134話 高月マコトは、魔の森を探索する

 

 ――魔の森。


 大森林のほぼ中央部に位置する広大なダンジョンである。

 巨大な魔樹と深い霧につつまれ、昼間でも薄暗いダンジョン。

 夜になれば、完全な闇だ。

 そこらじゅうから、不気味な声や音が聞こえる。


 その中を、俺とさーさんは『隠密』スキルを使って進む。

『変化』スキルで、俺たちの外見はゾンビ姿になっている。

 さーさんゾンビは、リボンをつけてたりちょっと、『可愛い目』なのが気になるが。

 

 ダンジョン『魔の森』の推奨冒険者ランクは『シルバーランク』以上。

 ただし、普通の冒険者はシルバーランクになっても、まず向かわない。

 その理由が…… 

 


(高月くん! あれって、ドラゴンゾンビかな?)

(だね。寝てる……のかな? 遠回りして行こう)


 巨大な骨だけのドラゴンが、横たわっている。

 呼吸などしていないはずなのに、ゆっくり上下に揺れているのは生前の習性だろうか?


 ドラゴンゾンビは災害指定の魔物。

 シルバーランク冒険者が束になっても敵わない。

 俺たちは、大きく迂回して奥へと進んだ。



(わっ、スケルトンがいっぱいいるね)

(あれは……スケルトンがチャンバラしてる?)


 十体くらいのスケルトンたちが、錆びた剣や槍でカンカンと打ち合っている。

 仲間割れという感じではなく、身内で遊んでいるように見える。

 ちなみに、こいつらの相手ならアイアンランクの冒険者で十分だ。



「高月くん! あの沼で水を飲んでる、おっきい鶏? ……ちょっと可愛いかも」 

「さーさん……あれ、コカトリスだよ。そこの水は毒沼だから近づいちゃダメだよ」

「へ? 毒沼なの!?」


 巨大な鶏の魔物。

 尾が蛇になっているコカトリスが、「コッコッコッコケー!」と言いながら毒沼で水浴びをしている。

 遠目には可愛いが、奴の息に当たると石化する。

 超危険な魔物。

 もちろん災害指定だ。



(出てくる魔物の強さがバラバラ過ぎるんだよなぁ……)


 そんな魔の森は、西の大陸において屈指の不人気ダンジョンである。

 冒険者の行方不明率は、ダントツの一位。

 行方不明率が多い理由は、大森林→迷いの森→魔の森と気付かずに進んでしまうケースが多いためだ。


 ついでに、死んでしまった冒険者は『魔王の墓』からの瘴気によってもれなくアンデッドにクラスチェンジできるよ! やったね!


 ……そろそろ推奨冒険者ランクが『ゴールド』に更新されるという噂もある。


(魔王が復活したら、それじゃ済まないだろうけど……)


「高月くん高月くん、あっちにゾンビがいっぱいいるよ!」

「日向ぼっこ……ってわけじゃないよな、夜だし。月の光でも浴びてんのかな」


 五十体を超えるゾンビが、ぼーっと立っていたり寝転んだりしている。

 声は「うー、うー」言ってるだけだ。

 でも、もしかすると彼らの中では会話が成立しているのかもしれない。


 それにしても、初めて魔の森へ来たわけだが。 


(思ったより平和?)


 魔物の数は多い。

 それは間違いない。

 大迷宮の中層より、遭遇率が高い。

 ただ、アンデッドたちは『隠密』さえしていれば、ほぼ気づかれない。


 大迷宮のような魔物同士の抗争も無い。

 これはアンデッドだから、餌場の取り合いが無いからかもしれない。


 たまに、森狼や森王熊の姿も見えたが、奥に進むほどアンデッドだらけになり、生きた魔物は少なくなった。

 そういう棲み分けなんだろうか。



 俺たちは、魔の森の中心部にあるという『魔王の墓』を目指した。

 


(高月くん? あっち、強い魔物がいっぱい居るよ)

 

 さーさんの指さす方向。

 俺の『危険感知』スキルにも反応がある。

 相当強い魔物の群れが居る。


(さーさん、『隠密』な)

(うん、わかってる。高月くん)


 俺たちは息をひそめ、ゆっくりと『危険感知』が強まる方向へ進む。

 ちょうど、身を隠せる茂みがあったので、その中から奥を覗いた。

 魔の森の中にあって、そこは少し開けた広場のような場所だった。

 そのため、月明りで広く見渡すことができた。


 そこに居たのは……



 ――数千の『魔物の軍隊』だった。



 巨大な双頭のライオンの魔物。

 三つ首の犬の化け物。

 黒いグリフォン。

 獰猛で知られる、北方の人食い巨人。

 

 ぱっと見てわかったのはそれくらいか。

 他に見たことのない魔物も多く居る。

  

 そして、異様なのは全ての魔物が『武装』していることだった。

 大森林でも、大迷宮でも、武装した魔物なんて、見たことが無い。

 巨人は巨大な剣を。

 四つ足の魔物は、兜や鎧を。


(北の大陸……魔大陸の魔物?)

 

 なんとなく、こいつらも千年前の魔物なんだと予想がついた。

 伝わってくる魔力の強さ。

 身体の大きさ。

 生きた年月の長さを伺わせる迫力。


(こいつらが、ルーシーのいるカナンの里を襲ったら……)


 嫌な想像をしてしまう。

 マッカレンと違って、ろくな城壁の無いエルフの里ではひとたまりもない。

 里にいるフリアエさんや、レオナード王子も……。


(どうする? 戻ってみんなを逃がしたほうがいいのか? でも、ルーシーは家族が居る。多分、残って里を守って戦うって言うよな)


 その時、手をぎゅっと握られた。

「さーさん?」

「高月くん、一人で抱え込まないで」

 さーさんが、微笑む。


「俺、変な顔してた?」

「凄い険しい顔してたよ」

 そっか、そんな顔してたのか。


「よしよし、高月くんは真面目だねー」

 頭を撫でられた。

「……」

 こそばゆい。

 

 中学時代。

 身長は俺より小さいんだけど、誕生月が早くて下の兄弟も多いさーさんは、俺を弟扱いしてきた。

 最初は「何だよ、上から」って思ったけど。

 兄弟が居なくて、親にもあまり甘えた記憶が無い俺は、さーさんが姉っぽく振る舞うのが楽しかったっけ。


 さーさんが、昔のように俺の頭をわしゃわしゃ、かき混ぜる。

 だんだん、心が落ち着いてきた。

 

「さーさん、里に戻ろう」

「うん、戻ってみんなで考えよう」

 ここで悩んでも、意味がない。


 この魔物の軍勢の目的は不明だが、魔王の復活に無関係では無いだろう。

 それに魔王の復活を阻止するなら、間違いなく障壁になる。

 まずは、木の国へそれを伝える。


 

 ――そう思って、戻ろうとした時。


 

「貴様ら、何をしている?」

 上空から声が降ってきた。


「「!?」」

 俺とさーさんが、同時に見上げる。

 そこには、巨大な影があった。


(い、いつの間に!?)

 間違いなく、さっきまでそこに居なかった。

 一瞬で、移動してきた?

 この巨体で? 音もたてずに?


 それは、一言で言うなら、巨大な漆黒のケンタウロスだった。

 馬の脚は、象ほどにもあり、八本の脚が生えている。

 ただし、蹄は地面につかず、宙を蹴っている。

 空を駆けるのだろうか。 

 だから、音がしなかった?


「喋れぬのか? 下等な眷属か」

 先ほどより、強い口調で問うてくる。


(やっべ、上級魔族かも)

 レオナード王子に教えてもらったのだが。


 魔物の中でも、会話ができるものが魔族。

 さらに、いきなり襲ってこない魔族は上級魔族である可能性が高いらしい。

 上級魔族は自分の名前に誇りを持っており、名乗ることもせずに戦いを始めるものを見下しているそうだ。


「私たちは、魔の森に住んでいるアンデッド族です」

 さーさんが、答えてくれた。

「口が聞けるか。ならば問おう。貴様らは、どこに所属している?」

「……」

 さーさんが押し黙る。

 これは、俺が答えるべきだな。


「セテカー様です」

 唯一の顔見知りの魔族の名前を出す。

 伝説の魔王の腹心だ、知らないってことは無いだろう。

 が、相手の反応は芳しくなかった。

 顔をしかめるのみだった。


「……あのくたばり損ないか。千年前に人間の勇者ごときに敗れた魔族の恥さらしが」

「……」

 ええー、セテカーさん。

 なんか、評判悪いっすよ。


「主を悪く言われて不満か? だが、奴は外王イヴリースにチカラを引き出してもらわねば、下級魔族であった弱い者。次の戦の役に立つものか」

 随分な言われようだ。

 しかし、セテカーさんもともとは弱かったんだな。

 たたき上げの幹部か。


「えーと、あなた様の名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 どうも、目の前の魔族も有名な奴な気がする。

 エリート魔族というか。 


「我は魔王ザガン様の直参『十爪』が一人、ジンバラである」

 また、魔王の幹部か!

 よく会うなぁ!

 とりあえず、さーさんと一緒に跪いておいた。


「知らぬとはいえ、失礼いたしました。ジンバラ様。この度は、魔王ビフロンス様の復活のためにいらっしゃったのですね?」

 とりあえず、下手に出る。

 ついでに、何か聞き出せないか試してみよう。 


「主ザガン様の命令により、仕方なくだ。不死王の復活を人間の勇者が妨げてくる。それを返り討ちにするだけよ。この奥にて、魔人族の若造が不死王復活の儀式を行っている。これ以上奥に進むのはやめよ」

「はっ! 承知しました!」


 うわー、いっぱい教えてくれたよ。

 この奥が、魔王の墓か。

 若造ってのは、『蛇の教団』大主教イザクだな。きっと。

 千年前の吸血鬼セテカーを復活させたり、忙しいやつめ。

 

「重々気を付けます」

「失礼しまーす」

 俺とさーさんは、魔王ザガンの幹部、ジンバラに礼を言い後ろへ下がっていった。

 

 しばらく視線を感じたが、急にふっと居なくなった。


空間転移テレポート?)

 だから気付かなかったのか。

 

 見た目は、戦士系の魔族だったけど、魔法も使える魔法戦士なのかもしれない。



 魔物の軍勢から、十分な距離を取り。

 俺とさーさんは、大きくため息をついた。


「怖かったねー、高月くん」

「うん、二人で行くもんじゃないね」

 魔王軍の幹部レベルになると、『隠密』スキルも怪しいのかもしれない。

 スキルに頼り過ぎは、ダメだな。


 俺は二日続けて魔王の幹部と出会うという不運に見舞われながら、なんとか生き延びることができた。


(あんまり無茶するもんじゃないな)


 さーさんも危険な目に合わせるところだった。

 木の国の戦力が揃うのを待とう。

 そんなことを、考えながらルーシーたちの待つエルフの里への帰路についた。



 戻ってきた俺たちを出迎えたのは……



 ――炎に包まれたカナンの里だった。

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