130話 高月マコトは、エルフの里に到着する

「ジャネットさん、俺たちはどこに向かってるんですか?」

 俺はペガサスに乗り、ジャネットさんに質問した。


 ここは上空数百メートルの空中。

 眼下に広がるのは、どこまでも続く大森林。

 霧が深い『魔の森』を避けつつ、大森林の奥地を目指す。

 ぱっと見は、木々しか見えないけど。

 

「私のことはジャネットで構いません、水の国の勇者。あなたのほうが立場も年齢も上なのですから」

「え? は、はい」

 そう言われても、俺の苦手なきつそうなお姉さんタイプ(年下)。

 呼び捨ては、抵抗があるんですけど。


「質問に答えます。我々が向かっているのは『カナンの里』。紅蓮の魔女の生まれ故郷です」

「ルーシーの実家があるところですよね? でしたら、道案内をしたほうが……」

「不要です。木の国の最高戦力の一人、『紅蓮の魔女』ロザリー・J・ウォーカーの故郷は当然把握しています」


 そういうもんなのか。

 というか、ルーシーのお母さんは相当な大物なんだな。

 最高戦力ねぇ。


 ルーシー曰く、「年中放浪してて、家にはほぼ居ないし、私も数年会ってないから」なので、カナンの里に居る可能性は低いらしい。

 紅蓮の魔女さんに会えなかった場合は、木の国の勇者、木の国の巫女に挨拶をする、というのが表向きの目的だ。

 そして――


(魔の森で起きている異変を調べる)


 エイル様が言う『水の国に迫る危機』を調査、解決をしないといけない。

 これが、本当の目的だ。

 ただ、具体的なヒントが無いので、何をすればいいかさっぱりだ。

 

(どうしたもんかなー)

 ぼんやり考えていると、


「全体、方向を変えます!」

 ジャネットさんの素早い指示で、ペガサス騎士団部隊が方向を変える。

 これで、かれこれ10回目くらいか。


「魔物ですか?」

「ええ、この先にドラゴンが居ます。迂回します」

 俺には全く見えないし、『索敵』スキルにも反応が無い。

 ジャネットさんは、数キロ先まで『索敵』することができるらしい。

 さすが北天騎士団で、若くして部隊を任せられるだけあるか。


 こうして、危険な魔物を避けつつ木の国の奥地を目指す旅は、約半日続いた。



 ◇



「今日はここで、野営キャンプにしましょう」

 あたりが暗くなる前、ジャネットさんが皆に号令をかけた。


 ペガサス騎士団の魔法使いと思われる女性が、魔物除けの結界を張っている。

 別の団員さんは、食料の調達や火を起こし料理の準備をしている。

 あ、さーさんが料理手伝ってる。

 俺も何かしたほうがいいかな?


「あの、何か手伝えることは?」

「ありません。水の国の勇者様は、あちらで休憩していてください」

「は、はい……」

 邪魔だってさ!


 俺はすごすごと、すみっこで体育座りして料理ができるのを待っていた。

「まこと兄さん。ペガサスの旅、お疲れ様でした。初めてなのに随分余裕がありましたね」

 レオナード王子が、ニッコリ微笑みながら隣に座った。


「後ろに乗ってるだけですから。楽な旅でしたよ」

 俺は大森林の景色か、ジャネットさんの金髪を眺めていただけだ。


「それが凄いんですよ! 普通は飛竜やペガサスに乗るともっと怖がったり、疲労するんです。僕が初めて乗った時は凄く怖かったですし、ルーシーさんやフーリさんもお疲れみたいですよ」

 そう言うと俺の仲間たちのほうに視線を向けた。


「うう……地面が落ち着くよー。空は怖いよぅー」

「無様だわ……、ペガサス如きで、疲れて動けなくなるなんて……」

 ルーシーとフリアエさんが、ぐったりしている。

 どちらもペガサス騎乗は初めてだったらしい。


「お皿並べますねー。薪割っておきましたー」

「さ、佐々木様!? 薪を素手で割ったのですか!?」

 騎士団の人がびっくりしている。

 さーさんは、元気そうだ。

 さーさんの肩で黒猫ツイが、料理ができるのを待っている。


「異世界のかたは、やっぱり凄いですね」

 レオナード王子のきらきらした目で、覗き込まれる。


(でも、多分さーさんと俺は理由が違うんだよなぁ)


 さーさんは、異世界転生×ラミアのチカラで、身体能力がずば抜けている。

 ペガサスに半日乗るくらい、余裕だろう。


 では、俺は?

 一つは『明鏡止水』スキルの効果。

 もう一つは、『RPGプレイヤースキル』の『世界の外からの視点』の影響が多分大きい。

 普通なら、命綱も無しに上空数百メートルの旅を続ければ、もっと恐怖を覚える気がする。

 ただ、どうにも「景色綺麗だなぁー」くらいしか、感想が出てこない。


(ちょっと、危機感にかけるかもしれない)


 余計な恐怖を感じないのは便利だけど。

 ノア様が言うように、むやみに危険に突っ込むのはやめておこう。

 今回の木の国と魔の森の探索は、水の女神エイル様からの『神託』なのだ。

 慎重に行動プレイしよう。


水の国ローゼスの勇者まこと」

 ジャネットさんがやってきた。

 鋭い眼差しに、美しい金髪。

 騎士団員を率いる立場からか、疲れの様子をまるで見せていない。


「今日はお疲れさまでした」

 とりあえず、お礼を言った。


「ペガサスの騎乗には慣れているようですね」

「え? 初めて乗りましたよ。楽しかったですよ」

 後半は、ちょっと退屈だったけど。


「……そうですか」

 そう言いながら、何か言いたげな表情で、俺を見下ろしてくる。


「どうかしました?」

「マッカレンでは、魔物の集団暴走を防ぎ、古竜を一撃で倒したそうですね」

「あー」

 ソフィア王女から聞いたのだろうか?

 もしくは、冒険者ギルドの誰かから。


「ギルドのみんなと協力して、マッカレンを守ったんですよ」

「あなたの功績は、太陽の国の軍部へ報告が上がっています。さらにあなたの評価が上がるでしょうね」

「……はぁ」


 言葉と反して、口調はトゲトゲしい。

 ジャネットさんは、お兄ちゃん好きなようだし、俺が手柄を立てるのが気にくわないんだろうか? 

 だが、どうやら違ったようだ。


「私は父と兄から、水の国の勇者に嫁ぐ気は無いかと言われました」

「「え?」」

 俺は思わずレオナード王子と、顔を見合わせた。

 嫁ぐ?

 嫁に来るって意味?


「いけません! まこと兄さんは、ソフィア姉様の婚約者です!」

 レオナード王子が立ちふさがるように、前に出てきた。

 それを見て、ジャネットさんが「ふっ」と笑う。

「ソフィア王女に同じことを言われました。まあ、私はあなたの妻になる気は無……」


「高月くんー! この果実、森で取ってきたの。あげる☆」

 いきなりさーさんが、俺の背中から抱きついてきて、俺の口に林檎のような果物を押し込んできた。

 口の中に、甘酸っぱい果汁が広がる。

 大森林産だけあって、植物にまで魔力マナが満ちているのか、僅かに魔力マナが回復するのを感じる。


「美味しい?」

「うん、美味しい」

「そっか、じゃあ、私も食べよっと」

「おい」

 毒見かよ。


 さーさんが、こちらを悪戯っぽい目で見つめながら俺がを「シャリッ」とかじる。

 ……わざわざ、そこを食べなくても。

 俺が少し照れていると、


「まこと~……」

「お、おい、ルーシー」

 ペガサス酔いで、横たわっていたルーシーがこっちに這ってきた。

 無理するなって。


「水、飲みたい」

 ルーシーが弱った顔で、上目遣いをしてくる。

 これは、断れない。

「はいはい、わかったよ」

 と言って、水筒を取り出しコップに注ごうとして

「口移しがいいなぁー」

「!?」

 何言ってるの! この子!


「るーちゃん! それはダメ!」

 さーさんからツッコみが入る。


水の国ローゼスの勇者まこと」

 冷え冷えとする声が、上から降ってきた。

 ゴミを見る目をしている、ジャネットさんだ。


「婚約者が居るのに、随分なご身分ですね」

「いや、あのですね……」

「誰がこんなやつに嫁ぐものですか……」

 俺の回答は聞かず、ジャネットさんは行ってしまった。


「危なかったわ、四人目の婚約者が現れるところだったわね」

「ソフィアちゃんが、言った通りだね。高月くんは、すぐフラグを立てるから」

「ちょっと、君たち?」

 何言ってるの?

 イエーイ、とハイタッチしている女子二人。


「むー」

 なぜかレオナード王子まで、ムスっとした顔をしている?


(お姉さんの婚約者として自覚がなかったから……?)

 反省すべきか?

 いや、別に俺はこれ以上婚約者は要らないですよ?


 その後は、普通に夕食を食べて、テントで寝た。

 俺は、レオナード王子と二人用のテントだ。


 レオナード王子が抱きついてきて、なかなか寝付けませんでした。



 ◇



 ――翌日。


 さらに半日の空の旅を続け。

 俺たちは、小さな集落に到着した。


 ぱっと見は、生い茂る木々で森の一部としか見えないが。

 確かに、ぽつぽつと茅葺きのようなもので作った屋根が見える。


 木の国には、エルフや獣人の里が数百以上あるらしい。

 正確には、数百の集落がまとまったのが木の国だ。

 だから、王都のような中心都市は存在しない。

 木の国の民は、小さなコミュニティで森と共に穏やかに暮らしている。

 

 集落の周りには、結界が張ってあるようで近くに来るまで集落があると気づかなかった。

 その集落の外に、ペガサスを着地させて、入り口に歩いて向かう。


「わー、懐かしいー」

 ルーシーが里に向かって走っていった。

 簡易な門には、見張りのエルフが立っている。


 ルーシーが声をかけると、笑顔で迎えていた。

「元気!?」

「ルーシーか!」

 顔見知りらしい。

 見張りのエルフが、こちらをじろっと見る。


「ルーシー、こちらの人たちは?」

「水の国の冒険者ギルドでパーティーを組んでる人たちと、太陽の国の騎士団の人たち。お母さんに会いに来たんだって」

「ははっ、ロザリー母さんなら俺もずっと見てないよ」

 朗らかに答える、エルフの人。

 って、え? 母さん?


「なんだ、ルーシーも外の国で友達ができたんだな」

「ちょっと、子供扱いしないでよね! おにーちゃん!」

「ははっ! 心配してたんだよ。元気そうでよかった」

 えええ! ただの知り合いかと思ったら、ルーシーのお兄さんなの!?


「じゃあ、また後でね」

「ああ、じい様には挨拶しておけよ」

「わかってるわ」

 と言って、ルーシーが先に進んでいく。


「お、おい。ルーシー、ちゃんと挨拶しなくていいのか?」

 ルーシーの家族なら、もっときちんとご挨拶したほうがいいのでは?

 名乗ってもいないんだけど。


「うーん……、今のタイミングだとキリがないの。先に里長のおじいちゃんと話すのがいいんじゃないかしら。レオナード王子、ジャネットさんは、それで大丈夫?」

「僕はかまいません」

「木の国の英雄ジョニイ・ウォーカー様の孫にあたる御方ですね。異存ありません」

「じゃあ、案内するわ」

 すたすたとルーシーが歩いていく。


 エルフの里だけあって、当然出会う人は、みんなエルフだ。

 ただ、気になるのは


「あら、ルーシー帰ってきたのね」

「うん、おねーちゃん。おじいちゃんって居る?」

「ええ、居るわ。ルーシーのこと心配してたわよ。手紙くらい書きなさいよ」

「はーい」

 ルーシーを大人っぽくした、綺麗なお姉さんエルフとすれ違い。


「よお、ルーシー。お客さんか?」

「そうよ、おにーちゃん」

 外で剣を振っている、ガタイの良いエルフの男に挨拶をされ。


「お、可愛い騎士さん。カナンの里を案内しましょうか?」

「おにーちゃん! その人、太陽の国の貴族だから! ナンパしちゃダメ!」

 エルフのチャラいにーちゃんが、ジャネットさんにナンパして睨まれ。


「あら、可愛い男の子。おねーさんと、遊ばないかしら?」

「おねーちゃん! その人、水の国のレオナード王子だから! 誘惑しちゃダメ!」

 ルーシーよりも、露出が激しいエルフのお姉さんがレオナード王子に声をかけて。


「あら! ルーシーのお友達? 不思議な魔力をしてるのね?」

「はい、るーちゃんの親友の佐々木アヤです」

「まあ! もしかして異世界人かしら。私は、ルーシーの姉よ。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 ルーシーと年齢が近そうなエルフの女の子が、さーさんに話しかけたり。


「……なんて、美しい。あなたのお名前は? 可憐な姫君」

「誰、あんた?」

「OH、冷たい言葉を言う君も素敵だ! 今晩、一緒に食事でもいかがかな?」

「はぁ?」

 

「おにーちゃん! ダメだって!」

 別の軽そうな男エルフが、フリアエさんをナンパしている。

 ナンパ野郎が多いなぁ!


 しかし、気になるのは……


(うーん~?)

 

「ねぇ、さーさん」

「私は、るーちゃんに聞いてたから知ってたよ」

 あ、そうなんだ。


「なぁ、ルーシー」

「……うん、まあ……言いたいことはわかるわ」

「兄妹、多くない?」

 

 今のところ、すれ違った人が全員ルーシーの姉か兄なんだけど。

 すでに十数人を超えている。


「ルーシーの兄弟って何人いるの?」

「…………五十人よ」

「え?」


「私の母が放浪癖があるって言ったわよね。で、旅先で結婚したり、離婚したり、子供作ったりして、里に連れて帰ってくるらしいの……、まあ、私もそのくちなんだけどね」

 ははっ、とルーシーが軽く笑う。


「紅蓮の魔女が子沢山という話は聞いていましたが……」

「す、凄い話ですね……」

 ジャネットさんやレオナード王子まで驚いている所を見ると、五十人の兄弟の件は身内だけの情報だったらしい。


「私のところは弟が4人でも多いと思ったけど」

「俺は一人っ子」

 さーさんと顔を見合わせる。

 ルーシーの家庭環境、突き抜けてるな。


「あと……、私のこっちの世界のキョウダイたちはみんな死んじゃったから……」

 さーさんの表情が暗く沈む。

「さーさん……」

 なんと言っていいか。

 辛い記憶が戻ってしまったか。


「アヤ!」 

 ルーシーが、さーさんを抱きしめた。

「私もマコトもずっと一緒よ! 私たちも家族よ!」

「るーちゃん……、そうだね! これから温かい家庭を作ろう!」

 さーさんもルーシーを抱きしめ返し、二人してこっちを見つめてくる。


「高月くん、私子供は5人欲しいなぁ」

「えっ! アヤそんなに? わ、私は一人だけでも……」

 ちょっと、話が飛躍してない?


「みなさん! 先に行きましょう!」

 レオナード王子に怒られた。


「「「はーい」」」

 九歳の前でする会話ではありませんね。


「あっちに見える大きな木の根元にあるのが、里長であるおじいちゃんの家よ」

 ルーシーが指さすほうに、立派な木の屋敷が見えた。

 

 ちょうど、その屋敷から一人のエルフが出てきた。


「久しぶりね、ルーシー。帰ってきてたのね」

「あ、フローナお姉ちゃん! 来てたのね!」

 また、ルーシーの姉かな。

 美しい銀髪に緑の瞳の、優しそうなエルフの人が微笑んでいた。


「紹介するわね、マコト。この人が木の国の巫女よ」

「!?」 

 木の国の巫女が現れた!?

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