133話 高月マコトは、魔王の腹心と対峙する

『魔王ビフロンスの腹心:セテカーから逃げますか?』


 はい ←

 いいえ



(逃げよう!)


 決断まで、1秒とかからなかった。

 こいつは、戦っちゃいけないやつだ。

『RPGプレイヤー』さんも、? って聞いてくれてるじゃないか!


「じゃあ、俺は用事を思い出したのでそろそろ帰りますね」

 俺は、冷静を装いつつ右手を上げて別れの挨拶した。


「おや、そうですか? 人間。もう少しお話したかったですよ。残念です」

 特に残念ではなさそうだが、引き留められはしなかった。

 よかった。


 レオナード王子の手を引き、ジャネットさんの肩を叩く。

 二人とも、震えながら立ち尽くしている。

 うーん、……引っ張っていったほうがいいかなぁ。

 ジャネットさんは、鎧が重そうだから俺一人じゃ運べなさそうなんだけど。


 ――オオオオオォォォーン!


 その時、大きな影が俺たちの頭上を越えて、吸血鬼に襲いかかった。


(大森林の魔狼王?)


 森狼たちの親玉だ。

 群れを全滅させられ、仕返しに来たらしい。

 これは、逃げるチャンスか。


「おお、これは元気な犬ですね」

 吸血鬼は首元を魔狼に食いつかれているにもかかわらず、楽しげに笑った。

 そして、ガシッと魔狼の首を腕で抱えそのまま、動脈あたりを食い千切る。


 ゴポッ、と魔狼は大きな血の塊を吐き首元からはシャワーのように血が噴き出した。

 バタバタと足を振り逃れようとするが、吸血鬼の腕に拘束され、そのまま腕の中でぐったりと息絶えた。

 

 ――ゴク……ゴク……ゴク……


 鳥肌が立つような気味の悪い音を立てて。

 スポーツ飲料のように、魔狼の血を飲み続ける吸血鬼。

 

(大賢者様の食事って上品だったんだなぁ……)


 あんな飲み方されたら、俺なら一瞬でミイラになってしまう。

 太陽の国のことを思い出す。

 吸血鬼は、食事に夢中のようだしさっさと逃げたいのだが……。

 

「ふぅー、やはり飲むのは生き血に限りますね。しかし、最近の魔物はすぐ死んでしまう。この子犬も、もう少し持つと思ったのですが」

 ボトリ、と血を吸われた魔狼の死体が転がされる。


(もう血を飲み終えたのか……)

 魔狼の死体から顔を離し、吸血鬼は全身が真っ赤に汚れている。

 相変わらず、眼は空洞のままだが、心なしか肌が瑞々しくなっているような気がする。

 力を取り戻している? 


 その時、吸血鬼セテカーがふんふん、と鼻を鳴らした。 


「おや、私は目が視えませんが、あなたたちは穢れない血の匂いがしますね」

「……穢れない血、ですか」


 これは、意味が二通りある。

 一つは、魔族の血を引いていないこと。

 昔ルーシーに教えてもらった。


 ただし、セテカーさんは吸血鬼である。

 もう一つの意味。

 吸血鬼用語で、穢れない血は異性との経験が無いこと。


(要は童貞と処女ってことだけど)


 人のプライベートをばらさないでもらえますかねぇ!

 レオナード王子は、子供なので当然としてジャネットさんもなんだなぁ、とのん気なことを考えてながらちらっと彼女の横顔を眺めたが、真っ青な顔で茶化す場面ではなかった。


「ああ! 新鮮な人間の血などいつ振りか! さぞ、美味なのでしょうなぁ!」

 大きく手を広げニィっと唇を歪めた瞬間。

 吸血鬼の身体中のひび割れに見えていたものが、一斉に『口を開き』嗤った。


(全身が口になってる!?)


 気持ち悪っ!

 いつかの大迷宮で見た忌まわしき竜を思い出す。


 カラカラカラカラ、百を超えているであろう全身の口が嗤っている。

 たくさんの笑い声が、重なり不協和音を奏でる。

 その冒涜的な異音を聞いた俺は――


(そっと帰ろう……これ以上は限界だ)


 そう思って、力強くレオナード王子とジャネットさんを力強く引っ張ったのだが。


「うわぁあああああ!!」

 レオナード王子が、吸血鬼に飛び掛かっていった!?

「レオナード王子!」「王子!」

 俺とジャネットさんが慌ててそれを追う。


 ――吹雪の剣ブリザードソード! 


 レオナード王子の魔法剣が、吸血鬼に迫る。


「おや、人間。自ら餌となってくれるのですか」

 レオナード王子の魔法剣は、指二本で受け止められている。

 吸血鬼の大きく裂けた口から、鋭い牙が赤い血でテラテラ濡れているのが見える。


(マズイ! ソフィア王女に頼まれたのに!)

 レオナード王子を守らないと。

 俺より早く、ジャネットさんが動いた。


 ――雷鳴の槍サンダーランス


 ジャネットさんが、全身に闘気で纏い、猛スピードで突っ込む。

 速い!

 このタイミングなら避けられないはず!


「ピリピリしますねぇ。これは、千年前の雷の勇者の技と似ていますが、もしや勇者の血族ですか?」

 世間話をするように、もう一方の手で槍を受け止める吸血鬼。

 おいおい、マジですか。


「ふふっ、ではこちらの順番ですね?」

(マコト! 耳を塞ぎなさい!)

 

 ノア様の声を聴いた瞬間。

 嫌な予感がしてか、慌てて両耳を塞ぐ。


 ――ッッッッッッッ!!!!!


 耳には届かないが、吸血鬼の身体中の口から声が発せられている様子が見える。

 腹の下に、ズシンと衝撃が届いた気がした。

 森の鳥たちが一斉に飛び立つ。 

 

 くたりと、レオナード王子とジャネットさんが、倒れた!?

 見た感じ、魔力を失っているわけでは無いので死んではいないはず……だが。


(くそっ)

「精霊さん、精霊さん」

 頼む、集まってくれ!


(マコト、短剣を抜いて!)

 ノア様の助言に従い短剣を抜き、精霊の魔力を纏う。


 ――シャン、シャン、シャン、シャン、シャン……


 鈴のような音色が響く。

 精霊の魔力によって、暫定魔法剣となった短剣を構える。

 が、目の前に居るのは『氷雪の勇者』レオナード王子と『稲妻の勇者』の妹であるジャネットさんを、苦ともせず倒した魔王の腹心。

 しかも、吸血鬼セテカーの会話から察するに……


(こいつは、千年前の雷の勇者……救世主アベルとも戦っている?)


 背中を嫌な汗が流れる。

 俺の精霊魔法は、多数の雑魚な魔物をまとめて倒すのは得意だが、一対一の強者と戦うには相性が悪い。

 基本、タイマンは避けて不意打ち専門でやってきた。


 どうするか……『明鏡止水』スキルを最大にして、油断なく魔力通しをした短剣を構えた。

 しかし、吸血鬼は何もしてこない。

 突っ立っているだけだ。


「……その精霊の魔力、その神殺しの刃の威圧感プレッシャー……、もしや」

 だが、吸血鬼は先ほどの口調から一変して、驚いたような声を発した。

 眼が無いので、表情が判りづらいけど。


「先に名乗らせていただきます。私の名は吸血鬼ヴァンパイアセテカー。魔界の神ティフォン様の使徒にして、偉大なる指導者イヴリース様の配下の末席に連なる者です」

 うやうやしく頭を下げる吸血鬼セテカー。


「……」

 反応に困る。

 なんで、急にこんな態度に?


「あなたの信ずる神の名をお聞かせ願えませんか?」

 なおも、問うてくる吸血鬼。


「女神ノア様ですけど……」

 答えた後の、吸血鬼セテカーの態度の変化は、劇的だった。


「おお! 何という僥倖か! 千年前に何度も助けていただいた古き神の使徒様! 我が同志ではありませんか!」

「……え、えぇっと?」

 なにこれ?


(マコト、話合わせなさい。そいつと今戦っても勝ち目ないから)

(は、はぁ……)


「ノア様の使徒のお知り合いですか?」

「勿論ですとも! 千年前、忌々しき聖神族の勇者を名乗る者どもを、皆殺しにしてくださった英雄様です! ああ、あの雄姿を思い出すと今でも魂が震えます!」

 前任の先輩が、えらく絶賛されている。

 魔族視点だと、そんなイメージなのか。


「どうですか? これから我々は、魔人族の大主教と共に魔王ビフロンス様『復活の儀式』の準備に入ります。一緒に、向かいませんか?」

(ひぇっ!)

 爆弾発言キター!

 やっぱり、魔王も復活するんじゃないか! 


「えーっと。ちなみに、大主教って人の名前は魔人族の『イザク』さんですか?」

「その通りです! 我が同志! やはり面識がおありでしたか!」

「ええ、まぁ、少し」

 敵としてですが……。

 にしても、やっぱり奴かぁ。


「千年前は、立場の弱かった魔人族ですが、今回私を長い眠りから目覚めさせてくれたりと、役立つようになりました」

 嬉しそうに色々情報を教えてくれるセテカー氏。

 口軽いな、この吸血鬼。


「ちなみに、魔王ビフロンス……様はどうやって復活するんです?」 

 これが一番大事だ。

 なんとしても、阻止しないと。


「ふふふっ、お話したいところなんですが、その具体的な方法は私も知らないのですよ。大主教イザク殿と話をするのがよいでしょう」

「そ、そうですか……」

 く、肝心な情報は、きっちり規制されてるな。


「ちなみに、そちらに倒れている二人は連れ帰ってもよいですよね?」

 レオナード王子と、ジャネットさんを指さして確認した。

 よく観察すると二人とも息をしているのがわかる。

 大きな怪我をしてもない……みたいだけど。


「ふむ、彼らからは忌々しき聖神族の加護の匂いがしますが……、おやあなたの短剣からも聖神族の加護を感じますね。これは一体どういうことか……」

 げっ、疑われてる?


「すべては女神ノア様のお導きです」

 とりあえず、ノア様のせいにしておこう。

(ちょっとぉ! マコト?)


「なるほどなるほど! 深遠なお考えがあるのですね!」

 納得してくれた。

 割と素直な吸血鬼だ。

 

 できれば、色々聞き出したいが。

 ずっと世間話も危険だろう。

 気が変わらないうちに、話を切り上げよう。


「最後に……魔王様が復活するのはいつですか?」

「確か、次の満月の夜、復活の儀式を行うと大主教殿が言っておりましたなぁ」

 満月の夜……たしか、4,5日後だったはず。

 一週間後にのん気に会議してたら、魔王が復活している所だった。

 危ない。



「では、私は引き続き力を取り戻すため狩りと食事を続けます。あなたに古き神のご加護があらんことを」

「ええ……色々教えてくれて、ありがとうございました」

 吸血鬼セテカーは、霧に姿を変えて消え去ってしまった。


(……助かった、ノア様。助言ありがとうございます)

(危なかったわねー)

 魔王の腹心と、道端でばったり遭遇とか勘弁して欲しい。

 って、そうだ!

 ほっとしている場合じゃない!


「レオナード王子! ジャネットさん!」

 二人に駆け寄り、肩をゆする。

 効果があるか不明だが、手持ちの回復薬を振りかけた。


「うう……マコト兄さん?」

「私は生きているのですか……?」

 二人が起き上る。

 よかった、大丈夫みたいだ。


「っ!? 先ほどの魔族は! まさかあなたが倒したのですか!?」

 ジャネットさんが、掴みかかってくる。


「俺の手に負える相手じゃなかったですよ。なんとか帰ってもらいました」

 まさか、前任の邪神の使徒と仲良しでした、と説明するわけにはいかず。

 女神エイル様の加護です、とか適当にぼかしておいた。


 まあ、重要な情報はそこじゃない。

 一番肝心な『魔王の復活』について話した瞬間、二人の顔色が変わった。


「あの魔族が……魔王ビフロンスの腹心セテカー……?」

「次の満月の夜に、魔王が復活……? そ、そんな……」

 いやぁー、色々あり過ぎて混乱するよね。


「なぜ、高月まことはそんなに冷静なのですか?」

 ジャネットさんが、不思議な生き物を見るような目で見つめてくる。


「冷静じゃないですよ? 吸血鬼が去るまで、緊張しっぱなしでしたから」

「……とてもそうは見せません」

 ため息をつかれる。


「まず、エルフの里に戻りましょう! 木の国全体へ、この情報を伝える必要があります」

「はい、レオナード王子。木の国だけでなく、他国にも早急に共有します。できれば、兄さま……誰か勇者に助力を求めたいです、残り四日で間に合うか」

「では、急ぎましょう」

 俺の声に、二人が頷く。

 

 その後、休憩なしでカナンの里まで戻ってきた。



 ◇


 ――里に戻って。


 ジャネットさんと、レオナード王子は里の回復士に視てもらったが、身体に異常は無かった。


 現在、二日連続で緊急の『評議会』が開催されている。


「そうだ! 全ての里は戦える者をすべて集めてくれ! 勇者は勿論、各里の代表戦士もだ!」

 ルーシーの祖父の声が聞こえる。

『木の国』にて、緊急の連合軍が結成を呼びかけているらしい。


 決戦は、三日後。

 魔王復活の前日だ。

 どれくらいの人数が集まるのだろうか?


 並行して、ジャネットさんは太陽の国ハイランドへ通信魔法で連絡をしている。

 近場の勇者を、急行させられないか調整しているらしい。

 

「マコト……、魔王の幹部に会ったの? 大丈夫だった?」

 ルーシーが心配げに話しかけてきた。

「あとで、詳しく話すよ。俺は問題なかったよ」

 さーさんやフリアエさんからも心配された。

 

(大変なのはここからだ……)

 魔王の復活。

 隣国である、水の国ローゼスにも間違いなく影響がある

 水の女神エイル様の、神託もこれだろう。


 かくして、俺たちは三日後の決戦に向けて準備をすることになった。


 

 ◇


 

「もどかしいですね……待つしかないというのは」

 ジャネットさんが、槍を素振りしている。

 魔王の腹心に、手も足も出なかったのが堪えたらしい。


「僕は何もできませんでした……。僕が未熟なせいで、お二人を危険に」

「いきなり魔王の腹心が出てくるなんて、驚いて当然ですよ」

 つーか、反則だよなぁ。


「ところで、マコト兄さん。どうして、そんなボロボロの服を着ているのですか?」

 レオナード王子が、疑問を口にする。

 

 確かに、俺の着ている服装はいつもの旅人の服でなく、浮浪者のような格好だ。


「ねー、高月くん。準備できたよ」

「お、さーさん。了解。じゃあ、出かけようか」

 同じくボロボロの服に着替えたさーさんがやってきた。

 

「どこに行くのです? 高月まこと」

「マコト兄さん、夜の大森林は危険ですよ」

 レオナード王子と、ジャネットさんまでこちらに興味を持ったのか、素振りを止めてやってきた。



「俺とさーさんは、『変化』スキルが使えるから、不死者アンデッドに化けて魔の森を探索するよ」

「「は?」」


 俺としては、RPGの基本である情報収集プレイのつもりなのだが。

 二人にはぽかんと口を開けて、驚かれた。

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