128話 高月まことは、女神様と話す

「はろー、まこくん」


 ひらひらと手を振る、ノア様の隣にいる美しい女性。

 神聖なオーラを放ち、光につつまれ輪郭がぼんやりしている。

 勿論、直に会うのは初めてだ。

 だが、その御姿はよく知っている。

 

 水の神殿で、マッカレンで、王都ホルンで。

 水の国ローゼスの至る所に、その御方を模した石像や肖像がある。

 水の国ローゼスの全国民が、敬っているその御方の名前は、


「エイル様……?」

「せいかいー」

 ニッっと笑い、その瞳が黄金に怪しく輝く。

 その煌めきは、魂を吸い取るように美しく、目線が離せず、魅入ってしまうような……気がする。

 それ……『魅了眼』ですよね? エイル様。

 「やめなさいって!」ノア様が、エイル様の頭をぱしっとはたいた。


「痛ったぁ。でも、本当にまこくんって『魅了』が効かないのねー」

 頭をさすりつつ、エイル様は悪びれる様子が無い。

「本当、油断ならないわーコイツ。まこと、私以外に魅了されちゃだめよ?」

「ノア様にも魅了されたこと無いんですけどね」


 一応、他の女神様になびくつもりはありませんが。

 エイル様は、俺とノア様の会話を見ていたが。

 急にぎょっとした表情を見せた。


「ねぇ、ノア! あなた素の形貌をまこくんに見せてるの?」

「そうよ。それが何?」

「……夢の中とはいえ、女神を直視して正気を保てる人間がいるんだ」

 エイル様が、呆然と呟く。


「どういう意味ですか?」

 何、その気になる会話。

 正気を保てる?


「まこくん、普通の人間は女神の姿を直視なんてできないの。存在の次元が違い過ぎて、脳がパンクしちゃうのよ。だから、私たち女神が巫女に会話する時は、『声』だけ。姿は見せるときは明確には見せないようにしているの」

 エイル様が説明してくれた。


 たしかに、巫女は声だけしか聞けないって話は有名だ。

 それに、さっきからエイル様の身体が光を放っていて眩しい。

 これって、そのための光?

 んん? でも、ノア様って最初から姿見せてたよな?


「ノア様……」

 俺って、初めて会った時危なかったのでは?

 てへっ、と顔をしてノア様が、可愛く舌を出した。

 誤魔化された!


「まことったら『世界の外からの視点』って、反則技のせいでまったく魅了が効かないんだもの。エイルも、そんな『後光』を使わなくても、まことなら問題ないわよ」

「あら、そうなの。じゃあ、光止めようっと」

 と言いながら、エイル様を包んでいた眩い光が消えた。

 あー、その光って自在にON/OFFできるんですね。


「ところで、エイル様がなぜこちらに?」

 夢の中に、気軽に来れるのか? って点も気になるけど。

 相手は女神様だ。

 どうにでもなるんだろう。


「うーん、その問いに答えるには、先にまこくんの話が聞きたいかなー。ノアにお願いがあって来たんでしょう?」

「は、はい。そうです」

「そうよ、私とまことの二人っきりの時間を邪魔しないでくれる?」

 優雅に微笑むエイル様と、少し不機嫌そうなノア様。


(きっとエイル様も、ノア様と同じく心が読めるはず)

 隠し事は無駄だ。

 正直に話そう。


「ノア様。お願いがあってきました」

「聞くわ」

 短い回答が返ってきた。


「以前会ったノア様の眷属の巨神のおっさ……巨神様を呼び出してもらえませんか? マッカレンを守る巨大な城壁を築いてもらいたいんです」

 これが、昼間にふじやんたちに話した俺の考え。

 あの巨神のおっさんなら、土魔法得意そうだし。

 巨大な城壁を築くのくらい簡単だと思う。

 たしか、一度だけ助けてくれるって約束したはずだ。

 それを今頼もう。


「うーん、私は力になりたいんだけど」

「難しいんですか?」

 ノア様は、意味ありげに隣に視線を送った。


「ほら、ここに私たちの敵がいるじゃない?」

「あら、悲しいことを言うわね。仲良くしましょうよ。友達でしょ?」

「へぇ、じゃあ、巨神タイタン族のじいを呼んでいいかしら?」

 ノア様の言葉にエイル様が、ニッコリ微笑む。


「ふふっ、でも地上で巨神タイタン族を好きにさせるってわけにも行かないわねー。もしアルテナ姉様に見つかったら大変だし?」

太陽の女神アルテナ様ですか……」


 西の大陸でもっとも権威がある六大女神教会。

 その中心にいる女神様。

『正義』と『勝利』を司る女神様でもある。

 女神教会では、決して逆らっては行けない女神様と教えられている。


「いいのよ、あんなやつ。融通が利かない石頭なんだから」

 ノア様は、つまらなそうに腕組みしている。

「ダメよ、怒られるのは私なんだから。で、ものは相談なんだけどね、ローゼスの勇者くん」

 エイル様がこちらを向いて、ニヤッと笑った。

 あ、嫌な予感が。


 エイル様が口を開き、言葉を発した。



 ――実はね、このままだと水の国ローゼスが滅ぶかもしれないの



「!?」

「え? エイル、マジ?」

 俺は言葉を失い、ノア様ですら驚きの声をあげた。


「まあ、私は『未来視』が苦手だから、絶対とは言い切れないんだけどね。どうも、嫌な感じがしているのよねー。それを解決してくれないかな?」

 そんな重要なことを、さらっと言われても……。


「ぐ、具体的には何をすれば……?」

 内容を確認しないと。

 国が滅ぶって相当だぞ?

『災害指定:国』の魔物が現れる?


「原因は、多分魔の森かなー、どうもそこが怪しいわ。私の見立てだと」

「ふわっとしてますね……」

 全然、情報が無いんですけど。

 ダンジョン『魔の森』って、めちゃくちゃ広いって話なのに。


「未来を知りたいなら、あの子に聞けばいいじゃない。運命の女神イラに」

「うーん、運命の女神イラねー。最近、引き籠っちゃって会ってくれないのよねー。それに、あの子は未来のことを喋らないよう『制限』されてるから」

「そうだっけ? まぁ、あの子性格悪いから教えてくれないわよね」


 運命の女神様イラは性格が悪い……のか。

 ノア様とエイル様の会話が、異次元過ぎて怖い。

 エイル様が、ふっと笑った


運命の女神イラがノアに意地悪なのは、ユピテル父様が、ノアにぞっこんだからよ。あの子、父様のことが大好きだから、ノアが気にくわないのよ」

「え?」

 声を上げたのは、俺だった。


 ユピテルって、聖神族の神王ユピテル?

 全世界を支配している、神様の中の神様。

 その凄い神様が、ノア様に惚れてるって?

 

(ま、まじかぁ……)


 確かに、ノア様は(自称)神界一の美女と言ってるし。

 だったら、神様の中の偉い人に見初められても変じゃないのだが……。

 なんか、もやもやする。

 なぜだかわからないが。


「ちょっと、変な事言うとまことが勘違いしちゃうじゃない。まこと、神王ユピテルってのはとんでもない女たらしの神だからね。あいつは、妻が千人以上も居るのにまだ、新しい女を探しているようなクズ野郎なのよ! 私がそんなやつの妻になるわけないでしょ!」


 ふんっ、とノア様が鼻息荒く反論した。

 妻が千人!?

 なんだ、どこぞの勇者なんて相手にならない桁違いの数は。


「は、はぁ……神殿だと全神族の見本となる素晴らしい神様だと教わりましたけど」

 異世界に来て初めに教わるのが、神王ユピテルがいかに素晴らしい神様かという話だ。

 ……随分、話が違うなぁ。


「大体ね、六大女神の父親は全部ユピテルのやつだけど、母親は違う女神なのよ? そんなやつが、素晴らしい神様? はっ、笑わせるわ」

「の、ノア様。言い過ぎでは?」

 お隣にその女神様本人が居るんですよ?


「まあ、父様は王としての力は凄いんだけど、父としては……ちょっとねぇ」

 エイル様が苦笑している。

 ……娘からしても、アレなのか、神王ユピテル。


「話が脱線したわ、ノア。というわけで、あなたの使徒の力を貸してもらえる?」

「でも、未来が視えないんでしょ? まことに何をさせる気よ?」

「うーん、未来が視えないってことは、多分『悪神ティフォン』の使徒が絡んでると思うの」

「蛇の教団ですか……」


 女神様と言えど、異なる神を信仰する信者の様子は見えない。

 敵側の神の加護があるからだ。

 王都ホルンで騒ぎを起こし、マッカレンで集団暴走スタンピードを発生させたテロ集団。

 まだ、因縁が続いてたのか。


「ローゼスの勇者まこくんに『神託』です」

 いきなり!?

「魔の森に行って、滅びの原因の『何か』を探してきて。ついでに、蛇の教団もやっつけちゃって☆」

 よろしくー、とエイル様に肩をたたかれた。

 うっそ、これが初『神託』?

 俺、エイル様の信者じゃないですよ?


「エイル。まことは、この前の戦いでほとんどの寿命を使っちゃたのよ。あまり、無茶させないで」

「あー! そうだ! 見てたわよ! まこくん『禁呪指定』している自爆魔法を使ったでしょ!」

 げ、その件を言っちゃうんですか。

 ノア様! 藪蛇では?


「まずかった……ですよね?」

「まずいのは、まこくんの寿命よー。いま、いくつ?」

「えっとねー、ここかなー」

「ノア様、いつの間に……」 

 気がつくと俺の魂書ソウルブックが奪われていた。

 いつものことだ。


「うわっ、あと『5年』?」

「まこと……初めて会った時より短くなってるわよ」

「ノア様が、使っちゃったんじゃないですか!」

 確かに、生贄術で『捧げた』けども。

 ノア様の話だと、細かい調整はできないらしい。

 ……やっぱり、怖い魔法だな。生贄術。


 ちなみに、最近は残り寿命が30年くらいまで伸びてたのに……。

 初期値以下になってしまった……。

 こんなんで水の国の危機を救えるのだろうか。


「仕方ないわねー」

 エイル様が、意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「私が特別に『寿命を延ばす』秘儀を教えてあげますー」

「エイル、そんなのあったっけ?」

「ふふふっ、世界の支配者である聖神族だけの特別な方法よ。まこくん、ノアの短剣貸してくれる?」

 ええー、大丈夫かな?

 ちらっと、ノア様を見ると。


「ま、いいんじゃない。悪いようにはしないでしょ」

 軽い返事がきた。

「どうぞ」

 おそるおそる短剣をエイル様に渡す。


「じゃあ、これをこうしてー」

 エイル様が、空中に複雑な光の文字を描き、それが短剣に吸い込まれていく。

 ノア様の短剣が、禍々しく輝きを増していった。



 ◇



「とまあ、こんな使い方ね」

「……マジですか」

 エイル様に『改造』してもらった女神様の短剣の使い方を教えてもらった。

 正直、斜め上の効果でした……。


「これで頑張って『寿命』を伸ばしてねー」

「いいの? ここまでチカラを貸してもらって」

「いいのいいの。この方法なら、聖神族に貢献していることにもなるから。アルテナ姉様も強くは文句言わないでしょ」

 色々とよくしてもらった。

 けど、気になることも。


「寿命って、『お布施』や『災害を防ぐ』ことでも伸ばせますよね?」

「そんなチマチマ稼いでたら死んじゃうわよ。敵がどんなやつかわからないけど、この前の古竜より弱いってことはないでしょ」


「……古竜より強いって、そんなやつまことの手に負えるかしら?」

 ノア様が心配そうに言う。

「あれより、強いんですか」

 気が重くなるなぁ。


 まあ、しかし。

 水の国が滅ぶのは困る。

 ここには、たくさんの友人がいるし。


「じゃあ、魔の森に行ってきますね」

 魔の森を探索するには、木の国に行く必要がある。

 どうせ木の国には、勇者として訪問しないといけなかったし。

 ついでだ。

 水の国も救ってこよう。


「エイル様。それで、巨神様のチカラを借りてもいいんですよね?」

「ええ、良いわ。アルテナ姉様には、うまく隠しておくから。マッカレンの城壁を強化する以外のことはしちゃダメよ?」


「わかりました。ノア様、巨神様を呼んでください」

「もう、呼んだわ。多分、30分以内に来るんじゃないかしら」

 はやっ!

 世界中を回ると言ってたけど、30分で来ちゃうのか。

 俺も、マッカレンに戻らないと。


「まこと、無理は……どうせするんでしょうけど。気をつけなさい」

 ノア様のありがたいお言葉と。

「頑張ってねー、まこくん」

 どこまでも、軽いエイル様のお言葉。


 俺は、二人の女神様に御礼を言った。

 徐々に、光に包まれる。

 多分、目が覚めるはずだ。


「あ、あともう一個。まこくんに、言うことがあるんだった!」

「ちょっとぉ。いくつお願いする気よ、私のまことに。図々しいわね!」

 まだ、あるんですか。 


「ソフィアちゃん、泣かせたら許さないからね!」

 と言ってエイル様が指を銃の形にして「バンッ」と撃つマネをした。

 ノア様が「あー、そうねー」って感じで頷いている。 


 わかってますよ。

 人を女泣かせみたいに、言わないでください。



 ◇



 目が覚めた。

 目の前に、ソフィア王女の顔がある。

 エイル様に言われたばっかりだ。

 対応には、気を使わないと。 


 あれ? ソフィア王女、背が小さくなりました?


「まことさん!」

 抱きつかれた。

 おぉ! 朝から激しいですね、ソフィア王女と思ったらはるかに華奢な腕だった。


「レオ、落ち着きなさい」

 後ろからソフィア王女がやってきた。

 そう、この子は女の子のような顔をしているがれっきとした男の子だ。


「お久しぶりです、レオナード王子」

「はい!」

 満面の笑みの王子様。

 どうやら、水の国ローゼスの王子が到着したらしい。

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