123話 マッカレンの危機 中編

「ルーシー!」

 俺は城壁を飛び降り、ルーシーを抱きしめた。

『明鏡止水』スキルで、覚悟を決め、地面に激突する直前に身体を魔力マナまとう。 


「痛っ!」

 数メートル上から、飛び降り地面に激突したわけだが。

 魔力マナを『闘気オーラ』に変えて、なんとか大怪我を防いだ。


「ルーシー! 大丈夫か!」

「ははっ……ミスちゃった……。なんで、グリフォンって私ばっかり狙うんだろ……ね」

 弱々しく笑うルーシーには。

 横腹と腕に大きな傷がつき、大量の血が流れでている。


「くそっ! 待ってろ!」

 慌てて回復薬をルーシーに振りかける。

「……ま……こと……後ろ」

『RPGプレイヤー』スキルの視点切替で、数匹のオーガが迫るのを確認した。


 ――魔法剣技・水龍の爪


 俺は後ろを振り向かず、まとめて切り飛ばす。

 ええいっ! この忙しい時に!

 これで精霊の魔力の充電チャージは、打ち止めだ。

 回復薬をかけたルーシーの流血が止まる。

 でも傷は、完全には消えない。

 引き続き回復薬を使い続けるが、これ以上は回復魔法じゃないと……。


「高月くん! るーちゃんは、大丈夫!?」

 さーさんが、降りてくるなり近づいてきた魔物をまとめて吹っ飛ばした。

「傷は深いけど、一応血は止まった!」

 どうする?

 魔物の群れは、どんどん密集度を増している。

 いずれ押しつぶされる。


「この! 来るなっ!」

 さーさんが、孤軍奮闘してくれているが、さーさんの居ない方向からも魔物が迫る。

(精霊魔法……は、間に合わない)

 自身の魔力は、ゼロだ。

 でも、ルーシーから離れるわけにいかない。

 ……俺は短剣を握りしめた。

 これで戦うしかないか。



 ――従いなさい、下等な獣ども!



 戦場に似つかわしくない、鈴の音のような声が響いた。

 急に魔物が同士討ちを始めた!?

 俺たちと魔物の間に立っているのは、美しい黒髪の女性。

「姫! 何やってんだ!」

 ソフィア王女と一緒に居るはずの、フリアエさんがなぜかそこに居た。


「ソフィア王女は住民を誘導し終えて、怪我人を受け入れる避難所を設立中よ。私は回復魔法が使えないし……、何かしたからこっちに来たの」

「……ありがとう、助かった」

 守護騎士のはずが、姫に守られたよ……。

 フリアエさんは、未来が視える運命魔法の使い手。

 なら、彼女の『嫌な予感』は正しいんだろう。

 さーさんと、フリアエさんによって、一時的に俺とルーシーへの魔物の脅威が去った。

 後は、タイミングを見て城壁の上に戻れば……、と考えていた。その時、


「斬!」


 巨大な闘気オーラの刃が、魔物を数十体切り裂いた。

 分厚い刃の剣を片手に構え、使い込まれた鎧の戦士が、俺たちを守るように魔物の前に立った。


「まこと、ルーシー、無事か?」

「ルーカスさん! どうして降りてきたんですか!」

 しかし、見ると他の剣士や格闘家の近接戦闘を得意とする冒険者が次々降りてくる。

「魔法使いだけじゃもたない。ここからは総力戦だ」

 ルーカスさんが、周りに号令をかける。

 

「いいか、よく聞け! これからゴールドランク以上の冒険者は古竜に挑む。シルバーランク以下の者は、兵士と一緒に西門を守れ! 魔法使い! 魔力が回復したら援護しろ。 怪我人は、すぐに城壁の中に戻れ! 人が通れるだけの抜け道は用意してある!」

「古竜……勝てますか?」



 ――古竜エンシェントドラゴン


 

 千年以上生きた竜種をそのように呼ぶ。

 地上に生きる生物で、最強と呼ばれる竜だが千年生きる個体は多くない。

 ゆえに『古竜』は、竜種の中でも特別な存在だ。

 普通の冒険者は、人生で一度出会えれば幸運だと言われている。

 一生モノの自慢話のタネになる。

 勿論、生き残ることが条件なわけだが……。



「今回ばかりは、厳しいかもな……」

 ルーカスさんの眉間に深いしわが寄っている。

「る、ルーカスさん?」

 弱気な発言にびっくりする。

 いつも、どんな魔物と戦っても生き延びたって。

 酒場で武勇伝を聞かせてくれたじゃないか!


「若いころに、大迷宮の深層で一度だけ古竜と戦った。あの時は、十人以上のミスリルランクとプラチナランクの合同パーティーだったが……半分以上が死んだよ。生き残れたのはただのラッキーだ。まこと、お前は勇者だ。まずは生き延びることを考えろ」

「……そんな、でも」

 俺の反論を待たず、ルーカスさんは他の冒険者たちへ指示を出している。

 ほどなくして、即席で古竜の討伐パーティーが結成された。


「高月様。旦那サマをよろしくお願いしますネ」

「に、ニナさん……?」

 気が付くと、ニナさんが近くに居る。

 いや、それより今何て言った?


「私はゴールドランクの冒険者。古竜の討伐チームに加わりマス」

「待って! ニナさんは、ふじやんの奥さんだろ!」

 もうすぐ結婚式だってあるはずなのに!

「でも、ここで古竜を倒さないとマッカレンは終わりです。旦那様もクリスもみんな死にマス」

 ニッコリと笑うニナさんは、いつものニナさんの笑顔だった。

 


 マッカレンのベテラン冒険者たちが行ってしまう。

 異世界人だけど、弱い俺のことをからかわれ。

 変な二つ名をつけられ。

 毎日、些細なことにかこつけて宴会ばかりしているみんなが。

 

(駄目だ……)

 この『ルート』は駄目だ。

 バッドエンドだ。


 ルーカスさんを中心に、ベテランパーティーが大森林へ突入した。

 流石に、集団暴走スタンピードの正面からは向かわない。

 木々に隠れながら、魔物の集団を避けながら、古竜のもとへ向かうはずだ。


(でも、古竜のところにたどり着けば……)

 激しい戦いになる。

 あの古竜は、おそらく魔物を操っている。

 強力な魔物たちが古竜のもとに集まり、ルーカスさん、ニナさんたちは古竜だけでなく、魔物の群れに襲われる。

 そうなれば、勝ち目は無い。 

 ……多分、全員死ぬ。


 それでも『竜狩り』の異名を持つルーカスさんなら、相討ちまでもっていけるかもしれない。

 それが、ルーカスさんの作戦だった。

 いや、作戦じゃない。

 玉砕特攻だ。


 周りを見渡す。

 土埃と火魔法で焼け焦げた魔物の死体。

 静けさと平穏を好む、水の精霊はほとんどいない。

 俺の魔法は、役に立たない。

 役立たずの……勇者。

 くそっ!



 ――終了ゲームオーバー



 そんな文字が頭に浮かび。 

 じわりと絶望的な感情が心に染み渡る。


「XXXXXX(ウンディーネ)!!」

 思わず精霊語で、叫ぶ!

 いい加減に出て来いよ!

 ……それでも、水の大精霊は姿を現さない。


 さーさんが、岩の巨人に大槌で応戦している。

 フリアエさんは、素早く動く大狼の群れをうまく魅了できず、苦戦している。

 他にもシルバーランクの冒険者たちが、城壁を背になんとか凌いでいるが……。


(多分、長くはもたない……)

 俺にできること。

 魔力はゼロ。

 水の精霊は居ない。

『明鏡止水』スキルが無ければ、頭を掻きむしりそうになりながら。

 横たわるルーシーを支えることしかできない。


 ……他に、他に何か!?

 まるで、それに呼応するように。


 ふわりと、空中に文字が浮かんだ。



『誰と同調シンクロしますか?』


 フリアエ

 ルーシー



(…………え? RPGプレイヤースキル……)


 目の前に選択肢が浮かび上がった。

 見慣れた文字。

 しかし、いつものように『はい・いいえ』で答える選択肢ではない

 まるで、スキルが提案してくれるような。

 だが、戸惑っている時間は無い。

 選べ。


(だけど、どっちを?)

 

 フリアエさんと、同調シンクロ

 そうなると使えるのは、魅了魔法か?

 魅了魔法で魔物を同士討ちさせるのは便利だが、俺がそんなにうまく扱えると思えない。

 そもそも月属性が、威力を発揮するのは『夜』。

 今じゃない。

 ならば……


「ルーシー、同調シンクロを使わせてくれ。悪い、怪我をしてるのに……」

「ううん……いいよ。でも、前みたいに火傷しちゃうかも……」

「それなら、大丈夫」

 

 ノア様の言葉によれば。

 俺とルーシーは『恋愛契約』によって、以前より同調しやすくなっている。

 だから大丈夫……なはず。


「ねぇ、同調ってことはアレよね?」

「?」

 ルーシーが、苦笑しながら怪我をしてないほうの手を俺の後頭部に回す。

「ルーシー、無理して動くと……」

 怪我に響く……と言おうとして、言えなかった。

「ほら……んっ」

 キスされた。


 その瞬間、目の前が真っ赤になる。

 真っ赤な光が溢れている。

 いつのことだったか、巨神のおっさんに初めて精霊を視せてもらった時のような。

 いや、あの時以上だ。

 見渡す限り、火の精霊で溢れかえっている。

 なん……だ……これは!


(いや、待て。思い出せ……確か)



 ――火の精霊は、火事と祭りが大好き。 

        『出典:初めての精霊語』



 火の精霊は、江戸っ子か!?

 物騒な精霊が居たもんだ……、とその時は思っただけで。

 どうせ火の精霊は、俺には関係ないと忘れていた。


 周りは、魔物とマッカレン冒険者&兵士の戦争ドンパチの真っ最中。

 火の精霊にとっては、喧嘩みたいなものなのかもしれない。


「熱っ! ――XXXXX(ちょっと、離れろ)」

 近くにいる、火の精霊が熱い!

 慌てて精霊語で、注意する。

 ああ、……以前、俺が火傷したのはだったのか。

 ルーシー、お前の魔族の血ってのは関係なさそうだぞ。


「……まこと?」

 口づけをやめルーシーが、不思議そうな顔で俺を見上げる。

 火の精霊は――消えない。

「XXXXXXXXXXXXXXX(火の精霊さん、チカラを貸してくれ)」

「「「「「XXX!(おう)」」」」」

 力強い返事がきた!

 いける。


「高月くんー、私とふーちゃんが必死で戦っているのに何やってるのかなぁ~?」

「私の騎士! 色ボケもほどほどにしなさい!」

 あ、やべ。

 ルーシーとの同調キスを見られた。


「さーさん! 今から魔物を全部吹っ飛ばす威力の精霊魔法を使う! みんなに避難するように言ってくれ!」

「えぇ~、もぉー! わかったよ!」

 プンプン怒りながらも、さーさんは大きく息を吸い込むと



「みんなー!!!! 今から高月くんが、魔物を全部吹っ飛ばすから逃げてーーー!!!!」



 拡声魔法を使っていないのに、大森林中に響き渡るような大声で叫んだ。

 流石だ、さーさん!

 よし、じゃあいくか!

 俺はルーシーの手を強く握る。

 使う魔法は、



 ――火魔法・火弾ファイアボール



 俺は、火魔法は素人だ。

 水魔法と違って、まったく修行をしていない。

 だから使うのは、初級魔法。

  

 ただし、無限の魔力がある今なら――


(とりあえず、……)


 ――魔法が、発動した。



 ◇フリアエ・ナイア・ラフィロイグの視点◇ 



「何よ……これ」

 私は呆然と、上空を見上げた。

 見渡す限り、空を埋め尽くす火弾ファイアボール

 魔物のみならず、冒険者たちまでも呆けた顔をしている。


「さっさと城壁の近くに逃げて! 仲間が逃げ遅れてないか、点呼して!」

 戦士あやさんが、大声で叫んでいる。

 慌てて逃げ出す冒険者たち。


 魔物がそれを追いかけるが。

 超スピードの火弾ファイアボールが、魔物に直撃した。

 地面に着弾した火弾ファイアボールは、縦方向に火柱をあげる。


 見ると一か所だけではなく、いたるところで逃げる冒険者を追う魔物が、火弾ファイアボールに燃やされている。

 でたらめな『魔法精度』と『視野の広さ』だ。

 それを操っているのは……


「なぁ、さーさん。たしかニナさんたちが森へ入ったのは、左側だよね?」

「うん、だから右側の魔物集団は攻撃していいと思うよ」

「オーケー」

 と私の騎士が言った瞬間、数百の火弾ファイアボールが魔物の群れに突き刺さり、そして数百の火柱が立ち上った。

 悲しげな魔物たちの悲鳴が上がる。

 きっとあそこに居た魔物にとっては、地獄のような状況だろう。

 だけど、私はその残酷な景色が綺麗だとすら思ってしまった。

 完璧に制御された魔法は、かくも美しい。


 その時、空中を大きな影が横切った。

「高月くん! 緑竜グリーンドラゴンが来たよ!」

「げっ、またあいつか」

 嫌そうな声をあげる、私の騎士。

 たしか、前回は相当苦戦したとか。

 最後は、りょうすけが倒したという話だったけど……。


「火魔法・百本の火矢」

 ぼそっと、つぶやくように言ったその言葉のあと。

 緑竜グリーンドラゴンは、数百本の火矢で体を貫かれ墜落していった。

 え? そんなあっさり?


「わー、高月くん。上手に焼けました!」

 ぱちぱちと戦士さんが拍手している。

緑竜グリーンドラゴンって燃えやすいのねー」

 魔法使いさんは、呆れたように苦笑している。

 緊張感も何もあったもんじゃない。


「勇者まこと! 冒険者と兵士は、全員避難が終わった!」

「古竜のもとに向かったルーカスさんたち以外は、ここにいるはずだ」

 冒険者たちが、私の騎士に報告している。

 どうやら退却が、完了したらしい。


「よし、じゃあ。仕上げますかね」

 そう言いながら、私の騎士が短剣を掲げる。


「ひっ!」

 悲鳴をあげたのは、知らない顔だがおそらく魔法使いなんだろう。


(まぁ、悲鳴も上げたくなるわよね……)

 私も月魔法使いの端くれだ。

 私の騎士の周りに渦巻く、魔力マナの塊を見て、身震いする。

 なんで、あんな中で平気で立っていられるの?


 今でもまぶしいくらいに空を覆っていた数千の火弾ファイアボールが。

 さらに三倍くらいの数に増殖した。 

 上級魔法使いが100人いても、こんな真似ができるかどうか。

 しかも、これを実行しているのは『たった一人』なのだ。

 頭のおかしい魔力マナを、やすやすと制御しているそいつは。



 ――火魔法・火弾の雨



(そんな魔法ないから!)

 適当に即興で、やってるらしい。

 ドドドドドドドドド……、と。

 絶え間なく火弾ファイアボールが、魔物の群れに降り続けている。

 あ、ついに魔物たちが逃げ出した。

 さすがに、耐えられなくなったらしい。


(私と戦士さんが戦っているうしろで、魔法使いさんとキスしている時は、蹴ってやろうかと思ったけど……)

 

 なんてやつだ。

 りょうすけが、言った通り……か。

「高月くんは、結局、何とかしてくれる」だっけ?

 あれって、信頼って言うのかしら?

 りょうすけが、私の騎士について語っている態度は、信頼とも何か違う気もする。


 光の勇者――桜井りょうすけ。

 水の国の勇者――高月まこと。

 二人は正反対だ。


 王級の運命魔法使いである私には、運命魔法で『因果の糸』が視える。

 因果の糸は、影響力のある人間ほどたくさん繋がっている。

 光の勇者は、とりわけ格別だ。

 世界を救うに相応しい、数千本の『因果の糸』――影響力が視える。


 反対に、水の国の勇者――私の騎士は、因果の糸が

 だから、最初私は、彼が何も影響力を持たないひ弱な存在なのだと思った。

 でも違った。

 

 高月まことは、戦士さんや魔法使いさんに大きな影響力を持ち愛されている

 あげく、ローゼスの王女にまで好意を持たれている。

 なのに、何も視えない。

 私は彼の未来が視えない。


 私のチカラが通じない相手。

 気になる……。

 もしかしたら、何かとんでもないチカラを隠しているのかも……。

 だから、自分の『守護騎士』にならないか、ともちかけた。

 あっさり乗ってくると思わなかったけど。

 

 ただし、結論から言うと守護騎士になっても何も視えなかった。

 高月まことは、何かチカラを隠しているわけじゃなく、ただの修行好きで真面目な勇者だった。

 

 幸い高月まことや仲間の子たちは、悪い人間じゃなかった。

 呪いの巫女の私を差別することなく、接してくれて。

 連れてこられた水の街マッカレンも、いい場所だった。

 私の騎士と、りょうすけは仲がいい。

 ここは、居心地がいい。そう思った。

 でも――


 運命魔法で、私には、この水の街マッカレンが滅びる未来が視えた。

 小さな田舎街では、とても防げない魔物の集団暴走スタンピード

 でも、未来視は絶対じゃない。

 何もせずに、滅びを待つのは嫌だ。

 そう思って、戦場までやってきたけど、


(……でも、これは無いわ)


 絶望的と思われた規模の魔物の群れが。

 たった一人の魔法使い見習いによって、悲鳴を上げて逃げ出している。

 もはや、私が視た未来とは別物だ。



 ……マッカレンへ押し寄せていた魔物の集団暴走スタンピードは、消え去っていた。

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