃えてるの、身内の仕業かよ!


「噂には聞いていましたが、『紅蓮の魔女』様の魔法は規格外ですね。五千を超えるアンデッドの軍勢を一人で、迎え撃ってしまうなんて……」

「一人で!?」「五千!?」

 レオナード王子の言葉に、俺とさーさんがびっくりした声をあげる。

 

「私も加勢しようと思ったのですが、巻き込まれて死ぬだけだと止められました……」

 ジャネットさんが心なし、しょんぼりしている。


「あ! あそこ見て」

 さーさんが、空中を指さした先には。


 ドガン、とドラゴンゾンビが、真っ赤に燃える人影にぶん殴られて吹っ飛んでいく姿だった。


(なんだ、ありゃ?)


『千里眼』スキルで、紅い人影を見ると、先日であったルーシー似のエルフだとわかる。

 やっぱりあの人が、ロザリーさんだったようだ。

 ただし、身体全体が燃えるように紅い。

 つーか、燃えてないか?


「ルーシー、あれがルーシーの母さん? なんか燃えてない?」

「あれはね……ママの『精霊纏い』って技よ」

「何それ?」

 初めて聞く技だ。

 特殊なスキルだろうか?



 ――火と風の精霊召喚! 



『聞き耳』スキルを使っていると、ルーシーの母さんの声が聞こえてきた。

 その瞬間、空中の魔力が沸き立つような錯覚を覚えた。


(すげぇ。精霊の召喚? ってできるのか……)

 俺には視えなかったが、精霊のざわつきが聞こえる。

 ルーシーの母さんの隣に、多分居る。

 火と風の精霊が。


 そして、ルーシーのお母さんがさらに真っ赤に輝き。

 いきなり巨大な火柱が出現した。

 上級火魔法の炎の嵐ファイアストームを何十倍もの威力にした魔法。


 それに巻き込まれた多くの魔物たちが燃え。

 そして、カナンの里の家々も燃え落ちた。


「あー! 俺の家がー!」

 エルフの誰かが悲鳴を上げた。

 彼の家が含まれていたのだろうか……?

 気の毒に……。


 ルーシーのお母さんの周りには、さらに多くの魔物が群がっている。

 全てアンデッドのようだが、飛竜にグリフォン、ハーピーらしきゾンビも居る。

 千匹はゆうに超えているようだけど……。


 ルーシーのお母さんニイィ、と大きく笑う口が見えた。

 楽しそうに戦う人だ。



 ――火魔法・不死鳥の群れ!


 

 数十匹の炎の不死鳥が出現する。


「あっはっはっはっは! 燃え落ちろ! カトンボ!」


 紅蓮の魔女さんの高笑いが、聞こえる。

 うわぁ、なんか笑いながら王級魔法を連発してるよ。

 怖っ!


「なんか、るーちゃんに似てるね」

「あー、確かに。ハイになるあたりが」

「マコト! アヤ!? 私ってあんなになってる!?」


 ルーシーが心外だという顔を向けてきた。

 でも、ちょっと似てるよ?

 あそこまでぶっ飛んでないけど。



 ほどなくして、魔法による爆音が静かになった。

 


「終わったのかな?」

「魔王の腹心も倒したのでしょうか?」

「そもそも、なんで上級魔族のシューリってやつは、ここに来たんだ?」

 木の国には、数百の集落がある。

 よりによって、なんで俺らがいる里に?


「……おそらく私のせいです」

 申し訳なさそうにやってきたのは、木の女神の巫女フローナさんだった。


「フローナお姉ちゃん?」ルーシーが尋ねる。

「魔王の腹心シューリは、勇者と巫女を始末しに来たと言っていました」

「なるほど」

 獣の王の幹部ジンバルも、勇者を迎え撃つって言ってたし。

 やっぱり、勇者や巫女みたいなキーマンは狙われるんだな。  


「申し訳ありません……里長。私のせいで、このような事態に……」

 木の女神の巫女フローナさんが、頭を下げている。


「よいか! まだ火は消えておらん! 気を付けて消火するんじゃ! ……フローナよ。気にするな。魔王軍に狙われるのは、巫女の宿命のようなもの。我々は家族だ。助け合わねば」

「……はい。ありがとうございます」

 消火の指示を出しつつ、フローナさんへ優しく労わる里長。

 苦労人だ。


「つーか、ルーシーのお母さんはこっちに来ないのかな?」

 もう一度会ってみたい。

 そして、精霊魔法を教えてもらいたい!


「まったくじゃ! 自分の火始末は自分でせんか! 好き勝手に燃え上がらせおって!」

「まぁまぁ、おじいちゃん。ロザリー母様のおかげで魔族を撃退できましたし……」

 怒る里長を、ルーシーのお姉さんがなだめる。



 若干、弛緩した空気。

 緊張の糸が緩んだその時、



「木の女神の巫女っ!」



 空から、魔族の女が降ってきた!?

 黒髪に真っ白の肌。

 そして、真っ赤な眼をしている美しい容姿の女だった。


「魔族!?」

「こいつがシューリだ!」

「フローナを守れ!」

 俺たちや、里のエルフがフローナさんを守ろうと駆け寄るが。


「遅い!」

 魔王の腹心シューリが、紅い刃の剣を振り下ろす!

 やつのほうが速い!


「フローナお姉ちゃん!」

 ルーシーの悲痛な声が響く。

 俺たちは、木の女神の巫女フローナさんが殺されるのを見ていることしか……



「残念、遅いのはあなた」



「ぐはっ!」

 突然現れた真っ赤に燃えるエルフがシューリの首を片手で掴み上げた。

 気が付くと、手に持っていた剣は叩き落とされている。


「あなたが、伝説の魔王の部下シューリ? 西の大陸の半分を支配したという魔王ビフロンスの腹心って聞いたんだけど……。もっと、強いと期待してたのに、期待外れだったなぁ」


 嗜虐的な笑みで、首を締めあげるルーシーのお母さん。

 訂正しよう。

 ルーシーは、あんな顔しない。

 全然、似てない。



 ――闇魔法・闇衣!



 上級魔族シューリの身体が、黒い闘気に包まれる。

「おっと」

 ルーシーのお母さんが、首を絞めていた手を離した。


「貴様……」

 魔王の腹心シューリは、美しい顔を憎しみに歪ませ、ルーシーのお母さんを睨みつけた。

 彼女の周りには、淀んだ黒い魔力マナがにじみ出ている。

 じわりと、嫌な空気が広がる。

  

「……うぅ」

 ルーシーが俺の服の裾をぎゅっと掴んできた。

 強い魔族の放つ瘴気は、心の弱いものの気力を削ぐ効果があるらしい。


「ルーシー『冷静』スキル使って」

「う、うん。やってるけど……」

「さーさんは、大丈夫?」

「わたしは……大丈夫かな。でも、あの魔族、強いね」


 さーさんが、断言する。

 俺の『危険感知』スキルにも、頭痛と警報が訴えてくる。

 あれは、災害指定だ。


 が、現在魔王の腹心の相手をしているのは『紅蓮の魔女』ロザリー・J・ウォーカー。


「元気ね。相手してあげる」

 紅蓮の魔女は、余裕の表情で手招きしている。

 それを殺気を含んだ目で、睨みつける魔王の腹心シューリ。

 

 魔族シューリの放つ黒い魔力マナが、息苦しいほどの威圧感を放っている。

 見ると里のエルフたちや、ジャネットさんの部隊の人たちも、青い顔をして後ろずさっている。

 耐えれているのは、さーさん、フリアエさん、里長、フローナさんくらいか。


「ルーシー、レオナード王子。俺とさーさんの後ろに」

 俺は二人の前にたつ。

 頼りないかもしれないけど、居ないよりましだろう。


「ありがとう、マコト」

「すいません、マコト兄さん」

 魔王の幹部クラスだと、『冷静』スキルでも平静を保てないか……。

 これは、課題かもなぁ。



 そうしている間にも、黒い瘴気を放つ魔族シューリと、真っ赤な闘気に包まれたロザリーさんが向かい合い、今にも死闘が始まりそうな緊張感を放っている。



「死ね!」

 魔族シューリが、ロザリーさんに一瞬で距離を詰める。

 シューリの右手から、巨大な爪のような斬撃が飛び出した。

 それをまともに受けるロザリーさん!?


「ママ!?」

 ルーシーが悲鳴をあげる。

 が、ルーシーの母さんは少しよろけただけだった。


「へぇ……ちょっと、痛いかも。じゃあ、次は私の番ね」

「なに?」

 怪訝な顔をする、シューリが何か言う前に。


 ドガガッ! 交通事故のような音と共に、ロザリーさんの真っ赤に燃える拳が、魔族シューリに突き刺さった。

 拳が接触した瞬間、爆発したような爆風が起き、哀れな魔族は爆発の中に消えていった。



「「「「「「……」」」」」」


 戦いを見守っていた我々も、これには呆然とする。

 一撃っすか、ルーシーのお母さん。


 シューリが吹っ飛んでいった先は、未だ爆炎が立ち昇っている。


「はーい、終わったわよー」

 ロザリーさんが、ひらひら手を振る。


「相変わらず、化け物のような魔法を使うやつめ」

「酷いー、お父さん! 娘を化け物って」

「お母さん! 里を燃やし過ぎだから!」

「ああー、ごめんごめん。でも、フローナちゃんが居るから平気でしょ?」

「ご無沙汰しております、ロザリーお義母様。カナンの里の修復は、お手伝いしますね」

「バカもの! フローナは木の女神の巫女じゃぞ! そのような雑用はさせられぬ!」


 家族の会話に移ったようだ。

 相変わらず里は燃えたままだが。

 エルフの皆さんの尽力で、徐々に火が消し止められつつあった。


 

 皆が一息ついた、その時。



「バカが!」

 突然、黒い塊が飛び込んできた!

 その黒い影は、ロザリーさんに衝突する。


「ママ!」「ロザリー!」

 ルーシーと里長、他のエルフから悲鳴があがる。


 シューリの手には、赤い刃の剣が握られ、それはルーシーのお母さんの胸に刺さっている。

 ロザリーさんは、少し驚いたような顔をしてゆっくりと倒れた。


「ふん、バカげた威力の魔法だ。……だが、私が不死者であることを忘れてたのかしら」

 ロザリーさんは倒れたままだ。

 

 真っ白い肌に、赤目黒髪の魔族シューリは、服装こそボロボロだがその身体に目立った傷はなかった。

 すべて再生した?



「さて、邪魔者は消えた。木の女神の巫女を殺すとしよう」

 ギロリと、フローナさんのほうを魔族シューリが見つめた。


「させません!」「みんな、フローナさんを守れ!」

 エルフの里の戦士のみなさんと、ジャネットさん、レオナード王子も震えながら武器を構える。

 


「……ちょっと、痛かったかも。じゃあ、次は私の番ね」



 ゆっくりと。

 炎に包まれたまま、ルーシーのお母さんが立ち上がる。

 心臓に刺さった刃が、するりと抜け地面に落ちる。


「「「「……」」」」

 俺やさーさん、その他エルフの里の人たちもあっけにとられる中。


「バカな……、貴様、不死身か……」

 呆然と、魔王の腹心がつぶやく。


「失礼ねー、聖級の火魔法『再生の炎』よ。知らないの?」

 問いながら、刃で刺された胸のあたりを軽く払う。

 すでに傷は見当たらない。


「だ、だが。火魔法では私を殺せないっ!」

 まだ勝負はついてないとばかりに、魔族シューリが剣を構える。

 が、ルーシーのお母さんは余裕の笑みを崩さない。


「本当? じゃあ、これならどうかしら」

 ロザリーさんは、右手を天向かって伸ばした。

 静かに呪文を唱える。

 呪文を唱えるのは、初めてかもしれない。

 膨大な魔力が、ロザリーさんの右手に集まり始める。


「いかん! ロザリー、それはっ!」

 里長さんが、焦ったように叫ぶ。

 みるとエルフの人たちが、後ろずさっている。


(これ、俺たちも避難しといたほうがいいやつかな?)

 そんなことを考えていると。



 ――聖級火魔法・権天使プリンシパリティ



 その魔法が徐々に姿を現した。


 宙に浮かぶのは、人型に大きな翼の生えた――炎の天使。

 王級の不死鳥と比較すると、小さな魔法。

 しかし、感じる威圧感は王級の比ではない。



(聖級・第七位の天使……)

 


 水の神殿で教わった魔法学。

 聖級魔法とは、聖神族の力を借りる奇跡。

 そのため、魔法は神の使い『天使』の形をとる。


 ――聖級魔法は、敵が不死者であろうと関係なく焼き尽くす。


「くっ!」

 敵わないと悟ったのか、魔族シューリが逃げ出す。

 一瞬で、姿が見えなくなった。


「ああっ! 行っちゃった!」

 さーさんの呟きが聞こえた。

 逃げられたか……。


 が、ロザリーさんは不敵に笑った。

「あの魔族を滅ぼして、権天使プリンシパリティ

「……心得た」

 

(ま、魔法がしゃべった!?)

 

 炎の天使の姿が一瞬で、掻き消えた。

 魔族シューリを追っていった?

 数秒後。


 ――ゴォオオオオオオオオ!

 

 遠くで、凄まじい炎の柱が十字に上り、


「アアアアアアアアアアア!」

 絶叫が聞こえた。


(十字の形で、爆発するのって桜井くんの『光の剣』と同じだなー)

 ぼんやりそんなことを思い出した。



「ママ……やったの?」

 ルーシーの声に応えるように、ロザリーさんの真っ赤に燃える闘気オーラが弱まっていった。

 

 紅い髪が、徐々に元の美しい金髪に戻る。

 紅い眼が、透きとおった青い瞳になった。


 傷一つない、綺麗な顔がこちらを振り向く。


「楽勝でしょ?」

 ニカっと笑う、ルーシーそっくりの顔は『紅蓮の魔女』と言うには無垢過ぎる笑顔だった。

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