129話 高月まことは、旅立つ

「まことさん! 一緒に旅ができるんですね! うれしいです」

 と言ってギューッと、腕を掴んでくるレオナード王子。

「こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 そうか、木の国スプリングローグへはレオナード王子も一緒に行くんだよな。


 こんなにテンション高く喜んでくれるとは。

 ただ、俺はまだベッドの上。

 このままだと着替えられません。


「レオ、勇者まことに迷惑でしょう。離れなさい」

 ソフィア王女が注意してくれた。

 が、レオナード王子は姉の言葉を無視した。


「そういえば、まことさんはソフィア姉様の婚約者になられたのですよね! つまり僕の兄様ですね。これからは、まこと兄さんと呼びますね!」

「え?」

 決定? その呼び名決定なの?

 あと耳に息がかかって少しドキドキするんですけど。


「レオ!」

「それでは、また後ほど!」

 レオナード王子が、パタパタと走っていった。


「「……」」

 ソフィア王女と顔を見合わせる。

 俺は、人差し指で頬をかきながら苦笑いした。


「レオナード王子は、元気ですね」

「……随分、レオに慕われていますね」

「……なんで、そんな不審な目を向けるんですか? ソフィア」

「別に」

 

 つん、と視線をそらすソフィア王女。

 その横顔は、レオナード王子とよく似ていてやっぱり姉弟なんだなぁと実感する。

 そして、徐々に目が覚めてきた頭が、水の女神エイル様の言葉を思い出させた。

 


 ――実はね、このままだと水の国ローゼスが滅ぶかもしれないの



 この話、ソフィア王女は知っているのだろうか?

「ソフィア、水の女神エイル様から何か聞いてませんか?」

「……何かとは?」

 小首をかしげるソフィア王女。


「えっと、水の国ローゼスの危機とか、魔の森は危険だとか……」

 言葉を選びつつ、質問してみる。


「いえ、何も……まさか、エイル様と話をしたんですか!? 何を話したのです!」

「ち、違いますって。自分のところの女神ノア様と話しただけですよ」

 慌てて誤魔化したけど。

 以前、水の女神エイル様に、会話したことは「みんなにナイショね」と言われたのはまだ有効なんだろうか?

  

「そうですか……。勇者まこと、あなたに客人が来ています。着替えたら出てきてください」

 そう言ってソフィア王女が部屋から出ていった。

 客?



 ◇



「お久しぶりね、水の国の勇者」

 部屋の中には、黄金の軽鎧を身に着けた目つきの鋭い美人な女騎士が居た。

 あれは……、確か、


「えっと、稲妻の勇者ジェラルド・バランタインさんの妹で、ペガサス騎士団の団長さん?」

「……そんな長ったらしい呼び名ではありません、ジャネット・バランタインです」

 目を細め、少し強い口調で訂正された。

 そうそうジャネットさんだ、思い出した。

 なぜ、マッカレンに?


「私が依頼しました。ノエル王女に、木の国へ向かう勇者まことの応援の兵をお借りできないかと」

 ソフィア王女が、教えてくれた。

「ありがたく思いなさい。木の国の大森林を越えるには、私たちペガサス騎士団が最適なのですから」

「はぁ……、でも飛空船じゃダメなんですか?」

 偉そうにしているジャネットさんには悪いが、いつものようにふじやんの飛空船で移動するほうが、気を使わなくて楽なんだけど。


「タッキー殿、それが無理なのですぞ」

「おおっと、ふじやん。いつの間に」

 気が付くと俺の家にふじやんとニナさんが来ていた。

 

 なんでも大森林には、様々な種類の竜種が生存しており。

 飛空船で移動すると、的になってしまうんだそうだ。

 確かに、竜の遭遇エリアは、飛空船のコースから外すって前に言ってたもんなぁ。

 大森林に多く生息している緑竜。

 確かに、あいつらに襲われたらふじやんの飛空船といえど、危ないんだろう。


(仕方ないかぁ……)

 太陽の国で、少しだけ一緒に戦ったペガサス騎士団。

 確か性格きつそうな女性が多かったような……。



「た、大変です!」

 その時、ジャネットさんの部下らしき(鎧に太陽の国の紋章が入っている)女騎士が慌てて飛び込んできた。

「街に巨人が現れました! 応戦をしているのですが、攻撃が全く通じません!」

「あ! やべ」

 巨神のおっさんだ!


「まこと! 大変!」

「高月くん、街に魔物が出たって!」

 ルーシーとさーさんも慌てたように、外へ出ようとするが。


「ごめん! それ俺が呼んだんだ!」


「「「「「え?」」」」」

 その場に居た全員が、こっちを振り向いた。

 はい、すいませんでした!



 ◇



 ――巨大な七色に輝く巨人が立っている。


「「「「「……」」」」」

 その場に居る人たちは、全員口数が少ない。


「久しいな……少年よ」

「どうも、ご無沙汰してます。巨神様」

 俺は久しぶりに会った巨神族のおっさんに挨拶をした。


 七色に輝く巨体からは、凄まじい魔力マナが渦巻いている。

 以前に会った時より、チカラに満ちているというか。

 どうやら前回は、本調子じゃなかったようだ。 


 ちなみに、おっさんの後ろで膝をついている女騎士のみなさんは、全力で巨神のおっさんに攻撃をして傷一つつけられなかったことに、凹んでいるらしい。

 もしくは、巨神のおっさんの威圧感にまいっているのか。


「……用件を聞こう」

「えーとですね、マッカレンの城壁を強化して欲しいんです」

 俺は、最近起きた魔物の集団暴走の件と、お願いを伝えた。


「……ふむ、そんなことか。……構わんが、具体的にはどうすればいい?」

「え? ……なんか、いい感じに?」

「……そう言われてもな」


 巨神のおっさんが困った顔をした。

 あれ? このお願いの仕方じゃダメ?


「タッキー殿! 巨神様! ここに設計図がありますぞ。この通りに街の城壁を強化いただけると」

「ふじやん、いつの間にそんな準備を?」

 すごい! 手配が完璧だ。


「タッキー殿に、巨神様にお願いをするという話を聞いてからすぐに設計士を探し出し、領主代行のクリス殿の承認を取っております。この設計図通りであれば、問題ないはずですぞ」

「……見せてみよ。……ふむ、よかろう」

 よかった。

 ふじやんが居てくれて、助かった。

 神様だし、適当にお願いすれば勝手に忖度してくれるかな? って思ってたんだけど。


「……そこまではできぬ」

 心の中を読まれて、ツッコまれた。


「あ、ハイ。スイマセン」

 謝りました。


「……では、離れておれ」

 巨神のおっさんがそう言って、膝をつき地面に手をつけた。

 ただでさえ凄まじい魔力が覆っていた身体に、さらに膨大な魔力が集まる。

 いつか会った『水の大精霊ウンディーネ』。

 それをはるかに上回る、魔力量。


 それを見るペガサス騎士団の皆様や、ソフィア王女を護衛する水の国の騎士団の人たちが、真っ青な顔をしている。

(しまったな……、もう少し離れておいてもらったほうがよかった) 

 初めて見る人には、刺激が強かったらしい。



 ――創造せよ



 巨神のおっさんが、厳かに告げた。


 地面が揺れ、ゆっくりと持ち上がっているような錯覚を覚える。

 いや、錯覚ではなく地面が、街全体がせり上がっている。

 同時に、城壁が高く強固に創りかえられ……

 時間にすればほんの10分くらいの出来事だった。



 ――街がすべて、創りかわった。



「「「「「「「……」」」」」」」

 俺含め、その場に居た全員が言葉を失った。


 何を思ったか、ジャネットさんがペガサスに跨り上空を飛行して戻ってきた。

 そして、驚愕の表情で戻ってきた。


「ソフィア王女……、この街が城塞都市に生まれ変わっています!」

「え、ええ……。凄まじい魔法ですね」

「あの巨人は一体……?」

「勇者まことの知り合いだそうです……」

「さすが、兄さまのライバルですね」


 信じられないという表情のジャネットさんと、呆然としたソフィア王女。

 ジャネットさん?

 勝手に、お兄さんのライバル扱いはやめてもらえます?


「ね、ねぇ……私の騎士。これって神級の土魔法なんじゃ……」

 フリアエさんが、震える声で指摘する。

「うーん、どうだろうね」

 知らない人たちも多いので、曖昧に言葉を濁した。


(まあ、神様が使った魔法だからなぁ)

 そりゃ、神級だろ。

 


「……約束は、果たした。さらばだ」

「ありがとうございました、巨神様」

 俺は慌てて、お礼を言った。

 巨神のおっさんは、土に潜って消えてしまった。

 なんだか、せわしないな。


「もうちょっと、ゆっくりしていけばいいのに」

「……勇者まこと。あれは、古い神族ですよね? エイル様がお許しになるかどうか」

「あ、大丈夫ですよ。ソフィア。エイル様の許可貰ってるんで」

「……待ってください、やっぱり勇者まことはエイル様とお話しているのでは……?」

「おっと、木の国に向かう準備をしますね」

「ちょっと、お待ちなさい!」

 ぼろが出そうだったので、部屋に戻って旅の準備をすることにした。



 ◇

 


「じゃあ、行ってくるよ。ふじやん、ニナさん、クリスさん」

「急ですな。もう少しゆっくりされても……、いえ、そういうことですか」

 ジャネットさん率いるペガサス騎士団が到着した翌日。

 俺たちは、木の国に旅立つことになった。


(水の国が滅びかけている……、エイル様のお言葉を信じるならさっさと行動したほうがいい) 


「勇者まこと、お気をつけて。レオ、まことの言うことを聞くのですよ」

「はい! 姉様! 行ってきます!」

「ソフィア王女は、王都に戻るんですよね? 木の国から戻ったら、王都ホルンへ報告に行きますね」

「はい、お待ちしています」

 簡単な挨拶を済ませる。


(にしても、水の国の危機なのにソフィア王女が知らないのか……?)

 昨日、ソフィア王女にさりげなく聞いてみたが、何も知らないようだった。

 どうにも、少し変な感じがする。


「ねぇ、私の騎士。この子は、どうするの?」

「なーう」

 フリアエさんが、首根っこを摑まえているのは、黒き魔猫『ツイ』だった。

 あー、うちの裏庭に住み着いているもんな。


「マリーさん、この黒猫の世話をお願いしていいですか?」

「あら、まことくんのペット? うん、いいわよー。任せておいて」

 マリーさんは、正式にマッカレン冒険者ギルドで水の国の勇者担当になったので、俺の屋敷の管理もお願いしている。

 留守の間、誰も居ないっていうのも不用心なので。

 といっても、俺の全荷物はリュック一つ分くらいなので、部屋は空っぽなわけだが。


「あら、それは危険じゃない? 幼体とはいえ魔獣よ。てっきり私の騎士の『使い魔』にするんだと思ってたわ」

「え? その子、魔獣なの!?」

 フリアエさんの発言に、マリーさんがびくっとなる。


「あー、確かに。仕方ない、連れて行くか……」

 俺が手を伸ばすと、

「シャー!」

 引っかかれた。

 ええ……。


「なうなう」

 ツイくんは、フリアエさんに頭をこすりつけている。


「あら、あなたの主人はこっちでしょ。私じゃないわ」

 フリアエさんの言葉に、「はぁー」とため息をつくようにツイがこっちにやってきた。

 それの肩に上がり、そのまま丸くなった。

 ……おい、態度悪くない?


「あーあ、ツイがふーちゃんに寝取られちゃった」

「まこと……可哀そう」

 さーさんとルーシーに同情の目で見られた!

 君たち? その目をやめなさい。


おまえツイ、見てろよ。そのうち俺なしじゃ、いられない身体にしてやるからな」

「なうなう」

 俺の言葉はわかっていないと思うが、適当な返事を返す黒猫。


「もういいかしら? 挨拶は終わった?」

 ジャネットさん率いる騎士団が、呆れた目でこっちを見ていた。

 しまった、待たせてたんだ。


「じゃあ、行ってきます」

 俺たちは、見送りの人たちに手を振りながら、ペガサスに跨り空中へと飛び立った。



 ◇



 街が、だんだん遠くなる。


 俺は、後ろを振り返り城塞都市へと変貌を遂げた、マッカレンを眺めた。

 分厚い城壁に、高い石垣。

 その周りをぐるっと大きな堀が取り囲んでいる。

 遠目には、巨大な軍事施設にしか見えない。


 あれなら数万の魔物の群れだって耐えられそうだ。

 勇者である俺が居ない間に、魔物の集団暴走が再び起こる可能性は低いと思うが。

 あの施設なら、安心だろう。


(……ただなぁ)


 マッカレンは俺にとって始まりの街だ。

 言葉がわからないまま水の神殿に連れてこられ、その後最初に到着した街。

 

 レベル2の時からお世話になった平和の象徴みたいな街なんだけど。

 随分、様変わりしてしまった。


(……最初の街にしては、厳つ過ぎない?)

 

 もしも、今後異世界からやってきた人が、マッカレンを見たら?


(ビックリするだろうなぁ……)


 そんなことを考えながら、俺はペガサスの空中散歩を楽しんだ。

 

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