131話 高月マコトは、ルーシーの家族と話す

「マコト、この人が木の巫女のフローナお姉ちゃんよ。で、こちらが水の国の勇者のマコトとレオナード王子」

「初めまして勇者さん。木の国の巫女、フローナです」

 ルーシーが紹介してくれ、木の国の巫女さんに挨拶をされた。


「初めまして、高月マコトです」

「お久しぶりです、フローナさん。レオナードです」

 慌てて、俺とレオナード王子も挨拶を返す。


「じゃあね、ルーシー。また、あとで」

「うん、あとで」

 もう少し会話をするのかと思ったら、あっさり去っていった。

 あれ? もう行っちゃうの?

 それじゃあ折角ここまで来た意味がない。


「ルーシー」

「大丈夫よ、マコト。私たち、家族が帰ってきたらみんな集まることになってるから。あとで話ができるわ」

 なるほどね。


「それにしても、木の巫女がルーシーの姉とはね」

 いやはや、驚いたよ。

「違うわよ。フローナお姉ちゃんは、お兄ちゃんの婚約者なの。だから、将来の義理の姉ってわけ。まあ、同じウォーカー姓ではあるけどね」

「豪華な家系ー」

 さーさんのコメントに同感だ。

 ルーシー、エリートの家系か。


「そんなんじゃないって」

 ルーシーが苦笑しながら、先に進み玄関の前で振り返った。

「さぁ、入って。ここが私の実家で、カナンの里長の家よ」



 ◇



 年季が入っていると思われる木造の屋敷。

 壁や天井を支えているのは、おそらく大森林の魔樹を原料に、魔法を使って加工したものだろう。

 床に引いてる複雑な模様の絨毯は、魔法文字が編み込んであった。

 

 家の壁には、本棚がずらりと並んでおり、ぎっしりと魔導書が並んでいる。

 水の神殿の図書館を思い出す。


(ここがルーシーの生家か……)

 俺はきょろきょろと、周りを観察しながら部屋の奥へ進んだ。


 部屋の奥には揺り椅子があり、一人の老人エルフが腰かけていた。

 皺が深く、身体は痩せ細っているが、眼光は鋭い。


「……待っておったぞ、水の国の勇者よ。そなたがレオナード王子か」

「いえ、王子はこちらです」

 俺は、背中に隠れているレオナード王子を前に引っ張り出した。

 なぜか、俺のほうを見てレオナード王子と思うのか。

 見た目、明らかに外来人でしょう?


「「……」」

 え? 何この沈黙。


「おじいちゃんってば……」

「う、うむ。ルーシーよ、紹介してくれ」

 最初から、そうしようよ!


「えーと、こちらが水の国のレオナード王子。こっちが太陽の国のペガサス騎士ナイトのジャネットさん。こっちが、私の親友で異世界人のアヤよ」

 ルーシーが次々に、紹介していく。

 ここまでは、問題ない。

 さーさんの異世界人って言葉には、ぴくっと反応したようだけど。


「で、こっちが商業の国キャメロンの貴族フーリよ」

「……初めまして」

 これが真っ赤な嘘だ。

 実のところは、月の巫女フリアエ。

 果たして、隠し通せるか。


「……なんと美しい」

 余裕っぽい。 さすが、フリアエさん。

 ルーシーのおじいちゃんが、見惚れている。


「ちょっと、……おじいちゃん」

 はっと、したのか慌てて表情を険しいものに戻すルーシーの祖父。

 若干、手遅れ感あるけど。


「皆さん、遠いところよく来てくれた。ワシは、カナンの里長ウォルト・J・ウォーカーだ。ルーシーの友人であるとことであれば、歓迎しよう」

「待って待って、まだマコトの紹介をしてないわ」

 ああ、そっか。

 レオナード王子に間違われたままか。


「ふむ、そちらのまったく魔力が無い男か。よく見れば、勇者のはずなかったな」

 ふぉっふぉっふぉ、と笑うルーシーの祖父。


(勇者なんだよなぁ……一応)

 魔力:4だけどね!


 ルーシーが、手を後ろに組んでもじもじしながら、少しだけ俺に寄りかかってきた。


「彼が、水の国ローゼスの国家認定勇者で……私の恋人の高月マコトよ」

 

「な、なんじゃとっ!!!!」 

 揺り椅子に座っているから、足が悪いのかと思ったら、すくっと立ち上がり杖を振りかぶった!?


「聞いておらんぞ!」

「だから、今言ったじゃない」

「許さんぞ! こんな男と!」

「こんな男って何よ!」

 

(なんかルーシーの家族って感じだなー)

 瞬間湯沸かし器のようにテンションが上下してる。 


「おじいちゃんー、ダメよー。血圧高いんだから、そんなに怒っちゃ」

 ルーシーの家族らしき、女性のエルフもやってきて里長さんをなだめてくれた。


「ぜぃ……ぜぃ……」

 里長さんの息が荒い。

 大丈夫か?

 里長さん、何歳くらいなんだろう?


「……ところで、ルーシー。あなたって、妊娠してる?」

「なんでよ! おねーちゃん、そんな訳ないでしょ!」

「「!?」」

 俺とさーさんが、びっくりして顔を見合わせた。

 それ家族でする会話!?


「だって、うちに男連れで帰ってくるなんてそれ以外に理由がないじゃない」

「私は違うの! 母さんやおねーちゃんたちとは違うの!」

「貴様! よくもルーシーに手を出しおったな!」

「出してないっす」

 慌てて首を振る。

 嘘じゃない(はず)。


「え? あなたたち、何もしてないの? 恋人同士でしょ?」

「ちなみに、私も高月くんの恋人ですー」

「「!?」」

 さーさんの言葉に、里長さんとルーシーのお姉さんの目が見開かれる。


「な、なんということじゃ……ルーシーが勇者の妾に」

「外の世界って怖いわね……」

 ああ、もう無茶苦茶だよ!


 なんとか、状況を説明しました。



 ◇


 

「……魔の森から魔物の集団暴走スタンピードか」

 ルーシーの祖父であり、エルフの里の長が難しい顔をする。

 ルーシーとの関係については、正しい情報を話している。

 が、さっきから目を合わせてくれない。


「これは、他の里にも相談をしたほうが良いな。準備をする、みなさんこちらへ来てくだされ」

 屋敷の奥に案内された。

 奥には、十畳くらいの部屋があり、巨大な魔方陣が描かれていた。


(何をする、場所だろう?)

「マコト、この部屋はね……」

 疑問が顔に出ていたのか。

 ルーシーが説明してくれた。



 ――木の国スプリングローグ



 この国では、西の大陸において唯一、


 エルフや獣人族といった亜人で構成される国。

 数百の集落があり、大きな都市は存在しない。

 ならば、どのように国として成り立っているのか?


「評議会制度よ」

 ルーシーの説明が続いた。

「各里の代表が、集まる『木の国スプリングローグの評議会』。木の国の運営は、その会議によってすべて決まるの。評議会の議長は、四年制で各里の持ち回り。昔、おじいちゃんも選ばれたことがあるわ」


「初代議長は伝説の魔法使い『ジョニィ・ウォーカー』に指名されたという話が有名ですね」

 レオナード王子が補足してくれる。


「指名? 初代議長がジョニィさんじゃなくて?」

「曾おじいちゃんは、自由人だったから。一つのところに留まることがなかったそうよ」

「ワシの父は、四百歳を過ぎてなお、子孫繁栄に精力的な人であったからなぁ」

 里長さんが、ぽつりと言った。

 噂の子沢山の英雄か。


 そんな会話をするうち、巨大な魔方陣に、ぽつぽつとエルフや獣人の映像が映り始めた。

(こ、これは……TV会議システム?)

 たくさんの映像が、空中に浮かんでくる。

 数は、二十~三十くらい。

 そして、空中の映像から音声まで聞こえてきた。


「カナンの里長の招集か。めずらしいの」

「何か事件かな?」

「孫との時間を削りおって」 

 おそらく、各里の長たちであろうご老人たちの声が聞こえる。


 すげぇ! 

 異世界ファンタジーなめてたよ!

 なんか、テレビの中継みたいだ。

  

「どうやら最近、魔の森で異常が起きているそうだ。先日は、水の国のとある街へ集団暴走が発生した。何か知っている者はおらんか?」

 ルーシーの祖父が、周りの里長たちに問いかける。


「うーむ、こちらは何も……」

「集団暴走とは穏やかではないな」

「魔の森では、よくあることだろう」


 最初は、特に変わったことはないという報告が続いた。


「そういえば、最近『不死族アンデッド』を見かけることが増えたな」

「ああ……確かに。そんな報告を受けたかもしれん」

「ワシの里でも見たものがいるぞ」


不死族アンデッド……? 蛇の教団じゃなくて?)

 

「ルーシー? 不死族アンデッドって魔の森によく出るの?」

「多いわ。魔の森で亡くなった冒険者が、不死族アンデッドになるなんてありふれた話ね」

 そっかー、じゃあそこまで珍しくもないのかな。


「魔の森は、やつらにとって聖地。墓参りに来ているのだろう」

「迷惑な話じゃな」

「あまり、数が増えるようなら対策を考えねば」

 魔の森が聖地?


「マコトさん。魔の森には、千年前に救世主アベルに倒された『不死王ビフロンス』の墓があります。そこは、不死族アンデッドたちにとって重要な場所なんです」

「ああー、確かに昔神殿で習ったような……」

「なんで、そんな迷惑なものがあるの?」さーさんが尋ねる。

 確かに、どこかに移動させるか、壊してしまえばいいのに。


「魔王の墓は封印をしているけど、それでも強力な瘴気を放っているの。普通の人間には、近づけないわ。不勉強よ、私の騎士」

 フリアエさんに、教えられた。

 流石、月の巫女だけあって詳しいね。


「そういえば、木の国の勇者はどちらにおるかの?」

「やつならば、大森林の修行場で修練中だ。あと数十日は、出てくるまい」

 何でも木の国の勇者は、外界との連絡を絶って修行しているらしい。

 これじゃ、会うのは難しそうだなぁ。


「急な呼び出しすまなかった。七日後に、全ての里で集まって話し合いたい。連絡をしてもらえるか。水の国から勇者が来てくれておるのでな」

「了解した」「仕方ないのう」「長引くのは勘弁じゃが」「勇者にも、声をかけておこう」

 里長たちの映像が、ぽつぽつと消える。

 

(なるほど……こうやって、木の国は意思統一をしているのか)

 随分、民主的だ。

 

 木の国は、森の民とも呼ばれていて自然と共に生きていると聞いていた。

 てっきり原始的な生活をしていると思っていたんだけど。

 もしかすると、一番進んでいるのかもしれない。

 

(ただ、戦争の時にこのやり方でうまくいくのかねぇ)

 強力なリーダーシップを、四年ごとに交代する議長が取れるのだろうか?

 まあ、他国のやり方に文句は言うまい。


 俺たちは、会議室をあとにした。



 会議のあと。

 カナンの里の人たちから、歓迎の宴を開かれた。

 大部分は、ルーシーの家族だ。


 料理は、山菜や果物などが多い。

 あとは、角ウサギの肉や、川魚を焼いた料理。

 薄味だけど、下処理がしっかりしてあって美味い。


「へぇー、あなた王子様なんだ。可愛いー」

「ねぇねぇ、年上の女って好き?」

「ちょっと、あんたは60歳越えてるじゃない」

「あんたも、似たようなもんでしょ、出戻り二回もしてるくせに」


 レオナード王子が、おねーさまエルフたちにモテている。

 ちなみに、みなさん人間年齢だと高齢だが、見た目は20代前半にしか見えない。

 ついでに言うと、全員美人だ。

 流石エルフ。


「ま、マコトさん……」

 こちらを見て助けを求められたが


「マコトとやら! ルーシーとは、どのような関係なのだね!」

「その質問、10回目ですけどね」

 俺は、ルーシーの祖父に捕まっている。


「そなたは、ルーシーの恋人だというが、そちらの佐々木さんとも恋人だと言う! これは不誠実ではないのかね!」

 ちなみにさーさんは、俺の膝にしなだれかかっている。

「うーん、酔っぱらったー」と言ってるけど、ちょっと本当に酔ったのか怪しい。


「おじいちゃん! もう、それくらいでいいでしょ!」

「いかんぞ! ルーシー。ロザリーに似てきおって!」

「全然、違うから!」

「そうそう、ロザリー母様なら、ルーシーの年頃には子供が居たし」

「おねーちゃんもでしょ!」

「そうだったからしら?」


 噂のルーシーのお母さんか。

 一度、会ってみたかったな。


 木の巫女と話をしたかったが、そっちはフリアエさんが話をしてくれている。

 巫女同士で話が合うのだろうか?

 巫女であることは、隠しているけど。

 あとで、情報を教えてもらおう。


 宴は、続き。

 里長の質問攻撃に辟易した俺は、トイレを偽って席を立った。


(しばらく、時間を稼ごう)

 ルーシーやさーさんと目を合わせる。

 多分、意図は伝わっているはず。


 俺は、薄暗い里の中を散歩した。 

 エルフの里は、街灯もなくて一見すると寂しいが。

 

 よく見ると、月明りで光る『月光草』が至る所に植えられている。

『暗視』スキルを使えば、それほど不便でもない。

 視力の高いエルフにとっては、これくらいの明かりで生活は問題ないんだそうだ。


 里の中は、結界が張ってあり安全だ。

『月光草』でイルミネーションされた里は綺麗だ。


 俺は、気軽な気持ちで里の中を散歩した。



 ◇



「あら、初めて会う人ね?」

 

 月明りの下。

 一人のエルフの女性に声をかけられた。


(ルーシーのお姉さんかな)


 多分、間違いないだろう。

 今まで出会った人の中で、


 髪の色は金髪で、青い瞳。

 人族であれば、貴族と勘違いされるような気品に満ちた雰囲気。


 ルーシーを少しだけ大人っぽく、落ち着いた容姿にしたらこんな感じなんだろうか。

 さっきの宴に居たかな?

 見覚えが無い。


「高月マコトです。ルーシーと一緒のパーティーで冒険者やってます」

「あら! ルーシーったら、いつの間にか男ができたのね」

 ニコニコと、少し下世話な話をするお姉さん。


「ねぇ、少しお話しない?」

 と言いながら自然に、手を掴んで引っ張られた。

(こ、この人、強引だなぁ)

 

 ふわりと、足が宙に浮いた。


(飛行魔法?)

 比較的ポピュラーな、中級魔法。

 無詠唱で、飛行魔法ってのも珍しくはない。

 ただ、これまで出会った魔法使いで、誰よりも自然に浮遊する感覚だった。

 おそらく、相当な使い手だ。


 気が付くと、村の中心にある巨大な木のてっぺんに連れて行かれた。

 ちょうど、二人分くらいが腰掛けられる太い枝がある。


「ここは、カナンの里で一番景色のいい所なの」

「確かに、大森林が見渡せますね」

 大きな月と、一面広がる大森林。

 月の魔力に反応してか、大森林の魔樹がうっすらと光を放っている。

 その中で、ひときわ暗い闇のような場所。

 あれが、魔の森か……。


「魔の森が気になるの?」

「ええ、それを調べに来たので」

「ふうーん、でも私はあなたとルーシーがどこまで進んでいるのか気になるなぁ」


 速攻で、話の腰を折られた!

 俺の手を掴んだまま、反対の手で、前髪をいじってくる。

 ボディタッチが多い。

 さーさんもなんだけど、それよりずっと手馴れている感じ。


「ルーシーとは、大迷宮とか大森林で一緒に冒険しましたよ」

「進んでいるって、そーいう意味じゃないんだけどなぁ」

 クスクス笑いながらも、俺の手を放さないエルフのお姉さん。


「あなた……マコトくんだっけ? 不思議な空気を纏っているのね。あなた自身には、まったく魔力が無いのに、君に興味を持っているわ」

「精霊が視えるんですか?」

「もちろん。水の精霊、風の精霊、土の精霊……火の精霊は少ないわね」

 凄い! 4属性全てをマスターしている。

 さっきルーシーの家族と話をしたけど、精霊が視える人はほとんどいなかった。

 

「てことは、あなたも視えるのね?」

 ずいっと、距離を詰められる。

 頬に息があたるような距離。


「は、はい……。俺は水の精霊だけ……、いや火の精霊の2つですね」

「へぇ……人族で、そこまで精霊と親しくなるなんて不思議な人。あなたに、興味沸いてきたかも」

 そう言いながら、ふわりと俺の膝の上に座ってきた。

 浮遊魔法を使っているのか、重さはまったく感じない。


「あのー、一体何を?」

「ちょっと、じっとしててね」

 そう言って、俺の後頭部に手を回し……


 その時、木の下から、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「マコトー! どこ行ったの?」

「この辺で、高月くんの匂いがするんだけどなぁ……」

 ルーシーとさーさんが、俺を探しにきたみたいだ。

 さーさん、犬並みの嗅覚かな?


「すいません、そろそろ戻らないと……あれ?」

 気が付くと、ルーシー似のお姉さんの姿が無かった。

 幻でも見たのかと思うほど、綺麗に消え去っていた。

 

(何だったんだ……)

 夢でも見たんだろうか。

 何か腑に落ちない気持ちで、俺は木を降りた。


「や、さーさん。ルーシー」

 二人に声をかける。


「高月くん! ……、あれ? 誰と一緒に居たの?」

「マコトから、知らない香水の香りがするわ」

「え?」

 ルーシーとさーさんが、顔を近づけてくる。

 そのまま、じっと見つめられる。


「い、いや! 一人で月を見てたんだよ」

「嘘ね」

「ひ、姫?」

 フリアエさんまで、居た!


「私の騎士は嘘をついてるわ! 勘だけど!」

 運命魔法使いの勘とか、当たってる気しかしないのでやめてもらえますか!

 当たってるけど。


 結局、見知らぬエルフの女性と話をしていたことが、バレました。


 ただ、その女性は戻った宴には、やっぱり居なかった。

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