132話 高月マコトは、出会ってしまう


 ――ロザリー・J・ウォーカー。


 別名、『紅蓮の魔女』。

 西の大陸において、『白の大賢者』や『北の奇跡術士オズ』と共に、三大魔法使いと呼ばれている。

 現在の木の国において、最高戦力の魔法使いである。

 紅蓮の魔女の名声を不動としたのは、百年前の『人魔大戦』にさかのぼる。

 

 魔大陸にかつて君臨した四魔王の一人『蟲の王』ヴァラク。

 百年前、魔王ヴァラクは、西の大陸へ攻め入った。


 迎えうったのは、六国連合軍と六国の勇者たち。

 当時の魔法使いロザリーは、木の勇者の仲間の一人だった。

 

 魔族対人族・亜人族連合の人魔大戦は熾烈を極め、決着は長引いた。

『蟲の王』の軍勢は、無限に湧き出ており西の大陸の軍勢は徐々に疲弊していった。

 魔王ヴァラクは、部下の軍を西の大陸に送るのみで、当人は魔大陸から出てこない。

 無限に湧き出る魔王軍を、大賢者様がなんとか凌いでいたらしい。

 だが、このまま消耗戦が続けば、いつか敗北してしまう。


 それを案じた魔法使いロザリーは、太陽の国ハイランドの勇者と二人で魔大陸へ強襲した。

 なぜ、木の勇者でなかったのかというと、すでに木の勇者は戦争で負傷し、戦線を離脱していたそうだ。

 

 魔法使いロザリーが得意な魔法は『空間転移テレポート』。

 運べる人数は、本人を含め二人まで。

 そこで、当時の最強の戦士であった太陽のハイランドの勇者と共に魔王ヴァラクを、襲撃し見事打ち取った。


 晴れて英雄となった魔法使いロザリーは、太陽の国ハイランドの勇者と結婚。

 めでたしめでたし。

 絵にかいたような、ハッピーエンドだ。


 が、身分制度の厳しい太陽の国ハイランドが性に合わず、ロザリーの結婚生活は五年ほどで破綻。

 英雄ロザリーは、木の国へ出戻ったそうだ。


 その後は、世界中を転々としているそうで、厄介事があると顔を出して引っ掻き回すらしい。

 得意な攻撃魔法は『精霊魔法』。

 特に『火の精霊』と『風の精霊』を操ることにかけては、右に出るものは居ない。


 魔法使いロザリーは、精霊を使って巨大な炎の巨人を作り出す。

 そして、戦闘の後には焼け野原だけが残る。

 その様子を見て、いつからか『紅蓮の魔女』と恐れられるようになった。

 


 ――という逸話を持っているのが、ルーシーの母親である。



「マコトが会ったのって、もしかして私の母じゃないかしら」

「え?」

 昨日の宴のあと、ルーシーの実家に全員泊まらせてもらった。

 現在は、ルーシーのお姉さんが朝ご飯を作ってくれている。


「金髪に碧眼で、私に似てたのよね?」

「うん、ルーシーにそっくりだった」

 ルーシーをちょっとだけ、お姉さんにした感じ。

 

「ルーシーがお母さんに一番似てるものね」

 ルーシーのお姉さんが、料理を作りながら口を挟んできた。

「ロザリーめ! 戻って来たなら顔くらい出さんか!」

 里長さんが、ぷりぷり怒っている。


 あれが、ルーシーのお母さんかー。

 だったら、もっと話をしておけばよかったな。

 木の国の最高戦力。


 その後、ルーシーの子供の頃の話やら、家族の話を聞きつつ朝食を食べた。


「ねぇ、アヤ、フーリ。里の友達を紹介するから一緒に行きましょう!」

「うん、いいよー」

「わかったわ」

 ルーシーとさーさん、フリアエさんの女子三人組は出かけていった。

 ルーシーにとって、久しぶりの里帰りだ。

 自由時間にしよう。


 俺は木の巫女様と話したかったけど、姿が見当たらない。

 仕事に出かけたのかもしれない。

 

 木の国の勇者は、連絡が付かないらしいし。

 暇だな。


(迷いの森あたりに修行に行こうかな)


 かつて一度だけ、ルーシーと一緒に行ったことがあるダンジョン。

 魔の森と違って、道にさえ迷わなければアイアンランクの冒険者で対処できる難易度。

 ソロでも大丈夫だろう。


「マコト兄さん。どちらに行くのですか?」

「迷いの森を探索しようかなと」

「お一人でダンジョン探索ですか……? 危険では」

 心配そうな顔を向けてくるレオナード王子。


「危なそうなら逃げるので、大丈夫ですよ」

「であれば、僕も行きます!」

 おお、レオナード王子もついて来てくれるのか。


「お待ちを。レオナード王子が行くのであれば、私も行きます。ソフィア王女から、レオナード王子の護衛を任されていますから」

 ジャネットさんが、割り込んできた。

「あれ? そーなんですか?」

 てっきり木の国まで運んで終わりかと思った。

「ついでに、あなたマコトのことも頼まれています」

 つまらなそうな視線を向けてくる。

 どうも、俺のことは女にだらしない勇者という見解に落ち着いたらしい。


(童貞なんだけどなぁ……)

 

「なう、なう」

 黒猫ツイが肩に飛び乗ってきた。

「どうした? 姫に置いて行かれたか?」

 喉をコショコショして、喉を鳴らさせた。

 ジャネットさんが、ツイをじっと見ている。


「触ります?」

「さ、触りません!」

 キッ、と睨まれた。

 気を使ったのに……。


 三人と一匹で、大森林に隣接する『迷いの森』へ向かった。



 ◇



 迷いの森の特徴は、


 ――巨大な同じ種類の木々がどこまでも続いていること

 ――背の高い雑草が生い茂っていること

 ――薄い霧が、いつもかかっていること

 ――風と土の精霊たちが、旅人を惑わせていること


 だと言われている。



「『地図』スキルがあれば余裕ですね」

 冒険者ギルドでは、要注意ダンジョンとされていたが、帰る方向さえ見失わなければ問題無い。


「あなたの『地図』スキルは優秀なようですね」

「マコト兄さん、流石です!」

 二人に褒められつつ、俺たちは迷いの森を探索した。



 ――迷いの森をしばらく進んでいると。




 奇妙な光景が広がっていた。


「……何でしょうか? これは」

「レオナード王子、お気をつけて。危険な魔物が居るようです」

 少し怯えるようなレオナード王子と、王子を守るように槍を構えるジャネットさん。


「死体……ですね。動物や、魔物までいる」

 俺はつぶやいた。


 ぽつ、ぽつと。

 マダラのように、鹿や角ウサギ、森熊などの死体が転がっている。

 一目見て、何者かに殺されているのだとわかる。


(食われている?)

 動物には、例外なく食いちぎられたような傷があった。

 ただ、見た目に反して出血の量が少ない。

 あまり凝視したくないが、よく見ると死体は少し干からびているように見える。


「高月マコト、迷いの森には詳しいですか?」

 ジャネットさんに尋ねられた。

「迷いの森の魔物は、大森林と同じです。こんなことをする魔物は見たことないですね」

 俺の知る限りでは、初めての光景だ。


「マコト兄さん……。この死体は血を吸われていませんか?」

「そう見えますね」

 血を吸う……吸血鬼ヴァンパイアか。

 しかし、こんな昼間っから?

 不死者アンデッドは、夜に活動してもらえませんかね?


「エルフの里で話を聞いた通りですね。不死者が増えていると」

「魔王の墓……不死王ビフロンスの墓の周りには、不死者アンデッドが集まりやすいんでしたっけ?」

 ルーシーの祖父が、言っていた。


「不死王ビフロンス……千年前に封印されてなお、膨大な瘴気を放つ死者の王……」

「ちなみに、封印ってのは解けたりしませんよね?」

 なんというか、『不死王の墓』と『封印』って……。

 フラグにしか、聞こえないんですけど!


「救世主アベル様と大賢者様による封印です。解けるはずはありません!」

 力強くレオナード王子が言うが。

「うーん……」

 心配だ。


「心配性なのですね、高月マコト。もし不死王を復活させられるとしたら、不死王の二人の腹心『シューリ』と『セテカー』くらいでしょうが、奴らも救世主様によって滅ぼされています。そもそも、不死者アンデッドは、太陽の国において最も忌むべき魔族。復活など、許しませんよ」

 ジャネットさんも、不死王の復活などあり合えないと笑う。

 異世界から来た俺が心配性なだけか。

 まあ、それならそれでいいや。



 そんな話をしていたら、



 ……ガツガツ、と。

 何かをかじる音がした。



 肉食獣が、草食獣を食べる音のような。

 弱肉強食の大森林では、珍しくない。


 だが、この何かをすする音は?

 こんな音は、聞いたことが無い。


 俺とレオナード王子とジャネットさんは、顔を見合わせる。

 自然と喋らなくなり、音を立てないよう歩いた。



「帰りましょう」

 俺は提案した。

 初見の敵は、逃げるに限る。


「いえ、先ほどの沢山の死体。あれを引き起こした相手であれば、倒しておいたほうが良い。少なくとも姿だけでも確認しましょう」

 ジャネットさんが、反論してきた。

 まあ、それも一理あるか。


「レオナード王子。『隠密』スキルの効果が切れないよう、しっかり捕まっていてください」

「は、はい」

 すでにビクビクしているレオナード王子が腕にぎゅっとしがみついてくる。


「あ、あの……私も『隠密』スキルが使えないので……」

 ジャネットさんが言い辛そうに言ってきた。

 確かに、バランタイン家の人たちはこそこそ『隠密』しているイメージは無い。

「ではジャネットさんも捕まってください」

 反対の腕の、袖辺りをそっと掴まれた。

 

 俺たちは、そろそろと音のするほうに近づいた。



(酷い……)ジャネットさんが、ぽつりと呟く。

(食い荒らされてますね)

(うぅ……)レオナード王子が青ざめている。

 


 俺たちは、そこに広がる衝撃的な光景に息をのんだ。



 そこは森の中でありながら。

 真っ赤に染まっていた。

 そこら中に転がっているのは、百を超えるであろう森狼の群れの死体だ。

 その死体は、例外なく噛み傷がついている。

 

 たくさんの死体の真ん中、その中に膝立ちでガツガツと何かを食べ、啜る『人型のナニカ』が居た。


 俺たちは、しばらくそのおぞましい光景を眺めていたのだが、

 ふとそのナニカが、こちらを振り向いた。


 振り向いた顔には、眼が無かった。

 本来、眼がある場所に黒い穴が空いているだけであった。

 

 真っ白な肌はひび割れ、

 黒い血管がドクドクと脈打っている。


 見ているだけで、不快になる忌まわしい容姿。


 大きな口に生えそろった歯は、鮫のように鋭くとがっていた。

 口元には、先ほどまで『食事中』だったという証拠に、赤黒い血がしたたり落ちている。 



(ヴァンパイア……?)


 

 大賢者様と比べるのも愚かしい、冒涜的な存在がそこに居た。


「……」

 レオナード王子は、小さく震えて言葉を発せていない。

(これは、……先に逃がしたいところだけど)


「くっ……」

 ジャネットさんまで、額に脂汗を滲ませている。

 


 その吸血鬼がニヤリとして、口を開いた。

 俺とジャネットさんが、武器を構える。



「すまないねぇ、食事に夢中で気づかなかったんだ。いやぁ、お恥ずかしい」

 頭をかきながら、爽やかにその吸血鬼が笑った。


(えぇ~~)

 予想と違ってフレンドリーな反応に、拍子抜けする。


「エルフ……では無いな、この気配。こんなところに人間がいるのだね、ふふっ、私は今、目が視えなくてね。眼球がないからさ!」

 瞳が無いが、口調からは友好的なものを感じる。

 もっとも、見た目からは狂気しか感じない。

 敵? それとも無害?


 相談したくて、レオナード王子とジャネットさんを見るが、口を開く余裕が無さそうだ。


「いや、こっちこそ食事中にすいませんね」

 とりあえずは、会話してみよう。

 すると吸血鬼は、驚いたような表情を作った。


「これはこれは。私を見て、何の恐怖も感じず普通に会話をしてくるとは……。千年前では考えられませんねぇ……、悲しいことです」

「千年前?」

「千年前の眠りから、つい先ほど目覚めたばかりなのですよ。おかげで空腹で、空腹で。上級魔族たる私が、このような下品な食事をしてしまうとは、お恥ずかしいことですよ」

 

 千年前……?

 眠りから目覚めた?

 こ、これは!?


「も、もしかして、あなたは魔王ビフロンスさんですか?」

 やっぱり目覚めてるじゃないか!

 が、こちらの質問を聞いて吸血鬼は、爆笑した。


「はっはっはっはっはっはっはっはっは! 私が! ビフロンス大侯爵ですって! 千年もたつと、人間はこうも面白いことが言えるようになるのか! いやぁ、私など名もなき上級魔族ですよ。ビフロンス様と間違われるとは、光栄の極みです、人間」

「は、はぁ」

 魔王じゃなかった、よかった。


 会話をしているのは、俺だけで。

 残り二人は、ずっと動かない。

 肩では、黒猫が「フー、フー!」と毛を逆立てて威嚇している。


 ダメだな、ここはいったん、戦略的撤退しよう。


 その時、唐突に。

 

 その文字は、俺の目の前に現れた。


『魔王ビフロンスの腹心:セテカーから逃げますか?』


 はい ←

 いいえ 



(あちゃー)

 目の前の彼は、相当にヤベーやつでした。

 アベル様! 滅ぼせてないじゃん!

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